第1章 年〜年

イーグル工業:NOKとEG&Gシーロールの合弁による日本シールオールの設立

1964年〜米シーロール社の技術を求めた合弁の日本シールオールと、坂戸に移した埼玉工場

日本オイルシール工業は1964年4月に米国シーロール社と合弁契約を結び、同年10月に日本シールオールを設立した。日本オイルシール工業は1957年に自動車やポンプ向けの小型の汎用メカニカルシールを作り、販売を始めていた。石油精製や石油化学の設備が大型化し、漏れが爆発や公害に直結する用途で精度と品質の高い軸封装置が要るようになった。日本オイルシール工業はその技術を社内の開発に限らず海外にも求めると決め、合弁の目的をプロセス用シールの技術を取り入れることに置いた。提携相手は即戦力より将来の伸びを重んじて選び、航空機・原子力・宇宙・船舶向けのシールに強いシーロール社に決定。汎用品で築いた量産の基盤に、自前では時間のかかる高温高圧向けの設計技術を合弁で上乗せする判断だったと考えられる。

  • NOK50年の軌跡(1993)
    • [1]1964年4月に米シーロール社と合弁契約、同年10月に日本シールオール設立
    • [2]日本オイルシール工業は1957年に自動車・ポンプ用の小型汎用メカニカルシールの生産販売を開始
  • 証券アナリストジャーナル 20(3) 1982年 鶴田一白
    • [3]石油精製・石油化学の興隆で大型・高温・高圧の機械が実用化され、漏れが爆発・火災・公害に結びつくため高度な軸封装置が必要になった
    • [5]パートナーは即戦力より将来の発展性を重視し、航空機・原子力・宇宙・船舶用シール技術を持つシーロール社を選定
  • 証券 34(2)(395) 1982年
    • [4]高精度・高品質のシール技術を自社開発だけでなく広く世界に求めると判断し、合弁の目的はプロセス用シールの技術導入

日本シールオールは1965年4月、日本オイルシール工業の藤沢工場から製造設備を埼玉県坂戸市へ移し、埼玉工場で生産を始めた。日本シールオールは日本オイルシール工業にとって最初の子会社にあたり、事業の起点はメカニカルシールの製造である。販売は日本オイルシール工業が総代理店となって全製品を扱い、日本シールオールは製造に専念する分担を取った。この分担は1978年10月に特殊バルブを直接販売へ切り替えるまで続いた。合弁の目的が技術の導入にあった以上、自前の販路を新たに築くより親会社の営業網を使うほうが早かったとみられる。

  • 証券 34(2)(395) 1982年
    • [6]1965年4月、藤沢工場の製造設備を埼玉県坂戸市へ移転し埼玉工場として生産開始
    • [8]販売は日本オイルシール工業が総代理店として全製品を担当
    • [9]1978年10月に特殊バルブを直接販売に切り替え
  • NOK50年の軌跡(1993)
    • [7]日本シールオールはNOKの子会社第1号で、メカニカルシールなどの生産を開始
参考文献[1]-[9]
  • NOK50年の軌跡(1993)
    • [1]1964年4月に米シーロール社と合弁契約、同年10月に日本シールオール設立
    • [2]日本オイルシール工業は1957年に自動車・ポンプ用の小型汎用メカニカルシールの生産販売を開始
    • [7]日本シールオールはNOKの子会社第1号で、メカニカルシールなどの生産を開始
  • 証券アナリストジャーナル 20(3) 1982年 鶴田一白
    • [3]石油精製・石油化学の興隆で大型・高温・高圧の機械が実用化され、漏れが爆発・火災・公害に結びつくため高度な軸封装置が必要になった
    • [5]パートナーは即戦力より将来の発展性を重視し、航空機・原子力・宇宙・船舶用シール技術を持つシーロール社を選定
  • 証券 34(2)(395) 1982年
    • [4]高精度・高品質のシール技術を自社開発だけでなく広く世界に求めると判断し、合弁の目的はプロセス用シールの技術導入
    • [6]1965年4月、藤沢工場の製造設備を埼玉県坂戸市へ移転し埼玉工場として生産開始
    • [8]販売は日本オイルシール工業が総代理店として全製品を担当
    • [9]1978年10月に特殊バルブを直接販売に切り替え

1966年〜埼玉・岡山の2工場で広げた原子力バルブと、テリトリー制限を外した合弁契約の改正

日本シールオールは1966年、シーロール社から導入した溶接ベローズを応用し、外部への漏れを防ぐベローズバルブを作り出した。1968年には船尾管から海へ油が漏れる事故への対策として、船尾管シールを開発。1969年5月には原子力発電が今後広がるとみて、米国アトウッド&モーリル社と原子力用バルブの技術提携契約を結んだ。日本シールオールはこの技術で沸騰水型原子炉向けの大型の原子力用バルブを国内で作る取り組みを始め、ベローズバルブを原子力発電所へ納めた。1971年12月には米国ベンディックス社とダイアフラムカップリングについて技術提携契約を結び、動力伝達装置にも品目を広げた。シールで培った漏れを封じる技術を、バルブや継手へ転用することで品目を増やしたのだろう。

  • 証券 34(2)(395) 1982年
    • [10]1966年、シーロール社から技術導入した溶接ベローズを応用し外部に漏れのないベローズバルブを開発
    • [11]1968年、船尾管から海水への油漏れ事故を解決するため船尾管シールを開発
  • NOK50年の軌跡(1993)年表
    • [12]1969年5月6日、アトウッド&モーリル社と原子力用バルブの製造に関し技術提携契約
    • [14]1971年12月18日、ベンディックス社とダイアフラムカップリングに関し技術提携契約
  • NOK50年の軌跡(1993)
    • [13]沸騰水型原子炉用大型原子力バルブの国産化に着手し、ベローズバルブを原子力発電所中心に納入

日本シールオールはメカニカルシールなどの生産量の増加を受け、1971年4月に岡山工場を稼働させた。岡山工場は特殊バルブと汎用シールの生産を受け持ち、埼玉工場と2拠点で生産する体制となった。1982年2月時点でも工場は坂戸(埼玉県)と高梁(岡山県)の2カ所、従業員は850名。品目の多角化と並行して、米国のコッパーズ社やベンディックス社とも技術提携を重ねた。量産品と受注品を2つの工場で分けて受け持つことで、埼玉工場の負荷を軽くする狙いがあったと推察される。

  • NOK50年の軌跡(1993)年表
    • [15]1971年4月26日、日本シールオール岡山工場稼働
  • 証券 34(2)(395) 1982年
    • [16]生産量増大から1971年に汎用シール・特殊バルブの生産工場として岡山工場を新設
  • 証券アナリストジャーナル 20(3) 1982年 鶴田一白
    • [17]1982年2月時点で工場は埼玉県坂戸市と岡山県高梁市の2カ所、従業員850名
    • [18]コッパーズ社、アトウッド・アンド・モーリル社、ベンディックス社などと技術提携を重ねた

日本シールオールは1977年に合弁事業契約を改正し、EG&Gシーロール社の技術に基づく製造・販売の地域制限を撤廃した。翌1978年には経営面の制限も取り払った。日本シールオールの1977年度の売上高は93億8,000万円で、バルブ類はそのうち約6億円にとどまった。日本シールオールの国内メカニカルシール市場のシェアは、1978年4月時点で70%以上にのぼる。日本シールオールは1978年6月27日に社名をイーグル工業へ改め、ベローズバルブも「イーグルバルブ」の名に改めて世界への販売を目指した。国内シェアの7割を握るまで技術を自前で蓄えたことで、地域制限が成長の上限となり、契約の見直しに至ったと思われる。

  • 証券 34(2)(395) 1982年
    • [19]1977年に合弁事業契約を改正し、EG&Gシーロール社の技術ノウハウに基づく製造・販売のテリトリーを撤廃
    • [20]1978年に経営に関する制限事項も解消
  • NOK50年の軌跡(1993)
    • [21]1977年度売上高93億8,000万円、うちバルブ類約6億円
    • [22]1978年4月当時、国内メカニカルシール市場の70%以上を占有
    • [23]1978年6月27日にイーグル工業へ社名変更、ベローズバルブをイーグルバルブと改称し全世界への拡販を目指す
参考文献[10]-[23]
  • 証券 34(2)(395) 1982年
    • [10]1966年、シーロール社から技術導入した溶接ベローズを応用し外部に漏れのないベローズバルブを開発
    • [11]1968年、船尾管から海水への油漏れ事故を解決するため船尾管シールを開発
    • [16]生産量増大から1971年に汎用シール・特殊バルブの生産工場として岡山工場を新設
    • [19]1977年に合弁事業契約を改正し、EG&Gシーロール社の技術ノウハウに基づく製造・販売のテリトリーを撤廃
    • [20]1978年に経営に関する制限事項も解消
  • NOK50年の軌跡(1993)年表
    • [12]1969年5月6日、アトウッド&モーリル社と原子力用バルブの製造に関し技術提携契約
    • [14]1971年12月18日、ベンディックス社とダイアフラムカップリングに関し技術提携契約
    • [15]1971年4月26日、日本シールオール岡山工場稼働
  • NOK50年の軌跡(1993)
    • [13]沸騰水型原子炉用大型原子力バルブの国産化に着手し、ベローズバルブを原子力発電所中心に納入
    • [21]1977年度売上高93億8,000万円、うちバルブ類約6億円
    • [22]1978年4月当時、国内メカニカルシール市場の70%以上を占有
    • [23]1978年6月27日にイーグル工業へ社名変更、ベローズバルブをイーグルバルブと改称し全世界への拡販を目指す
  • 証券アナリストジャーナル 20(3) 1982年 鶴田一白
    • [17]1982年2月時点で工場は埼玉県坂戸市と岡山県高梁市の2カ所、従業員850名
    • [18]コッパーズ社、アトウッド・アンド・モーリル社、ベンディックス社などと技術提携を重ねた

出典・参考

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出典・参考
  • 証券アナリストジャーナル 20(3) 1982年 鶴田一白
  • 証券 34(2)(395) 1982年
  • NOK50年の軌跡(1993)
  • NOK50年の軌跡(1993)年表

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