アシックス:江蘇工場と欧州統括会社によるグローバル展開
1994年〜江蘇の自社工場とオランダの欧州統括会社
創業者の鬼塚喜八郎氏が会長に就任した後、アシックスは1994年に生産と欧州販売の拠点を相次いで海外に設けた。9月には中国に江蘇愛世克私有限公司を設立し、スポーツシューズとスポーツウエアの生産工場とした。鬼塚喜八郎氏は1968年に台湾の輸出加工区へ全額出資の靴工場を設けた際、人件費の低さを理由に挙げていた。12月には欧州の販売体制を強化するため、統括会社のアシックスヨーロッパB.V.をオランダに設立した。2003年4月にはアシックスヨーロッパB.V.がアシックスベネルクスB.V.を合併し、欧州の販売会社の集約が進んだ。江蘇の工場は、台湾で得た低コスト生産の経験を中国の自社工場へ移す判断だった。
- アシックス ANNUAL REPORT 2005(社長インタビュー)
- [1]鬼塚喜八郎は2005年時点でアシックスの会長(1949年に神戸で創業)
- アシックス 有価証券報告書 第72期(2025年12月期)【沿革】
- [2]1994年9月、スポーツシューズ及びスポーツウエアの生産工場として中国に江蘇愛世克私有限公司を設立(のちに靴の製造は協力工場へ移管)
- [4]1994年12月、欧州の販売体制強化のため欧州の統括会社としてオランダにアシックスヨーロッパB.V.を設立
- [5]2003年4月、欧州の販売体制強化のためアシックスヨーロッパB.V.を存続会社としてアシックスベネルクスB.V.を合併
- 鬼塚喜八郎『私の履歴書』(日本経済新聞社, 1991年)
- [3]1968年、人件費が低く低コストで生産できる台湾・高雄の輸出加工区に全額出資の日台運動鞋有限公司を設立
江蘇とオランダに拠点を設けた後、1990年代後半のアシックスは赤字と無配に陥った。1998年1月期の連結純損益は21億円の赤字で、決算期変更に伴う続く2期も純損失だった。配当の再開は2003年3月期で、1株2円だった。国内のスポーツ用品の出荷額は、少子化と企業チームの撤退が重なり、1997年から6年続けて前年を下回った。和田清美社長は2001年の年報で、『The difficult operating environment surrounding Japan’s sporting goods industry is likely to persist.』(訳:日本のスポーツ用品業界を取り巻く厳しい経営環境は続く見通しだ)と記した。海外に設けた拠点の費用を、縮小する国内市場の売上で賄う構図が続いた。
- アシックス ANNUAL REPORT 2002(Five-Year Summary)
- [6]1998年(移行期)・1999年(移行期)は純損失、1998〜2002年の5期は現金配当なし
- アシックス ANNUAL REPORT 2001(FINANCIAL HIGHLIGHTS)
- [7]純損益は1998年1月期△2.1十億円、移行期1998(8か月余)△0.4十億円、移行期1999(6か月)△1.8十億円
- アシックス ANNUAL REPORT 2003(Five-Year Summary・Financial Review)
- [8]2003年3月期の1株当たり配当は2.00円(前期は無配)
- アシックス ANNUAL REPORT 2003(社長インタビュー)
- [9]民間調査会社の推計で2002年の国内スポーツ用品出荷額は1兆1,756億円、前年比98.8%で6年連続のマイナス。要因に個人消費の低迷・少子化・企業チームの撤退を挙げた
- アシックス ANNUAL REPORT 2001(株主へのメッセージ)
- [10]和田清美社長は2002年3月期の見通しとして国内スポーツ用品業界の厳しい経営環境が続くと記した
参考文献[1]-[10]
- アシックス ANNUAL REPORT 2005(社長インタビュー)
- [1]鬼塚喜八郎は2005年時点でアシックスの会長(1949年に神戸で創業)
- アシックス 有価証券報告書 第72期(2025年12月期)【沿革】
- [2]1994年9月、スポーツシューズ及びスポーツウエアの生産工場として中国に江蘇愛世克私有限公司を設立(のちに靴の製造は協力工場へ移管)
- [4]1994年12月、欧州の販売体制強化のため欧州の統括会社としてオランダにアシックスヨーロッパB.V.を設立
- [5]2003年4月、欧州の販売体制強化のためアシックスヨーロッパB.V.を存続会社としてアシックスベネルクスB.V.を合併
- 鬼塚喜八郎『私の履歴書』(日本経済新聞社, 1991年)
- [3]1968年、人件費が低く低コストで生産できる台湾・高雄の輸出加工区に全額出資の日台運動鞋有限公司を設立
- アシックス ANNUAL REPORT 2002(Five-Year Summary)
- [6]1998年(移行期)・1999年(移行期)は純損失、1998〜2002年の5期は現金配当なし
- アシックス ANNUAL REPORT 2001(FINANCIAL HIGHLIGHTS)
- [7]純損益は1998年1月期△2.1十億円、移行期1998(8か月余)△0.4十億円、移行期1999(6か月)△1.8十億円
- アシックス ANNUAL REPORT 2003(Five-Year Summary・Financial Review)
- [8]2003年3月期の1株当たり配当は2.00円(前期は無配)
- アシックス ANNUAL REPORT 2003(社長インタビュー)
- [9]民間調査会社の推計で2002年の国内スポーツ用品出荷額は1兆1,756億円、前年比98.8%で6年連続のマイナス。要因に個人消費の低迷・少子化・企業チームの撤退を挙げた
- アシックス ANNUAL REPORT 2001(株主へのメッセージ)
- [10]和田清美社長は2002年3月期の見通しとして国内スポーツ用品業界の厳しい経営環境が続くと記した
1997年〜北海道・中部への国内販売の集約と、和田清美社長
国内の低迷に対し、アシックスは1997年7月、販売体制の合理化のため北海道と中部の販売業務を2社に集約した。1998年10月には宮崎・北九州・大牟田の生産子会社3社を合併し、アシックスアパレル工業とした。2001年の年報は、地域別の販売部門の新設と物流の合理化、品種の削減によるコストと在庫の圧縮を掲げた。スポーツウエア事業については、事業の構造全体を見直すと記した。2002年7月には東北地区の販売体制を合理化するため、アシックス東北販売を設立した。地域ごとの販売会社と工場の数を減らし、固定費を売上の縮小に合わせる再編だった。
- アシックス 有価証券報告書 第72期(2025年12月期)【沿革】
- [11]1997年7月、北海道・中部の販売体制合理化のため、販売業務をアシックス北海道販売(旧アジア)・アシックス中部販売(旧ワタモリ)に集約
- [12]1998年10月、生産体制合理化のため宮崎アシックス工業を存続会社に北九州・大牟田アシックス工業を合併し、アシックスアパレル工業に商号変更
- [15]2002年7月、東北地区の販売体制合理化のためアシックス東北販売を設立
- アシックス ANNUAL REPORT 2001(株主へのメッセージ)
- [13]地域別の販売部門を新設し、物流の合理化と品種数の削減でコスト削減と在庫効率の改善を図ると記載
- [14]2002年3月期の見通しとしてスポーツウエア事業の構造全体を見直すと記載
2001年4月、和田清美氏が代表取締役社長に就任した。和田清美氏は1961年にオニツカへ入社し、1992年に大阪支社長兼アスレチック販売統括部長、1993年に取締役となった。和田清美社長は2002年4月、海外を含むグループ全社の中期計画「ASICS Revolution Plan(ARP)」を始めた。ARPは、日本の会社から世界の会社への転換を4つの原則の1つに掲げた。国内では地域別の営業部門を設け、スポーツ専門店への訪問回数を増やして販売効率を高める方針を示した。販売の現場を率いた社長の下で、再建は営業の効率と海外展開の両面から始まった。
- アシックス 有価証券報告書 第52期(2006年3月期)【役員の状況】
- [16]和田清美は平成13年4月に代表取締役社長に就任
- [17]和田清美は昭和36年3月オニツカ入社、平成4年4月大阪支社長兼アスレチック販売統括部長、平成5年4月取締役
- アシックス ANNUAL REPORT 2002(株主へのメッセージ)
- [18]2002年4月、海外子会社を含むグループ全社の経営戦略としてASICS Revolution Plan(ARP)を実施
- [19]ARPの4原則の2番目は日本の会社からグローバルな会社への転換
- [20]地域別の販売部門を設け、スポーツ専門店への営業訪問を増やして販売効率を高めると記載
和田清美社長は、創業期のブランドであるオニツカタイガーをスポーツスタイルの靴として再投入した。オニツカタイガーは、1956年のメルボルン五輪で競技用シューズが選手に正式採用されたブランドだった。アシックスは2003年3月期に、オニツカタイガーのスポーツスタイル靴の本格的な販売を始めた。ARPは『Highly functional, high quality and high value-added Onitsuka Tiger brand sport-style goods that are clearly differentiated from fashion items and casual wear』(訳:ファッションやカジュアルとは明確に異なる、高機能で高付加価値のオニツカタイガーのスポーツスタイル商品)を掲げた。2005年の年報は、アシックスを企業ブランドとし、オニツカタイガーはスポーツスタイル分野に限って使う2ブランド体制を定めた。競技の実績を持つブランド名を、普段履きの需要へ振り向けた判断だった。
- アシックス ANNUAL REPORT 2006(社長インタビュー)
- [21]2006年の時点で4年前にオニツカタイガーブランドを復活させ、競技用だったブランドをスポーツスタイル分野に向けたと説明
- 鬼塚喜八郎『私の履歴書』(日本経済新聞社, 1991年)
- [22]オニツカタイガーの競技用シューズは昭和31年のメルボルン五輪で選手に正式採用された
- アシックス ANNUAL REPORT 2003(Five-Year Summary・Financial Review)
- [23]2003年3月期にオニツカタイガーのスポーツスタイル靴の本格的な販売を開始
- アシックス ANNUAL REPORT 2003(社長インタビュー)
- [24]ARPの3つの挑戦の2番目として、ファッション・カジュアルと区別した高機能・高品質・高付加価値のオニツカタイガーのスポーツスタイル商品を掲げた
- アシックス ANNUAL REPORT 2005(社長インタビュー)
- [25]中核ブランドはASICSとOnitsuka Tigerの2つ、Onitsuka Tigerはスポーツスタイル分野でのみ用いる
参考文献[11]-[25]
- アシックス 有価証券報告書 第72期(2025年12月期)【沿革】
- [11]1997年7月、北海道・中部の販売体制合理化のため、販売業務をアシックス北海道販売(旧アジア)・アシックス中部販売(旧ワタモリ)に集約
- [12]1998年10月、生産体制合理化のため宮崎アシックス工業を存続会社に北九州・大牟田アシックス工業を合併し、アシックスアパレル工業に商号変更
- [15]2002年7月、東北地区の販売体制合理化のためアシックス東北販売を設立
- アシックス ANNUAL REPORT 2001(株主へのメッセージ)
- [13]地域別の販売部門を新設し、物流の合理化と品種数の削減でコスト削減と在庫効率の改善を図ると記載
- [14]2002年3月期の見通しとしてスポーツウエア事業の構造全体を見直すと記載
- アシックス 有価証券報告書 第52期(2006年3月期)【役員の状況】
- [16]和田清美は平成13年4月に代表取締役社長に就任
- [17]和田清美は昭和36年3月オニツカ入社、平成4年4月大阪支社長兼アスレチック販売統括部長、平成5年4月取締役
- アシックス ANNUAL REPORT 2002(株主へのメッセージ)
- [18]2002年4月、海外子会社を含むグループ全社の経営戦略としてASICS Revolution Plan(ARP)を実施
- [19]ARPの4原則の2番目は日本の会社からグローバルな会社への転換
- [20]地域別の販売部門を設け、スポーツ専門店への営業訪問を増やして販売効率を高めると記載
- アシックス ANNUAL REPORT 2006(社長インタビュー)
- [21]2006年の時点で4年前にオニツカタイガーブランドを復活させ、競技用だったブランドをスポーツスタイル分野に向けたと説明
- 鬼塚喜八郎『私の履歴書』(日本経済新聞社, 1991年)
- [22]オニツカタイガーの競技用シューズは昭和31年のメルボルン五輪で選手に正式採用された
- アシックス ANNUAL REPORT 2003(Five-Year Summary・Financial Review)
- [23]2003年3月期にオニツカタイガーのスポーツスタイル靴の本格的な販売を開始
- アシックス ANNUAL REPORT 2003(社長インタビュー)
- [24]ARPの3つの挑戦の2番目として、ファッション・カジュアルと区別した高機能・高品質・高付加価値のオニツカタイガーのスポーツスタイル商品を掲げた
- アシックス ANNUAL REPORT 2005(社長インタビュー)
- [25]中核ブランドはASICSとOnitsuka Tigerの2つ、Onitsuka Tigerはスポーツスタイル分野でのみ用いる
2004年〜台湾・上海の販売会社と、売上高1710億円
海外で販売が伸びるなか、和田清美社長は2005年の基本戦略で中国を日米欧に次ぐ重点市場へ加えた。2005年の年報は、『We plan to target our marketing efforts on the world’s three main markets — Japan, the United States, and Europe — as well as the fast-emerging new market of China, and will allot a larger share of total management resources to fostering our business in these markets.』(訳:日本・米国・欧州の3大市場と急成長する中国市場に販売を集中し、経営資源の配分を増やす)と記した。販売面では、百貨店内の売り場を含む直営店の開設に経営資源を充てる方針も示した。2005年12月、台湾の販売体制を強化するため、販売会社の台灣亞瑟士運動用品を設立した。2006年2月には上海に愛世克私(上海)商貿を設立し、中国の販売体制を強化した。生産拠点だった中国を、販売の市場としても扱う転換だった。
- アシックス ANNUAL REPORT 2005(社長インタビュー)
- [26]2005年1月〜2008年3月の基本戦略で、日米欧に加え新興の中国を重点市場とした
- [27]重点4市場に経営資源の配分を増やすと記載
- [28]百貨店内の売り場を含む直営店の開設により多くの資源を充てると記載
- アシックス 有価証券報告書 第72期(2025年12月期)【沿革】
- [29]2005年12月、台湾の販売体制強化のため台灣亞瑟士運動用品股份有限公司を設立
- [30]2006年2月、中国の販売体制強化のため愛世克私(上海)商貿有限公司を設立
海外の販売増により、2006年3月期の連結売上高は171,036百万円、営業利益は16,444百万円となった。5年前の2001年3月期は、売上高126,446百万円、営業利益3,092百万円だった。2006年3月期の海外事業の売上高は92,078百万円で、国内事業を上回った。和田清美社長はこの逆転を、『As such, sales registered overseas have exceeded sales by domestic businesses faster than we had anticipated.』(訳:海外の売上高は想定より早く国内事業の売上高を上回った)と振り返った。前期の2005年3月期には、ランニングシューズとオニツカタイガーの靴が海外で伸び、靴の売上高は11.2%増の89,168百万円だった。ランニングとスポーツスタイルの2ブランドが、海外での売上拡大を担った。
- アシックス 有価証券報告書 第52期(2006年3月期)
- [31]2006年3月期 連結売上高171,036百万円、営業利益16,444百万円、当期純利益13,806百万円
- アシックス ANNUAL REPORT 2001(FINANCIAL HIGHLIGHTS)
- [32]2001年3月期 連結売上高126,446百万円、営業利益3,092百万円
- アシックス ANNUAL REPORT 2006(社長インタビュー)
- [33]2006年3月期の海外事業の売上高は92,078百万円で国内事業の売上高を上回った
- [34]和田清美社長は海外売上が想定より早く国内を上回ったと述べた
- アシックス ANNUAL REPORT 2005(Sports shoes)
- [35]2005年3月期の靴の売上高は、海外を中心にランニングシューズとオニツカタイガーが好調で前期比11.2%増の89,168百万円
海外が伸びた一方、和田清美社長は2006年の年報で『Nonetheless, sales have remained weak in domestic businesses.』(訳:国内事業の売上高は弱いままだった)と国内の不振を認めた。2005年10月に始めた5か年計画ACPは、2011年3月期に連結売上高3,000億円、うち国内1,000億円を目標に置いた。国内の靴の販路には、持分法適用関連会社のアシックス商事が並立していた。アシックス商事は創業者の田嶋弘吉氏がオニツカへの靴資材の販売から興した商社で、1991年時点でアシックスとの取引が総売上の約30%を占めた。アシックスがスポーツ店を主な販路としたのに対し、アシックス商事は汎用シューズを靴専門店などへ販売した。靴の企画と販路が二つの会社に並立する体制が、次の再編の前提となった。
- アシックス ANNUAL REPORT 2006(社長インタビュー)
- [36]和田清美社長は国内事業の売上が弱いままだと述べ、国内の成長を翌期の課題とした
- [37]2005年10月に2006年1月〜2011年3月の5か年計画ACPを導入、連結売上高3,000億円(海外2,000億円・国内1,000億円)が最初の目標
- アシックス「同社株式に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」(2007年8月17日)
- [38]公開買付け前、アシックスはアシックス商事の発行済株式の35.39%を所有し持分法適用関連会社としていた
- [40]アシックスはスポーツルート主体、アシックス商事は低価格の汎用シューズと靴資材を靴専門店など一般履物ルートで販売
- 証券アナリストジャーナル 1991年2月(田嶋弘吉)
- [39]田嶋弘吉が独立して興した会社で、オニツカへのナイロン販売が関係の始まり。1991年時点でアシックスとの取引は総売上の約30%
参考文献[26]-[40]
- アシックス ANNUAL REPORT 2005(社長インタビュー)
- [26]2005年1月〜2008年3月の基本戦略で、日米欧に加え新興の中国を重点市場とした
- [27]重点4市場に経営資源の配分を増やすと記載
- [28]百貨店内の売り場を含む直営店の開設により多くの資源を充てると記載
- アシックス 有価証券報告書 第72期(2025年12月期)【沿革】
- [29]2005年12月、台湾の販売体制強化のため台灣亞瑟士運動用品股份有限公司を設立
- [30]2006年2月、中国の販売体制強化のため愛世克私(上海)商貿有限公司を設立
- アシックス 有価証券報告書 第52期(2006年3月期)
- [31]2006年3月期 連結売上高171,036百万円、営業利益16,444百万円、当期純利益13,806百万円
- アシックス ANNUAL REPORT 2001(FINANCIAL HIGHLIGHTS)
- [32]2001年3月期 連結売上高126,446百万円、営業利益3,092百万円
- アシックス ANNUAL REPORT 2006(社長インタビュー)
- [33]2006年3月期の海外事業の売上高は92,078百万円で国内事業の売上高を上回った
- [34]和田清美社長は海外売上が想定より早く国内を上回ったと述べた
- [36]和田清美社長は国内事業の売上が弱いままだと述べ、国内の成長を翌期の課題とした
- [37]2005年10月に2006年1月〜2011年3月の5か年計画ACPを導入、連結売上高3,000億円(海外2,000億円・国内1,000億円)が最初の目標
- アシックス ANNUAL REPORT 2005(Sports shoes)
- [35]2005年3月期の靴の売上高は、海外を中心にランニングシューズとオニツカタイガーが好調で前期比11.2%増の89,168百万円
- アシックス「同社株式に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」(2007年8月17日)
- [38]公開買付け前、アシックスはアシックス商事の発行済株式の35.39%を所有し持分法適用関連会社としていた
- [40]アシックスはスポーツルート主体、アシックス商事は低価格の汎用シューズと靴資材を靴専門店など一般履物ルートで販売
- 証券アナリストジャーナル 1991年2月(田嶋弘吉)
- [39]田嶋弘吉が独立して興した会社で、オニツカへのナイロン販売が関係の始まり。1991年時点でアシックスとの取引は総売上の約30%
1994年〜2006年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 営業利益 | 経常利益 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 億円 | 利益率 | 億円 | |||
| 1994年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1995年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1996年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1997年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1998年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1999年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2000年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2001年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2002年03月期 | 連結 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2003年03月期 | 連結 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2004年03月期 | 連結 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2005年03月期 | 連結 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2006年03月期 | 連結 | 1,710 | n/a | 164 | 173 | 10.1% | 138 | n/a |
出典・参考
15件
- アシックス 有価証券報告書 第52期(2006年3月期)【役員の状況】
- アシックス 有価証券報告書 第52期(2006年3月期)
- アシックス 有価証券報告書 第72期(2025年12月期)【沿革】
- 証券アナリストジャーナル 1991年2月(田嶋弘吉)
- 鬼塚喜八郎『私の履歴書』(日本経済新聞社, 1991年)
- アシックス ANNUAL REPORT 2001(FINANCIAL HIGHLIGHTS)
- アシックス ANNUAL REPORT 2001(株主へのメッセージ)
- アシックス ANNUAL REPORT 2002(Five-Year Summary)
- アシックス ANNUAL REPORT 2002(株主へのメッセージ)
- アシックス ANNUAL REPORT 2003(Five-Year Summary・Financial Review)
- アシックス ANNUAL REPORT 2003(社長インタビュー)
- アシックス ANNUAL REPORT 2005(社長インタビュー)
- アシックス ANNUAL REPORT 2005(Sports shoes)
- アシックス ANNUAL REPORT 2006(社長インタビュー)
- アシックス「同社株式に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」(2007年8月17日)