第3章 年〜年

山陽特殊製鋼:会社更生の終結と金属粉末事業への参入

1973年〜債務免除121億円と軸受鋼シェア51%、第二製鋼工場への500億円投資

1973年8月31日、山陽特殊製鋼は神戸地方裁判所姫路支部へ会社更生手続きの終結を申請し、同年12月に終結の決定を受けた。無担保の一般債務183億8400万円のうち、121億9000万円は更生計画で弁済を免除された。1968年4月には資本金を95%減らして3億6900万円とし、翌5月には富士製鐵を割当先とする第三者割当で新株を発行した。過去の負担を債務と資本の両面で切り離した結果、1973年10月期の税引き前利益は約17億円と、前期のおよそ3倍が見込まれた。残った更生債務は1977年11月、計画上の最終弁済期日より5年早く完済した。倒産の手続きそのものが固定費を削減し、再建後の価格面の競争力の土台になったと考えられる。

  • 日経ビジネス 1973年10月1日号
    • [1]1973年8月31日、神戸地方裁判所姫路支部に更生終結を申請
    • [3]無担保の一般債務183億8400万円のうち121億9000万円が弁済免除(免除率67%)
    • [4]1968年4月、資本金73億8000万円を3億6900万円へ減資(95%減資)
    • [6]1973年10月期の税引き前利益は約17億円の見通し(前期5億6800万円)
  • 証券 1985年(第37巻第12号)
    • [2]1973年12月、更生手続終結の決定
    • [5]1968年5月31日、富士製鐵を割当先とする第三者割当増資
    • [7]1977年11月、更生債務を最終弁済期日より5年繰り上げて弁済

倒産の時点では、販売数量の半分近くを高炉メーカーと競合する構造用炭素鋼が占めていた。更生計画は、現有設備の活用、軸受鋼中心への鋼種転換、鋼管設備の拡充を再建の基本方針とした。倒産後の設備投資は累計92億5800万円で、同じ期間の減価償却104億9900万円の枠内に収めた。軸受鋼の生産シェアは1965年度の33%から1973年4〜6月期の51%へ上がり、軸受鋼パイプでは93%に達した。従業員3750人のうち会社を去ったのは約700人で、3000人余りが残って技術陣は散らなかった。フランスのCEFILAC社の金属押出技術を持っていたことが再建を支えたという評もある。高炉メーカーと重ならない鋼種へ製品を寄せたことが、競争優位の起点になったとみられる。

  • 日経ビジネス 1973年10月1日号
    • [8]倒産時は構造用炭素鋼(SC材)が販売数量の半分近くを占めた
    • [9]更生計画の柱は現有設備の有効活用・軸受鋼中心の鋼種転換・鋼管設備の拡充・高級鋼の拡販
    • [10]倒産後の設備投資総額92億5800万円、減価償却実施額104億9900万円
    • [11]軸受鋼の生産シェアは1965年度33%から1973年4〜6月期51%へ、軸受鋼パイプは68%から93%へ
    • [12]倒産時の従業員3750人のうち自己都合退職約500人・希望退職約200人、3000人以上が残留
  • 証券アナリストジャーナル 1986年(第24巻第2号)
    • [13]CEFILAC社の金属押出技術を持っていたので再建できたといわれる

1980年、新日本製鐵の副社長を退任した大内俊司氏が山陽特殊製鋼の社長に就任した。更生手続きに入ってからの大型投資は、1973年の60トン2号電気炉に限られた。社内には設備更新の計画が数年前からあったものの、必要資金の大きさから決めきれずに止まっていた。大内氏は第二製鋼工場と棒鋼・線材の圧延工場への投資を決め、その額は両方で500億円を超えた。1982年10月に90トン電気炉と連続鋳造設備が動き出し、1985年3月期には合理化の効果で売上高総利益率が16.3%に戻った。株式は1980年に大阪証券取引所市場第二部へ再上場した。1985年11月6日には東京証券取引所市場第一部に上場し、公募の手取金を新棒線工場に充てた。再上場は、設備更新の資金を市場から再び調達できるようにしたのだろう。

  • 日経ビジネス 1992年1月27日号
    • [14]1980年、新日本製鉄副社長を退任した大内俊司が社長に就任
    • [16]約3年前に作られた設備投資計画が資金負担から決断されず棚上げになっていた
    • [17]第二製鋼工場と棒鋼・線材の圧延工場への投資は合計500億円超
  • 証券 1985年(第37巻第12号)
    • [15]会社更生法適用申請後、1973年10月の60トン2号電気炉を除き大型設備投資を行わず従前の設備で操業
    • [18]1982年10月、90トン電気炉と連続鋳造設備を備えた第二製鋼工場が完成
    • [19]1985年3月期は第二製鋼工場の合理化効果で売上高総利益率16.3%
    • [21]1985年11月6日に東証一部上場、公募800万株の手取金は1986年4月完成の新棒線工場の設備資金に充当
  • 山陽特殊製鋼公式サイト「沿革」(2005年4月時点)
    • [20]1980年、大阪証券取引所市場第二部に株式再上場
参考文献[1]-[21]
  • 日経ビジネス 1973年10月1日号
    • [1]1973年8月31日、神戸地方裁判所姫路支部に更生終結を申請
    • [3]無担保の一般債務183億8400万円のうち121億9000万円が弁済免除(免除率67%)
    • [4]1968年4月、資本金73億8000万円を3億6900万円へ減資(95%減資)
    • [6]1973年10月期の税引き前利益は約17億円の見通し(前期5億6800万円)
    • [8]倒産時は構造用炭素鋼(SC材)が販売数量の半分近くを占めた
    • [9]更生計画の柱は現有設備の有効活用・軸受鋼中心の鋼種転換・鋼管設備の拡充・高級鋼の拡販
    • [10]倒産後の設備投資総額92億5800万円、減価償却実施額104億9900万円
    • [11]軸受鋼の生産シェアは1965年度33%から1973年4〜6月期51%へ、軸受鋼パイプは68%から93%へ
    • [12]倒産時の従業員3750人のうち自己都合退職約500人・希望退職約200人、3000人以上が残留
  • 証券 1985年(第37巻第12号)
    • [2]1973年12月、更生手続終結の決定
    • [5]1968年5月31日、富士製鐵を割当先とする第三者割当増資
    • [7]1977年11月、更生債務を最終弁済期日より5年繰り上げて弁済
    • [15]会社更生法適用申請後、1973年10月の60トン2号電気炉を除き大型設備投資を行わず従前の設備で操業
    • [18]1982年10月、90トン電気炉と連続鋳造設備を備えた第二製鋼工場が完成
    • [19]1985年3月期は第二製鋼工場の合理化効果で売上高総利益率16.3%
    • [21]1985年11月6日に東証一部上場、公募800万株の手取金は1986年4月完成の新棒線工場の設備資金に充当
  • 証券アナリストジャーナル 1986年(第24巻第2号)
    • [13]CEFILAC社の金属押出技術を持っていたので再建できたといわれる
  • 日経ビジネス 1992年1月27日号
    • [14]1980年、新日本製鉄副社長を退任した大内俊司が社長に就任
    • [16]約3年前に作られた設備投資計画が資金負担から決断されず棚上げになっていた
    • [17]第二製鋼工場と棒鋼・線材の圧延工場への投資は合計500億円超
    • [20]1980年、大阪証券取引所市場第二部に株式再上場

1985年〜国内売上の5割を占めた大手10社、日本精工との超高清浄度軸受用鋼とタイのSKJ

1985年3月期の売上高1232億9000万円は、特殊鋼鋼材が67.3%、特殊鋼鋼管が32.7%で構成されていた。国内販売のおよそ9割は特定ユーザーからの受注品で、ベアリングと自動車の大手10社が国内売上の約5割を占めた。同年3月末の大株主には、新日本製鐵に続いて日本精工が5.4%を持って並んでいた。鋼の清浄度では、1973年にMGH鋼の製造を始め、1978年に60トン電気炉へRH脱ガス装置を加えた。1988年には極低酸素軸受鋼が日本鉄鋼協会の鋼中ガス分析の管理用試料に採用された。1991年には日本精工と組み、超高清浄度軸受用鋼を共同で開発した。少数の大口の買い手を相手にする市場で、鋼中の不純物を減らすことが取引をつなぎ留める手段になったと推察される。

  • 証券 1985年(第37巻第12号)
    • [22]1985年3月期の売上高123,290百万円、特殊鋼鋼材67.3%・特殊鋼鋼管32.7%
    • [23]国内販売の約9割が特定ユーザーからの受注、大手ユーザー10社で国内売上の約5割
    • [24]1985年3月31日現在の大株主は新日本製鐵17.4%、太陽神戸銀行7.4%、日本精工5.4%ほか
  • 山陽特殊製鋼公式サイト「沿革」(2005年4月時点)
    • [25]1973年にMGH鋼(清浄度鋼)の製造、1978年に第1号60トン電気炉のRH脱ガス装置稼動
    • [26]1988年、極低酸素軸受鋼が日本鉄鋼協会から鋼中ガス分析管理用試料に採用
    • [27]1991年、超高清浄度軸受用鋼を日本精工と共同開発

1976年、山陽特殊製鋼は西ドイツのシュタールベルケ・ズードヴェストファーレン社と、特殊鋼の迅速溶解技術を供与する契約を結んだ。同じ技術は1978年にカナダのリオ・アルゴム社、1979年にフランスのバローレック社、1980年にスウェーデンのSKF社へも供与した。1985年3月期の輸出は売上高の13.5%で、軸受鋼を軸にしたソ連向けが縮み、アメリカ向けが伸びていた。採算の悪いソ連向けを絞り、同期の輸出の利益率は大きく上がった。1997年には第二製鋼工場の連続鋳造で、軸受鋼を単一のタンディッシュで73チャージ続けて鋳込み、世界記録を出した。翌1998年には大河内記念会の大河内記念生産賞を受けた。製品だけでなく溶解と鋳造の工程そのものが、海外の鉄鋼会社に売れる水準にあったと思われる。

  • 山陽特殊製鋼公式サイト「沿革」(2005年4月時点)
    • [28]1976年、シュタールベルケ・ズードヴェストファーレン社(ドイツ)と特殊鋼の迅速溶解技術供与契約
    • [29]迅速溶解技術供与契約を1978年リオ・アルゴム社(カナダ)、1979年バロレック社(フランス)、1980年SKF社(スウェーデン)と締結
    • [32]1997年、第二製鋼工場連続鋳造設備で軸受鋼単一タンディッシュによる73チャージ連連鋳(世界記録)
    • [33]1998年、大河内記念会から大河内記念生産賞を受賞
  • 証券 1985年(第37巻第12号)
    • [30]1985年3月期の輸出売上高は全体の13.5%、ソ連の軸受鋼国産化で対ソ輸出依存が低下し対米輸出が拡大
    • [31]1985年3月期、採算の悪いソ連輸出の縮小などで輸出の利益率が大幅に改善

1987年、山陽特殊製鋼は素形材事業に進出し、スウェーデンのアベスタ・ニービー・パウダー社からアンパブプロセスを導入した。これはステンレスや高合金の粉末を容器に詰めて押し出す製法で、同じ年には松下電子部品とマンガン・アルミ磁石の共同事業にも合意した。1988年に粉末工場と磁石工場が完成し、1989年には金属粉末と非金属粉末の事業に進んだ。1990年にはタイにSKJメタルインダストリーズを設け、1995年にインドネシアのSSSI、1996年にアメリカのSSSUを加えた。1985年に鋼材と鋼管の2部門だった売上は、2001年3月期には素形材部門の72億2百万円を含む4部門となった。軸受鋼の素材供給から、部品に近い形まで加工する工程へ事業の範囲を下流に延ばした。

  • 山陽特殊製鋼公式サイト「沿革」(2005年4月時点)
    • [34]1987年に素形材事業へ進出、アベスタ・ニービー・パウダー社(スウェーデン)とアンパブプロセスの技術導入契約
    • [35]アンパブプロセスはステンレス・高合金等の粉末充填・押出製造法、1987年に松下電子部品とマンガン・アルミ磁石の共同事業契約
    • [36]1988年に粉末工場・磁石工場完成、1989年に金属粉末および非金属粉末事業に進出
    • [37]1990年SKJメタルインダストリーズ(タイ)、1995年SSSI(インドネシア)、1996年SSSU(アメリカ)を設立
  • 証券 1985年(第37巻第12号)
    • [38]1985年3月期の事業は特殊鋼鋼材と特殊鋼鋼管の2区分
  • 山陽特殊製鋼 第89期事業報告書(2001年)
    • [39]2001年3月期の売上高内訳は鋼材608億31百万円・鋼管177億56百万円・素形材72億2百万円・その他13億33百万円
参考文献[22]-[39]
  • 証券 1985年(第37巻第12号)
    • [22]1985年3月期の売上高123,290百万円、特殊鋼鋼材67.3%・特殊鋼鋼管32.7%
    • [23]国内販売の約9割が特定ユーザーからの受注、大手ユーザー10社で国内売上の約5割
    • [24]1985年3月31日現在の大株主は新日本製鐵17.4%、太陽神戸銀行7.4%、日本精工5.4%ほか
    • [30]1985年3月期の輸出売上高は全体の13.5%、ソ連の軸受鋼国産化で対ソ輸出依存が低下し対米輸出が拡大
    • [31]1985年3月期、採算の悪いソ連輸出の縮小などで輸出の利益率が大幅に改善
    • [38]1985年3月期の事業は特殊鋼鋼材と特殊鋼鋼管の2区分
    • [25]1973年にMGH鋼(清浄度鋼)の製造、1978年に第1号60トン電気炉のRH脱ガス装置稼動
    • [26]1988年、極低酸素軸受鋼が日本鉄鋼協会から鋼中ガス分析管理用試料に採用
    • [27]1991年、超高清浄度軸受用鋼を日本精工と共同開発
    • [28]1976年、シュタールベルケ・ズードヴェストファーレン社(ドイツ)と特殊鋼の迅速溶解技術供与契約
    • [29]迅速溶解技術供与契約を1978年リオ・アルゴム社(カナダ)、1979年バロレック社(フランス)、1980年SKF社(スウェーデン)と締結
    • [32]1997年、第二製鋼工場連続鋳造設備で軸受鋼単一タンディッシュによる73チャージ連連鋳(世界記録)
    • [33]1998年、大河内記念会から大河内記念生産賞を受賞
    • [34]1987年に素形材事業へ進出、アベスタ・ニービー・パウダー社(スウェーデン)とアンパブプロセスの技術導入契約
    • [35]アンパブプロセスはステンレス・高合金等の粉末充填・押出製造法、1987年に松下電子部品とマンガン・アルミ磁石の共同事業契約
    • [36]1988年に粉末工場・磁石工場完成、1989年に金属粉末および非金属粉末事業に進出
    • [37]1990年SKJメタルインダストリーズ(タイ)、1995年SSSI(インドネシア)、1996年SSSU(アメリカ)を設立
  • 山陽特殊製鋼 第89期事業報告書(2001年)
    • [39]2001年3月期の売上高内訳は鋼材608億31百万円・鋼管177億56百万円・素形材72億2百万円・その他13億33百万円

2000年〜転籍の特別損失と素形材子会社への投融資、ROS10%の中期連結経営計画

2000年6月、社長の坂東邦彦氏は翌期を「第4次中期経営計画」の折り返しの年とし、収益性とキャッシュ・フローの改善に力を注ぐ方針を示した。その2001年3月期には、退職給付会計の導入で生じた差異101億36百万円の大半を、保有有価証券82億72百万円の信託拠出で処理した。単体の当期損益は13億39百万円の損失だった。2002年3月期は需要が急減し、単体売上高は前期比21.6%減の682億82百万円、経常損失は34億30百万円に達した。同じ期に佐々木宏機氏が社長となり、2002年2月に3カ年の新中期経営計画を策定した。計画は生産量が少なくても利益の出る体制を第一の眼目とし、総資産の圧縮と素形材事業の強化を並べた。売上の拡大より先に、損益分岐点を下げることを置いた計画だったといえる。

  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2000
    • [40]翌期を第4次中期経営計画の中間年とし、収益性とキャッシュ・フローの改善に取り組むとした(坂東邦彦社長、2000年6月)
  • 山陽特殊製鋼 第89期事業報告書(2001年)
    • [41]退職給付会計の会計基準変更時差異101億36百万円の大半を、保有有価証券82億72百万円の信託拠出で処理
    • [42]2001年3月期の単体当期損失13億39百万円
  • 山陽特殊製鋼 第90期事業報告書(2002年)
    • [43]2002年3月期の単体売上高は前期比21.6%減の682億82百万円、経常損失34億30百万円
    • [45]新中期経営計画の眼目は低水準の生産規模でも利益を確保できる体制、総資産圧縮によるROA向上、素形材事業の強化など6項目
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2002
    • [44]2002年2月、平成14年度を初年度とする3カ年の新中期経営計画を策定(社長 佐々木宏機、社長署名Hiroki Sasaki 2002年6月)

新中期経営計画の初年度にあたる2003年3月期、単体の設備投資は既存設備の更新と生産性の向上に絞って16億53百万円にとどめた。その代わりに国内外の素形材子会社へ重点的に投融資し、連結の投資活動による支出は前期を大きく上回った。海外の受け皿は2001年に中国に設けた寧波山陽特殊鋼製品有限公司で、鍛造から旋削までを一貫して手がけた。国内では2004年10月、素形材の子会社3社をまとめてサントクテック株式会社とした。素形材の売上高は、2001年3月期に72億2百万円だった。2003年3月期には115億6百万円まで伸び、2005年3月期の連結では139億26百万円に達した。鋼材の設備を絞って下流の加工に資金を回し、鋼材市況に左右されにくい収益源を求めた配分だった。

  • 山陽特殊製鋼 第91期事業報告書(2003年)
    • [46]2003年3月期は国内外子会社の素形材事業へ重点的に投融資し、設備投資は既存設備の更改と生産性向上に限定して16億53百万円
    • [51]2003年3月期の素形材売上高115億6百万円
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2003
    • [47]素形材事業拡充のための投資で連結の投資活動による支出が前期より大幅に増加
  • 山陽特殊製鋼 第93期事業報告書(2005年)
    • [48]2001年に寧波山陽特殊鋼製品有限公司(中国)を設立、鍛造から旋削までの一貫生産
    • [49]2004年10月、国内素形材子会社3社を統合しサントクテック株式会社を発足
    • [52]2005年3月期の連結素形材事業売上高139億26百万円
  • 山陽特殊製鋼 第89期事業報告書(2001年)
    • [50]2001年3月期の素形材部門売上高72億2百万円

2003年3月期、単体の経常損益は10億60百万円の黒字に転じた。一方で鉄スクラップやニッケルの国際価格が上がり、2003年6月の英文年報は販売価格の改善を差し迫った課題に挙げた。2004年3月期も中国の鉄鋼需要が原材料の価格を押し上げ、採算を悪化させた。2005年3月期にはベアリングと自動車の業界へ軸受鋼などの鋼材が伸び、連結売上高は1081億89百万円、経常利益は55億23百万円となった。2005年5月31日には2006年3月期から3カ年の中期連結経営計画を公表し、売上高経常利益率10%の安定確保を目標に据えた。低い操業度でも利益の出る体制を先に整えたことが需要回復期の増益幅を広げ、2006年に始まる新日本製鐵との提携を前にした到達点になった。

  • 山陽特殊製鋼 第91期事業報告書(2003年)
    • [53]2003年3月期の単体経常利益10億60百万円(前期は34億30百万円の損失)
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2003
    • [54]鉄スクラップやニッケル等の原材料価格の国際的な高騰で生産コストが上昇、販売価格の改善を差し迫った課題と位置づけ
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2004
    • [55]2004年3月期、中国など東アジアの鉄鋼需要急増に伴う鉄スクラップ等の原材料価格上昇が収益に影響
  • 山陽特殊製鋼 第93期事業報告書(2005年)
    • [56]2005年3月期の連結売上高1081億89百万円、経常利益55億23百万円、ベアリング業界・自動車業界向けの軸受鋼等の販売が好調
    • [57]2005年5月31日、平成17年度を初年度とする3カ年の中期連結経営計画を公表、ROS10%の安定確保が目標
参考文献[40]-[57]
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2000
    • [40]翌期を第4次中期経営計画の中間年とし、収益性とキャッシュ・フローの改善に取り組むとした(坂東邦彦社長、2000年6月)
  • 山陽特殊製鋼 第89期事業報告書(2001年)
    • [41]退職給付会計の会計基準変更時差異101億36百万円の大半を、保有有価証券82億72百万円の信託拠出で処理
    • [42]2001年3月期の単体当期損失13億39百万円
    • [50]2001年3月期の素形材部門売上高72億2百万円
  • 山陽特殊製鋼 第90期事業報告書(2002年)
    • [43]2002年3月期の単体売上高は前期比21.6%減の682億82百万円、経常損失34億30百万円
    • [45]新中期経営計画の眼目は低水準の生産規模でも利益を確保できる体制、総資産圧縮によるROA向上、素形材事業の強化など6項目
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2002
    • [44]2002年2月、平成14年度を初年度とする3カ年の新中期経営計画を策定(社長 佐々木宏機、社長署名Hiroki Sasaki 2002年6月)
  • 山陽特殊製鋼 第91期事業報告書(2003年)
    • [46]2003年3月期は国内外子会社の素形材事業へ重点的に投融資し、設備投資は既存設備の更改と生産性向上に限定して16億53百万円
    • [51]2003年3月期の素形材売上高115億6百万円
    • [53]2003年3月期の単体経常利益10億60百万円(前期は34億30百万円の損失)
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2003
    • [47]素形材事業拡充のための投資で連結の投資活動による支出が前期より大幅に増加
    • [54]鉄スクラップやニッケル等の原材料価格の国際的な高騰で生産コストが上昇、販売価格の改善を差し迫った課題と位置づけ
  • 山陽特殊製鋼 第93期事業報告書(2005年)
    • [48]2001年に寧波山陽特殊鋼製品有限公司(中国)を設立、鍛造から旋削までの一貫生産
    • [49]2004年10月、国内素形材子会社3社を統合しサントクテック株式会社を発足
    • [52]2005年3月期の連結素形材事業売上高139億26百万円
    • [56]2005年3月期の連結売上高1081億89百万円、経常利益55億23百万円、ベアリング業界・自動車業界向けの軸受鋼等の販売が好調
    • [57]2005年5月31日、平成17年度を初年度とする3カ年の中期連結経営計画を公表、ROS10%の安定確保が目標
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2004
    • [55]2004年3月期、中国など東アジアの鉄鋼需要急増に伴う鉄スクラップ等の原材料価格上昇が収益に影響

1973年〜2005年の業績

決算期 区分 売上高 経常利益純利益 主な投資
億円 YoY 億円 億円 利益率
1973年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1974年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1975年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1976年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1977年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1978年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1979年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1980年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1981年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1982年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1983年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1984年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1985年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1986年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1987年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a 第2棒線工場が完成(1986/04)
1988年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1989年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1990年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1991年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1992年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1993年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1994年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1995年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1996年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a P.T. SANYO SPECIAL STEEL INDONESIAを設立(1995/10)SANYO SPECIAL STEEL U.S.A.を設立(1996/01)
1997年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1998年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1999年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2000年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2001年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2002年03月期 連結 729 n/a ▲36 ▲58 ▲8.0% n/a
2003年03月期 連結 820 +12.5% 10 2 0.2% Advanced Green Componentsを設立(2002/10)
2004年03月期 連結 873 +6.5% 15 2 0.2% n/a
2005年03月期 連結 1,082 +23.9% 55 27 2.5% n/a

出典・参考

13件
出典・参考
  • 日経ビジネス 1973年10月1日号
  • 証券 1985年(第37巻第12号)
  • 証券アナリストジャーナル 1986年(第24巻第2号)
  • 日経ビジネス 1992年1月27日号
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2000
  • 山陽特殊製鋼 第89期事業報告書(2001年)
  • 山陽特殊製鋼 第90期事業報告書(2002年)
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2002
  • 山陽特殊製鋼 第91期事業報告書(2003年)
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2003
  • 山陽特殊製鋼 Annual Report 2004
  • 山陽特殊製鋼公式サイト「沿革」(2005年4月時点)
  • 山陽特殊製鋼 第93期事業報告書(2005年)

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