児島仁
NTT・元代表取締役社長
社長就任までの出自
出自
日本電信電話公社に入社し、職員局長・総務理事を経て、1985年の民営化時に常務、1986年に副社長へ進んだ。1990年、代表取締役副社長から社長へ昇格している。1985年4月に日本電信電話の代表取締役社長へ就任した真藤恒氏が1972年に石川島播磨重工業の社長を務めた外部出身者だったのに対し、児島氏は公社の内側を歩いた生え抜きである。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1990年、日本電信電話の代表取締役社長に就任した。1988年にはリクルート事件で、民営化を引っ張ってきた真藤恒会長が逮捕されている。長距離料金の値下げ競争で利益率が低下し、分割論議が浮上して株式市場に不安を呼んでいた。株価は下げ続け、1991年には100万円を割り込んだ。事件と分割論議に揺れる会社を、公社時代に人事と総務を担ってきた副社長へ託した交代だったとみられる。
在任中の主な施策
施策
1992年7月、自動車電話・携帯電話・船舶電話・無線呼出しの営業をエヌ・ティ・ティ移動通信網へ譲渡した。同社は「どこからでも」「どこへでも」に由来する愛称「ドコモ」を掲げ、携帯電話市場へ販売攻勢をかけた。1993年には希望退職の募集など雇用調整に着手し、当時の従業員は23万人だった。1994年4月の端末販売自由化で加入者は急拡大し、端末は数ヵ月待ちとなった。1995年4月、エヌ・ティ・ティ・データ通信が東京証券取引所へ上場した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1990〜1996年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
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退任時-
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