第1章 年〜年

コロワイド:逗子店の「甘太郎」から直営多店舗の居酒屋チェーンへ

1963年〜逗子の甘味処の「甘太郎焼」と、28坪で始めた手作り居酒屋甘太郎

コロワイドの歴史は、1963年4月に神奈川県逗子市逗子312番地で設立された飲食店の会社に始まる。設立日は1963年4月19日で、飲食店と軽飲食店の営業を事業の目的に掲げた。会社は逗子で甘味処を営み、名物の焼き菓子「甘太郎焼き」を売り出した。甘太郎焼きは、一般的な今川焼の2〜3倍の大きさで中に餡を多く詰めた菓子。夏に逗子へ来る海水浴客と地元の住民の双方が、この菓子を好んで買い求めた。1968年5月には本社を逗子市逗子一丁目7番1号へ移し、事業の拠点を逗子に置き続けた。後の居酒屋の屋号「甘太郎」は、この焼き菓子の名を引き継いだものである。観光客と住民の両方に覚えられる大ぶりの名物が、屋号を地域に浸透させる役を担ったとみられる。

  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
    • [1]1963年4月、飲食店・軽飲食店の営業を目的に逗子市逗子312番地で会社設立。1968年5月、本社を逗子市逗子一丁目7番1号へ移転
    • [6]1963年4月、飲食店・軽飲食店の営業を目的に逗子市逗子312番地で会社設立。1968年5月、本社を逗子市逗子一丁目7番1号へ移転
  • 証券 52(12) 2000年12月号 新規上場会社紹介
    • [2]設立年月日は昭和38年(1963年)4月19日、事業内容は飲食店の経営
  • コロワイドグループ 統合報告書2024「創業 手作り居酒屋 甘太郎」「多店舗展開から多業態ドミナント戦略へ」
    • [3]「甘太郎」の名は1963年の会社設立時から逗子で営んだ甘味処の名物「甘太郎焼き」に由来。今川焼の2〜3倍の大きさで餡入り、海水浴客や地元市民に人気
    • [4]「甘太郎」の名は1963年の会社設立時から逗子で営んだ甘味処の名物「甘太郎焼き」に由来。今川焼の2〜3倍の大きさで餡入り、海水浴客や地元市民に人気
    • [5]「甘太郎」の名は1963年の会社設立時から逗子で営んだ甘味処の名物「甘太郎焼き」に由来。今川焼の2〜3倍の大きさで餡入り、海水浴客や地元市民に人気
    • [7]「甘太郎」の名は1963年の会社設立時から逗子で営んだ甘味処の名物「甘太郎焼き」に由来。今川焼の2〜3倍の大きさで餡入り、海水浴客や地元市民に人気

1977年9月、会社は逗子の「甘太郎食堂」を業態変更し、同じ場所に「手作り居酒屋 甘太郎」の逗子店を開設した。この店を開設したのは創業者の蔵人金男氏で、業態は炉ばた焼。店の広さは28坪で、開業の資金はすべて借入金でまかなった。蔵人金男氏自身は1999年、この1号店を逗子の30坪の店と説明していた。若い客を狙った店は料理の評判を得て、開店後は連日満席となった。蔵人金男氏はこの居酒屋を主力業態に据え、以後の店をすべて直営で出した。屋号に冠した「手作り」のとおり、1999年時点でも甘太郎の品のほとんどが手作りである。昼の甘味と食堂から客単価の高い夜の酒場へ移ることに、借金を負うだけの成長余地を見たと推察される。

  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
    • [8]1977年9月、飲食店「甘太郎食堂」を「手作り居酒屋 甘太郎」に業態変更し、同地に創業店の逗子店を開店
  • コロワイドグループ 統合報告書2024「創業 手作り居酒屋 甘太郎」「多店舗展開から多業態ドミナント戦略へ」
    • [9]1977年、創業者の蔵人金男が逗子に炉ばた焼業態の「手作り居酒屋 甘太郎」を開店。28坪、全額借金で開業。若者向けでメニューの評判がよく連日満員
    • [10]1977年、創業者の蔵人金男が逗子に炉ばた焼業態の「手作り居酒屋 甘太郎」を開店。28坪、全額借金で開業。若者向けでメニューの評判がよく連日満員
    • [12]1977年、創業者の蔵人金男が逗子に炉ばた焼業態の「手作り居酒屋 甘太郎」を開店。28坪、全額借金で開業。若者向けでメニューの評判がよく連日満員
  • 証券アナリストジャーナル 37(11) 1999年11月号 別冊付録 コロワイド(蔵人金男)
    • [11]蔵人金男社長の説明では、1977年(昭和52年)に逗子に30坪の手作り居酒屋甘太郎を出したのが始まりで、これを主力業態とし一貫して直営で展開。甘太郎はほとんどの商品が本格手作り
    • [13]蔵人金男社長の説明では、1977年(昭和52年)に逗子に30坪の手作り居酒屋甘太郎を出したのが始まりで、これを主力業態とし一貫して直営で展開。甘太郎はほとんどの商品が本格手作り
    • [14]蔵人金男社長の説明では、1977年(昭和52年)に逗子に30坪の手作り居酒屋甘太郎を出したのが始まりで、これを主力業態とし一貫して直営で展開。甘太郎はほとんどの商品が本格手作り
参考文献[1]-[14]
  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
    • [1]1963年4月、飲食店・軽飲食店の営業を目的に逗子市逗子312番地で会社設立。1968年5月、本社を逗子市逗子一丁目7番1号へ移転
    • [6]1963年4月、飲食店・軽飲食店の営業を目的に逗子市逗子312番地で会社設立。1968年5月、本社を逗子市逗子一丁目7番1号へ移転
    • [8]1977年9月、飲食店「甘太郎食堂」を「手作り居酒屋 甘太郎」に業態変更し、同地に創業店の逗子店を開店
  • 証券 52(12) 2000年12月号 新規上場会社紹介
    • [2]設立年月日は昭和38年(1963年)4月19日、事業内容は飲食店の経営
  • コロワイドグループ 統合報告書2024「創業 手作り居酒屋 甘太郎」「多店舗展開から多業態ドミナント戦略へ」
    • [3]「甘太郎」の名は1963年の会社設立時から逗子で営んだ甘味処の名物「甘太郎焼き」に由来。今川焼の2〜3倍の大きさで餡入り、海水浴客や地元市民に人気
    • [4]「甘太郎」の名は1963年の会社設立時から逗子で営んだ甘味処の名物「甘太郎焼き」に由来。今川焼の2〜3倍の大きさで餡入り、海水浴客や地元市民に人気
    • [5]「甘太郎」の名は1963年の会社設立時から逗子で営んだ甘味処の名物「甘太郎焼き」に由来。今川焼の2〜3倍の大きさで餡入り、海水浴客や地元市民に人気
    • [7]「甘太郎」の名は1963年の会社設立時から逗子で営んだ甘味処の名物「甘太郎焼き」に由来。今川焼の2〜3倍の大きさで餡入り、海水浴客や地元市民に人気
    • [9]1977年、創業者の蔵人金男が逗子に炉ばた焼業態の「手作り居酒屋 甘太郎」を開店。28坪、全額借金で開業。若者向けでメニューの評判がよく連日満員
    • [10]1977年、創業者の蔵人金男が逗子に炉ばた焼業態の「手作り居酒屋 甘太郎」を開店。28坪、全額借金で開業。若者向けでメニューの評判がよく連日満員
    • [12]1977年、創業者の蔵人金男が逗子に炉ばた焼業態の「手作り居酒屋 甘太郎」を開店。28坪、全額借金で開業。若者向けでメニューの評判がよく連日満員
  • 証券アナリストジャーナル 37(11) 1999年11月号 別冊付録 コロワイド(蔵人金男)
    • [11]蔵人金男社長の説明では、1977年(昭和52年)に逗子に30坪の手作り居酒屋甘太郎を出したのが始まりで、これを主力業態とし一貫して直営で展開。甘太郎はほとんどの商品が本格手作り
    • [13]蔵人金男社長の説明では、1977年(昭和52年)に逗子に30坪の手作り居酒屋甘太郎を出したのが始まりで、これを主力業態とし一貫して直営で展開。甘太郎はほとんどの商品が本格手作り
    • [14]蔵人金男社長の説明では、1977年(昭和52年)に逗子に30坪の手作り居酒屋甘太郎を出したのが始まりで、これを主力業態とし一貫して直営で展開。甘太郎はほとんどの商品が本格手作り

1981年〜大船1号店から始めた直営だけの多店舗化と、町田で出た東京と逗子工場

1981年11月、会社は「手作り居酒屋 甘太郎」の大船1号店を開設し、直営だけで店を増やす多店舗展開に入った。統合報告書2024によれば、会社はこの時期に商品の差別化を進め、広がり始めた居酒屋ブームにも合わせて出店を重ねた。蔵人金男氏は1999年、居酒屋のメニューには知的所有権が無く、他社に絶えず模倣されると述べた。そのうえで、メニューと業態の徹底した差別化を経営目標に掲げ、店の個性づくりに苦心していると明かした。2000年の上場時の方針でも、他社との差別化の第一は独自のメニューと業態の開発である。模倣されやすい手作りの料理を加盟店に任せず自社の店で出し続けることが、差別化を保つ前提だったのだろう。

  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
    • [15]1981年11月、「手作り居酒屋 甘太郎」大船1号店を開店し、直営のみによる多店舗展開を開始
  • コロワイドグループ 統合報告書2024「創業 手作り居酒屋 甘太郎」「多店舗展開から多業態ドミナント戦略へ」
    • [16]1981年に大船1号店を開店。商品の差別化や当時始まりつつあった居酒屋ブームの機を捉えて次々と出店
  • 証券アナリストジャーナル 37(11) 1999年11月号 別冊付録 コロワイド(蔵人金男)
    • [17]経営目標はメニュー・業態の徹底した差別化。メニューは知的所有権がなく常にまねされ、個性化に腐心していると説明
    • [18]経営目標はメニュー・業態の徹底した差別化。メニューは知的所有権がなく常にまねされ、個性化に腐心していると説明
  • 証券 52(12) 2000年12月号 新規上場会社紹介
    • [19]創業以来「手作り居酒屋甘太郎」を中心に直営の飲食店チェーンを経営。差別化には独自性のあるメニューと業態開発を第一と考える

1986年6月、会社は町田1号店を開設し、初めて東京都に出店した。統合報告書2024も、町田への出店を東京への初進出と位置づけた。蔵人金男氏は1999年、東京圏への出店によって知名度と商品力が高まったことを、会社の強みの1番目に挙げた。1994年4月には甘太郎の蒲田1号店とデイ・トリッパー蒲田店を同時に開き、東京への本格的な出店の方針を打ち出した。1999年10月末の店舗数は神奈川県50、東京都43、大阪府8、兵庫県・千葉県・埼玉県が各1の計104店。町田1号店から13年で、東京都の店は神奈川県に迫る数まで増えた。神奈川県と境を接する町田は、既存の店の商圏から離れすぎずに東京の客へ名を知らせる足がかりになったと考えられる。

  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
    • [20]1986年6月、町田1号店を開店し東京都に進出。1994年4月、甘太郎蒲田1号店とデイ・トリッパー蒲田店を同時開店し本格的な東京進出の方向性を打ち出す
    • [23]1986年6月、町田1号店を開店し東京都に進出。1994年4月、甘太郎蒲田1号店とデイ・トリッパー蒲田店を同時開店し本格的な東京進出の方向性を打ち出す
  • コロワイドグループ 統合報告書2024「創業 手作り居酒屋 甘太郎」「多店舗展開から多業態ドミナント戦略へ」
    • [21]1986年に町田1号店を出店し東京に初進出
  • 証券アナリストジャーナル 37(11) 1999年11月号 別冊付録 コロワイド(蔵人金男)
    • [22]強みの第1に東京圏への出店戦略で知名度と商品力が上がったことを挙げる。1999年10月末の出店は神奈川50・東京43・大阪8・兵庫/千葉/埼玉各1の計104店
    • [24]強みの第1に東京圏への出店戦略で知名度と商品力が上がったことを挙げる。1999年10月末の出店は神奈川50・東京43・大阪8・兵庫/千葉/埼玉各1の計104店
    • [25]強みの第1に東京圏への出店戦略で知名度と商品力が上がったことを挙げる。1999年10月末の出店は神奈川50・東京43・大阪8・兵庫/千葉/埼玉各1の計104店

1986年11月、会社は本社を神奈川県藤沢市南藤沢二丁目8番2号へ移し、同じ月に逗子市へ逗子工場を置いた。逗子工場は1994年10月に閉鎖されるまで、8年近く店の食品加工を担った。後継として鎌倉市に400坪の鎌倉キッチン配送センターを新設し、会社はこれをマーチャンダイジング戦略の本格稼働と位置づけた。その戦略を会社が表した言葉が『「自分達で作って、自分達で運んで、自分達で売る」』である。蔵人金男氏は1999年、自前のキッチン配送センターがあるから手作りの料理と衛生管理、複合店の集中出店が成り立つと説明した。1999年には同じ役割を持つ拠点が3か所に増えた。店が増えても手作りの味を揃えるには、店ごとの仕込みを1か所の工場に集める必要があったと思われる。

  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
    • [26]1986年11月、本社を藤沢市南藤沢二丁目8番2号へ移転し、逗子市に逗子工場を設置。1994年10月、逗子工場を閉鎖し鎌倉キッチン配送センターを設置
    • [27]1986年11月、本社を藤沢市南藤沢二丁目8番2号へ移転し、逗子市に逗子工場を設置。1994年10月、逗子工場を閉鎖し鎌倉キッチン配送センターを設置
  • コロワイドグループ 統合報告書2025「コロワイドグループの歴史」
    • [28]1994年10月に逗子の食品加工工場を閉鎖し、鎌倉市に400坪の鎌倉キッチン配送センターを新設。マーチャンダイジング戦略が本格的に始まった
    • [29]1994年10月に逗子の食品加工工場を閉鎖し、鎌倉市に400坪の鎌倉キッチン配送センターを新設。マーチャンダイジング戦略が本格的に始まった
  • 証券アナリストジャーナル 37(11) 1999年11月号 別冊付録 コロワイド(蔵人金男)
    • [30]独自のキッチン配送センター3カ所により、手作り料理の提供、衛生管理、複合店のドミナント展開などが可能になったと説明
    • [31]独自のキッチン配送センター3カ所により、手作り料理の提供、衛生管理、複合店のドミナント展開などが可能になったと説明
参考文献[15]-[31]
  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
    • [15]1981年11月、「手作り居酒屋 甘太郎」大船1号店を開店し、直営のみによる多店舗展開を開始
    • [20]1986年6月、町田1号店を開店し東京都に進出。1994年4月、甘太郎蒲田1号店とデイ・トリッパー蒲田店を同時開店し本格的な東京進出の方向性を打ち出す
    • [23]1986年6月、町田1号店を開店し東京都に進出。1994年4月、甘太郎蒲田1号店とデイ・トリッパー蒲田店を同時開店し本格的な東京進出の方向性を打ち出す
    • [26]1986年11月、本社を藤沢市南藤沢二丁目8番2号へ移転し、逗子市に逗子工場を設置。1994年10月、逗子工場を閉鎖し鎌倉キッチン配送センターを設置
    • [27]1986年11月、本社を藤沢市南藤沢二丁目8番2号へ移転し、逗子市に逗子工場を設置。1994年10月、逗子工場を閉鎖し鎌倉キッチン配送センターを設置
  • コロワイドグループ 統合報告書2024「創業 手作り居酒屋 甘太郎」「多店舗展開から多業態ドミナント戦略へ」
    • [16]1981年に大船1号店を開店。商品の差別化や当時始まりつつあった居酒屋ブームの機を捉えて次々と出店
    • [21]1986年に町田1号店を出店し東京に初進出
  • 証券アナリストジャーナル 37(11) 1999年11月号 別冊付録 コロワイド(蔵人金男)
    • [17]経営目標はメニュー・業態の徹底した差別化。メニューは知的所有権がなく常にまねされ、個性化に腐心していると説明
    • [18]経営目標はメニュー・業態の徹底した差別化。メニューは知的所有権がなく常にまねされ、個性化に腐心していると説明
    • [22]強みの第1に東京圏への出店戦略で知名度と商品力が上がったことを挙げる。1999年10月末の出店は神奈川50・東京43・大阪8・兵庫/千葉/埼玉各1の計104店
    • [24]強みの第1に東京圏への出店戦略で知名度と商品力が上がったことを挙げる。1999年10月末の出店は神奈川50・東京43・大阪8・兵庫/千葉/埼玉各1の計104店
    • [25]強みの第1に東京圏への出店戦略で知名度と商品力が上がったことを挙げる。1999年10月末の出店は神奈川50・東京43・大阪8・兵庫/千葉/埼玉各1の計104店
    • [30]独自のキッチン配送センター3カ所により、手作り料理の提供、衛生管理、複合店のドミナント展開などが可能になったと説明
    • [31]独自のキッチン配送センター3カ所により、手作り料理の提供、衛生管理、複合店のドミナント展開などが可能になったと説明
  • 証券 52(12) 2000年12月号 新規上場会社紹介
    • [19]創業以来「手作り居酒屋甘太郎」を中心に直営の飲食店チェーンを経営。差別化には独自性のあるメニューと業態開発を第一と考える
  • コロワイドグループ 統合報告書2025「コロワイドグループの歴史」
    • [28]1994年10月に逗子の食品加工工場を閉鎖し、鎌倉市に400坪の鎌倉キッチン配送センターを新設。マーチャンダイジング戦略が本格的に始まった
    • [29]1994年10月に逗子の食品加工工場を閉鎖し、鎌倉市に400坪の鎌倉キッチン配送センターを新設。マーチャンダイジング戦略が本格的に始まった

1987年〜海老名の「三間堂」から始めた複合出店と、358席の大和店

1987年10月、会社は甘太郎に次ぐ業態として、串焼きと釜飯の「日本料理 三間堂」を海老名市に開いた。統合報告書2024は、三間堂の開店を多業態ドミナント戦略へ向かう新業態開発の起点に置いた。三間堂は炭火の串焼きや釜飯を出す和食店で、客層は甘太郎より年齢が高く、昼に営業する店も多かった。蔵人金男氏は1999年、性別・年齢層・客単価ごとに異なる来店の動機に応じる業態を揃えたと説明した。同じ地域に複数の業態を集中して出したことも、物流の効率化と知名度の向上につながったとする。1999年時点で、出店の約半数は複数の業態を組み合わせた複合店だった。甘太郎と客層の重ならない業態を近くに置き、同じ商圏で自店同士が客を奪い合う事態を避けたと読み取れる。

  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
    • [32]1987年10月、新業態「日本料理 三間堂」(串焼きと釜飯)を海老名市に開店
  • コロワイドグループ 統合報告書2024「創業 手作り居酒屋 甘太郎」「多店舗展開から多業態ドミナント戦略へ」
    • [33]1987年に新業態「日本料理 三間堂」を海老名市に開店し、多業態ドミナント戦略へ向けて新業態開発を進めた
  • 証券アナリストジャーナル 37(11) 1999年11月号 別冊付録 コロワイド(蔵人金男)
    • [34]三間堂は炭火串焼・釜飯などの和食店で甘太郎より高年齢層、ランチ営業も多い。性別・年齢層・商品単価別の来店動機に応じた業態を揃え、複合出店のドミナントで流通を効率化し知名度を上げた。出店の約半数が複合店
    • [35]三間堂は炭火串焼・釜飯などの和食店で甘太郎より高年齢層、ランチ営業も多い。性別・年齢層・商品単価別の来店動機に応じた業態を揃え、複合出店のドミナントで流通を効率化し知名度を上げた。出店の約半数が複合店
    • [36]三間堂は炭火串焼・釜飯などの和食店で甘太郎より高年齢層、ランチ営業も多い。性別・年齢層・商品単価別の来店動機に応じた業態を揃え、複合出店のドミナントで流通を効率化し知名度を上げた。出店の約半数が複合店
    • [37]三間堂は炭火串焼・釜飯などの和食店で甘太郎より高年齢層、ランチ営業も多い。性別・年齢層・商品単価別の来店動機に応じた業態を揃え、複合出店のドミナントで流通を効率化し知名度を上げた。出店の約半数が複合店

1988年11月、会社は「手作り居酒屋 甘太郎」大和店を移転し、358席を備える自社最大級の店に改めた。1999年時点の甘太郎は売上高の8割を占める主力業態であり、客単価は3,000円前後である。主な客層は20代の社会人で、土日の家族連れや法人の宴会での利用も多かった。蔵人金男氏は、大衆店である居酒屋の客単価を5,000円以内に抑える方針を示した。あわせて、ゆったり食事のできる空間の確保を経営方針の1つに掲げた。大型店の路線は続き、1994年12月には川崎駅前の高層ビル21階に233坪465席の川崎1号店を開設した。客単価の上限を決めた居酒屋が一店の売上を増やすには、席数を広げて宴会の団体を受け入れる大型化が有効な手段だったと推測される。

  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
    • [38]1988年11月、「手作り居酒屋 甘太郎」大和店を移転し、当社最大級の358席の店舗を開店。1994年12月、川崎駅前タワーリバーク21階に233坪465席の甘太郎川崎1号店を大型店展開の端緒として開店
    • [43]1988年11月、「手作り居酒屋 甘太郎」大和店を移転し、当社最大級の358席の店舗を開店。1994年12月、川崎駅前タワーリバーク21階に233坪465席の甘太郎川崎1号店を大型店展開の端緒として開店
  • 証券アナリストジャーナル 37(11) 1999年11月号 別冊付録 コロワイド(蔵人金男)
    • [39]甘太郎は売上高の8割、客単価3,000円前後、20代社会人が対象で土日の家族連れや法人の宴会利用も多い。客単価は5千円を出ない設定、ゆったり食事のできるスペースの確保を経営方針に掲げる
    • [40]甘太郎は売上高の8割、客単価3,000円前後、20代社会人が対象で土日の家族連れや法人の宴会利用も多い。客単価は5千円を出ない設定、ゆったり食事のできるスペースの確保を経営方針に掲げる
    • [41]甘太郎は売上高の8割、客単価3,000円前後、20代社会人が対象で土日の家族連れや法人の宴会利用も多い。客単価は5千円を出ない設定、ゆったり食事のできるスペースの確保を経営方針に掲げる
    • [42]甘太郎は売上高の8割、客単価3,000円前後、20代社会人が対象で土日の家族連れや法人の宴会利用も多い。客単価は5千円を出ない設定、ゆったり食事のできるスペースの確保を経営方針に掲げる

1992年11月、会社は「ダイニングカラオケ デイ・トリッパー」を横浜市戸塚区に開いた。1993年11月には甘太郎の海老名2号店を開設し、全席に無煙ロースターを置いて焼肉をメニューに加えた。蔵人金男氏は1999年、他社に先駆けて焼肉やサラダの品揃え、独自のドレッシングを開発したことを特徴に挙げた。当時の甘太郎の客は20代の社会人が中心で、女性の比率は45%だった。2000年の決算短信は、創業以来女性を意識した献立と店づくりを続けてきたとし、デイ・トリッパーの女性客比率を60%と示した。1994年10月には逗子工場を閉鎖し、セントラルキッチンの本格稼働と物流の強化を目的に鎌倉キッチン配送センターを置いた。業態と品目の増加で、逗子の工場1か所による仕込みと配送が限界に近づいていたことがうかがえる。

  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
    • [44]1992年11月、「ダイニングカラオケ デイ・トリッパー」を横浜市戸塚区に開店。1993年11月、甘太郎海老名2号店を開店し全席に無煙ロースター、焼肉を導入。1994年10月、逗子工場を閉鎖しセントラルキッチン本格稼働と物流強化を目指し鎌倉キッチン配送センターを設置
    • [45]1992年11月、「ダイニングカラオケ デイ・トリッパー」を横浜市戸塚区に開店。1993年11月、甘太郎海老名2号店を開店し全席に無煙ロースター、焼肉を導入。1994年10月、逗子工場を閉鎖しセントラルキッチン本格稼働と物流強化を目指し鎌倉キッチン配送センターを設置
    • [49]1992年11月、「ダイニングカラオケ デイ・トリッパー」を横浜市戸塚区に開店。1993年11月、甘太郎海老名2号店を開店し全席に無煙ロースター、焼肉を導入。1994年10月、逗子工場を閉鎖しセントラルキッチン本格稼働と物流強化を目指し鎌倉キッチン配送センターを設置
  • 証券アナリストジャーナル 37(11) 1999年11月号 別冊付録 コロワイド(蔵人金男)
    • [46]他社に先駆け焼肉・サラダのバリエーション・独自ドレッシングなどを開発。甘太郎は20代社会人が対象で女性比率45%
    • [47]他社に先駆け焼肉・サラダのバリエーション・独自ドレッシングなどを開発。甘太郎は20代社会人が対象で女性比率45%
  • コロワイド 平成13年3月期 中間決算短信(2000年10月27日)
    • [48]創業以来、女性を意識したメニュー作り・店造りを行い、女性客比率はデイ・トリッパー60%、甘太郎40%など
参考文献[32]-[49]
  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
    • [32]1987年10月、新業態「日本料理 三間堂」(串焼きと釜飯)を海老名市に開店
    • [38]1988年11月、「手作り居酒屋 甘太郎」大和店を移転し、当社最大級の358席の店舗を開店。1994年12月、川崎駅前タワーリバーク21階に233坪465席の甘太郎川崎1号店を大型店展開の端緒として開店
    • [43]1988年11月、「手作り居酒屋 甘太郎」大和店を移転し、当社最大級の358席の店舗を開店。1994年12月、川崎駅前タワーリバーク21階に233坪465席の甘太郎川崎1号店を大型店展開の端緒として開店
    • [44]1992年11月、「ダイニングカラオケ デイ・トリッパー」を横浜市戸塚区に開店。1993年11月、甘太郎海老名2号店を開店し全席に無煙ロースター、焼肉を導入。1994年10月、逗子工場を閉鎖しセントラルキッチン本格稼働と物流強化を目指し鎌倉キッチン配送センターを設置
    • [45]1992年11月、「ダイニングカラオケ デイ・トリッパー」を横浜市戸塚区に開店。1993年11月、甘太郎海老名2号店を開店し全席に無煙ロースター、焼肉を導入。1994年10月、逗子工場を閉鎖しセントラルキッチン本格稼働と物流強化を目指し鎌倉キッチン配送センターを設置
    • [49]1992年11月、「ダイニングカラオケ デイ・トリッパー」を横浜市戸塚区に開店。1993年11月、甘太郎海老名2号店を開店し全席に無煙ロースター、焼肉を導入。1994年10月、逗子工場を閉鎖しセントラルキッチン本格稼働と物流強化を目指し鎌倉キッチン配送センターを設置
  • コロワイドグループ 統合報告書2024「創業 手作り居酒屋 甘太郎」「多店舗展開から多業態ドミナント戦略へ」
    • [33]1987年に新業態「日本料理 三間堂」を海老名市に開店し、多業態ドミナント戦略へ向けて新業態開発を進めた
  • 証券アナリストジャーナル 37(11) 1999年11月号 別冊付録 コロワイド(蔵人金男)
    • [34]三間堂は炭火串焼・釜飯などの和食店で甘太郎より高年齢層、ランチ営業も多い。性別・年齢層・商品単価別の来店動機に応じた業態を揃え、複合出店のドミナントで流通を効率化し知名度を上げた。出店の約半数が複合店
    • [35]三間堂は炭火串焼・釜飯などの和食店で甘太郎より高年齢層、ランチ営業も多い。性別・年齢層・商品単価別の来店動機に応じた業態を揃え、複合出店のドミナントで流通を効率化し知名度を上げた。出店の約半数が複合店
    • [36]三間堂は炭火串焼・釜飯などの和食店で甘太郎より高年齢層、ランチ営業も多い。性別・年齢層・商品単価別の来店動機に応じた業態を揃え、複合出店のドミナントで流通を効率化し知名度を上げた。出店の約半数が複合店
    • [37]三間堂は炭火串焼・釜飯などの和食店で甘太郎より高年齢層、ランチ営業も多い。性別・年齢層・商品単価別の来店動機に応じた業態を揃え、複合出店のドミナントで流通を効率化し知名度を上げた。出店の約半数が複合店
    • [39]甘太郎は売上高の8割、客単価3,000円前後、20代社会人が対象で土日の家族連れや法人の宴会利用も多い。客単価は5千円を出ない設定、ゆったり食事のできるスペースの確保を経営方針に掲げる
    • [40]甘太郎は売上高の8割、客単価3,000円前後、20代社会人が対象で土日の家族連れや法人の宴会利用も多い。客単価は5千円を出ない設定、ゆったり食事のできるスペースの確保を経営方針に掲げる
    • [41]甘太郎は売上高の8割、客単価3,000円前後、20代社会人が対象で土日の家族連れや法人の宴会利用も多い。客単価は5千円を出ない設定、ゆったり食事のできるスペースの確保を経営方針に掲げる
    • [42]甘太郎は売上高の8割、客単価3,000円前後、20代社会人が対象で土日の家族連れや法人の宴会利用も多い。客単価は5千円を出ない設定、ゆったり食事のできるスペースの確保を経営方針に掲げる
    • [46]他社に先駆け焼肉・サラダのバリエーション・独自ドレッシングなどを開発。甘太郎は20代社会人が対象で女性比率45%
    • [47]他社に先駆け焼肉・サラダのバリエーション・独自ドレッシングなどを開発。甘太郎は20代社会人が対象で女性比率45%
  • コロワイド 平成13年3月期 中間決算短信(2000年10月27日)
    • [48]創業以来、女性を意識したメニュー作り・店造りを行い、女性客比率はデイ・トリッパー60%、甘太郎40%など

出典・参考

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出典・参考
  • コロワイド 平成13年3月期 中間決算短信(2000年10月27日)
  • コロワイドグループ 統合報告書2024「創業 手作り居酒屋 甘太郎」「多店舗展開から多業態ドミナント戦略へ」
  • コロワイドグループ 統合報告書2025「コロワイドグループの歴史」
  • コロワイド 有価証券報告書「沿革」
  • 証券アナリストジャーナル 37(11) 1999年11月号 別冊付録 コロワイド(蔵人金男)
  • 証券 52(12) 2000年12月号 新規上場会社紹介

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