第2章 年〜年

マブチモーター:香港・台湾への組み立て移管と国内の精密部品生産

1964年〜特恵関税を狙った香港・萬寶至實業の設立

1964年2月、香港九龍の新蒲崗三祝街に、小型マグネットモーターの製造と販売を担う萬寶至實業有限公司を設立した。1ドル360円の当時は国内生産でも輸出品として十分に戦えたが、増える需要に対しては、それまでの国内工場の新設ではなく、人件費が低く欧米の特恵関税を受けられる香港に拠点を置いた。まだ国内で作っても通用する時期に海外生産を始めたことについて、専務取締役の馬渕隆一氏は後に、好条件がそろった局面での決断だったと語っている『日本で生産しても十分通用する時代に海外で生産を始めるということは、潮が満ちている状態です』。根にあったのは、顧客に値下げを迫られてから動くより自ら絶えず価格を追いかけることが望ましいという考えで、外圧を待たずに値下げの根拠を自前で用意していたのである。

  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [1]1964年2月、香港九龍新蒲崗三祝街に小型マグネットモーターの製造・販売を目的とする萬寶至實業有限公司を設立した
    • [3]需要の増加に対応するため当初は国内で工場を新設したが、その後は人件費が安く欧米諸国からの特恵関税を享受できる香港等に進出した
  • 日経ビジネス 1993年3月1日号
    • [2]1964年から海外生産を始めており、当時は1ドルが360円の時代だった
    • [4]馬渕隆一は「客から『もっと安くしろ』と言われてからやるのではなく、常に価格を追求するのが理想なんです」と述べた

萬寶至實業は自社製品に加えて関係会社の製品も仕入れ、香港の地元市場と海外へ幅広く売った。子会社のうちで最も重い位置を占めたのが、この拠点である。香港の工場が使うモーターの精密部品は、例外なく日本から送られていた。人手を要する組み立てだけを人件費の低い土地に移し、品質を左右する部分は国内にとどめる分担である。1976年には生産の拡充と国際競争力の強化のために基湾工場を増設し、建物面積5,000平方メートル、従業員400人を加えた。一方で1965年3月には千葉県松戸市に松戸工場が完成しており、国内の生産をやめたわけではない。外へ出したのは工程であって、製品そのものではなかった。

  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [5]香港にある萬寶至實業有限公司は自社製品のほか関係会社製品を仕入れて、香港地場のほか海外に広く販売を行っており、同社にとって最も重要な子会社となっている
  • 証券アナリストジャーナル 1984年9月号(馬渕健一・講演要旨)
    • [6]これらの海外工場で生産されるモーターの精密部品はすべて日本から供給され、安定した品質が保証されている
    • [8]香港の基湾工場は昭和51年に生産拡充と国際競争力強化のために増設され、建物面積5,000平方メートル、従業員数400人となった
  • 日経ビジネス 1995年1月2日号
    • [7]多くの人手が必要な組み立て工程は人件費の安いところにもっていくが、それ以外にもアジア各地で分担できる機能はたくさんある
  • マブチモーター 有価証券報告書【沿革】
    • [9]1965年3月、千葉県松戸市に松戸工場が完成した

1965年3月、米国ニューヨーク市にニューヨーク駐在事務所を開設した。翌1966年4月には西独フランクフルト市に欧州駐在事務所を置き、現地の顧客が出す注文をその場で受け取るようにした。これによって現地顧客への直接販売が増え、新規の需要先の開拓も進んだ。それまで海外の需要は、玩具や模型に組み込まれた製品を通じて向こうから届くものだった。商号を東京科学からマブチモーターへ改めたのは1971年3月である。同年7月には本社機能を千葉県松戸市へ移し、松戸が国内の中心になった。作る場所と売る場所を同時に動かし、顧客との間に入る者を減らした。

  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [10]1965年3月、米国ニューヨーク市にニューヨーク駐在事務所を開設した
    • [11]1966年4月に西独フランクフルト市に欧州駐在事務所を開設して現地顧客の需要に直接対応できる体制を整えた
    • [12]これにより現地顧客への直接販売を増加させる一方、新規需要先の開拓をも促進させた
    • [13]同社製品が玩具・模型の一部として海外に輸出されたことから、海外の玩具・模型メーカーにも早くから知られて製品を輸出することとなった
  • マブチモーター 有価証券報告書【沿革】
    • [14]1971年3月、商号をマブチモーターに変更した
    • [15]1971年7月、千葉県松戸市に本社機能を移転した
参考文献[1]-[15]
  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [1]1964年2月、香港九龍新蒲崗三祝街に小型マグネットモーターの製造・販売を目的とする萬寶至實業有限公司を設立した
    • [3]需要の増加に対応するため当初は国内で工場を新設したが、その後は人件費が安く欧米諸国からの特恵関税を享受できる香港等に進出した
    • [5]香港にある萬寶至實業有限公司は自社製品のほか関係会社製品を仕入れて、香港地場のほか海外に広く販売を行っており、同社にとって最も重要な子会社となっている
    • [10]1965年3月、米国ニューヨーク市にニューヨーク駐在事務所を開設した
    • [11]1966年4月に西独フランクフルト市に欧州駐在事務所を開設して現地顧客の需要に直接対応できる体制を整えた
    • [12]これにより現地顧客への直接販売を増加させる一方、新規需要先の開拓をも促進させた
    • [13]同社製品が玩具・模型の一部として海外に輸出されたことから、海外の玩具・模型メーカーにも早くから知られて製品を輸出することとなった
  • 日経ビジネス 1993年3月1日号
    • [2]1964年から海外生産を始めており、当時は1ドルが360円の時代だった
    • [4]馬渕隆一は「客から『もっと安くしろ』と言われてからやるのではなく、常に価格を追求するのが理想なんです」と述べた
  • 証券アナリストジャーナル 1984年9月号(馬渕健一・講演要旨)
    • [6]これらの海外工場で生産されるモーターの精密部品はすべて日本から供給され、安定した品質が保証されている
    • [8]香港の基湾工場は昭和51年に生産拡充と国際競争力強化のために増設され、建物面積5,000平方メートル、従業員数400人となった
  • 日経ビジネス 1995年1月2日号
    • [7]多くの人手が必要な組み立て工程は人件費の安いところにもっていくが、それ以外にもアジア各地で分担できる機能はたくさんある
  • マブチモーター 有価証券報告書【沿革】
    • [9]1965年3月、千葉県松戸市に松戸工場が完成した
    • [14]1971年3月、商号をマブチモーターに変更した
    • [15]1971年7月、千葉県松戸市に本社機能を移転した

1969年〜台湾・華淵電機工業への複線化と用途の広がり

人件費が低く、欧米諸国から特恵関税の恩恵を受けられる土地で需要の伸びに応えるという考え方は、香港と同じであった。この方針のもと1969年12月、台湾台北市に小型マグネットモーターの製造・販売を目的とする華淵電機工業を設けたが、香港の萬寶至實業が100%出資だったのと違い、こちらは50%出資の合弁であった。新竹工場では玩具・模型向けのエコノミー・シリーズを作った。1978年に音響機器用を主体として増設した湖口工場は、建物面積2万1,000平方メートル、従業員2,200人と、台北の工場をはるかに上回る規模であった。生産を香港の一か所に預けた状態から二か所へ割ったことで、人件費の上昇にも操業の停止にも逃げ場ができた。

  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [16]需要の増加に対応するため、人件費が安く欧米諸国からの特恵関税を享受できる香港等に進出した
    • [17]1969年12月、台湾台北市に小型マグネットモーターの製造・販売を目的とする合弁会社、華淵電機工業を設立した
  • 証券アナリストジャーナル 1984年9月号(馬渕健一・講演要旨)
    • [18]台湾台北市の華淵電機工業は昭和44年に50%出資の合弁会社として設立され、香港の萬寶至實業は昭和39年に100%出資で設立された
    • [19]華淵電機工業の新竹工場はエコノミー・シリーズを生産し、昭和53年に増設した湖口工場は音響機器用を主体に生産している
    • [20]湖口工場の建物面積は2万1,000平方メートル、従業員数は2,200人

昭和40年代、すなわち1965年以降に、シェーバーやドライヤーといった家電分野へ製品を広げた。1970年代には、カセットテレコを中心とする音響・映像分野と、カーミラーを中心とする自動車分野にも入った。用途を広げる手立ては、新しい市場を探すことではなく、製品の改良で同じモーターが使える先を開くことだった。玩具・模型は占有率が90%を超えて成熟しており、そこで伸ばせる量には限りがあった。ドアミラーやドアロックのように、人手を省く機能が製品に足されるたび、モーターの需要先は増えた。動力を売る会社にとって、需要を作るのは自社の営業ではなく買い手の製品の仕様である。

  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [21]昭和40年代にはシェーバー、ドライヤー等の家電分野に進出した
    • [22]昭和50年代には、カセットテレコを中心とする音響・映像分野のほか、カーミラー等の自動車分野など多方面に進出した
    • [23]製品の改良を進めて新規の使用分野を開拓することによって業容を拡大した
    • [25]自動車電装品分野におけるドアミラーやドアロックのように、人手を省略するような製品の機能向上に同社製品が積極的に利用されてその需要が各分野において拡大した
  • 証券アナリストジャーナル 1984年9月号(馬渕健一・講演要旨)
    • [24]用途別売上構成の推移をみると、成熟度が高く占有率90%を超えた玩具・模型分野を除き、音響、家電、自動車などの電動製品分野が著しい伸びを示した

製品は、機能と特性によって四つのシリーズに整理された。玩具や目覚まし時計に使うエコノミーと、テープレコーダーやカメラ向けの低ノイズが並んだ。そこへ電動工具と自動車電装品向けの高出力、一定回転を保つ電子ガバナーが加わる。顧客ごとの特注ではなく、番号を持つ標準品を並べて選ばせる形であり、その経済性と品質の安定、供給の弾力性が評価を集めた。1974年3月には群馬県館林市にモーターシャフトの生産を担うマブチ精工を設立し、部品の側も自社に取り込んだ。海外の工場が組み立てだけを担えたのは、標準化された製品と、日本から送る部品の両方が揃っていたからである。

  • 証券アナリストジャーナル 1984年9月号(馬渕健一・講演要旨)
    • [26]当社の製品には、機能と特性によって分類された四つのシリーズがある
    • [27]エコノミー・シリーズは電動玩具やプラモデル、目覚まし時計などの家電製品に使用され、低ノイズ・シリーズはテープレコーダー、レコード・プレーヤー、カメラ、VTR、プリンター、時計などに使用される
    • [28]高出力シリーズは家電製品、電動工具、自動車電装品をはじめとする広い分野で使われ、電子ガバナー・シリーズは常に一定回転を維持するため電子回路を備える
    • [29]標準化されたマブチモーターの経済性と安定した品質および弾力的な供給能力に対する評価と信頼は高く、広く世界のマーケットに定着して圧倒的なシェアを占めるに至っている
  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [30]1974年3月、群馬県館林市にモーターシャフトの生産を目的とするマブチ精工を設立した
参考文献[16]-[30]
  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [16]需要の増加に対応するため、人件費が安く欧米諸国からの特恵関税を享受できる香港等に進出した
    • [17]1969年12月、台湾台北市に小型マグネットモーターの製造・販売を目的とする合弁会社、華淵電機工業を設立した
    • [21]昭和40年代にはシェーバー、ドライヤー等の家電分野に進出した
    • [22]昭和50年代には、カセットテレコを中心とする音響・映像分野のほか、カーミラー等の自動車分野など多方面に進出した
    • [23]製品の改良を進めて新規の使用分野を開拓することによって業容を拡大した
    • [25]自動車電装品分野におけるドアミラーやドアロックのように、人手を省略するような製品の機能向上に同社製品が積極的に利用されてその需要が各分野において拡大した
    • [30]1974年3月、群馬県館林市にモーターシャフトの生産を目的とするマブチ精工を設立した
  • 証券アナリストジャーナル 1984年9月号(馬渕健一・講演要旨)
    • [18]台湾台北市の華淵電機工業は昭和44年に50%出資の合弁会社として設立され、香港の萬寶至實業は昭和39年に100%出資で設立された
    • [19]華淵電機工業の新竹工場はエコノミー・シリーズを生産し、昭和53年に増設した湖口工場は音響機器用を主体に生産している
    • [20]湖口工場の建物面積は2万1,000平方メートル、従業員数は2,200人
    • [24]用途別売上構成の推移をみると、成熟度が高く占有率90%を超えた玩具・模型分野を除き、音響、家電、自動車などの電動製品分野が著しい伸びを示した
    • [26]当社の製品には、機能と特性によって分類された四つのシリーズがある
    • [27]エコノミー・シリーズは電動玩具やプラモデル、目覚まし時計などの家電製品に使用され、低ノイズ・シリーズはテープレコーダー、レコード・プレーヤー、カメラ、VTR、プリンター、時計などに使用される
    • [28]高出力シリーズは家電製品、電動工具、自動車電装品をはじめとする広い分野で使われ、電子ガバナー・シリーズは常に一定回転を維持するため電子回路を備える
    • [29]標準化されたマブチモーターの経済性と安定した品質および弾力的な供給能力に対する評価と信頼は高く、広く世界のマーケットに定着して圧倒的なシェアを占めるに至っている

1977年〜電子ガバナーと高雄マブチへの生産集約

1977年1月、電子回路を内蔵して常に一定の回転を保つ、電子ガバナー内蔵型モーターを開発した。これによってカセットテレコやホームステレオという新しい市場に参入した。高性能と低価格を同時に実現したこのシリーズは、音響機器に加えてデータレコーダーなどのOA機器にも使われた。1970年代に進出したカセットテレコ分野はその後順調に伸び、主要な用途先になった。同じ1977年1月、ニューヨーク駐在事務所を販売子会社のマブチアメリカコーポレーションに改めた。米国のほかカナダと中南米の営業をこの会社が担い、欧州市場はフランクフルトの駐在事務所が引き受けた。用途を開く手と売り先へ近づく手を、同じ月に打っている。

  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [31]1977年1月、電子ガバナー内蔵型モーターを開発した
    • [32]電子ガバナー内蔵型モーターの開発により、カセットテレコ、ホームステレオ等の新市場に進出した
    • [34]昭和50年代の初めに進出したカセットテレコ分野が比較的順調に成長して、同社の主要な用途先となった
    • [35]1977年1月、米国ニューヨーク市に小型マグネットモーターの販売を目的とするマブチアメリカコーポレーションを設立し、ニューヨーク駐在事務所を販売子会社とした
  • 証券アナリストジャーナル 1984年9月号(馬渕健一・講演要旨)
    • [33]電子ガバナー・シリーズは高性能、低価格を実現し、カセット・テープなどの音響機器、データ・レコーダーなどのOA機器を中心に使われている
    • [36]米国をはじめカナダ、中南米での営業活動はニューヨークにあるマブチモーターアメリカコーポレーションが担当し、欧州市場はフランクフルトにある欧州駐在事務所が担当している

1979年8月、台湾高雄市の楠梓加工出口区に、製造だけを目的とする萬寶至馬達を設立した。100%出資で毎年の拡張を重ね、5年後には建物面積3万6,000平方メートル、従業員3,100人とグループ最大の規模になった。香港の萬寶至實業が生産と販売の両方を重要な機能とするのに対し、高雄は生産が中心で、製品を東京本社と香港へ輸出する限られた機能を持たされた。台北の華淵電機工業も、自社製品の一部を台湾地場に売り、残りを本体と香港へ回す形をとった。高雄の利益率が香港より低かったのは、この限られた機能に加え、設立から間もない時期の相次ぐ設備投資によるものだった。拠点を増やすたびに同じ機能を重ねるのではなく、作る場所と売る場所を分けて置いた。

  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [37]1979年8月、台湾高雄市の楠梓加工出口区に小型マグネットモーターの製造を目的とする萬寶至馬達を設立した
    • [40]台湾にある華淵電機工業は自社製品の一部を台湾地場に販売し、残りを同社および萬寶至實業有限公司に販売している
  • 証券アナリストジャーナル 1984年9月号(馬渕健一・講演要旨)
    • [38]高雄マブチは昭和54年に100%出資で設立され、毎年拡張を続けて1984年時点で建物面積3万6,000平方メートル、従業員数3,100人とマブチ・グループで最大の規模となった
    • [39]香港マブチは生産および販売が共に重要な機能になっているのに対し、高雄マブチは生産が中心で、その製品を東京本社と香港マブチに輸出するという限られた機能を担っている
    • [41]高雄マブチの利益率が香港マブチに比べて低いのは、限られた機能を担っていることが主たる理由であり、設立後間もないうえに相次ぐ設備投資関係も一因である

1979年12月期の単体の売上高は15,428百万円で、前期の16,876百万円から8.6%減った。1976年12月期の11,772百万円から3年で1.4倍に伸びたあとの、初めての減収である。だが連結では、同じ期に19,388百万円から23,749百万円へ22.5%増えている。単体の減収は、生産の一部を海外の関係会社へ移したことによる表面的なものだった。1978年には急激な円高も重なっている。1979年12月期の連結の経常利益は4,933百万円で、売上高経常利益率は20.8%に達した。どこで作るかを決め直すたびに、本体の数字は縮み、グループの数字は伸びた。

  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [42]売上高は昭和54年12月期が15,428百万円で、前期の昭和53年12月期16,876百万円に対し8.6%の減少となった
    • [43]売上高は昭和51年12月期の11,772百万円から昭和52年12月期13,433百万円、昭和53年12月期16,876百万円へ増加した
    • [44]連結ベースの昭和54年12月期の売上高は23,749百万円で、前期の昭和53年12月期の19,388百万円に比較して22.5%と大幅に増加した
    • [45]昭和54年12月期の売上高減少は生産の一部を海外の関係会社に移行したためであり、表面的なものであるともいえる
    • [46]昭和53年に急激な円高があった
    • [47]連結ベースの昭和54年12月期の経常利益は4,933百万円、売上高経常利益率は20.8%となった
参考文献[31]-[47]
  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介
    • [31]1977年1月、電子ガバナー内蔵型モーターを開発した
    • [32]電子ガバナー内蔵型モーターの開発により、カセットテレコ、ホームステレオ等の新市場に進出した
    • [34]昭和50年代の初めに進出したカセットテレコ分野が比較的順調に成長して、同社の主要な用途先となった
    • [35]1977年1月、米国ニューヨーク市に小型マグネットモーターの販売を目的とするマブチアメリカコーポレーションを設立し、ニューヨーク駐在事務所を販売子会社とした
    • [37]1979年8月、台湾高雄市の楠梓加工出口区に小型マグネットモーターの製造を目的とする萬寶至馬達を設立した
    • [40]台湾にある華淵電機工業は自社製品の一部を台湾地場に販売し、残りを同社および萬寶至實業有限公司に販売している
    • [42]売上高は昭和54年12月期が15,428百万円で、前期の昭和53年12月期16,876百万円に対し8.6%の減少となった
    • [43]売上高は昭和51年12月期の11,772百万円から昭和52年12月期13,433百万円、昭和53年12月期16,876百万円へ増加した
    • [44]連結ベースの昭和54年12月期の売上高は23,749百万円で、前期の昭和53年12月期の19,388百万円に比較して22.5%と大幅に増加した
    • [45]昭和54年12月期の売上高減少は生産の一部を海外の関係会社に移行したためであり、表面的なものであるともいえる
    • [46]昭和53年に急激な円高があった
    • [47]連結ベースの昭和54年12月期の経常利益は4,933百万円、売上高経常利益率は20.8%となった
  • 証券アナリストジャーナル 1984年9月号(馬渕健一・講演要旨)
    • [33]電子ガバナー・シリーズは高性能、低価格を実現し、カセット・テープなどの音響機器、データ・レコーダーなどのOA機器を中心に使われている
    • [36]米国をはじめカナダ、中南米での営業活動はニューヨークにあるマブチモーターアメリカコーポレーションが担当し、欧州市場はフランクフルトにある欧州駐在事務所が担当している
    • [38]高雄マブチは昭和54年に100%出資で設立され、毎年拡張を続けて1984年時点で建物面積3万6,000平方メートル、従業員数3,100人とマブチ・グループで最大の規模となった
    • [39]香港マブチは生産および販売が共に重要な機能になっているのに対し、高雄マブチは生産が中心で、その製品を東京本社と香港マブチに輸出するという限られた機能を担っている
    • [41]高雄マブチの利益率が香港マブチに比べて低いのは、限られた機能を担っていることが主たる理由であり、設立後間もないうえに相次ぐ設備投資関係も一因である

出典・参考

5件
出典・参考
  • マブチモーター 有価証券報告書【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 1984年9月号(馬渕健一・講演要旨)
  • 日経ビジネス 1993年3月1日号
  • 日経ビジネス 1995年1月2日号
  • 証券 1987年39(1)(454) 新規上場会社紹介

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