小野寺正

KDDI・元代表取締役社長兼会長

Onodera Tadashi(敬称略)

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社長就任 2001年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1989年6月に第二電電(DDI)の取締役となり、1995年6月に常務取締役、1997年6月に代表取締役副社長へ進んだ。2000年10月1日、DDIを存続会社としてKDDと日本移動通信(IDO)が合併しKDDIが発足すると、移動体通信を担当する副社長として、東名阪を営業区域とするツーカー3社を次世代サービスまでのつなぎ役と位置づけた。そのツーカーの設備投資は2000年度だけで1000億円を超えていた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

2001年6月、69歳の奥山雄材氏に代わり53歳で社長に就任した。KDDIは有利子負債2兆円を抱え、営業初日の2000年10月2日に株価が3万5000円安の年初来最安値をつけていた。発足時の役員は非常勤5人を含め53人、常勤48人の内訳は旧DDI25人・旧KDD14人・旧IDO9人で、たすきがけ人事はしないという合意は履行されていなかった。京セラには旧DDI主導を示す人事となり、トヨタ自動車は負債2兆円の会社へ社長を出すことを避けた。

在任中の主な施策
施策

就任と同時に執行役員制を導入し、50人を超えていた役員を12〜15人へ絞った。2002年3月には旧DDI系のPDC方式と旧IDO系のCDMA方式が併存する二重の設備を解き、CDMAへ一本化してPDC設備を順次除却した。同年12月に携帯電話向け音楽配信"着うた"を投入し、2003年8月までに累計700万ダウンロードへ達した。2003年度にはauの年間契約純増数がNTTドコモを上回り、国内首位を取った。2010年にはJCOMへ資本参加し、映像・放送を事業へ取り込んだ。 ジュピターテレコムへの資本参加auのCDMA一本化とPDC除却

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1989〜2010年
在任中の業績 FY00→FY09
就任前-
退任時(FY09)34,421億円
変化-
就任前-
退任時(FY09)12.9%
変化-

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