飛山一男
いすゞ自動車・元取締役社長
社長就任 1984年1月
生年月日 —
学歴 山梨工業専門学校機械科
出自 —
社長就任までの出自
出自
1925年2月20日、長野県に生まれた。1945年に山梨工業専門学校機械科を卒業し、翌1946年にヂーゼル自動車工業(現・いすゞ自動車)へ入社した。営業や生産ではなく企画畑を歩み、1970年に企画本部企画室主査、1973年に企画本部主査を務めた。1976年に取締役、1979年に常務、1981年に専務、1982年に副社長へ進んだ。入社から取締役まで30年、社長までは38年をかけた生え抜きである。
社長に選ばれた経緯
在任中の主な施策
施策
就任と同じ1984年にTOC活動を始め、1985年5月に工場改善活動のIPS、1986年5月に事務合理化活動のJSを順に立ち上げた。1988年2月にはデミング賞への受賞挑戦を内定し、グループ総がかりの全社的品質管理(TQC)へ進んだ。同年10月期には復配している。ただしデミング賞は1990年2月に挑戦を1年延期し、1991年2月に断念した。1991年6月には1993年10月期の黒字転換をめざす再建計画を立てたが、同年10月期に再び無配へ転落した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1946〜1992年
在任中の業績
就任前(FY82)6,846億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 1件
- 日経ビジネス 1984年4月16日号「飛山一男氏(いすゞ自動車)登場」