第3章 年〜年

オンキヨー:大朏直人の社長就任とソーテックの子会社化

1993年〜東芝株の個人取得と本体人員の半減、6年ぶりの経常黒字

1993年6月、オンキヨーは1957年から続いた東芝との資本提携を解いた。東芝の持ち株を引き取ったのは同業の事業会社ではなく、テクノグループ代表の大朏直人氏個人で、大朏氏は同月18日に社長に就任した。大朏氏は1985年の丸八工業、1991年の新白砂電機と、赤字に陥った製造業を買い取って黒字化する経験を重ねていた。当時、国内のオーディオ市場は5000億円規模から1990年代前半には2000億円まで縮んでいた。1987年に売上468億円・経常利益11億円を計上した中堅メーカーは、1992年度には17億円余りの経常損失を出していた。成長の見込めない専業子会社を親会社が手放し、再建を本業とする個人が引き受けた取引だったとみられる。

  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
    • [1]1957年6月に東芝と資本提携し、1993年6月にその資本提携を解消した。
  • 徳永卓三『ドラマを創った企業家たち』日経BP社, 1995年「当たり前経営で仲良しクラブを燃える集団に」
    • [2]1993年6月18日、テクノグループ代表の大朏直人氏が東芝保有のオンキヨー株式を個人で買い取り、社長に就任した。
    • [3]大朏直人氏は1985年に丸八工業(のちのテクノエイト)、1991年に新白砂電機(のちのテクノエース)の再建を手がけた。
    • [4]国内オーディオ市場は1980年代後半の約5000億円から1990年代前半には約2000億円へ縮小した。
    • [5]オンキヨーは1987年に売上468億円・経常利益11億円を計上し、1992年度は経常損失17億300万円を計上した。

就任から3カ月後の再建計画は、1992年3月末に1064人いた本体社員のうち460人を新会社へ移し、部長を83人から25人に減らすものだった。受け皿として1993年9月にオンキョーリブを設け、業務用スピーカーやテレビ、空気清浄器などの販売で移籍者の仕事を作った。計画を書いたのは若手幹部による再建チームで、1994年度の単年度黒字と1995年度の累積損失解消を目標に掲げた。並行して生産工程と材料の調達を見直して製造期間を縮め、80億円あった在庫を55億円まで減らし、そこで生じた資金で借入金25億円を返した。本体社員は1995年1月に590人となり、売上400億円規模に見合う人員へ合わせ込んだ。

  • 徳永卓三『ドラマを創った企業家たち』日経BP社, 1995年「当たり前経営で仲良しクラブを燃える集団に」
    • [6]大朏氏は社長就任から3カ月後、本体社員1064人(1992年3月末)のうち460人を新設会社へ移し、部長を83人から25人へ減らす計画を打ち出した。
    • [8]オンキョーリブは業務用スピーカー、カラオケ機器、パソコンソフト、空気清浄器、テレビ、アパレル製品の販売を手がけた。
    • [9]若手幹部社員による経営再建チームが、1994年度の単年度黒字化と1995年度の累積損失一掃を基本方針とした。
    • [10]生産工程と材料調達の見直しで在庫を80億円から55億円に減らし、借入金25億円を返済した。
    • [11]本体社員は1995年1月に590人となった。大朏氏は売上400億円の水準では本体人員500人が最も効率が良いとした。
  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
    • [7]1993年9月、オンキョーリブ株式会社を設立した。

人員削減と並ぶ再建の施策は、商品企画の主導権を技術・生産部門から営業部門へ移すことだった。それまでは生産部門の都合で売れる台数を超えて作り、在庫を積み上げていた。方針の切り替えは部門間の対立を招き、1993年12月には新製品の開発を巡って営業と技術が正面からぶつかり、数人の若手部長が退社した。局面を変えたのは1994年7月発売のミニコンポ「ニューESSAY」で、機能を絞って価格を下げ、月3000台の計画に対して4200台を売った。同年5月には米ルーカスフィルムとの技術提携で民生用THXシステム搭載レシーバーを出し、上位機の品揃えも補った。1995年1月の新年会で、大朏氏は1995年3月期に6年ぶりの経常黒字を見込むと社員へ伝えた。

  • 徳永卓三『ドラマを創った企業家たち』日経BP社, 1995年「当たり前経営で仲良しクラブを燃える集団に」
    • [12]大朏氏は創業以来の技術・生産部門主導を改め、営業主導を基本方針とした。
    • [13]従来は生産部門の都合で必要台数を上回るステレオを生産し、過剰在庫を抱えていた。
    • [14]1993年12月、新製品開発を巡り営業と技術・生産部門が対立し、その後数人の若手部長が退社した。
    • [15]ミニコンポ「ニューESSAY」は1994年7月に発売され、月間3000台の計画に対し4200台を販売した。
    • [17]1995年1月13日の新年会で、大朏氏は1995年3月期に6年ぶりの経常黒字を確保できる見通しを示した。
  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
    • [16]1994年5月、LUCASFILM LTD.との技術提携により世界初の民生用THXシステム搭載レシーバーを発売した。
参考文献[1]-[17]
  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
    • [1]1957年6月に東芝と資本提携し、1993年6月にその資本提携を解消した。
    • [7]1993年9月、オンキョーリブ株式会社を設立した。
    • [16]1994年5月、LUCASFILM LTD.との技術提携により世界初の民生用THXシステム搭載レシーバーを発売した。
  • 徳永卓三『ドラマを創った企業家たち』日経BP社, 1995年「当たり前経営で仲良しクラブを燃える集団に」
    • [2]1993年6月18日、テクノグループ代表の大朏直人氏が東芝保有のオンキヨー株式を個人で買い取り、社長に就任した。
    • [3]大朏直人氏は1985年に丸八工業(のちのテクノエイト)、1991年に新白砂電機(のちのテクノエース)の再建を手がけた。
    • [4]国内オーディオ市場は1980年代後半の約5000億円から1990年代前半には約2000億円へ縮小した。
    • [5]オンキヨーは1987年に売上468億円・経常利益11億円を計上し、1992年度は経常損失17億300万円を計上した。
    • [6]大朏氏は社長就任から3カ月後、本体社員1064人(1992年3月末)のうち460人を新設会社へ移し、部長を83人から25人へ減らす計画を打ち出した。
    • [8]オンキョーリブは業務用スピーカー、カラオケ機器、パソコンソフト、空気清浄器、テレビ、アパレル製品の販売を手がけた。
    • [9]若手幹部社員による経営再建チームが、1994年度の単年度黒字化と1995年度の累積損失一掃を基本方針とした。
    • [10]生産工程と材料調達の見直しで在庫を80億円から55億円に減らし、借入金25億円を返済した。
    • [11]本体社員は1995年1月に590人となった。大朏氏は売上400億円の水準では本体人員500人が最も効率が良いとした。
    • [12]大朏氏は創業以来の技術・生産部門主導を改め、営業主導を基本方針とした。
    • [13]従来は生産部門の都合で必要台数を上回るステレオを生産し、過剰在庫を抱えていた。
    • [14]1993年12月、新製品開発を巡り営業と技術・生産部門が対立し、その後数人の若手部長が退社した。
    • [15]ミニコンポ「ニューESSAY」は1994年7月に発売され、月間3000台の計画に対し4200台を販売した。
    • [17]1995年1月13日の新年会で、大朏氏は1995年3月期に6年ぶりの経常黒字を確保できる見通しを示した。

1996年〜通信・不動産の兼営と店頭登録、量販市場に参入しない中高級機の方針

1996年3月、オンキヨーはビジネスネットワークテレコムを設立し、音響機器の外に通信事業の足場を置いた。1998年2月には寝屋川市の日新・香里両工場の跡地を使って不動産賃貸事業を始め、使わなくなった土地から賃料を得る体制にした。2000年には東京・八重洲に自社ビルを取得する一方、マレーシアの生産会社を買収し、上海にも生産会社を設けた。部品の側では、自動車部品向けと家電向けのスピーカーを納めるインダストリアルコンポーネンツ事業が、2004年時点で安定した業績を上げていた。携帯型ゲーム機向けのマイクロスピーカーも収益に加わり、携帯電話への展開を次の手に置いていた。縮む完成品の損益を、部品と通信と賃貸で支える組み立てだったのだろう。

  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
    • [18]1996年3月、ビジネスネットワークテレコム株式会社を設立した。
    • [19]1998年2月、日新・香里両工場跡地の有効利用を目的として不動産賃貸事業を開始した。
    • [20]2000年2月に東京都中央区の自社ビル(オンキヨー八重洲ビル)を取得し、同年10月にマレーシアの生産会社の株式を取得、11月に上海の生産会社を設立した。
  • オンキヨー 平成17年3月期 中間決算短信(連結)(2004年11月)【経営方針】【経営成績及び財政状態】
    • [21]インダストリアルコンポーネンツ事業は自動車部品業界で安定的な業績を確保し、薄型テレビなど家電用スピーカーの受注強化を方針とした。
    • [22]携帯型ゲーム機用マイクロスピーカーが前期から業績に寄与し、携帯電話や家庭用ワイヤレス・スピーカーへの参入を目指した。

1995年の時点で、大朏氏は1997年度に累積損失を解消し、1998年度に大阪と東京の証券市場へ上場する計画を掲げていた。実際に株式を公開したのは2003年2月で、日本証券業協会への店頭登録によるものだった。2004年3月には1株を2株に分ける株式分割を決め、投資単位を下げて株主層を広げる考えを示した。同年12月には店頭登録を取り消し、ジャスダック証券取引所へ上場し直した。その一方で、自己資本比率が低く有利子負債比率が高い財務状態にあることを会社自身が認め、純有利子負債の圧縮を目標の経営指標に据えた。低金利が続く限り新株発行には頼らず、営業活動で得た資金で借入を返していく方針だった。

  • 徳永卓三『ドラマを創った企業家たち』日経BP社, 1995年「当たり前経営で仲良しクラブを燃える集団に」
    • [23]1995年時点で、1997年度に累積損失を一掃し、1998年度に株式を大阪・東京の証券市場に上場する計画があった。
  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
    • [24]2003年2月、日本証券業協会に株式を店頭登録した。
    • [26]2004年12月、店頭登録を取り消し、ジャスダック証券取引所に株式を上場した。
  • オンキヨー 平成17年3月期 中間決算短信(連結)(2004年11月)【経営方針】【経営成績及び財政状態】
    • [25]2004年3月1日の取締役会で1株を2株とする株式分割を決議し、同年5月20日に効力が発生した。投資単位の引下げを投資家層の拡大に有効とした。
    • [27]自己資本比率が低く有利子負債比率が高い財政状態にあるとし、純有利子負債額の圧縮を目標とする経営指標とした。
    • [28]低金利が続く限り新株発行による有利子負債の圧縮は予定せず、営業キャッシュ・フローで純有利子負債を圧縮する方針とした。

2004年の経営方針は、売上高至上主義と市場占有率優先主義を退け、高付加価値の中高級機に経営資源を集めると定めた。薄利多売の量販市場には参入しないと明記し、ホームオーディオでは品目を絞って原価を下げ、市場が縮んでも全商品で利益が出る体制を求めた。しかし2004年9月中間期は米国と日本の販売が伸びず、売上高179億56百万円に対して経常損失7億20百万円を計上した。価格競争の激化に加え、原油高による原材料費の上昇が採算を圧した。2005年8月には高品質音楽配信を始め、2006年にはPCの設計を取り入れたHDメディア・コンピューターを主力機として売り出した。音楽を聴く機器がPCへ移るとみて、音響専業の枠の外へ出る準備を進めたとみられる。

  • オンキヨー 平成17年3月期 中間決算短信(連結)(2004年11月)【経営方針】【経営成績及び財政状態】
    • [29]経営の基本方針として、売上高至上主義・市場占有率優先主義を排し、高付加価値の中高級機市場に経営資源を集中するとした。
    • [30]薄利多売の量販市場には参入しないとし、ホームオーディオ製品は商品ラインの絞り込みと原価低減で全商品の利益確保を目指すとした。
    • [31]2004年9月中間期の連結売上高は179億56百万円、経常損失は7億20百万円だった。
    • [32]販売価格競争の激化と原油高騰による原材料価格の上昇で採算が悪化した。
  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
    • [33]2005年8月、高品質音楽配信サービス(現 e-onkyo music)を開始した。
  • オンキヨー ビジネスレポート(2006年12月)トップメッセージ
    • [34]2006年上半期、フラッグシップモデルとしてPCアーキテクチャーを取り入れたHDメディア・コンピューターを発売した。
参考文献[18]-[34]
  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
    • [18]1996年3月、ビジネスネットワークテレコム株式会社を設立した。
    • [19]1998年2月、日新・香里両工場跡地の有効利用を目的として不動産賃貸事業を開始した。
    • [20]2000年2月に東京都中央区の自社ビル(オンキヨー八重洲ビル)を取得し、同年10月にマレーシアの生産会社の株式を取得、11月に上海の生産会社を設立した。
    • [24]2003年2月、日本証券業協会に株式を店頭登録した。
    • [26]2004年12月、店頭登録を取り消し、ジャスダック証券取引所に株式を上場した。
    • [33]2005年8月、高品質音楽配信サービス(現 e-onkyo music)を開始した。
  • オンキヨー 平成17年3月期 中間決算短信(連結)(2004年11月)【経営方針】【経営成績及び財政状態】
    • [21]インダストリアルコンポーネンツ事業は自動車部品業界で安定的な業績を確保し、薄型テレビなど家電用スピーカーの受注強化を方針とした。
    • [22]携帯型ゲーム機用マイクロスピーカーが前期から業績に寄与し、携帯電話や家庭用ワイヤレス・スピーカーへの参入を目指した。
    • [25]2004年3月1日の取締役会で1株を2株とする株式分割を決議し、同年5月20日に効力が発生した。投資単位の引下げを投資家層の拡大に有効とした。
    • [27]自己資本比率が低く有利子負債比率が高い財政状態にあるとし、純有利子負債額の圧縮を目標とする経営指標とした。
    • [28]低金利が続く限り新株発行による有利子負債の圧縮は予定せず、営業キャッシュ・フローで純有利子負債を圧縮する方針とした。
    • [29]経営の基本方針として、売上高至上主義・市場占有率優先主義を排し、高付加価値の中高級機市場に経営資源を集中するとした。
    • [30]薄利多売の量販市場には参入しないとし、ホームオーディオ製品は商品ラインの絞り込みと原価低減で全商品の利益確保を目指すとした。
    • [31]2004年9月中間期の連結売上高は179億56百万円、経常損失は7億20百万円だった。
    • [32]販売価格競争の激化と原油高騰による原材料価格の上昇で採算が悪化した。
  • 徳永卓三『ドラマを創った企業家たち』日経BP社, 1995年「当たり前経営で仲良しクラブを燃える集団に」
    • [23]1995年時点で、1997年度に累積損失を一掃し、1998年度に株式を大阪・東京の証券市場に上場する計画があった。
  • オンキヨー ビジネスレポート(2006年12月)トップメッセージ
    • [34]2006年上半期、フラッグシップモデルとしてPCアーキテクチャーを取り入れたHDメディア・コンピューターを発売した。

2007年〜ソーテックの子会社化と量販店向けPCからの撤退、ギブソン・ティアックとの提携

2007年7月2日、オンキヨーは取締役会でパソコンメーカーのソーテックとの資本・業務提携を決めた。公開買付けと第三者割当増資の引き受けを組み合わせて発行済株式の50.1%を握る設計で、買付価格は1株2万6434円とした。国内ではデジタルオーディオプレーヤーの普及でMD搭載ミニコンポの市場が急速に縮んでいた。新経営戦略「全速プラン V625」は、配信からPC、アンプ、スピーカーまでを高品位でそろえる構想を掲げた。ソーテックは年17万台超を売っていたが6期続けて当期純損失を出しており、筆頭株主のファンドと会社の双方から支援の相談を受けていた。株式の取得は公開買付けを経て同年8月に済み、ソーテックは連結子会社となった。3年前に量販市場へ参入しないと定めた会社が、量販店を主な販路とするPCメーカーを抱えたことになる。

  • オンキヨー お知らせ「株式会社ソーテックとの業務・資本提携、同社株式の公開買付けの開始および株式の取得(子会社化)に関するお知らせ」(2007年7月2日)
    • [35]2007年7月2日の取締役会で、ソーテックとの業務・資本提携、公開買付けによる株式取得、第三者割当の引受けによる子会社化を決議した。
    • [36]公開買付けと第三者割当増資をあわせてソーテックの発行済株式総数の50.1%を保有する計画で、買付価格は1株26,434円とした。
    • [37]日本市場ではデジタルオーディオプレーヤーの急速な普及により、MD搭載ミニコンポ市場が急激に縮小していた。
    • [38]新経営戦略「全速プラン V625」で、コンテンツ配信からエンターテイメントPC、アンプ、スピーカーまでを「高品位」で提案することを掲げた。
    • [39]ソーテックは年間17万台超の販売実績を持つ一方、6期続けて当期純損失を計上し、筆頭株主ACTIV Investments Fundと同社の双方から支援の相談・要請があった。
  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
    • [40]2007年8月、株式会社ソーテックの株式を取得した。

2008年1月にはテクノエイトの株式を取得して連結子会社とし、同年9月にソーテックを吸収合併してPC事業を本体に取り込んだ。2009年3月期の連結売上高は、両者の寄与で前期より259億29百万円多い850億23百万円に膨らんだ。しかし原材料高と販売価格の下落に自動車市場の縮小が重なり、営業損益は19億39百万円の赤字となった。年後半の急な円高で為替差損18億31百万円も生じ、当期純損失は63億20百万円に達した。策定中だった中期経営計画は抜本的に見直すことになった。2009年5月にはテクノエイトの全株式を手放し、同年10月にはPCへONKYOブランドを付けてカンパニー制を敷いた。同年12月の株主通信では、会長の大朏時久氏が新体制のもとで子会社売却と事業の再編を進めたと報告した。

  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
    • [41]2008年1月にテクノエイト株式会社の株式を取得して連結子会社化し、同年9月に株式会社ソーテックを吸収合併した。
    • [46]2009年5月にテクノエイト株式会社の全株式を譲渡し、同年10月にPC製品へ「ONKYO」ブランドを本格展開してカンパニー制を導入した。
  • オンキヨー 平成21年3月期 決算短信(2009年5月)【経営成績】【経営方針】
    • [42]2009年3月期の連結売上高は、テクノエイトグループとSOTECブランドPC事業の寄与により前期比259億29百万円増の850億23百万円だった。
    • [43]原材料価格の高騰、販売価格の下落、自動車市場の急速な縮小により、2009年3月期は営業損失19億39百万円を計上した。
    • [44]為替差損18億31百万円などで経常損失38億25百万円となり、当期純損失は63億20百万円だった。
    • [45]策定中であった中期経営計画を抜本的に見直すとした。
  • オンキヨー 第87期第2四半期 ビジネスレポート(2009年12月)株主の皆様へ
    • [47]2009年12月のビジネスレポートで、代表取締役会長の大朏時久氏が新経営体制の下で子会社の売却と各事業の強化・再編を進めたと述べた。

2010年6月の株主通信で、代表取締役社長の大朏宗徳氏はAV・PC・OEMの各事業を分社して持株会社制へ移る方針を示した。同年10月に単独株式移転で持株会社を設け、12月にPC事業を新設のオンキヨーデジタルソリューションズへ切り出した。2012年3月期には不採算となった量販店向けのPC営業から撤退し、PC事業の売上高は前期比69億88百万円減の24億9百万円にとどまった。同年6月にはPC事業会社の全株式を韓国Moneualとの合弁会社へ譲渡し、ソーテック取得から5年足らずでPCを手放した。代わりに2012年1月、米ギブソンへ発行済株式の17.2%にあたる新株を割り当てて提携し、同月ティアックとも資本・業務提携を結んだ。協業による原価と経費の削減が効き、2013年3月期は営業利益7億40百万円と黒字に転じた。

  • オンキヨー 第87期 ビジネスレポート(2010年6月)株主の皆様へ
    • [48]2010年6月のビジネスレポートで、代表取締役社長の大朏宗徳氏がAV・PC・OEM事業の強化を目的に各事業を分社化し持株会社制へ移行する予定と述べた。
  • オンキヨー 有価証券報告書(第5期・2015年3月期)【沿革】
    • [49]2010年10月に単独株式移転で持株会社を設立し、同年12月にPC事業をオンキヨーデジタルソリューションズ株式会社へ新設分割で承継させ、純粋持株会社制へ移行した。
    • [51]2012年6月、Moneual Onkyo Lifestyle Inc.を韓国Moneual Inc.と合弁で設立し、オンキヨーデジタルソリューションズの全株式を同社へ譲渡した。
    • [53]2012年1月、ティアック株式会社と資本・業務提携契約を締結した。
  • オンキヨー 平成24年3月期 決算短信(2012年5月)【経営成績】
    • [50]2012年3月期、PC事業は量販店向け営業からの撤退などで売上高が前期比69億88百万円減の24億9百万円となり、13億62百万円のセグメント損失を計上した。
  • オンキヨー お知らせ「ギブソン社との資本・業務提携について」(2012年1月4日)
    • [52]2012年1月、Gibson Guitar Corp.との資本・業務提携で、ギブソン社が発行済株式総数の17.2%にあたる8,240,200株を取得することとした。
  • オンキヨー 第3期 ビジネスレポート(2013年6月)トップメッセージ
    • [54]2013年3月期は協業による生産・購買・物流コストの低減などで営業利益7億40百万円となり、営業利益・経常利益とも黒字化した。
参考文献[35]-[54]
  • オンキヨー お知らせ「株式会社ソーテックとの業務・資本提携、同社株式の公開買付けの開始および株式の取得(子会社化)に関するお知らせ」(2007年7月2日)
    • [35]2007年7月2日の取締役会で、ソーテックとの業務・資本提携、公開買付けによる株式取得、第三者割当の引受けによる子会社化を決議した。
    • [36]公開買付けと第三者割当増資をあわせてソーテックの発行済株式総数の50.1%を保有する計画で、買付価格は1株26,434円とした。
    • [37]日本市場ではデジタルオーディオプレーヤーの急速な普及により、MD搭載ミニコンポ市場が急激に縮小していた。
    • [38]新経営戦略「全速プラン V625」で、コンテンツ配信からエンターテイメントPC、アンプ、スピーカーまでを「高品位」で提案することを掲げた。
    • [39]ソーテックは年間17万台超の販売実績を持つ一方、6期続けて当期純損失を計上し、筆頭株主ACTIV Investments Fundと同社の双方から支援の相談・要請があった。
  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
    • [40]2007年8月、株式会社ソーテックの株式を取得した。
    • [41]2008年1月にテクノエイト株式会社の株式を取得して連結子会社化し、同年9月に株式会社ソーテックを吸収合併した。
    • [46]2009年5月にテクノエイト株式会社の全株式を譲渡し、同年10月にPC製品へ「ONKYO」ブランドを本格展開してカンパニー制を導入した。
  • オンキヨー 平成21年3月期 決算短信(2009年5月)【経営成績】【経営方針】
    • [42]2009年3月期の連結売上高は、テクノエイトグループとSOTECブランドPC事業の寄与により前期比259億29百万円増の850億23百万円だった。
    • [43]原材料価格の高騰、販売価格の下落、自動車市場の急速な縮小により、2009年3月期は営業損失19億39百万円を計上した。
    • [44]為替差損18億31百万円などで経常損失38億25百万円となり、当期純損失は63億20百万円だった。
    • [45]策定中であった中期経営計画を抜本的に見直すとした。
  • オンキヨー 第87期第2四半期 ビジネスレポート(2009年12月)株主の皆様へ
    • [47]2009年12月のビジネスレポートで、代表取締役会長の大朏時久氏が新経営体制の下で子会社の売却と各事業の強化・再編を進めたと述べた。
  • オンキヨー 第87期 ビジネスレポート(2010年6月)株主の皆様へ
    • [48]2010年6月のビジネスレポートで、代表取締役社長の大朏宗徳氏がAV・PC・OEM事業の強化を目的に各事業を分社化し持株会社制へ移行する予定と述べた。
  • オンキヨー 有価証券報告書(第5期・2015年3月期)【沿革】
    • [49]2010年10月に単独株式移転で持株会社を設立し、同年12月にPC事業をオンキヨーデジタルソリューションズ株式会社へ新設分割で承継させ、純粋持株会社制へ移行した。
    • [51]2012年6月、Moneual Onkyo Lifestyle Inc.を韓国Moneual Inc.と合弁で設立し、オンキヨーデジタルソリューションズの全株式を同社へ譲渡した。
    • [53]2012年1月、ティアック株式会社と資本・業務提携契約を締結した。
  • オンキヨー 平成24年3月期 決算短信(2012年5月)【経営成績】
    • [50]2012年3月期、PC事業は量販店向け営業からの撤退などで売上高が前期比69億88百万円減の24億9百万円となり、13億62百万円のセグメント損失を計上した。
  • オンキヨー お知らせ「ギブソン社との資本・業務提携について」(2012年1月4日)
    • [52]2012年1月、Gibson Guitar Corp.との資本・業務提携で、ギブソン社が発行済株式総数の17.2%にあたる8,240,200株を取得することとした。
  • オンキヨー 第3期 ビジネスレポート(2013年6月)トップメッセージ
    • [54]2013年3月期は協業による生産・購買・物流コストの低減などで営業利益7億40百万円となり、営業利益・経常利益とも黒字化した。

1993年〜2014年の業績

決算期 区分 売上高 経常利益純利益 主な投資
億円 YoY 億円 利益率 億円
1993年 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1994年 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1995年 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1996年 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1997年 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1998年 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1999年 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2000年 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2001年 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2002年03月期 連結 479 n/a 8 1.7% 2 n/a
2003年03月期 連結 509 +6.3% 22 4.3% 13 n/a
2004年03月期 連結 449 ▲11.8% 22 4.9% 13 n/a
2005年03月期 連結 444 ▲1.1% 3 0.7% 4 n/a
2006年03月期 連結 451 +1.6% ▲6 ▲1.3% ▲9 n/a
2007年03月期 連結 465 +3.1% 6 1.3% ▲6 n/a
2008年03月期 連結 591 +27.1% 11 1.9% 5 n/a
2009年03月期 連結 850 +43.8% ▲38 ▲4.5% ▲63 n/a
2010年03月期 連結 510 ▲40.0% 8 1.6% 3 n/a
2011年03月期 連結 526 +3.1% 3 0.6% 1 n/a
2012年03月期 連結 434 ▲17.5% ▲25 ▲5.8% ▲34 n/a
2013年03月期 連結 355 ▲18.2% 4 1.1% 4 n/a
2014年03月期 連結 361 +1.7% ▲5 ▲1.4% ▲5 n/a

出所:有価証券報告書(第83期)主要な経営指標等の推移、有価証券報告書(第83期、第87期)主要な経営指標等の推移、有価証券報告書(第87期)主要な経営指標等の推移

出典・参考

12件
出典・参考
  • オンキヨー 平成17年3月期 中間決算短信(連結)(2004年11月)【経営方針】【経営成績及び財政状態】
  • オンキヨー 平成21年3月期 決算短信(2009年5月)【経営成績】【経営方針】
  • オンキヨー 有価証券報告書(第87期・2010年3月期)【沿革】
  • オンキヨー 平成24年3月期 決算短信(2012年5月)【経営成績】
  • オンキヨー 有価証券報告書(第5期・2015年3月期)【沿革】
  • 徳永卓三『ドラマを創った企業家たち』日経BP社, 1995年「当たり前経営で仲良しクラブを燃える集団に」
  • オンキヨー ビジネスレポート(2006年12月)トップメッセージ
  • オンキヨー お知らせ「株式会社ソーテックとの業務・資本提携、同社株式の公開買付けの開始および株式の取得(子会社化)に関するお知らせ」(2007年7月2日)
  • オンキヨー 第87期第2四半期 ビジネスレポート(2009年12月)株主の皆様へ
  • オンキヨー 第87期 ビジネスレポート(2010年6月)株主の皆様へ
  • オンキヨー お知らせ「ギブソン社との資本・業務提携について」(2012年1月4日)
  • オンキヨー 第3期 ビジネスレポート(2013年6月)トップメッセージ

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