- FY97以降の社長は井田義則・細井行・片山正則・南真介・山口真宏の5名、いずれもいすゞ自動車生え抜きからの昇格。外部出身の代表取締役社長は確認できない。
- 井田義則の社長在任はFY97〜FY06(約10年)、細井行のFY07〜FY14(約8年)、片山正則のFY15〜FY22(約8年)、南真介のFY23〜FY25(約3年)、山口真宏がFY26以降を担い、概ね3〜10年で回す任期サイクル。
- 昇進元の領域は片山正則が取締役副社長、南真介が営業本部営業部門統括・企画財務部門統括・グループCCOと、いずれも事業執行と企画・財務統括ラインから社長へと至る系譜である。
1946〜1960年・15年
1961〜1963年・3年
1964〜1968年・5年
1969〜1974年・6年/生え抜き
1975〜1982年・8年/生え抜き
1983〜1990年・8年/生え抜き
1991〜1996年・6年/生え抜き
1997〜1999年・3年/生え抜き
2000〜2005年・6年/生え抜き
2006〜2013年・8年/生え抜き
2014〜2021年・8年/生え抜き
2022〜2024年・3年/生え抜き
山口真宏現任
2025年〜現在・2年/生え抜き
生え抜き(1986年入社)。いすゞモーターズインディア社長、LCV事業総括、グループCFO・CSOを経て社長へ
南真介
みなみ しんすけ
生え抜き(1983年入社)。米国・タイの現地法人勤務を経て経営企画・財務畑を歩み、社長COOへ
生え抜き(1978年入社)。技術畑を歩み、取締役・取締役副社長を経て社長へ
生え抜き(1973年入社)。取締役・取締役副社長を経て社長へ
井田義則
いだ よしのり
生え抜き(1966年入社)。FS企画部長として乗用車撤退とGM提携強化の青写真を描き、関和平社長の下で戦略部門を担って社長へ
稲生武
いのう たけし
生え抜き(1962年入社)。大型車の開発畑を歩み、いすゞセラミックス研究所・いすゞ中央研究所の社長を経て本体社長へ
関和平
せき かずひら
生え抜き(1960年入社)。企画本部畑からGM人脈を築き、乗用車生産からの撤退と商用車・ディーゼルへの絞り込みを決めた
飛山一男
とびやま かずお
生え抜き(1946年入社)。企画本部畑を歩み、取締役・常務・専務・副社長を経て社長へ
生え抜き(1933年入社)。GM提携後の再建期を率い、戦略乗用車「Rカー」の対米20万台輸出計画を決めた
生え抜き(1927年入社)。GMとの資本提携交渉時の社長として、いすゞの社名と独立性を残す条件で34.2%出資を受け入れた