第1章 年〜年

MARUWA:丸和セラミックの設立と東証1部への指定

1973年〜瀬戸の特殊磁器屋が選んだアルミナ基板と、山の田工場の主力製品

1973年4月、愛知県瀬戸市祖母懐町に株式会社丸和セラミックが発足した。生産品目は通信機器向けの特殊磁器で、工場は上ノ切工場と本社の祖母懐工場の2か所。前身は父親が1946年に設立した丸和合資で、陶磁器の製造販売から出発し、1960年ごろに通信機用の特殊磁器へ進出した。進出の動機は、瀬戸でニューセラミックスを手掛ける2〜3社が利益を上げていたことである。名古屋工業大学教授の叔父から、技術面の援助も見込めた。株式会社の設立と同時に父親は退任し、兄が社長として経営全般を、弟の神戸誠氏が専務として製造と営業を分担した。法人化の時点で、世代交代と兄弟の分業を一度に固めたとみられる。

  • 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1973年4月 瀬戸市祖母懐町に通信機器向特殊磁器の生産を目的に株式会社丸和セラミック設立、上ノ切工場・祖母懐工場で生産開始
    • [2]1973年4月 瀬戸市祖母懐町に通信機器向特殊磁器の生産を目的に株式会社丸和セラミック設立、上ノ切工場・祖母懐工場で生産開始
  • 東海総研マネジメント 1996年4月号(通巻99号)「丸和セラミック社長 神戸誠」
    • [3]丸和合資は1946年に父が設立し陶磁器製造販売から1960年ごろ通信機用特殊磁器へ進出。瀬戸の同業2〜3社の収益と名工大教授の叔父の技術援助が動機。丸和セラミック設立時に父退任・兄社長(経営全般)・神戸誠専務(製造・営業)
    • [4]丸和合資は1946年に父が設立し陶磁器製造販売から1960年ごろ通信機用特殊磁器へ進出。瀬戸の同業2〜3社の収益と名工大教授の叔父の技術援助が動機。丸和セラミック設立時に父退任・兄社長(経営全般)・神戸誠専務(製造・営業)
    • [5]丸和合資は1946年に父が設立し陶磁器製造販売から1960年ごろ通信機用特殊磁器へ進出。瀬戸の同業2〜3社の収益と名工大教授の叔父の技術援助が動機。丸和セラミック設立時に父退任・兄社長(経営全般)・神戸誠専務(製造・営業)
    • [6]丸和合資は1946年に父が設立し陶磁器製造販売から1960年ごろ通信機用特殊磁器へ進出。瀬戸の同業2〜3社の収益と名工大教授の叔父の技術援助が動機。丸和セラミック設立時に父退任・兄社長(経営全般)・神戸誠専務(製造・営業)
  • 有価証券報告書 2008年3月期【役員の状況】
    • [7]神戸誠 昭和48年4月 専務取締役就任

神戸誠氏は1972年に愛知工業大学工学部機械科を卒業し、大手機械メーカーを約5か月で辞めて丸和合資に入社した。入社の条件はアルミナ基板を手掛けることで、京セラのアルミナ基板の販売が拡大する一方、同じ製品を生産する中小企業は1社もない状況である。主力の固定抵抗器用セラミックスは同業7社のうち4〜5番目に留まり、販売が伸び悩んだ。伸び悩みの局面で得意先の1社が持ち込んだのはチップ抵抗器用基板の話で、この品目がやがて電子回路用セラミックスの主力製品になった。成形も焼成も従来と異なり、製品化までの期間は約2年。従業員30人・売上高1億数千万円の丸和は、関東と関西の電子部品メーカーを回り、大手が敬遠する小ロットの注文も引き受けた。

  • 東海総研マネジメント 1996年4月号(通巻99号)「丸和セラミック社長 神戸誠」
    • [8]神戸誠は1972年愛知工大卒、大手機械メーカー約5か月で丸和合資入社。京セラのアルミナ基板の伸長に着目、中小で手掛ける会社は無し。製品化に約2年、従業員30人・売上高1億数千万円で関東関西を回り小ロットに対応
    • [9]神戸誠は1972年愛知工大卒、大手機械メーカー約5か月で丸和合資入社。京セラのアルミナ基板の伸長に着目、中小で手掛ける会社は無し。製品化に約2年、従業員30人・売上高1億数千万円で関東関西を回り小ロットに対応
    • [12]神戸誠は1972年愛知工大卒、大手機械メーカー約5か月で丸和合資入社。京セラのアルミナ基板の伸長に着目、中小で手掛ける会社は無し。製品化に約2年、従業員30人・売上高1億数千万円で関東関西を回り小ロットに対応
    • [13]神戸誠は1972年愛知工大卒、大手機械メーカー約5か月で丸和合資入社。京セラのアルミナ基板の伸長に着目、中小で手掛ける会社は無し。製品化に約2年、従業員30人・売上高1億数千万円で関東関西を回り小ロットに対応
  • 証券アナリストジャーナル 33巻10号 1995年10月号(神戸誠)
    • [10]固定抵抗器用セラミックスは同業7社中4〜5番目で伸び悩み、得意先からチップ抵抗器用基板を提案され電子回路用セラミックスの主力に
    • [11]固定抵抗器用セラミックスは同業7社中4〜5番目で伸び悩み、得意先からチップ抵抗器用基板を提案され電子回路用セラミックスの主力に

アルミナ基板は参入後しばらく赤字が続き、神戸誠氏は兄と衝突したこともあった。赤字の期間を支えたのは、父親が始めた固定抵抗器用セラミックスの好調である。参入から5年ほど後にチップ抵抗器向けのアルミナ基板の需要が高まり、顧客の仕様に細かく合わせた製品の売上高が急増した。チップ基板は碁盤の目状のスリットに沿って小片に割る製品で、均一に割るには高い技術が要る。この技術を確立した丸和は「チップの丸和」と呼ばれ、大手を含む全ユーザーから受注した。1981年9月に瀬戸市山の田町へ山の田工場を新設した時点で、チップ基板は売上高で最大の製品になった。1995年3月期には電子回路用セラミックスが売上高の58.8%を占めた。

  • 東海総研マネジメント 1996年4月号(通巻99号)「丸和セラミック社長 神戸誠」
    • [14]アルミナ基板は赤字続きで兄と衝突、固定抵抗器用が好調。5年ほど後にチップ抵抗器基板用の需要が高まり売上急増、1981年の山の田工場新設時には稼ぎ頭
    • [15]アルミナ基板は赤字続きで兄と衝突、固定抵抗器用が好調。5年ほど後にチップ抵抗器基板用の需要が高まり売上急増、1981年の山の田工場新設時には稼ぎ頭
    • [16]アルミナ基板は赤字続きで兄と衝突、固定抵抗器用が好調。5年ほど後にチップ抵抗器基板用の需要が高まり売上急増、1981年の山の田工場新設時には稼ぎ頭
    • [19]アルミナ基板は赤字続きで兄と衝突、固定抵抗器用が好調。5年ほど後にチップ抵抗器基板用の需要が高まり売上急増、1981年の山の田工場新設時には稼ぎ頭
  • 証券アナリストジャーナル 33巻10号 1995年10月号(神戸誠)
    • [17]チップ基板は碁盤の目のスリットで割る製品、均一に割る技術で「チップの丸和」と評価。1995年3月期構成比 電子回路用セラミックス58.8%
    • [18]チップ基板は碁盤の目のスリットで割る製品、均一に割る技術で「チップの丸和」と評価。1995年3月期構成比 電子回路用セラミックス58.8%
    • [21]チップ基板は碁盤の目のスリットで割る製品、均一に割る技術で「チップの丸和」と評価。1995年3月期構成比 電子回路用セラミックス58.8%
  • 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [20]1981年9月 瀬戸市山の田町に山の田工場(旧瀬戸工場)新設
参考文献[1]-[21]
  • 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1973年4月 瀬戸市祖母懐町に通信機器向特殊磁器の生産を目的に株式会社丸和セラミック設立、上ノ切工場・祖母懐工場で生産開始
    • [2]1973年4月 瀬戸市祖母懐町に通信機器向特殊磁器の生産を目的に株式会社丸和セラミック設立、上ノ切工場・祖母懐工場で生産開始
    • [20]1981年9月 瀬戸市山の田町に山の田工場(旧瀬戸工場)新設
  • 東海総研マネジメント 1996年4月号(通巻99号)「丸和セラミック社長 神戸誠」
    • [3]丸和合資は1946年に父が設立し陶磁器製造販売から1960年ごろ通信機用特殊磁器へ進出。瀬戸の同業2〜3社の収益と名工大教授の叔父の技術援助が動機。丸和セラミック設立時に父退任・兄社長(経営全般)・神戸誠専務(製造・営業)
    • [4]丸和合資は1946年に父が設立し陶磁器製造販売から1960年ごろ通信機用特殊磁器へ進出。瀬戸の同業2〜3社の収益と名工大教授の叔父の技術援助が動機。丸和セラミック設立時に父退任・兄社長(経営全般)・神戸誠専務(製造・営業)
    • [5]丸和合資は1946年に父が設立し陶磁器製造販売から1960年ごろ通信機用特殊磁器へ進出。瀬戸の同業2〜3社の収益と名工大教授の叔父の技術援助が動機。丸和セラミック設立時に父退任・兄社長(経営全般)・神戸誠専務(製造・営業)
    • [6]丸和合資は1946年に父が設立し陶磁器製造販売から1960年ごろ通信機用特殊磁器へ進出。瀬戸の同業2〜3社の収益と名工大教授の叔父の技術援助が動機。丸和セラミック設立時に父退任・兄社長(経営全般)・神戸誠専務(製造・営業)
    • [8]神戸誠は1972年愛知工大卒、大手機械メーカー約5か月で丸和合資入社。京セラのアルミナ基板の伸長に着目、中小で手掛ける会社は無し。製品化に約2年、従業員30人・売上高1億数千万円で関東関西を回り小ロットに対応
    • [9]神戸誠は1972年愛知工大卒、大手機械メーカー約5か月で丸和合資入社。京セラのアルミナ基板の伸長に着目、中小で手掛ける会社は無し。製品化に約2年、従業員30人・売上高1億数千万円で関東関西を回り小ロットに対応
    • [12]神戸誠は1972年愛知工大卒、大手機械メーカー約5か月で丸和合資入社。京セラのアルミナ基板の伸長に着目、中小で手掛ける会社は無し。製品化に約2年、従業員30人・売上高1億数千万円で関東関西を回り小ロットに対応
    • [13]神戸誠は1972年愛知工大卒、大手機械メーカー約5か月で丸和合資入社。京セラのアルミナ基板の伸長に着目、中小で手掛ける会社は無し。製品化に約2年、従業員30人・売上高1億数千万円で関東関西を回り小ロットに対応
    • [14]アルミナ基板は赤字続きで兄と衝突、固定抵抗器用が好調。5年ほど後にチップ抵抗器基板用の需要が高まり売上急増、1981年の山の田工場新設時には稼ぎ頭
    • [15]アルミナ基板は赤字続きで兄と衝突、固定抵抗器用が好調。5年ほど後にチップ抵抗器基板用の需要が高まり売上急増、1981年の山の田工場新設時には稼ぎ頭
    • [16]アルミナ基板は赤字続きで兄と衝突、固定抵抗器用が好調。5年ほど後にチップ抵抗器基板用の需要が高まり売上急増、1981年の山の田工場新設時には稼ぎ頭
    • [19]アルミナ基板は赤字続きで兄と衝突、固定抵抗器用が好調。5年ほど後にチップ抵抗器基板用の需要が高まり売上急増、1981年の山の田工場新設時には稼ぎ頭
  • 有価証券報告書 2008年3月期【役員の状況】
    • [7]神戸誠 昭和48年4月 専務取締役就任
  • 証券アナリストジャーナル 33巻10号 1995年10月号(神戸誠)
    • [10]固定抵抗器用セラミックスは同業7社中4〜5番目で伸び悩み、得意先からチップ抵抗器用基板を提案され電子回路用セラミックスの主力に
    • [11]固定抵抗器用セラミックスは同業7社中4〜5番目で伸び悩み、得意先からチップ抵抗器用基板を提案され電子回路用セラミックスの主力に
    • [17]チップ基板は碁盤の目のスリットで割る製品、均一に割る技術で「チップの丸和」と評価。1995年3月期構成比 電子回路用セラミックス58.8%
    • [18]チップ基板は碁盤の目のスリットで割る製品、均一に割る技術で「チップの丸和」と評価。1995年3月期構成比 電子回路用セラミックス58.8%
    • [21]チップ基板は碁盤の目のスリットで割る製品、均一に割る技術で「チップの丸和」と評価。1995年3月期構成比 電子回路用セラミックス58.8%

1983年〜スライダーセラミックスと土岐工場の機構部品、マレーシアの海外生産

丸和はアルミナ基板を足がかりに、製品分野を次々に広げた。対象はフロッピーディスク駆動装置の磁気ヘッドに使うスライダーセラミックス、薄膜IC用基板、サーマルプリンター基板である。スライダーセラミックスで丸和は後発で、先発各社は気泡を抜くため高圧をかけて焼成し、製造コストが高かった。丸和は通常の焼成で気泡をなくす製法を研究し、ユーザーの認定を取得した。その後先発各社の大半が撤退し、1995年時点の市場は丸和とK社の二分。機構部品には湯水混合栓用のバルブディスクやドットプリンタヘッド用ピンガイドも加わった。生産面では1984年4月、岐阜県土岐市鶴里町に土岐工場を新設した。製法でコストを下げたことが、後発の丸和に競争優位をもたらしたと推察される。

  • 東海総研マネジメント 1996年4月号(通巻99号)「丸和セラミック社長 神戸誠」
    • [22]アルミナ基板を足がかりにスライダーセラミックス・薄膜IC用アルミナ基板・サーマルプリンター基板へ製品分野を拡大
    • [23]アルミナ基板を足がかりにスライダーセラミックス・薄膜IC用アルミナ基板・サーマルプリンター基板へ製品分野を拡大
  • 証券アナリストジャーナル 33巻10号 1995年10月号(神戸誠)
    • [24]スライダーセラミックスは後発、先発は高圧焼成で高コスト、普通焼成で気泡をなくす方法で認定取得、先発はほぼ撤退し現在K社と二分。機構部品に湯水混合栓バルブディスク・ピンガイド
    • [25]スライダーセラミックスは後発、先発は高圧焼成で高コスト、普通焼成で気泡をなくす方法で認定取得、先発はほぼ撤退し現在K社と二分。機構部品に湯水混合栓バルブディスク・ピンガイド
    • [26]スライダーセラミックスは後発、先発は高圧焼成で高コスト、普通焼成で気泡をなくす方法で認定取得、先発はほぼ撤退し現在K社と二分。機構部品に湯水混合栓バルブディスク・ピンガイド
    • [27]スライダーセラミックスは後発、先発は高圧焼成で高コスト、普通焼成で気泡をなくす方法で認定取得、先発はほぼ撤退し現在K社と二分。機構部品に湯水混合栓バルブディスク・ピンガイド
  • 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [28]1984年4月 岐阜県土岐市鶴里町に土岐工場新設

1989年12月、丸和はマレーシアに生産子会社Maruwa(Malaysia)Sdn. Bhd.を設立した。同じ月には台湾の台北市に販売拠点を置いた。チップ基板では一時80%ほどの市場シェアを占めたものの、類似品を作りやすい分野のため大手4〜5社が参入し、シェアは低下した。神戸誠氏が示したのは、付加価値の高い製品を日本で、コストダウンを求められる製品を海外で生産し、競争力を高める方針である。マレーシア工場の管理運営は苦労が続き、その経験が海外運営のノウハウとして残った。販売拠点は1993年7月に韓国、1994年にドイツへ広がった。マレーシア子会社は税制優遇措置により1996年9月まで非課税で、高い利益率を上げた。シェアの低下を受け、量産品の原価を下げる拠点として海外生産を選んだと思われる。

  • 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [29]1989年12月 マレーシアに生産子会社Maruwa(Malaysia)Sdn. Bhd.設立、1993年7月 韓国販売子会社、1994年11月 ドイツ販売子会社設立
    • [35]1989年12月 マレーシアに生産子会社Maruwa(Malaysia)Sdn. Bhd.設立、1993年7月 韓国販売子会社、1994年11月 ドイツ販売子会社設立
  • 証券アナリストジャーナル 33巻10号 1995年10月号(神戸誠)
    • [30]チップ基板で80%ほどのシェアを持ったが大手4〜5社参入で低下。マレーシア生産子会社89年12月設立、販売拠点は台北(89年12月)・ソウル(93年7月)・フランクフルト(94年10月)。マレーシア子会社は96年9月まで非課税
    • [31]チップ基板で80%ほどのシェアを持ったが大手4〜5社参入で低下。マレーシア生産子会社89年12月設立、販売拠点は台北(89年12月)・ソウル(93年7月)・フランクフルト(94年10月)。マレーシア子会社は96年9月まで非課税
    • [34]チップ基板で80%ほどのシェアを持ったが大手4〜5社参入で低下。マレーシア生産子会社89年12月設立、販売拠点は台北(89年12月)・ソウル(93年7月)・フランクフルト(94年10月)。マレーシア子会社は96年9月まで非課税
    • [36]チップ基板で80%ほどのシェアを持ったが大手4〜5社参入で低下。マレーシア生産子会社89年12月設立、販売拠点は台北(89年12月)・ソウル(93年7月)・フランクフルト(94年10月)。マレーシア子会社は96年9月まで非課税
  • 東海総研マネジメント 1996年4月号(通巻99号)「丸和セラミック社長 神戸誠」
    • [32]付加価値の高いものは日本、コストダウンが要求されるものは海外と生産拠点を使い分ける方針。マレーシア工場の管理運営は苦労の連続でノウハウを得た
    • [33]付加価値の高いものは日本、コストダウンが要求されるものは海外と生産拠点を使い分ける方針。マレーシア工場の管理運営は苦労の連続でノウハウを得た

1992年6月、神戸誠氏が代表取締役社長に就任した。神戸誠氏は1989年12月からTaiwan MaruwaとMaruwa(Malaysia)の社長でもある。それまで丸和は誘電体セラミックなどのディバイス関係部品に力を入れず、市場で優位に立てる製品でなければ別の新製品を選ぶ方針をとった。1992年ごろに移動体通信が注目され始め、神戸誠氏はこの分野の伸びを見込み、誘電体セラミックに注力する方針を打ち出した。誘電体セラミックは誘電率が高く、マイクロ波での損失が少ない材料で、用途は通信端末の送受信ユニットの電圧制御発振器やフィルターである。1995年3月期のディバイス関係部品は売上高の7.7%にすぎず、サンプル活動を始めた段階だった。2000年3月期には高周波部品の売上高が767百万円に達した。

  • 有価証券報告書 2008年3月期【役員の状況】
    • [37]神戸誠 1989年12月 Taiwan Maruwa・Maruwa (Malaysia) 代表取締役社長就任、平成4年6月 代表取締役社長就任
    • [38]神戸誠 1989年12月 Taiwan Maruwa・Maruwa (Malaysia) 代表取締役社長就任、平成4年6月 代表取締役社長就任
  • 証券アナリストジャーナル 33巻10号 1995年10月号(神戸誠)
    • [39]ディバイス関係部品にはそれほど力を入れてこなかったが、3年ほど前(1995年時点)に移動体通信が注目され誘電体セラミックに注力、サンプル活動を開始。誘電体は高誘電率・低損失で送受信ユニットのVCO・フィルター用。95年3月期構成比7.7%
    • [40]ディバイス関係部品にはそれほど力を入れてこなかったが、3年ほど前(1995年時点)に移動体通信が注目され誘電体セラミックに注力、サンプル活動を開始。誘電体は高誘電率・低損失で送受信ユニットのVCO・フィルター用。95年3月期構成比7.7%
    • [41]ディバイス関係部品にはそれほど力を入れてこなかったが、3年ほど前(1995年時点)に移動体通信が注目され誘電体セラミックに注力、サンプル活動を開始。誘電体は高誘電率・低損失で送受信ユニットのVCO・フィルター用。95年3月期構成比7.7%
    • [42]ディバイス関係部品にはそれほど力を入れてこなかったが、3年ほど前(1995年時点)に移動体通信が注目され誘電体セラミックに注力、サンプル活動を開始。誘電体は高誘電率・低損失で送受信ユニットのVCO・フィルター用。95年3月期構成比7.7%
  • MARUWA 平成12年3月期 決算短信(連結)(2000年5月10日)
    • [43]2000年3月期 部門別売上 高周波部品767百万円
参考文献[22]-[43]
  • 東海総研マネジメント 1996年4月号(通巻99号)「丸和セラミック社長 神戸誠」
    • [22]アルミナ基板を足がかりにスライダーセラミックス・薄膜IC用アルミナ基板・サーマルプリンター基板へ製品分野を拡大
    • [23]アルミナ基板を足がかりにスライダーセラミックス・薄膜IC用アルミナ基板・サーマルプリンター基板へ製品分野を拡大
    • [32]付加価値の高いものは日本、コストダウンが要求されるものは海外と生産拠点を使い分ける方針。マレーシア工場の管理運営は苦労の連続でノウハウを得た
    • [33]付加価値の高いものは日本、コストダウンが要求されるものは海外と生産拠点を使い分ける方針。マレーシア工場の管理運営は苦労の連続でノウハウを得た
  • 証券アナリストジャーナル 33巻10号 1995年10月号(神戸誠)
    • [24]スライダーセラミックスは後発、先発は高圧焼成で高コスト、普通焼成で気泡をなくす方法で認定取得、先発はほぼ撤退し現在K社と二分。機構部品に湯水混合栓バルブディスク・ピンガイド
    • [25]スライダーセラミックスは後発、先発は高圧焼成で高コスト、普通焼成で気泡をなくす方法で認定取得、先発はほぼ撤退し現在K社と二分。機構部品に湯水混合栓バルブディスク・ピンガイド
    • [26]スライダーセラミックスは後発、先発は高圧焼成で高コスト、普通焼成で気泡をなくす方法で認定取得、先発はほぼ撤退し現在K社と二分。機構部品に湯水混合栓バルブディスク・ピンガイド
    • [27]スライダーセラミックスは後発、先発は高圧焼成で高コスト、普通焼成で気泡をなくす方法で認定取得、先発はほぼ撤退し現在K社と二分。機構部品に湯水混合栓バルブディスク・ピンガイド
    • [30]チップ基板で80%ほどのシェアを持ったが大手4〜5社参入で低下。マレーシア生産子会社89年12月設立、販売拠点は台北(89年12月)・ソウル(93年7月)・フランクフルト(94年10月)。マレーシア子会社は96年9月まで非課税
    • [31]チップ基板で80%ほどのシェアを持ったが大手4〜5社参入で低下。マレーシア生産子会社89年12月設立、販売拠点は台北(89年12月)・ソウル(93年7月)・フランクフルト(94年10月)。マレーシア子会社は96年9月まで非課税
    • [34]チップ基板で80%ほどのシェアを持ったが大手4〜5社参入で低下。マレーシア生産子会社89年12月設立、販売拠点は台北(89年12月)・ソウル(93年7月)・フランクフルト(94年10月)。マレーシア子会社は96年9月まで非課税
    • [36]チップ基板で80%ほどのシェアを持ったが大手4〜5社参入で低下。マレーシア生産子会社89年12月設立、販売拠点は台北(89年12月)・ソウル(93年7月)・フランクフルト(94年10月)。マレーシア子会社は96年9月まで非課税
    • [39]ディバイス関係部品にはそれほど力を入れてこなかったが、3年ほど前(1995年時点)に移動体通信が注目され誘電体セラミックに注力、サンプル活動を開始。誘電体は高誘電率・低損失で送受信ユニットのVCO・フィルター用。95年3月期構成比7.7%
    • [40]ディバイス関係部品にはそれほど力を入れてこなかったが、3年ほど前(1995年時点)に移動体通信が注目され誘電体セラミックに注力、サンプル活動を開始。誘電体は高誘電率・低損失で送受信ユニットのVCO・フィルター用。95年3月期構成比7.7%
    • [41]ディバイス関係部品にはそれほど力を入れてこなかったが、3年ほど前(1995年時点)に移動体通信が注目され誘電体セラミックに注力、サンプル活動を開始。誘電体は高誘電率・低損失で送受信ユニットのVCO・フィルター用。95年3月期構成比7.7%
    • [42]ディバイス関係部品にはそれほど力を入れてこなかったが、3年ほど前(1995年時点)に移動体通信が注目され誘電体セラミックに注力、サンプル活動を開始。誘電体は高誘電率・低損失で送受信ユニットのVCO・フィルター用。95年3月期構成比7.7%
  • 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [28]1984年4月 岐阜県土岐市鶴里町に土岐工場新設
    • [29]1989年12月 マレーシアに生産子会社Maruwa(Malaysia)Sdn. Bhd.設立、1993年7月 韓国販売子会社、1994年11月 ドイツ販売子会社設立
    • [35]1989年12月 マレーシアに生産子会社Maruwa(Malaysia)Sdn. Bhd.設立、1993年7月 韓国販売子会社、1994年11月 ドイツ販売子会社設立
  • 有価証券報告書 2008年3月期【役員の状況】
    • [37]神戸誠 1989年12月 Taiwan Maruwa・Maruwa (Malaysia) 代表取締役社長就任、平成4年6月 代表取締役社長就任
    • [38]神戸誠 1989年12月 Taiwan Maruwa・Maruwa (Malaysia) 代表取締役社長就任、平成4年6月 代表取締役社長就任
  • MARUWA 平成12年3月期 決算短信(連結)(2000年5月10日)
    • [43]2000年3月期 部門別売上 高周波部品767百万円

1993年〜店頭公開で建てたマレーシア第3工場と、東証1部・ロンドン上場

1995年8月22日、丸和セラミックは日本証券業協会に株式を店頭登録した。神戸誠氏は、利益が十分に出ていたため公開の是非に長く迷ったと振り返った。公開時に神戸誠氏が掲げたのは、世界の各ブロック圏に生産と販売の拠点を置く構想である。狙いは、政治経済や為替相場が変動しても事業を続けられる会社をつくることにあった。公開時の増資で得た資金の一部は、マレーシア子会社の第3棟目の工場建設に充当した。1996年3月の稼働で、マレーシアの生産能力を約5割高める計画である。欧州とNAFTA地域にも早期に生産拠点を置く計画を示した。公開後、神戸誠氏は調達資金を会社の利益になる用途にだけ使うと述べ、ファミリーカンパニーからの脱却を経営判断の基準に据えた。

  • 証券アナリストジャーナル 33巻10号 1995年10月号(神戸誠)
    • [44]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
    • [47]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
    • [48]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
    • [49]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
    • [50]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
    • [51]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
  • 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [45]1995年8月 日本証券業協会に株式を店頭登録
  • 東海総研マネジメント 1996年4月号(通巻99号)「丸和セラミック社長 神戸誠」
    • [46]利益も出ており公開すべきか随分迷った。ファミリーカンパニーから脱し、調達資金は会社のプラスになることに使う
    • [52]利益も出ており公開すべきか随分迷った。ファミリーカンパニーから脱し、調達資金は会社のプラスになることに使う

1997年6月の丸和セラミックの本社移転先は、愛知県尾張旭市である。1998年12月2日には東京証券取引所と名古屋証券取引所の市場第二部に株式を上場した。上場時の発行済株式総数は10,050,000株、グループ従業員は1,570人で、1998年3月期の販売実績は6,229,266千円だった。マーケティングの方針には『お客様が必要とする場所で必要な製品を供給したい』を掲げ、海外拠点をマレーシア・台湾・ドイツ・韓国に置いた。1998年12月には英国に販売子会社Maruwa Europe Ltd.を設立した。1999年2月には米国にも販売子会社Maruwa America Corp.を設けた。店頭市場から取引所へ上場先を移し、欧米の顧客と投資家に対する信用を補ったのだろう。

  • 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [53]1997年6月 尾張旭市へ本社移転、1998年12月 東証・名証二部上場、1998年12月 英国Maruwa Europe Ltd.、1999年2月 米国Maruwa America Corp.設立
    • [55]1997年6月 尾張旭市へ本社移転、1998年12月 東証・名証二部上場、1998年12月 英国Maruwa Europe Ltd.、1999年2月 米国Maruwa America Corp.設立
    • [58]1997年6月 尾張旭市へ本社移転、1998年12月 東証・名証二部上場、1998年12月 英国Maruwa Europe Ltd.、1999年2月 米国Maruwa America Corp.設立
    • [59]1997年6月 尾張旭市へ本社移転、1998年12月 東証・名証二部上場、1998年12月 英国Maruwa Europe Ltd.、1999年2月 米国Maruwa America Corp.設立
  • 証券 51巻2号 1999年2月号
    • [54]平成10年12月2日 東証・名証市場第二部上場、本店愛知県尾張旭市、発行済株式10,050,000株、グループ社員1,570名、平成10年3月期販売実績合計6,229,266千円、拠点マレーシア・台湾・ドイツ・韓国
    • [56]平成10年12月2日 東証・名証市場第二部上場、本店愛知県尾張旭市、発行済株式10,050,000株、グループ社員1,570名、平成10年3月期販売実績合計6,229,266千円、拠点マレーシア・台湾・ドイツ・韓国
    • [57]平成10年12月2日 東証・名証市場第二部上場、本店愛知県尾張旭市、発行済株式10,050,000株、グループ社員1,570名、平成10年3月期販売実績合計6,229,266千円、拠点マレーシア・台湾・ドイツ・韓国

丸和セラミックは1999年8月に商号を株式会社MARUWAへ改めた。2000年3月には東京・名古屋両証券取引所の市場第一部銘柄に指定された。2000年3月期は携帯電話とパソコン向け部品の需要が高まり、連結売上高は12,168百万円と前期比54%増えた。経営方針には利益重視と、セラミック材料技術を生かした事業拡大による差別化を掲げた。2000年12月、MARUWAはロンドン証券取引所とシンガポール証券取引所への上場承認を得た。日本の電子部品用セラミック専業メーカーとして初の事例である。ロンドン上場は欧州の機関投資家を中心に安定株主を増やす狙いで、英国で設立中の研究開発を兼ねた生産拠点にも寄与すると位置づけた。シンガポール上場の目的は、アジアでの知名度と生産・販売活動の強化である。

  • 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [60]1999年8月 商号を株式会社MARUWAに変更、2000年3月 東証・名証第一部指定、2000年12月 ロンドン・シンガポール証取上場
    • [61]1999年8月 商号を株式会社MARUWAに変更、2000年3月 東証・名証第一部指定、2000年12月 ロンドン・シンガポール証取上場
  • MARUWA 平成12年3月期 決算短信(連結)(2000年5月10日)
    • [62]2000年3月期 連結売上高12,168百万円(前期比54%増)、携帯・パソコン関連部品の需要増。経営方針は利益重視とセラミック材料技術を生かした事業拡大による差別化
    • [63]2000年3月期 連結売上高12,168百万円(前期比54%増)、携帯・パソコン関連部品の需要増。経営方針は利益重視とセラミック材料技術を生かした事業拡大による差別化
  • MARUWA「ロンドン証券取引所・シンガポール証券取引所への上場に関するお知らせ」(2000年12月13日)
    • [64]2000年12月 電子部品用セラミック専業として初めてロンドン・シンガポール証取上場承認。ロンドンは欧米での知名度向上と欧州機関投資家中心の優良安定株主増加、英国で研究開発を兼ねた生産拠点を設立中。シンガポールはアジアでの知名度向上と生産・販売強化
    • [65]2000年12月 電子部品用セラミック専業として初めてロンドン・シンガポール証取上場承認。ロンドンは欧米での知名度向上と欧州機関投資家中心の優良安定株主増加、英国で研究開発を兼ねた生産拠点を設立中。シンガポールはアジアでの知名度向上と生産・販売強化
    • [66]2000年12月 電子部品用セラミック専業として初めてロンドン・シンガポール証取上場承認。ロンドンは欧米での知名度向上と欧州機関投資家中心の優良安定株主増加、英国で研究開発を兼ねた生産拠点を設立中。シンガポールはアジアでの知名度向上と生産・販売強化
    • [67]2000年12月 電子部品用セラミック専業として初めてロンドン・シンガポール証取上場承認。ロンドンは欧米での知名度向上と欧州機関投資家中心の優良安定株主増加、英国で研究開発を兼ねた生産拠点を設立中。シンガポールはアジアでの知名度向上と生産・販売強化
参考文献[44]-[67]
  • 証券アナリストジャーナル 33巻10号 1995年10月号(神戸誠)
    • [44]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
    • [47]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
    • [48]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
    • [49]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
    • [50]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
    • [51]95年8月22日店頭公開。世界の各ブロック圏に生産・販売拠点を置き政治経済・為替変動に耐える会社づくり。増資資金の一部をマレーシア子会社第3棟目工場に投入、96年3月稼働で生産能力5割増。欧州・NAFTAにも生産拠点計画
  • 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
    • [45]1995年8月 日本証券業協会に株式を店頭登録
    • [53]1997年6月 尾張旭市へ本社移転、1998年12月 東証・名証二部上場、1998年12月 英国Maruwa Europe Ltd.、1999年2月 米国Maruwa America Corp.設立
    • [55]1997年6月 尾張旭市へ本社移転、1998年12月 東証・名証二部上場、1998年12月 英国Maruwa Europe Ltd.、1999年2月 米国Maruwa America Corp.設立
    • [58]1997年6月 尾張旭市へ本社移転、1998年12月 東証・名証二部上場、1998年12月 英国Maruwa Europe Ltd.、1999年2月 米国Maruwa America Corp.設立
    • [59]1997年6月 尾張旭市へ本社移転、1998年12月 東証・名証二部上場、1998年12月 英国Maruwa Europe Ltd.、1999年2月 米国Maruwa America Corp.設立
    • [60]1999年8月 商号を株式会社MARUWAに変更、2000年3月 東証・名証第一部指定、2000年12月 ロンドン・シンガポール証取上場
    • [61]1999年8月 商号を株式会社MARUWAに変更、2000年3月 東証・名証第一部指定、2000年12月 ロンドン・シンガポール証取上場
  • 東海総研マネジメント 1996年4月号(通巻99号)「丸和セラミック社長 神戸誠」
    • [46]利益も出ており公開すべきか随分迷った。ファミリーカンパニーから脱し、調達資金は会社のプラスになることに使う
    • [52]利益も出ており公開すべきか随分迷った。ファミリーカンパニーから脱し、調達資金は会社のプラスになることに使う
  • 証券 51巻2号 1999年2月号
    • [54]平成10年12月2日 東証・名証市場第二部上場、本店愛知県尾張旭市、発行済株式10,050,000株、グループ社員1,570名、平成10年3月期販売実績合計6,229,266千円、拠点マレーシア・台湾・ドイツ・韓国
    • [56]平成10年12月2日 東証・名証市場第二部上場、本店愛知県尾張旭市、発行済株式10,050,000株、グループ社員1,570名、平成10年3月期販売実績合計6,229,266千円、拠点マレーシア・台湾・ドイツ・韓国
    • [57]平成10年12月2日 東証・名証市場第二部上場、本店愛知県尾張旭市、発行済株式10,050,000株、グループ社員1,570名、平成10年3月期販売実績合計6,229,266千円、拠点マレーシア・台湾・ドイツ・韓国
  • MARUWA 平成12年3月期 決算短信(連結)(2000年5月10日)
    • [62]2000年3月期 連結売上高12,168百万円(前期比54%増)、携帯・パソコン関連部品の需要増。経営方針は利益重視とセラミック材料技術を生かした事業拡大による差別化
    • [63]2000年3月期 連結売上高12,168百万円(前期比54%増)、携帯・パソコン関連部品の需要増。経営方針は利益重視とセラミック材料技術を生かした事業拡大による差別化
  • MARUWA「ロンドン証券取引所・シンガポール証券取引所への上場に関するお知らせ」(2000年12月13日)
    • [64]2000年12月 電子部品用セラミック専業として初めてロンドン・シンガポール証取上場承認。ロンドンは欧米での知名度向上と欧州機関投資家中心の優良安定株主増加、英国で研究開発を兼ねた生産拠点を設立中。シンガポールはアジアでの知名度向上と生産・販売強化
    • [65]2000年12月 電子部品用セラミック専業として初めてロンドン・シンガポール証取上場承認。ロンドンは欧米での知名度向上と欧州機関投資家中心の優良安定株主増加、英国で研究開発を兼ねた生産拠点を設立中。シンガポールはアジアでの知名度向上と生産・販売強化
    • [66]2000年12月 電子部品用セラミック専業として初めてロンドン・シンガポール証取上場承認。ロンドンは欧米での知名度向上と欧州機関投資家中心の優良安定株主増加、英国で研究開発を兼ねた生産拠点を設立中。シンガポールはアジアでの知名度向上と生産・販売強化
    • [67]2000年12月 電子部品用セラミック専業として初めてロンドン・シンガポール証取上場承認。ロンドンは欧米での知名度向上と欧州機関投資家中心の優良安定株主増加、英国で研究開発を兼ねた生産拠点を設立中。シンガポールはアジアでの知名度向上と生産・販売強化

1973年〜2000年の業績

決算期 区分 売上高 経常利益純利益 主な投資
億円 YoY 億円 利益率 億円
1973年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1974年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1975年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1976年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1977年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1978年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1979年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1980年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1981年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1982年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1983年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1984年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1985年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1986年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1987年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1988年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1989年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1990年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1991年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1992年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1993年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1994年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1995年03月期 連結 58 n/a 11 19.0% 7 n/a
1996年03月期 連結 74 +27.6% 17 23.0% 10 n/a
1997年03月期 連結 71 ▲4.1% 13 18.3% 8 n/a
1998年03月期 連結 83 +16.9% 13 15.7% 2 n/a
1999年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2000年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a

出所:証券 1999年2月号

出典・参考

7件
出典・参考
  • MARUWA 平成12年3月期 決算短信(連結)(2000年5月10日)
  • 有価証券報告書 2008年3月期【役員の状況】
  • 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 33巻10号 1995年10月号(神戸誠)
  • 東海総研マネジメント 1996年4月号(通巻99号)「丸和セラミック社長 神戸誠」
  • 証券 51巻2号 1999年2月号
  • MARUWA「ロンドン証券取引所・シンガポール証券取引所への上場に関するお知らせ」(2000年12月13日)

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