田口連三

IHI・元取締役社長

Taguchi Renzo(敬称略)

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社長就任 1964年
生年月日 —
学歴 米沢高等工業学校機械科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1929年3月に米沢高等工業学校の機械科を出て、同年4月に石川島造船所へ入社した。1947年2月に取締役、1954年11月に常務取締役、同年12月に代表取締役へ進み、1961年6月に代表取締役副社長となった。入社から取締役までが18年、社長までは35年である。他社を経ずに一社で昇った生え抜きだった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1964年11月に代表取締役社長へ就任した。前任の土光敏夫氏は代表取締役会長へ回り、1965年5月に東京芝浦電気の代表取締役を兼ねている。1964年版の要覧で代表取締役副社長は田口氏1人で、代表取締役を兼ねる常務取締役には播磨造船所から移った右田熊市氏や日本銀行出身の森下新氏が並んでいた。合併から4年、石川島の生え抜きへ経営を戻す人事だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

在任した8年で売上高は1965年3月期の1131億円から1972年3月期の4030億円へ3.6倍になった。純利益は同じ期間に33億円から48億円にとどまっている。1964年版の役員欄には根岸造船工場建設本部長と根岸機械工場建設本部長の2人の取締役が置かれていた。1972年11月に代表取締役会長へ退き、真藤恒氏へ社長を渡した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1964〜1971年
在任中の業績
就任前(FY63)905億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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