第4章 年〜年

味の素:オニケム買収による欧州進出と総会屋への利益供与事件

1989年〜「WE-21」の国内売上1兆円目標と、オムニケム買収・カルピスへの資本参加

1989年4月27日の取締役会で、歌田勝弘社長の退任と鳥羽董専務の社長昇格が内定した。歌田氏は創業80周年のこの年を区切りとし、2000年に世界の一流企業となるための土台として長期経営構想「WE-21」を策定したうえで、その実行を次の体制に委ねた。計画の数字は、2000年までに味の素本体の国内売上高1兆円、関係会社2000億円、海外30億ドルで、行き着く先の姿には多国籍食品企業のユニリーバが重ねられた。起点となる1991年3月期の本体売上高は約5000億円であり、国内だけで売上を倍にする必要があった。鳥羽氏は最初の中期3カ年計画で調味料・油脂、食品、海外、欧州の4事業本部を置き、国内3カ所・海外3カ所の工場と物流拠点へ大型投資を振り向けた。世界の食品大手と規模で並ぶことが、この時期の経営の物差しだった。

  • 味をたがやす 味の素八十年史(味の素株式会社、1990年)
    • [1]1989年4月27日 取締役会で歌田勝弘社長の退任・名誉会長就任と鳥羽董専務の社長就任を内定
    • [2]歌田社長は創業80周年を機に、2000年に世界の一流企業であるための基礎づくりとして「WE-21」を策定し、実践を新体制に委ねる意志を表明した
  • 日経ビジネス 1992年3月16日号
    • [3]WE-21の目標は2000年までに国内で味の素本体1兆円・関係会社2000億円、海外で30億ドルの売上高。最終的な企業像はユニリーバと目された
    • [4]1991年3月期の味の素本体の売上高(輸出を含む)は約5000億円
    • [5]鳥羽社長の最初の中期3カ年計画で4事業本部制(調味料・油脂、食品、海外、欧州)を導入し、新本社ビル、国内工場3カ所、タイ・米国・フランスの工場3カ所、国内物流センター2カ所へ大型投資

同じ中期計画の中で、欧州向けに打った手がベルギーのファインケミカル会社オムニケム社の買収だった。欧州共同体の市場統合を見越した案件である。味の素は1989年にオムニケム社を買い取り、医薬品の受託開発・製造へ本格的に参入した。一方で1991年3月期の売上構成は食品47%、調味料20%、油脂製品14%、医薬品・アミノ酸・化成品14%となり、調味料のうちグルタミン酸ソーダは4分の1ほどにすぎなかった。多角化は進んだが、調味料以外は同業の後を追う二番手、三番手の商品が多かった。鳥羽氏はこの点を省みて、『早い話、何でも屋ではありませんから、より重点志向を強めたいと思う』と語った。拡張と絞り込みを同じ計画期間に進めざるを得なかったのは、規模の目標を追いながら収益力の不足も抱えていたためとみられる。

  • 日経ビジネス 1992年3月16日号
    • [6]中期3カ年計画の実績として、欧州共同体の市場統合をにらんだベルギーのファインケミカル会社オムニケム社の買収が挙げられた
    • [8]1991年3月期の売上高約5000億円の内訳は食品47%、油脂製品14%、医薬品・アミノ酸・化成品14%、その他5%、調味料20%。調味料のうちグルタミン酸ソーダは4分の1程度
    • [9]調味料製品以外はライバル会社の商品に次ぐ二番手・三番手商品が多く、強力な新製品も出ていなかった
    • [10]鳥羽社長は多角化を反省し、安易に異分野へ出るべきではなく重点志向を強めるとした
  • 味の素グループ 統合報告書「ASV REPORT 2024」
    • [7]1989年 オムニケム社を買収し、CDMO事業に本格参入

飲料では、自前の事業を他社へ移して育てる道を選んだ。味の素はカルピス食品工業に資本を入れ、その際の覚書で自社の飲料事業をカルピスへ移すことを取り決めた。1990年10月に専務の稲森俊介氏がカルピスの顧問となり、飲料の担当者を含む29人が同行した。1991年2月1日に味の素の飲料事業部がカルピスに統合されると、両社を合わせて180に達した品目を売れ筋と戦略商品に絞り、6万台の自動販売機を10万台まで増やす方針を立てた。稲森氏は1991年3月に社長に就き、在任中に「カルピスウォーター」が大型商品に育った。鳥羽氏は次の中期計画に向け、味の素、メルシャン、味の素ゼネラルフーヅ、カルピスの4社を中核とするグループ経営を掲げた。飲料を手放したのではなく、単品に強い会社の販路と商品力に自社の事業を預けたのである。

  • 日経ビジネス 1996年5月13日号
    • [11]味の素が資本参加の際に交わした覚書に、味の素の飲料事業をカルピスへ移管することが含まれていた
    • [12]稲森俊介氏は1990年10月にカルピス食品工業顧問となり、飲料事業担当者を含む約29人を味の素から連れて行った
    • [14]稲森氏は1991年3月にカルピス食品工業社長に就任し、カルピスウォーターが大ヒット商品となった
  • 総合食品 1991年「味の素飲料事業部との統合初年度 カルピス食品工業に聞く今年の販売政策」
    • [13]1991年2月1日 味の素の飲料事業部がカルピスに統合。両社計180アイテムを絞り込み、自販機を6万台から10万台体制へ増やす方針
  • 日経ビジネス 1992年3月16日号
    • [15]次の中期計画では味の素・メルシャン・味の素ゼネラルフーヅ・カルピス食品工業の4社を中核とするグループ経営を目指す
参考文献[1]-[15]
  • 味をたがやす 味の素八十年史(味の素株式会社、1990年)
    • [1]1989年4月27日 取締役会で歌田勝弘社長の退任・名誉会長就任と鳥羽董専務の社長就任を内定
    • [2]歌田社長は創業80周年を機に、2000年に世界の一流企業であるための基礎づくりとして「WE-21」を策定し、実践を新体制に委ねる意志を表明した
  • 日経ビジネス 1992年3月16日号
    • [3]WE-21の目標は2000年までに国内で味の素本体1兆円・関係会社2000億円、海外で30億ドルの売上高。最終的な企業像はユニリーバと目された
    • [4]1991年3月期の味の素本体の売上高(輸出を含む)は約5000億円
    • [5]鳥羽社長の最初の中期3カ年計画で4事業本部制(調味料・油脂、食品、海外、欧州)を導入し、新本社ビル、国内工場3カ所、タイ・米国・フランスの工場3カ所、国内物流センター2カ所へ大型投資
    • [6]中期3カ年計画の実績として、欧州共同体の市場統合をにらんだベルギーのファインケミカル会社オムニケム社の買収が挙げられた
    • [8]1991年3月期の売上高約5000億円の内訳は食品47%、油脂製品14%、医薬品・アミノ酸・化成品14%、その他5%、調味料20%。調味料のうちグルタミン酸ソーダは4分の1程度
    • [9]調味料製品以外はライバル会社の商品に次ぐ二番手・三番手商品が多く、強力な新製品も出ていなかった
    • [10]鳥羽社長は多角化を反省し、安易に異分野へ出るべきではなく重点志向を強めるとした
    • [15]次の中期計画では味の素・メルシャン・味の素ゼネラルフーヅ・カルピス食品工業の4社を中核とするグループ経営を目指す
  • 味の素グループ 統合報告書「ASV REPORT 2024」
    • [7]1989年 オムニケム社を買収し、CDMO事業に本格参入
  • 日経ビジネス 1996年5月13日号
    • [11]味の素が資本参加の際に交わした覚書に、味の素の飲料事業をカルピスへ移管することが含まれていた
    • [12]稲森俊介氏は1990年10月にカルピス食品工業顧問となり、飲料事業担当者を含む約29人を味の素から連れて行った
    • [14]稲森氏は1991年3月にカルピス食品工業社長に就任し、カルピスウォーターが大ヒット商品となった
  • 総合食品 1991年「味の素飲料事業部との統合初年度 カルピス食品工業に聞く今年の販売政策」
    • [13]1991年2月1日 味の素の飲料事業部がカルピスに統合。両社計180アイテムを絞り込み、自販機を6万台から10万台体制へ増やす方針

1995年〜ゴルフ場清算の90億円損失と、総会屋への利益供与事件による社長・名誉会長の退任

1995年6月、稲森俊介氏がカルピスの社長から味の素の社長に転じた。稲森氏は就任前に人事の腹案を固め、国内・海外・生産・研究開発をそれぞれ統括する4人の専務を置いて責任の所在をはっきりさせた。1995年9月ごろからWE-21の総括に取りかかり、年5%前後の経済成長と1ドル150円を前提とした計画が、ゼロ成長と円高の下で成り立たなくなっていたことを確かめた。そのうえで当面の指標をROE5%とし、世界で戦うには6%前後が要ると見積もった。買収については『基本条件として味の素本体のROEが5%ぐらいにならないと、健全な買収はできません。』と述べ、本体の収益力を先に立て直す順番を示した。1980年代後半から千葉県富津で進めていたゴルフ場計画は清算を選び、1996年3月期に90億円の損失を出して幕を引いた。規模を追う計画を収益の目標に置き換える作業は、前の時代の案件を閉じるところから始まった。

  • 日経ビジネス 1996年5月13日号
    • [16]稲森俊介氏は1995年6月に味の素社長に就任(前職はカルピス食品工業社長)
    • [17]就任前に人事の腹案をつくり、国内・海外・生産・研究開発を総括する4人の専務を置いて責任体制を明確にした
    • [18]1995年9月頃からWE-21の総括を始めた。計画は5%程度の経済成長と1ドル150円を前提としていたが、現実はゼロ成長ないし1%成長で円高だった
    • [19]ROE5%程度を当面の目標とし、世界のプレーヤーになるには6%程度が必要とした
    • [20]M&Aは今はその時ではなく、まず実力をつけるとした
    • [21]1980年代後半から富津(千葉県)で進めていたゴルフ場計画について、継続・凍結・清算の3案から清算を選んだ
  • 日経ビジネス 1997年3月24日号
    • [22]1996年3月期に90億円の損失を出してゴルフ場を解散した

1997年3月、味の素が株主総会の対策として総会屋に利益を供与していたことが発覚した。3月11日の記者会見で、稲森社長は『社内の古い体質を変えようと努力してきただけに残念です』という言葉を何度も口にした。対策費として担当者に年1億円の予算が割り当てられていたことも明らかになり、元総務課長が逮捕された。稲森氏は4月の臨時取締役会で辞任が決まり、創業家直系の鈴木三郎助名誉会長も取締役を退いて相談役に回った。鈴木氏にも退任を求めた理由について、稲森氏は製造現場から責任の所在を明らかにせよという強い声が上がったためと説明した。後任には1997年6月、専務の江頭邦雄氏が就いた。味の素は後年、この件を商法違反事件として自社の歩みに記し、ガバナンス強化の起点に据えた。

  • 日経ビジネス 1997年6月2日号
    • [23]1997年3月 株主総会対策として総会屋に現金を渡していたことが発覚
    • [25]担当者に年間1億円の対策予算が与えられていたことが明らかになり、元総務課長が逮捕された
    • [26]稲森社長の辞任が臨時取締役会で決まり、鈴木三郎助名誉会長は事件の責任をとる形で取締役を辞し相談役に退いた
    • [27]稲森氏によると、鈴木氏に取締役退任を求めたのは製造現場から事件の責任をはっきりさせてほしいという強い意見が出たため
  • 日経ビジネス 1997年3月24日号
    • [24]総会屋への利益供与事件が明るみに出た後、稲森俊介社長は11日の記者会見で古い体質を変える努力をしてきたので残念だと繰り返した
  • 日経ビジネス 1998年6月22日号
    • [28]江頭邦雄氏は1997年6月、利益供与事件の後に退任した稲森俊介前社長の後任社長に就任(前職は専務)
  • 味の素グループ 統合報告書「ASV REPORT 2024」
    • [29]1997年 商法違反事件(総会屋への利益供与)発生。ガバナンス強化へ

鈴木三郎助氏を含め会長・社長を務めた4人は、取締役の座を離れても相談役の肩書で取締役会に顔を出していた。4氏はグループ各社の首脳人事にも強い影響力を持っており、社長の上に歴代の経営者が折り重なる意思決定の仕組みが事件の根として問題視された。鈴木氏自身は、事件は総務部にとどまる話であり社風に手を入れるには及ばないと反論した。一方、社長に就いた江頭氏は国内外211カ所の事業所と得意先を訪ねて社員と対話し、年2回の経営説明の場を設けたうえで、相談役には取締役会への出席を控えるよう求めた。29人の取締役全員が発言する運営に切り替え、労働組合の代表も加わる企業行動委員会もつくった。事件と風土の関係について、江頭氏は『利益供与事件は、社内に「見て見ぬふり」があったから発覚が遅れたんです。』と振り返った。

  • 日経ビジネス 1997年6月2日号
    • [30]鈴木三郎助氏のほか歴代社長3人が、取締役を退いた後も相談役として取締役会に出席していた
    • [32]鈴木三郎助氏は利益供与は総務部の問題であり、社風の改善は必要ないとした
  • 日経ビジネス 1997年3月24日号
    • [31]鈴木恭二相談役、鈴木三郎助名誉会長、渡辺文蔵・歌田勝弘両相談役の4人がグループ企業のトップ人事に強い影響力を持っていると報じられた
  • 日経ビジネス 1998年6月22日号
    • [33]江頭社長は就任後、国内と海外の211カ所の事業所や得意先を回り社員と話をした
    • [34]相談役に取締役会への出席を遠慮するよう求めて了承を得、代わりに年2回相談役を招いて経営状況を説明した
    • [35]29人の取締役全員が発言できる仕組みとし、労働組合の代表も参加する企業行動委員会を設けた
    • [36]江頭氏は利益供与事件と長老支配の体制には、自由にモノを言えない風土という意味で間接的な関係があったとした
参考文献[16]-[36]
  • 日経ビジネス 1996年5月13日号
    • [16]稲森俊介氏は1995年6月に味の素社長に就任(前職はカルピス食品工業社長)
    • [17]就任前に人事の腹案をつくり、国内・海外・生産・研究開発を総括する4人の専務を置いて責任体制を明確にした
    • [18]1995年9月頃からWE-21の総括を始めた。計画は5%程度の経済成長と1ドル150円を前提としていたが、現実はゼロ成長ないし1%成長で円高だった
    • [19]ROE5%程度を当面の目標とし、世界のプレーヤーになるには6%程度が必要とした
    • [20]M&Aは今はその時ではなく、まず実力をつけるとした
    • [21]1980年代後半から富津(千葉県)で進めていたゴルフ場計画について、継続・凍結・清算の3案から清算を選んだ
  • 日経ビジネス 1997年3月24日号
    • [22]1996年3月期に90億円の損失を出してゴルフ場を解散した
    • [24]総会屋への利益供与事件が明るみに出た後、稲森俊介社長は11日の記者会見で古い体質を変える努力をしてきたので残念だと繰り返した
    • [31]鈴木恭二相談役、鈴木三郎助名誉会長、渡辺文蔵・歌田勝弘両相談役の4人がグループ企業のトップ人事に強い影響力を持っていると報じられた
  • 日経ビジネス 1997年6月2日号
    • [23]1997年3月 株主総会対策として総会屋に現金を渡していたことが発覚
    • [25]担当者に年間1億円の対策予算が与えられていたことが明らかになり、元総務課長が逮捕された
    • [26]稲森社長の辞任が臨時取締役会で決まり、鈴木三郎助名誉会長は事件の責任をとる形で取締役を辞し相談役に退いた
    • [27]稲森氏によると、鈴木氏に取締役退任を求めたのは製造現場から事件の責任をはっきりさせてほしいという強い意見が出たため
    • [30]鈴木三郎助氏のほか歴代社長3人が、取締役を退いた後も相談役として取締役会に出席していた
    • [32]鈴木三郎助氏は利益供与は総務部の問題であり、社風の改善は必要ないとした
  • 日経ビジネス 1998年6月22日号
    • [28]江頭邦雄氏は1997年6月、利益供与事件の後に退任した稲森俊介前社長の後任社長に就任(前職は専務)
    • [33]江頭社長は就任後、国内と海外の211カ所の事業所や得意先を回り社員と話をした
    • [34]相談役に取締役会への出席を遠慮するよう求めて了承を得、代わりに年2回相談役を招いて経営状況を説明した
    • [35]29人の取締役全員が発言できる仕組みとし、労働組合の代表も参加する企業行動委員会を設けた
    • [36]江頭氏は利益供与事件と長老支配の体制には、自由にモノを言えない風土という意味で間接的な関係があったとした
  • 味の素グループ 統合報告書「ASV REPORT 2024」
    • [29]1997年 商法違反事件(総会屋への利益供与)発生。ガバナンス強化へ

1998年〜味の素ファインテクノ設立とABF発売、ROE6%と10%を掲げた二つの中期計画

事件の整理を終えた江頭氏が次に掲げたのは、アミノ酸の技術を軸にした「技術立社」だった。江頭氏は、調味料も医薬品もアミノ酸系の技術から生まれたものであり、世界企業に追いつくには他社と違う持ち味が要ると説いた。1998年10月、味の素は味の素ファインテクノを設立した。翌1999年には半導体基板用の層間絶縁材料「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」を発売した。絶縁材はそれまでインク状で扱われており、これをフィルムに変えたことがABFの地位を決めた。中核事業について江頭氏は『ナンバーツーは危険です。特に弱いナンバーツーはいけません。』と語り、首位を守るためなら再編もためらわない考えを示した。食品の本流から離れた場所で、アミノ酸の化学が新しい市場を得た。

  • 日経ビジネス 1998年6月22日号
    • [37]江頭社長は世界に誇れるのはアミノ酸系の技術で、調味料も医薬品もその技術を使うとし、他社とひと味違うものを持つためアミノ酸系を中心に「技術立社」を目指すとした
    • [41]調味料などのコアビジネスは21世紀も世界一の地位を保つため、再編でも何でも貪欲に進めるとした
  • 味の素株式会社 決算説明会 配布資料①「経営革新」(取締役社長 江頭邦雄、2001年)
    • [38]1998年10月 味の素ファインテクノ株式会社を設立
  • 味の素グループ 統合報告書「ASV REPORT 2024」
    • [39]1999年 半導体基板用層間絶縁材料「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」を発売
    • [40]それまでインクだった絶縁材をフィルム化したことでABFは現在の地位を獲得した

1999年度から3年間の中期経営計画は、連結経営の推進、ブランド戦略の強化、世界一のコスト競争力、研究・開発体制の構築、社会への貢献を五つの戦略とした。2002年3月期に売上高1兆円以上、税引き後利益300億円以上、ROE6%以上を目標に置いた。江頭氏は1998年3月期の連結ROEが4.7%だったことを踏まえ、付加価値の低い事業には大胆な対策を講じる考えを示していた。期間中に味の素製油、味の素物流などグループ会社の整理統合を重ね、2000年10月に冷凍食品、2001年4月に油脂事業を分社した。連結売上高は1999年3月期の8,145億円から2002年3月期には9,435億円まで伸びたが、ROEは2001年3月期で4.4%にとどまった。WE-21の国内1兆円は、グループ全体を合わせても届かないまま計画の年限を越えた。

  • 味の素株式会社 決算説明会 配布資料①「経営革新」(取締役社長 江頭邦雄、2001年)
    • [42]99/01中期経営計画の5つの経営戦略は連結経営の推進、ブランド戦略の強化、世界一のコスト競争力の確立、研究・開発体制の構築、社会への貢献
    • [43]2002年3月期の数値目標は売上1兆円以上、税後利益300億円以上、ROE6%以上
    • [45]グループ企業の整理統合として1999年4月味の素製油、2000年4月味の素物流などを設立。冷凍食品は2000年10月に分社化、油脂事業は2001年4月に完全分社化
    • [47]ROEは2000年3月期3.4%、2001年3月期4.4%(退職給付債務の影響を除くと5.0%)
  • 日経ビジネス 1998年6月22日号
    • [44]1998年3月期連結のROEは4.7%。とりあえず6%、さらに10%台を目指し、付加価値の低い事業には思い切った対策を講じるとした
  • 味の素株式会社 経営戦略説明会資料「新たなる成長に向けて」(取締役社長 江頭邦雄、2002年11月19日)
    • [46]売上高は1999年3月期8,145億円、2002年3月期9,435億円

2002年度からの3カ年計画は、2005年3月期に売上高1兆1,000億円、ROE10%以上を掲げ、選択と集中による高収益構造への転換を柱にした。2002年4月に社内カンパニー制を導入し、調味料・食品、アミノ酸・海外食品、医薬の三つのカンパニーに研究から販売までを一括して担わせた。油脂では、関税問題と供給過剰から業界の再編が避けられないという認識をホーネンコーポレーションと共有し、共同持株会社の豊年味の素製油を設けて33.4%を持った。2001年にはインドネシアでハラルをめぐる問題が起き、味の素は品質保証の取り組みを一段と強めた。新計画は社外取締役と執行役員制の導入、グループ横断の品質監査を統治と品質の項目に盛り込んだ。1997年と2001年の二つの事件が、それぞれ計画の統治と品質の欄を書かせたと言える。

  • 味の素株式会社 経営戦略説明会資料「新たなる成長に向けて」(取締役社長 江頭邦雄、2002年11月19日)
    • [48]02/04三ヵ年計画の数値目標は2005年3月期に売上1兆1,000億円、営業利益750億円、税後利益450億円、ROE10%以上。基本戦略に高収益構造への転換(選択と集中)
    • [52]コーポレートガバナンスの強化として社外取締役・執行役員制の導入と監査体制の強化、社内カンパニー制の導入(2002年4月)。品質管理の一層の強化としてグループ横断の品質監査を実施
  • 味の素株式会社 決算説明会 配布資料①「経営革新」(取締役社長 江頭邦雄、2001年)
    • [49]社内カンパニー制の目的はR&D・生産・マーケティング・販売の一括管理、迅速な意思決定、責任の明確化。調味料・食品、アミノ酸・海外食品、医薬の3カンパニーで編成
    • [50]ホーネンコーポレーションとの共同持株会社設立はトップ同士の共通認識として業界再編の必要性(関税問題・供給過剰)と相互補完関係を挙げた。株式会社豊年味の素製油は2002年4月1日設立予定、味の素持株比率33.4%
  • 味の素グループ 統合報告書「ASV REPORT 2024」
    • [51]2001年 インドネシアでのハラル問題発生。品質保証の取り組みを一層強化
参考文献[37]-[52]
  • 日経ビジネス 1998年6月22日号
    • [37]江頭社長は世界に誇れるのはアミノ酸系の技術で、調味料も医薬品もその技術を使うとし、他社とひと味違うものを持つためアミノ酸系を中心に「技術立社」を目指すとした
    • [41]調味料などのコアビジネスは21世紀も世界一の地位を保つため、再編でも何でも貪欲に進めるとした
    • [44]1998年3月期連結のROEは4.7%。とりあえず6%、さらに10%台を目指し、付加価値の低い事業には思い切った対策を講じるとした
  • 味の素株式会社 決算説明会 配布資料①「経営革新」(取締役社長 江頭邦雄、2001年)
    • [38]1998年10月 味の素ファインテクノ株式会社を設立
    • [42]99/01中期経営計画の5つの経営戦略は連結経営の推進、ブランド戦略の強化、世界一のコスト競争力の確立、研究・開発体制の構築、社会への貢献
    • [43]2002年3月期の数値目標は売上1兆円以上、税後利益300億円以上、ROE6%以上
    • [45]グループ企業の整理統合として1999年4月味の素製油、2000年4月味の素物流などを設立。冷凍食品は2000年10月に分社化、油脂事業は2001年4月に完全分社化
    • [47]ROEは2000年3月期3.4%、2001年3月期4.4%(退職給付債務の影響を除くと5.0%)
    • [49]社内カンパニー制の目的はR&D・生産・マーケティング・販売の一括管理、迅速な意思決定、責任の明確化。調味料・食品、アミノ酸・海外食品、医薬の3カンパニーで編成
    • [50]ホーネンコーポレーションとの共同持株会社設立はトップ同士の共通認識として業界再編の必要性(関税問題・供給過剰)と相互補完関係を挙げた。株式会社豊年味の素製油は2002年4月1日設立予定、味の素持株比率33.4%
  • 味の素グループ 統合報告書「ASV REPORT 2024」
    • [39]1999年 半導体基板用層間絶縁材料「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」を発売
    • [40]それまでインクだった絶縁材をフィルム化したことでABFは現在の地位を獲得した
    • [51]2001年 インドネシアでのハラル問題発生。品質保証の取り組みを一層強化
  • 味の素株式会社 経営戦略説明会資料「新たなる成長に向けて」(取締役社長 江頭邦雄、2002年11月19日)
    • [46]売上高は1999年3月期8,145億円、2002年3月期9,435億円
    • [48]02/04三ヵ年計画の数値目標は2005年3月期に売上1兆1,000億円、営業利益750億円、税後利益450億円、ROE10%以上。基本戦略に高収益構造への転換(選択と集中)
    • [52]コーポレートガバナンスの強化として社外取締役・執行役員制の導入と監査体制の強化、社内カンパニー制の導入(2002年4月)。品質管理の一層の強化としてグループ横断の品質監査を実施

1989年〜2002年の業績

決算期 区分 売上高 経常利益純利益 主な投資
億円 YoY 億円 億円 利益率
1989年03月期 連結 5,099 n/a n/a 157 3.1% n/a
1990年03月期 連結 5,418 +6.3% n/a 140 2.6% n/a
1991年03月期 連結 5,939 +9.6% n/a 121 2.0% n/a
1992年03月期 連結 6,772 +14.0% n/a 106 1.6% n/a
1993年03月期 連結 6,873 +1.5% n/a 114 1.7% n/a
1994年03月期 連結 6,749 ▲1.8% n/a 104 1.5% n/a
1995年03月期 連結 7,257 +7.5% n/a 117 1.6% n/a
1996年03月期 連結 7,508 +3.5% n/a 104 1.4% n/a
1997年03月期 連結 7,884 +5.0% n/a 153 1.9% 味の素(中国)社を設立(1996/12)
1998年03月期 連結 8,359 +6.0% n/a 179 2.1% n/a
1999年03月期 連結 8,145 ▲2.6% n/a 132 1.6% n/a
2000年03月期 連結 8,294 +1.8% n/a 176 2.1% n/a
2001年03月期 連結 9,085 +9.5% n/a ▲115 ▲1.3% n/a
2002年03月期 連結 9,435 +3.9% 562 314 3.3% n/a

出所:有価証券報告書

出典・参考

10件
出典・参考
  • 味の素株式会社 決算説明会 配布資料①「経営革新」(取締役社長 江頭邦雄、2001年)
  • 味の素グループ 統合報告書「ASV REPORT 2024」
  • 味をたがやす 味の素八十年史(味の素株式会社、1990年)
  • 日経ビジネス 1992年3月16日号
  • 日経ビジネス 1996年5月13日号
  • 日経ビジネス 1997年3月24日号
  • 日経ビジネス 1997年6月2日号
  • 日経ビジネス 1998年6月22日号
  • 総合食品 1991年「味の素飲料事業部との統合初年度 カルピス食品工業に聞く今年の販売政策」
  • 味の素株式会社 経営戦略説明会資料「新たなる成長に向けて」(取締役社長 江頭邦雄、2002年11月19日)

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