第1章 年〜年

出前館:夢の街創造委員会の設立と「出前館」の開設

1999年〜初期負担も会費も取らない加盟条件と、チラシに刷ったURL

1999年9月、大阪市住之江区に夢の街創造委員会株式会社を設立した。社長には花蜜伸行氏が就任した。翌2000年4月の時点で、インターネットで複数の店の出前を受け付ける日本初のウェブサイトはすでに動いていた。利用者が飲食店のチラシなどに示されたURLからサイトにアクセスすると、その時間に自分の所在地周辺で出前できる店のサイトにつながる。あとはネット経由で注文するだけでよい。支払いは通常の出前と同じ現金決済で、原則として割引が付くため、利用者には得になる。同年10月、夢の街創造委員会はデリバリー総合サイト"出前館"を正式に開設した。

  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1999年9月に大阪市住之江区に夢の街創造委員会株式会社を設立した
    • [7]2000年10月にデリバリー総合サイト「出前館」をオープンした
  • 日経ビジネス 2000年4月10日号
    • [2]2000年4月時点の夢の街創造委員会の社長は花蜜伸行氏
    • [3]日本初のインターネットで複数の店の出前を受け付けるウェブサイトが2000年4月に動き始めていた
    • [4]チラシなどに示されたURLからアクセスすると、その時間に所在地周辺で出前可能な店のサイトにつながり、ネット経由で注文できる
    • [5]ユーザーの所在地周辺で出前可能な店のサイトにつながり、ネット経由で注文できる
    • [6]支払いは通常の出前と同じく現金決済で、原則割引のため利用者に得になる

加盟する飲食店に、夢の街創造委員会は初期負担も会費も求めなかった。各飲食店が配っているチラシは平均5万枚程度で、そこに出前館のURLを印刷する。あとはインターネット経由の売上高の原則5%を夢の街創造委員会へ支払うだけでよい。ホームページの作成と保守は夢の街創造委員会が引き受けるため、飲食店の側にネットの知識も要らない。2001年1月からは月会費3000円を徴収する予定を立てた。導入した店では、注文の平均20%弱がネット経由に変わった。2000年4月の時点で、ピザ店や弁当店などを中心に約10社500店以上が加入済みだった。

  • 日経ビジネス 2000年4月10日号
    • [8]加盟に当たり初期負担も会費も要らない
    • [9]各飲食店が配っているチラシは平均5万枚程度で、そこに出前館のURLを印刷する
    • [10]インターネット経由の売上高の原則5%を夢の街へ支払うだけ
    • [11]ホームページの作成と保守は夢の街がやるのでネットに関する知識も不要
    • [12]2001年1月からは月会費3000円を徴収する予定だった
    • [13]導入した店は平均して注文の20%弱がネット経由に変わった
    • [14]2000年4月時点でピザ店や弁当店などを中心に約10社500店以上が加入済み

受注の手順も、飲食店がパソコンを持たない前提で組み立てた。加盟店にはNTTドコモの携帯メール端末"エクシーレ"を無償で貸与し、ネット経由の注文をその端末で受け取らせた。端末からは料金設定の変更など自社サイトの中身も操作できた。チラシにURLを印刷した店から順に、ネット注文へ対応させる予定だった。加えて、ポータルサイトなどへ出前館だけを出店させ、チラシ以外にネット利用者へも訴える計画を持っていた。年内の黒字化と早期の株式上場を見込み、花蜜社長は4月中に加盟1000店という目標を掲げた。

  • 日経ビジネス 2000年4月10日号
    • [15]NTTドコモの携帯メール端末「エクシーレ」が無償貸与され、料金設定の変更など自社サイトの中身も操作できた
    • [16]NTTドコモの携帯メール端末「エクシーレ」が加盟店へ無償貸与された
    • [17]端末から料金設定の変更など自社サイトの中身も操作できる
    • [18]チラシにURLを印刷した店から順次ネット注文に対応していく予定だった
    • [19]ポータルサイトなどへ出前館だけを出店させ、チラシだけでなくネットユーザーにも訴える計画だった
    • [20]年内にも黒字化を達成して早期に株式上場する考えで、花蜜社長は4月中に加盟1000店を目指すと語った
参考文献[1]-[20]
  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1999年9月に大阪市住之江区に夢の街創造委員会株式会社を設立した
    • [7]2000年10月にデリバリー総合サイト「出前館」をオープンした
  • 日経ビジネス 2000年4月10日号
    • [2]2000年4月時点の夢の街創造委員会の社長は花蜜伸行氏
    • [3]日本初のインターネットで複数の店の出前を受け付けるウェブサイトが2000年4月に動き始めていた
    • [4]チラシなどに示されたURLからアクセスすると、その時間に所在地周辺で出前可能な店のサイトにつながり、ネット経由で注文できる
    • [5]ユーザーの所在地周辺で出前可能な店のサイトにつながり、ネット経由で注文できる
    • [6]支払いは通常の出前と同じく現金決済で、原則割引のため利用者に得になる
    • [8]加盟に当たり初期負担も会費も要らない
    • [9]各飲食店が配っているチラシは平均5万枚程度で、そこに出前館のURLを印刷する
    • [10]インターネット経由の売上高の原則5%を夢の街へ支払うだけ
    • [11]ホームページの作成と保守は夢の街がやるのでネットに関する知識も不要
    • [12]2001年1月からは月会費3000円を徴収する予定だった
    • [13]導入した店は平均して注文の20%弱がネット経由に変わった
    • [14]2000年4月時点でピザ店や弁当店などを中心に約10社500店以上が加入済み
    • [15]NTTドコモの携帯メール端末「エクシーレ」が無償貸与され、料金設定の変更など自社サイトの中身も操作できた
    • [16]NTTドコモの携帯メール端末「エクシーレ」が加盟店へ無償貸与された
    • [17]端末から料金設定の変更など自社サイトの中身も操作できる
    • [18]チラシにURLを印刷した店から順次ネット注文に対応していく予定だった
    • [19]ポータルサイトなどへ出前館だけを出店させ、チラシだけでなくネットユーザーにも訴える計画だった
    • [20]年内にも黒字化を達成して早期に株式上場する考えで、花蜜社長は4月中に加盟1000店を目指すと語った

2001年〜ハークスレイから独立し、二代目社長に就いた中村利江氏

中村利江氏は1988年4月にリクルートへ入社し、1998年1月にハークスレイへ移った。ほっかほっか亭を展開するハークスレイで、中村氏はマーケティング部の管理職を務めた。

  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書(2006年8月期)【役員の状況】
    • [21]中村利江 昭和63年4月 株式会社リクルート入社、平成10年1月 株式会社ハークスレイ入社
  • ドリームゲート起業家インタビュー 2010年1月11日 第100回「夢の街創造委員会株式会社 中村利江」
    • [22]中村利江氏は「ほっかほっか亭」を展開するハークスレイに転職し、マーケティング部の管理職を務めた

2001年、中村氏はハークスレイを退社し、経営コンサルティング会社の有限会社キトプランニングを設立して独立した。夢の街創造委員会はクライアントの1社として残り、中村氏は当時の社長から社外取締役を依頼されて引き受けた。夢の街創造委員会の損益は、2002年8月期から3期続けて当期純損失となる。それでも中村氏には、出前館が大化けする可能性があるという見立てがあった。独立後の中村氏は毎月50万円ほどの給料を取り、コンサルティング会社の年商は3000万円ほどに達していた。一方の夢の街創造委員会は、月商が20万円を超える程度だった。

  • ドリームゲート起業家インタビュー 2010年1月11日 第100回「夢の街創造委員会株式会社 中村利江」
    • [23]2001年に経営コンサルティング会社、有限会社キトプランニングを設立して独立した
    • [24]夢の街創造委員会はクライアントの1社で、当時の社長から社外取締役になってほしいと頼まれ、引き受けた
    • [26]「出前館」は大化けする可能性があると考えていた
    • [27]当時の中村氏は毎月50万円くらいの給料を取り、会社の年商も3000万円ほどだった
    • [28]夢の街は月商で20万円を超える程度だった
  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書(2006年8月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [25]第3期(2002年8月期)△34,364千円、第4期(2003年8月期)△36,781千円、第5期(2004年8月期)△77,420千円の当期純損失(提出会社)

夢の街創造委員会は2億8000万円の負債を抱え、そのままでは倒産しかねない経営状態にあった。そこで、ベンチャー企業支援に力を入れていた大阪ガスにプレゼンして出資を仰ぐ。当時の社長は、出資が決まれば最後のチャンスだとして、中村氏に社長を引き受けるよう求めた。出前館はインフラにあたる事業であり、やりよう次第で年商20億円にも200億円にも届きうると中村氏は見ていた。大阪ガスは4000万円の出資を決めた。2002年1月、中村氏は夢の街創造委員会の代表取締役社長に就任した。

  • ドリームゲート起業家インタビュー 2010年1月11日 第100回「夢の街創造委員会株式会社 中村利江」
    • [29]夢の街は2億8000万円の負債を抱え、そのままでは倒産してしまうような危うい経営状態だった
    • [30]ベンチャー企業支援に力を入れていた大阪ガスにプレゼンして出資を仰いだ
    • [31]社長は出資が決まれば最後のチャンスだとして、中村氏に社長就任を求めた
    • [32]「出前館」はインフラビジネスで、やりようによっては年商20億円、200億円、2000億円も夢じゃないと考えた
    • [33]大阪ガスは4000万円の出資を決定した
    • [34]2002年1月に夢の街の社長就任を決めた
参考文献[21]-[34]
  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書(2006年8月期)【役員の状況】
    • [21]中村利江 昭和63年4月 株式会社リクルート入社、平成10年1月 株式会社ハークスレイ入社
  • ドリームゲート起業家インタビュー 2010年1月11日 第100回「夢の街創造委員会株式会社 中村利江」
    • [22]中村利江氏は「ほっかほっか亭」を展開するハークスレイに転職し、マーケティング部の管理職を務めた
    • [23]2001年に経営コンサルティング会社、有限会社キトプランニングを設立して独立した
    • [24]夢の街創造委員会はクライアントの1社で、当時の社長から社外取締役になってほしいと頼まれ、引き受けた
    • [26]「出前館」は大化けする可能性があると考えていた
    • [27]当時の中村氏は毎月50万円くらいの給料を取り、会社の年商も3000万円ほどだった
    • [28]夢の街は月商で20万円を超える程度だった
    • [29]夢の街は2億8000万円の負債を抱え、そのままでは倒産してしまうような危うい経営状態だった
    • [30]ベンチャー企業支援に力を入れていた大阪ガスにプレゼンして出資を仰いだ
    • [31]社長は出資が決まれば最後のチャンスだとして、中村氏に社長就任を求めた
    • [32]「出前館」はインフラビジネスで、やりようによっては年商20億円、200億円、2000億円も夢じゃないと考えた
    • [33]大阪ガスは4000万円の出資を決定した
    • [34]2002年1月に夢の街の社長就任を決めた
  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書(2006年8月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [25]第3期(2002年8月期)△34,364千円、第4期(2003年8月期)△36,781千円、第5期(2004年8月期)△77,420千円の当期純損失(提出会社)

2005年〜社員の総入れ替えと注文の入口の拡大、創業以来初の黒字

給料を社内最低の10万円に据え、誰より働く姿を見せたのは中村利江社長自身である。その下で社員は総入れ替えとなり、やる気を失った者が辞めて、ともに踏ん張ろうとする者だけが残った。

  • ドリームゲート起業家インタビュー 2010年1月11日 第100回「夢の街創造委員会株式会社 中村利江」
    • [35]自分の給料を社内で一番安い10万円に設定し、誰よりも一所懸命働いた
    • [36]社長として経営を立て直すためにまず始めたのは社員の総入れ替えだった
    • [37]やる気のない社員は辞め、一緒に頑張ろうという社員だけが残った

並行して、加盟店を増やす営業にも取り組んだ。登録店に注文が入るようにと、店ごとのチラシを手作りして周辺に配布した。ピザハットは何度訪ねても会ってもらえなかった相手で、マイクロソフトのMSNと出前館の提携契約をまず結び、MSNを通してアポイントを取った。テストで10店舗の出店が決まると、他の大手ピザチェーンも加盟した。2004年7月に"モバイル出前館"を始め、2005年7月にはヤフー運営の"Yahoo! JAPAN"に"Yahoo! 出前注文サービス"を設けて、注文の入口を外部へも広げた。

  • ドリームゲート起業家インタビュー 2010年1月11日 第100回「夢の街創造委員会株式会社 中村利江」
    • [38]登録してくれた飲食店に注文が入るよう、その店のチラシを自作して近所に配った
    • [39]登録してくれた飲食店に注文が入るよう、その店のチラシを自作して近所に配った
    • [40]何度足を運んでも門前払いだったピザハットに対し、マイクロソフトのMSNと「出前館」の提携契約を取り付けてMSN経由でアポを取った
    • [41]テストとして10店舗だけ出店してもらい、効果が良かったためほかの大手ピザチェーンも加盟店になった
  • 出前館 有価証券報告書【沿革】
    • [42]2004年7月に「出前館」が新たにモバイル版サービス「モバイル出前館」を開始した
    • [43]2005年7月に「出前館」がヤフーのポータルサイト「Yahoo! JAPAN」で「Yahoo! 出前注文サービス」(現 Yahoo!ロコ)を開始した

3億円近い負債は解消し、社長就任から3年目の2005年、夢の街創造委員会は創業以来初の黒字を計上した。花蜜社長が2000年春に見込んだ年内の黒字化は、5年遅れで実現した。東京にも足場を作った。2004年9月に東京都千代田区へ東京営業所を開設し、上場を控えた2006年6月に東京都港区へ移している。同じ2006年6月、大阪証券取引所ヘラクレス市場に株式を上場した。2006年8月期の売上高は649,446千円、経常利益は149,872千円、当期純利益は152,432千円である。中村利江社長が就任した頃に月商20万円ほどだった会社が、年商6億円の規模になった。料理を運ぶのは加盟店であり、夢の街創造委員会が担ったのは注文の取り次ぎと手数料の回収だった。

  • ドリームゲート起業家インタビュー 2010年1月11日 第100回「夢の街創造委員会株式会社 中村利江」
    • [44]3億円近くの負債を解消した
    • [45]社長就任後3年目の2005年に創業以来初となる黒字化を達成した
    • [51]社長就任当時の夢の街は月商20万円を超える程度だった
  • 日経ビジネス 2000年4月10日号
    • [46]花蜜社長は2000年4月時点で年内にも黒字化を達成して早期に株式上場する考えだった
    • [52]加盟店はインターネット経由の売上高の原則5%を夢の街へ支払い、料理の配達は加盟店自身が行った
  • 出前館 有価証券報告書【沿革】
    • [47]2004年9月に東京都千代田区へ東京営業所(現 東京本社)を開設した
    • [48]2006年6月に東京都港区へ東京営業所(現 東京本社)を移転した
  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書【沿革】
    • [49]2006年6月に大阪証券取引所ヘラクレスに株式上場した
  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書(2006年8月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [50]第7期(2006年8月期)売上高649,446千円・経常利益149,872千円・当期純利益152,432千円(提出会社)
参考文献[35]-[52]
  • ドリームゲート起業家インタビュー 2010年1月11日 第100回「夢の街創造委員会株式会社 中村利江」
    • [35]自分の給料を社内で一番安い10万円に設定し、誰よりも一所懸命働いた
    • [36]社長として経営を立て直すためにまず始めたのは社員の総入れ替えだった
    • [37]やる気のない社員は辞め、一緒に頑張ろうという社員だけが残った
    • [38]登録してくれた飲食店に注文が入るよう、その店のチラシを自作して近所に配った
    • [39]登録してくれた飲食店に注文が入るよう、その店のチラシを自作して近所に配った
    • [40]何度足を運んでも門前払いだったピザハットに対し、マイクロソフトのMSNと「出前館」の提携契約を取り付けてMSN経由でアポを取った
    • [41]テストとして10店舗だけ出店してもらい、効果が良かったためほかの大手ピザチェーンも加盟店になった
    • [44]3億円近くの負債を解消した
    • [45]社長就任後3年目の2005年に創業以来初となる黒字化を達成した
    • [51]社長就任当時の夢の街は月商20万円を超える程度だった
  • 出前館 有価証券報告書【沿革】
    • [42]2004年7月に「出前館」が新たにモバイル版サービス「モバイル出前館」を開始した
    • [43]2005年7月に「出前館」がヤフーのポータルサイト「Yahoo! JAPAN」で「Yahoo! 出前注文サービス」(現 Yahoo!ロコ)を開始した
    • [47]2004年9月に東京都千代田区へ東京営業所(現 東京本社)を開設した
    • [48]2006年6月に東京都港区へ東京営業所(現 東京本社)を移転した
  • 日経ビジネス 2000年4月10日号
    • [46]花蜜社長は2000年4月時点で年内にも黒字化を達成して早期に株式上場する考えだった
    • [52]加盟店はインターネット経由の売上高の原則5%を夢の街へ支払い、料理の配達は加盟店自身が行った
  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書【沿革】
    • [49]2006年6月に大阪証券取引所ヘラクレスに株式上場した
  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書(2006年8月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [50]第7期(2006年8月期)売上高649,446千円・経常利益149,872千円・当期純利益152,432千円(提出会社)

出典・参考

6件
出典・参考
  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書(2006年8月期)【役員の状況】
  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書(2006年8月期)【主要な経営指標等の推移】
  • 夢の街創造委員会 有価証券報告書【沿革】
  • 出前館 有価証券報告書【沿革】
  • 日経ビジネス 2000年4月10日号
  • ドリームゲート起業家インタビュー 2010年1月11日 第100回「夢の街創造委員会株式会社 中村利江」

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