決断
仕入れて卸す薬種商から、自ら作って売る売薬の製造元へ移った会社である。1893年に森下南陽堂として開業した森下博氏は、1905年2月に独自の処方の懐中薬である仁丹を発売した。薬局が少なく旅先で病を得る人が多かった時代に、持ち歩ける薬の需要を捉えた。並行して同じ年から用いた商標で商品を覚えさせ、のちの社長も森下博氏の宣伝を仁丹の知名度の源に挙げた。その結果、売れ行きが手作業の量を超え、1908年4月に第一製薬工場を開設して量産へ移った。
仕入れて卸す薬種商から、自ら作って売る売薬の製造元へ移った会社である。1893年に森下南陽堂として開業した森下博氏は、1905年2月に独自の処方の懐中薬である仁丹を発売した。薬局が少なく旅先で病を得る人が多かった時代に、持ち歩ける薬の需要を捉えた。並行して同じ年から用いた商標で商品を覚えさせ、のちの社長も森下博氏の宣伝を仁丹の知名度の源に挙げた。その結果、売れ行きが手作業の量を超え、1908年4月に第一製薬工場を開設して量産へ移った。
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