東計電算:東京濾器計算センターの設立とオンラインサービスの開始
1970年〜東京濾器のコンピュータ部門から5,000千円で独立した計算センターと、親会社向けの5倍に育てた外部の売上
東計電算は1970年4月、自動車部品メーカーである東京濾器のコンピュータ部門を独立させ、東京濾器計算センターとして創業した。設立日は1970年4月1日、資本金5,000千円、本店は神奈川県川崎市市ノ坪240番地。設立の目的は情報処理サービス業で、営業は東京濾器から各種の計算業務を請け負う受託計算から始めた。社長の甲田博康氏は2000年、創業当初から親会社の計算業務を受託してきた経緯から、製造業の業務に最も通じていると説明した。上場前の1998年12月末時点でも、東京濾器は大株主の1社に名を連ねていた。親会社の計算を請ける部門から生まれた出自が、製造業の顧客を軸とする事業の出発点を決めたとみられる。
- 証券アナリストジャーナル 38(4) 2000年4月号 別冊付録
- [1]東京濾器(自動車部品メーカー)のコンピュータ部門を独立させ東京濾器計算センターとして1970年4月に創業。創業当初から親会社の計算業務を受託してきたため製造業に精通
- [4]東京濾器(自動車部品メーカー)のコンピュータ部門を独立させ東京濾器計算センターとして1970年4月に創業。創業当初から親会社の計算業務を受託してきたため製造業に精通
- 東計電算 有価証券報告書【沿革】
- [2]1970年4月 情報処理サービス業を目的に川崎市市ノ坪240番地に資本金5,000千円で東京濾器計算センター設立。東京濾器から各種計算業務を受託し営業開始
- [3]1970年4月 情報処理サービス業を目的に川崎市市ノ坪240番地に資本金5,000千円で東京濾器計算センター設立。東京濾器から各種計算業務を受託し営業開始
- 証券 52(5)(614) 2000年
- [5]設立年月日 昭和45年4月1日。事業内容 計算業務の受託・ソフトウェア開発。大株主(1998年12月31日現在)に東京濾器(株)
甲田博康氏は2000年の寄稿で、創業期を『高価なコンピュータをみんなで使って安く使おうという時代だった』と振り返った。甲田博康氏の説明では、当時のホストコンピュータは1台1億円以上。1台の機械を多くの利用者で分け合う計算センターには、親会社の外にも大きな需要があった。東京濾器計算センターは創業から5年間、親会社のシステムの開発と維持を中心に据えつつ、計算センター業務の外部顧客への拡大に力を入れた。東京濾器からの受託計算で始めた営業を外部へ広げ、親会社に依存しない自立した企業になることを目指した。計算部門を別会社にしたのは、高額な機械の稼働を外部の仕事で埋め、利用料を下げる狙いがあったと推察される。
- 証券アナリストジャーナル 38(4) 2000年4月号 別冊付録
- [6]創業から5年は親会社のシステム開発・維持を中心に計算センター業務を外部へ拡大し自立を目指した。高価なコンピュータを共同で安く使う時代で外部需要が大きかった。ホストは1台1億円以上
- [7]創業から5年は親会社のシステム開発・維持を中心に計算センター業務を外部へ拡大し自立を目指した。高価なコンピュータを共同で安く使う時代で外部需要が大きかった。ホストは1台1億円以上
- [8]創業から5年は親会社のシステム開発・維持を中心に計算センター業務を外部へ拡大し自立を目指した。高価なコンピュータを共同で安く使う時代で外部需要が大きかった。ホストは1台1億円以上
- [9]創業から5年は親会社のシステム開発・維持を中心に計算センター業務を外部へ拡大し自立を目指した。高価なコンピュータを共同で安く使う時代で外部需要が大きかった。ホストは1台1億円以上
- 東計電算 有価証券報告書【沿革】
- [10]1970年4月 東京濾器より各種計算業務の受託をもって受託計算の営業を開始
東京濾器計算センターは創業から5年間で、親会社向けの5倍にあたる売上を外部の顧客から確保した。甲田博康氏はこの到達を、自立した企業になれた第一の段階と位置づけた。1975年2月、東京濾器計算センターから東計電算センターへの商号変更。同年6月には、本店を川崎市中原区市ノ坪240番地から同区小杉町1丁目403番地へ移した。商号から親会社の名を外したのは、外部の顧客に対して独立した計算センターであることを示すためだったと思われる。
- 証券アナリストジャーナル 38(4) 2000年4月号 別冊付録
- [11]創業5年間で親会社への売上の5倍の売上を外部から確保し自立。これを第一ステップと位置づけ
- [12]創業5年間で親会社への売上の5倍の売上を外部から確保し自立。これを第一ステップと位置づけ
- 東計電算 有価証券報告書【沿革】
- [13]1975年2月 商号を東京濾器計算センターから東計電算センターに変更。1975年6月 本店を中原区市ノ坪240番地から小杉町1丁目403番地に移転
- [14]1975年2月 商号を東京濾器計算センターから東計電算センターに変更。1975年6月 本店を中原区市ノ坪240番地から小杉町1丁目403番地に移転
参考文献[1]-[14]
- 証券アナリストジャーナル 38(4) 2000年4月号 別冊付録
- [1]東京濾器(自動車部品メーカー)のコンピュータ部門を独立させ東京濾器計算センターとして1970年4月に創業。創業当初から親会社の計算業務を受託してきたため製造業に精通
- [4]東京濾器(自動車部品メーカー)のコンピュータ部門を独立させ東京濾器計算センターとして1970年4月に創業。創業当初から親会社の計算業務を受託してきたため製造業に精通
- [6]創業から5年は親会社のシステム開発・維持を中心に計算センター業務を外部へ拡大し自立を目指した。高価なコンピュータを共同で安く使う時代で外部需要が大きかった。ホストは1台1億円以上
- [7]創業から5年は親会社のシステム開発・維持を中心に計算センター業務を外部へ拡大し自立を目指した。高価なコンピュータを共同で安く使う時代で外部需要が大きかった。ホストは1台1億円以上
- [8]創業から5年は親会社のシステム開発・維持を中心に計算センター業務を外部へ拡大し自立を目指した。高価なコンピュータを共同で安く使う時代で外部需要が大きかった。ホストは1台1億円以上
- [9]創業から5年は親会社のシステム開発・維持を中心に計算センター業務を外部へ拡大し自立を目指した。高価なコンピュータを共同で安く使う時代で外部需要が大きかった。ホストは1台1億円以上
- [11]創業5年間で親会社への売上の5倍の売上を外部から確保し自立。これを第一ステップと位置づけ
- [12]創業5年間で親会社への売上の5倍の売上を外部から確保し自立。これを第一ステップと位置づけ
- 東計電算 有価証券報告書【沿革】
- [2]1970年4月 情報処理サービス業を目的に川崎市市ノ坪240番地に資本金5,000千円で東京濾器計算センター設立。東京濾器から各種計算業務を受託し営業開始
- [3]1970年4月 情報処理サービス業を目的に川崎市市ノ坪240番地に資本金5,000千円で東京濾器計算センター設立。東京濾器から各種計算業務を受託し営業開始
- [10]1970年4月 東京濾器より各種計算業務の受託をもって受託計算の営業を開始
- [13]1975年2月 商号を東京濾器計算センターから東計電算センターに変更。1975年6月 本店を中原区市ノ坪240番地から小杉町1丁目403番地に移転
- [14]1975年2月 商号を東京濾器計算センターから東計電算センターに変更。1975年6月 本店を中原区市ノ坪240番地から小杉町1丁目403番地に移転
- 証券 52(5)(614) 2000年
- [5]設立年月日 昭和45年4月1日。事業内容 計算業務の受託・ソフトウェア開発。大株主(1998年12月31日現在)に東京濾器(株)
1975年〜名古屋営業所で中部へ出た東計電算センターと、ユーザーの求めで始めたオンラインサービス
東計電算センターは1975年10月、中部地域のユーザーへのサービスを図るため、名古屋営業所を設けた。甲田博康氏によれば、自立後の5年間は計算センターとして日本一になる目標を掲げ、受託計算の規模拡大に経営資源を集中した。名古屋営業所の設置は、2月の改称と6月の本店移転に続く1975年の施策にあたる。名古屋の拠点はその後も続き、1998年12月末時点で名古屋市に事業所を置いていた。親会社と同じ製造業の集まる中部は、創業以来の製造業の受託計算の経験を生かせる地域だったのだろう。
- 東計電算 有価証券報告書【沿革】
- [15]1975年10月 中部地域のユーザー・サービスを図るため名古屋営業所を設置
- [17]1975年10月 中部地域のユーザー・サービスを図るため名古屋営業所を設置
- 証券アナリストジャーナル 38(4) 2000年4月号 別冊付録
- [16]自立後の次の5年間も日本一の計算センターになる目標を掲げ、計算センター業務の拡大に注力
- 証券 52(5)(614) 2000年
- [18]1998年12月31日現在の事業所6か所に名古屋市を含む
東計電算センターは1977年4月、利用者からの要望を受けてオンラインサービスを始めた。会社は2000年の上場時、創業以来の役割をコンピュータと利用者のニーズをつなぐ仲介役と表現し、時代に合う情報ツールの提供を基本姿勢に掲げた。1979年11月には日本電気との販売取扱店契約を締結し、コンピュータ機器の販売を始めた。1980年4月には、オンラインプログラムを対象とするソフトウェア開発に着手した。甲田博康氏は、1台3,000万円ほどのオフィスコンピュータの普及で顧客の自社導入が進み、計算センター業務に陰りが生じたと振り返った。顧客の手元と回線で結んだオンラインサービスの経験は、後のオンラインプログラム開発の下地になったと考えられる。
- 東計電算 有価証券報告書【沿革】
- [19]1977年4月 ユーザーの要望に応えてオンラインサービス開始。1979年11月 日本電気と販売取扱店契約、機器販売開始。1980年4月 オンラインプログラムのソフトウェア開発業務開始
- [21]1977年4月 ユーザーの要望に応えてオンラインサービス開始。1979年11月 日本電気と販売取扱店契約、機器販売開始。1980年4月 オンラインプログラムのソフトウェア開発業務開始
- [22]1977年4月 ユーザーの要望に応えてオンラインサービス開始。1979年11月 日本電気と販売取扱店契約、機器販売開始。1980年4月 オンラインプログラムのソフトウェア開発業務開始
- 証券 52(5)(614) 2000年
- [20]創業以来30年「コンピュータとニーズの仲人役」として時代が求める情報ツールの提供を基本方針とする
- 証券アナリストジャーナル 38(4) 2000年4月号 別冊付録
- [23]次の10年は計算センターに陰り。1台3,000万円程度のオフコンが出回り自社導入の傾向が強まった
参考文献[15]-[23]
- 東計電算 有価証券報告書【沿革】
- [15]1975年10月 中部地域のユーザー・サービスを図るため名古屋営業所を設置
- [17]1975年10月 中部地域のユーザー・サービスを図るため名古屋営業所を設置
- [19]1977年4月 ユーザーの要望に応えてオンラインサービス開始。1979年11月 日本電気と販売取扱店契約、機器販売開始。1980年4月 オンラインプログラムのソフトウェア開発業務開始
- [21]1977年4月 ユーザーの要望に応えてオンラインサービス開始。1979年11月 日本電気と販売取扱店契約、機器販売開始。1980年4月 オンラインプログラムのソフトウェア開発業務開始
- [22]1977年4月 ユーザーの要望に応えてオンラインサービス開始。1979年11月 日本電気と販売取扱店契約、機器販売開始。1980年4月 オンラインプログラムのソフトウェア開発業務開始
- 証券アナリストジャーナル 38(4) 2000年4月号 別冊付録
- [16]自立後の次の5年間も日本一の計算センターになる目標を掲げ、計算センター業務の拡大に注力
- [23]次の10年は計算センターに陰り。1台3,000万円程度のオフコンが出回り自社導入の傾向が強まった
- 証券 52(5)(614) 2000年
- [18]1998年12月31日現在の事業所6か所に名古屋市を含む
- [20]創業以来30年「コンピュータとニーズの仲人役」として時代が求める情報ツールの提供を基本方針とする
出典・参考
3件
- 東計電算 有価証券報告書【沿革】
- 証券アナリストジャーナル 38(4) 2000年4月号 別冊付録
- 証券 52(5)(614) 2000年