第1章 年〜年

矢作建設工業:矢作建設工業の設立とアスファルトプラントの設置

1949年〜「組」でなく「工業」を名乗った挙母町の建設会社と、名古屋鉄道からの初受注

矢作建設工業は1949年5月14日、愛知県西加茂郡挙母町(現豊田市)で設立された。有価証券報告書の沿革も、1949年5月の設立と建設事業の開始を起点に置く。創業者の山田勝男氏は個人経営を経ず、資本金25万円の株式会社として最初から発足させた。業界では個人で始めて規模が整ってから法人に改める例が多く、社名も「○○組」が大半を占めていた。山田勝男氏は機械で施工する時代が来ると見て、建設業を近代化する狙いを社名の「工業」の2字に込めた。山田勝男氏は戦前に愛知県土木部へ勤め、戦地では欧米のブルドーザーを見聞。役所と戦地の経験から得た機械施工への見通しが、創業時の社名と会社形態を決めたとみられる。

  • 証券 48(2) 1996年 新規上場会社紹介
    • [1]1949年5月14日設立、設立地は愛知県西加茂郡挙母町(現豊田市)、山田勝男氏と数名の同志が設立
    • [6]山田勝男氏は戦前に愛知県土木部に奉職し、戦地で欧米のブルドーザー等を見聞した
  • 矢作建設工業 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1949年5月 矢作建設工業を設立し建設事業を開始
  • 証券アナリストジャーナル 20(8) 1982年 山田勝男(社長)講演要旨
    • [3]設立時資本金25万円、最初から株式会社として発足。「工業」は機械化施工を見込んだ建設業近代化の意図。当時は「○○組」の呼称が大半
    • [4]設立時資本金25万円、最初から株式会社として発足。「工業」は機械化施工を見込んだ建設業近代化の意図。当時は「○○組」の呼称が大半
    • [5]設立時資本金25万円、最初から株式会社として発足。「工業」は機械化施工を見込んだ建設業近代化の意図。当時は「○○組」の呼称が大半

矢作建設工業は設立翌年の1950年、資本金を25万円から75万円へ増資した。同じ1950年には名古屋鉄道から初の工事受注。1982年の講演で山田勝男氏は、この受注を『当時は田舎の小さな建設会社にすぎなかったのに、このような一流企業から受注できたのは画期的なことであったと思う』と振り返った。名古屋鉄道との取引は、山田勝男氏の個人的なつながりを通じて始まった。設立期には地元の愛知県や豊田市といった官公庁とも取引を開き、民間と官公庁の両方に発注元を持った。名古屋鉄道との取引は、1967年10月に名古屋鉄道の子会社だった名鉄建設を吸収合併し、名古屋鉄道の関連会社となる関係の出発点でもある。名古屋鉄道という地域の大口発注者を得たことが、挙母の新設会社の信用を支える最初の実績になったと推察される。

  • 証券アナリストジャーナル 20(8) 1982年 山田勝男(社長)講演要旨
    • [7]1950年に資本金を25万円から75万円に増資し、同年名古屋鉄道から初受注。山田勝男氏は画期的と回顧
    • [8]1950年に資本金を25万円から75万円に増資し、同年名古屋鉄道から初受注。山田勝男氏は画期的と回顧
    • [9]1950年に資本金を25万円から75万円に増資し、同年名古屋鉄道から初受注。山田勝男氏は画期的と回顧
  • 証券 48(2) 1996年 新規上場会社紹介
    • [10]山田勝男氏の個人のつながりなどにより名古屋鉄道・中部電力等の民間企業と、愛知県・豊田市等の官公庁との取引を開始
    • [11]山田勝男氏の個人のつながりなどにより名古屋鉄道・中部電力等の民間企業と、愛知県・豊田市等の官公庁との取引を開始
    • [12]1967年10月、業容拡大と経営安定を目的に名古屋鉄道の子会社だった名鉄建設を吸収合併し、名古屋鉄道の関連会社となる

1952年、矢作建設工業は中部電力から初めて受注し、資本金を300万円に増資した。同じ年にブルドーザーを購入し、土木工事を機械で施工する体制へ移った。あわせてアスファルトの混合工場を建設し、舗装工事の分野にも参入した。ブルドーザーの導入は、山田勝男氏が戦地で欧米の重機を見聞した経験を土木の現場へ移したものでもあった。土木の機械化と舗装への参入は、設立時に社名へ込めた機械施工の方針を設備の形にしたものだった。1995年12月の上場時点でも、豊田市のアスファルト工場は名古屋の本社・大江工場と並ぶ主な事業所の一つである。電力会社の工事で得た資金を重機と工場に充当し、土木と舗装の両方で施工の幅を広げた判断と思われる。

  • 証券アナリストジャーナル 20(8) 1982年 山田勝男(社長)講演要旨
    • [13]1952年に中部電力から初受注し資本金300万円に増資。ブルドーザーを購入して土木を機械化し、アスファルト混合工場を建設して舗装工事に進出
    • [14]1952年に中部電力から初受注し資本金300万円に増資。ブルドーザーを購入して土木を機械化し、アスファルト混合工場を建設して舗装工事に進出
    • [15]1952年に中部電力から初受注し資本金300万円に増資。ブルドーザーを購入して土木を機械化し、アスファルト混合工場を建設して舗装工事に進出
    • [17]1952年に中部電力から初受注し資本金300万円に増資。ブルドーザーを購入して土木を機械化し、アスファルト混合工場を建設して舗装工事に進出
  • 証券 48(2) 1996年 新規上場会社紹介
    • [16]山田勝男氏は戦地で欧米のブルドーザー等を見聞しており、設立当時は土木工事を主な事業とした
    • [18]1995年12月25日上場時の主な事業所は本社・大江工場(名古屋市)とアスファルト工場(豊田市)
参考文献[1]-[18]
  • 証券 48(2) 1996年 新規上場会社紹介
    • [1]1949年5月14日設立、設立地は愛知県西加茂郡挙母町(現豊田市)、山田勝男氏と数名の同志が設立
    • [6]山田勝男氏は戦前に愛知県土木部に奉職し、戦地で欧米のブルドーザー等を見聞した
    • [10]山田勝男氏の個人のつながりなどにより名古屋鉄道・中部電力等の民間企業と、愛知県・豊田市等の官公庁との取引を開始
    • [11]山田勝男氏の個人のつながりなどにより名古屋鉄道・中部電力等の民間企業と、愛知県・豊田市等の官公庁との取引を開始
    • [12]1967年10月、業容拡大と経営安定を目的に名古屋鉄道の子会社だった名鉄建設を吸収合併し、名古屋鉄道の関連会社となる
    • [16]山田勝男氏は戦地で欧米のブルドーザー等を見聞しており、設立当時は土木工事を主な事業とした
    • [18]1995年12月25日上場時の主な事業所は本社・大江工場(名古屋市)とアスファルト工場(豊田市)
  • 矢作建設工業 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1949年5月 矢作建設工業を設立し建設事業を開始
  • 証券アナリストジャーナル 20(8) 1982年 山田勝男(社長)講演要旨
    • [3]設立時資本金25万円、最初から株式会社として発足。「工業」は機械化施工を見込んだ建設業近代化の意図。当時は「○○組」の呼称が大半
    • [4]設立時資本金25万円、最初から株式会社として発足。「工業」は機械化施工を見込んだ建設業近代化の意図。当時は「○○組」の呼称が大半
    • [5]設立時資本金25万円、最初から株式会社として発足。「工業」は機械化施工を見込んだ建設業近代化の意図。当時は「○○組」の呼称が大半
    • [7]1950年に資本金を25万円から75万円に増資し、同年名古屋鉄道から初受注。山田勝男氏は画期的と回顧
    • [8]1950年に資本金を25万円から75万円に増資し、同年名古屋鉄道から初受注。山田勝男氏は画期的と回顧
    • [9]1950年に資本金を25万円から75万円に増資し、同年名古屋鉄道から初受注。山田勝男氏は画期的と回顧
    • [13]1952年に中部電力から初受注し資本金300万円に増資。ブルドーザーを購入して土木を機械化し、アスファルト混合工場を建設して舗装工事に進出
    • [14]1952年に中部電力から初受注し資本金300万円に増資。ブルドーザーを購入して土木を機械化し、アスファルト混合工場を建設して舗装工事に進出
    • [15]1952年に中部電力から初受注し資本金300万円に増資。ブルドーザーを購入して土木を機械化し、アスファルト混合工場を建設して舗装工事に進出
    • [17]1952年に中部電力から初受注し資本金300万円に増資。ブルドーザーを購入して土木を機械化し、アスファルト混合工場を建設して舗装工事に進出

1953年〜大井川開発で建設大臣登録を得て静岡へ出た挙母の会社と、名古屋岩井通の本社ビル

1953年、矢作建設工業は中部電力の大井川開発に関連して静岡県へ進出した。中部電力とは、名古屋鉄道と同じく山田勝男氏の個人的なつながりから設立期に取引を始めていた。当時の建設業法では、2つの県にまたがって営業する業者に建設大臣登録の免許が要る。矢作建設工業はこの登録を取得し、大井川開発の一環である井川水力発電所の建設工事の一部を担った。登録の取得で、挙母町の会社は愛知と静岡の2県で工事を請けられる業者になった。井川の工事と同じ1953年に、資本金を300万円から600万円へ増資した。免許を県の単位から国の単位へ切り替えたことで、愛知県内の業者から県境を越えて工事を請ける業者へ立場が変わったと考えられる。

  • 証券アナリストジャーナル 20(8) 1982年 山田勝男(社長)講演要旨
    • [19]1953年に中部電力の大井川開発の関連で静岡県へ進出。両県にまたがる工事には建設業法で建設大臣登録が必要で、これを取得し井川水力発電所建設の一端を担う。同年資本金600万円
    • [21]1953年に中部電力の大井川開発の関連で静岡県へ進出。両県にまたがる工事には建設業法で建設大臣登録が必要で、これを取得し井川水力発電所建設の一端を担う。同年資本金600万円
    • [22]1953年に中部電力の大井川開発の関連で静岡県へ進出。両県にまたがる工事には建設業法で建設大臣登録が必要で、これを取得し井川水力発電所建設の一端を担う。同年資本金600万円
    • [23]1953年に中部電力の大井川開発の関連で静岡県へ進出。両県にまたがる工事には建設業法で建設大臣登録が必要で、これを取得し井川水力発電所建設の一端を担う。同年資本金600万円
    • [24]1953年に中部電力の大井川開発の関連で静岡県へ進出。両県にまたがる工事には建設業法で建設大臣登録が必要で、これを取得し井川水力発電所建設の一端を担う。同年資本金600万円
  • 証券 48(2) 1996年 新規上場会社紹介
    • [20]山田勝男氏の個人のつながりなどにより中部電力等と取引を開始

1955年、矢作建設工業は名古屋支店を開設し、資本金を1,000万円に増資した。山田勝男氏は、この段階で会社としての形態がおおむね整ったと振り返った。1957年には日本道路公団から初めて受注し、中部電力の新太田切発電所の建設も受注した。公団と電力の大口工事を得た1957年の増資で、資本金は2,800万円に増えた。1955年から1957年までの2年間の資本金の伸びは、1,000万円から2,800万円への2.8倍にあたる。昭和30年代(1955〜1964年)には東京営業所も開設し、土木に加えて建築工事にも進出した。名古屋に拠点を置いたことで、日本道路公団のような全国規模の発注者と取引を始める窓口が開けたのだろう。

  • 証券アナリストジャーナル 20(8) 1982年 山田勝男(社長)講演要旨
    • [25]1955年名古屋支店開設・資本金1,000万円、会社の形態が整う。1957年日本道路公団から初受注、中部電力新太田切発電所を受注、資本金2,800万円
    • [26]1955年名古屋支店開設・資本金1,000万円、会社の形態が整う。1957年日本道路公団から初受注、中部電力新太田切発電所を受注、資本金2,800万円
    • [27]1955年名古屋支店開設・資本金1,000万円、会社の形態が整う。1957年日本道路公団から初受注、中部電力新太田切発電所を受注、資本金2,800万円
    • [28]1955年名古屋支店開設・資本金1,000万円、会社の形態が整う。1957年日本道路公団から初受注、中部電力新太田切発電所を受注、資本金2,800万円
    • [29]1955年名古屋支店開設・資本金1,000万円、会社の形態が整う。1957年日本道路公団から初受注、中部電力新太田切発電所を受注、資本金2,800万円
  • 証券 48(2) 1996年 新規上場会社紹介
    • [30]昭和30年代に名古屋支店・東京営業所等を開設し、建築工事にも進出

1959年、矢作建設工業は創立10周年を機に名古屋市中区岩井通へ本社ビルを新築し、本拠を挙母から移した。有価証券報告書の沿革は、本社業務を名古屋支店へ移管した時期を1959年7月と記す。山田勝男氏は移転の狙いを、次の飛躍に向けた備えと説明した。1960年には業界で初めて、米アリスチャーマー社の大型モーター・スクレーパーを輸入。国内では不向きとの声もあったこの機械を、トヨタ自動車元町工場の整地工事に投入した。その後は1963年に東京、1965年に大阪へ営業網を広げた。名古屋への本拠移転が東京・大阪への展開と、次の名鉄建設との合併へ向かう前提になったと推測される。

  • 証券アナリストジャーナル 20(8) 1982年 山田勝男(社長)講演要旨
    • [31]1959年創立10周年を期し名古屋市中区岩井通に本社ビルを新築し本拠を移す。1960年業界初のアリスチャーマー製モーター・スクレーパーを米国から輸入しトヨタ自動車元町工場の整地を施工。1963年東京、1965年大阪へ営業網拡大
    • [33]1959年創立10周年を期し名古屋市中区岩井通に本社ビルを新築し本拠を移す。1960年業界初のアリスチャーマー製モーター・スクレーパーを米国から輸入しトヨタ自動車元町工場の整地を施工。1963年東京、1965年大阪へ営業網拡大
    • [34]1959年創立10周年を期し名古屋市中区岩井通に本社ビルを新築し本拠を移す。1960年業界初のアリスチャーマー製モーター・スクレーパーを米国から輸入しトヨタ自動車元町工場の整地を施工。1963年東京、1965年大阪へ営業網拡大
    • [35]1959年創立10周年を期し名古屋市中区岩井通に本社ビルを新築し本拠を移す。1960年業界初のアリスチャーマー製モーター・スクレーパーを米国から輸入しトヨタ自動車元町工場の整地を施工。1963年東京、1965年大阪へ営業網拡大
    • [36]1959年創立10周年を期し名古屋市中区岩井通に本社ビルを新築し本拠を移す。1960年業界初のアリスチャーマー製モーター・スクレーパーを米国から輸入しトヨタ自動車元町工場の整地を施工。1963年東京、1965年大阪へ営業網拡大
  • 矢作建設工業 有価証券報告書【沿革】
    • [32]1959年7月 本社業務を名古屋支店に移管
参考文献[19]-[36]
  • 証券アナリストジャーナル 20(8) 1982年 山田勝男(社長)講演要旨
    • [19]1953年に中部電力の大井川開発の関連で静岡県へ進出。両県にまたがる工事には建設業法で建設大臣登録が必要で、これを取得し井川水力発電所建設の一端を担う。同年資本金600万円
    • [21]1953年に中部電力の大井川開発の関連で静岡県へ進出。両県にまたがる工事には建設業法で建設大臣登録が必要で、これを取得し井川水力発電所建設の一端を担う。同年資本金600万円
    • [22]1953年に中部電力の大井川開発の関連で静岡県へ進出。両県にまたがる工事には建設業法で建設大臣登録が必要で、これを取得し井川水力発電所建設の一端を担う。同年資本金600万円
    • [23]1953年に中部電力の大井川開発の関連で静岡県へ進出。両県にまたがる工事には建設業法で建設大臣登録が必要で、これを取得し井川水力発電所建設の一端を担う。同年資本金600万円
    • [24]1953年に中部電力の大井川開発の関連で静岡県へ進出。両県にまたがる工事には建設業法で建設大臣登録が必要で、これを取得し井川水力発電所建設の一端を担う。同年資本金600万円
    • [25]1955年名古屋支店開設・資本金1,000万円、会社の形態が整う。1957年日本道路公団から初受注、中部電力新太田切発電所を受注、資本金2,800万円
    • [26]1955年名古屋支店開設・資本金1,000万円、会社の形態が整う。1957年日本道路公団から初受注、中部電力新太田切発電所を受注、資本金2,800万円
    • [27]1955年名古屋支店開設・資本金1,000万円、会社の形態が整う。1957年日本道路公団から初受注、中部電力新太田切発電所を受注、資本金2,800万円
    • [28]1955年名古屋支店開設・資本金1,000万円、会社の形態が整う。1957年日本道路公団から初受注、中部電力新太田切発電所を受注、資本金2,800万円
    • [29]1955年名古屋支店開設・資本金1,000万円、会社の形態が整う。1957年日本道路公団から初受注、中部電力新太田切発電所を受注、資本金2,800万円
    • [31]1959年創立10周年を期し名古屋市中区岩井通に本社ビルを新築し本拠を移す。1960年業界初のアリスチャーマー製モーター・スクレーパーを米国から輸入しトヨタ自動車元町工場の整地を施工。1963年東京、1965年大阪へ営業網拡大
    • [33]1959年創立10周年を期し名古屋市中区岩井通に本社ビルを新築し本拠を移す。1960年業界初のアリスチャーマー製モーター・スクレーパーを米国から輸入しトヨタ自動車元町工場の整地を施工。1963年東京、1965年大阪へ営業網拡大
    • [34]1959年創立10周年を期し名古屋市中区岩井通に本社ビルを新築し本拠を移す。1960年業界初のアリスチャーマー製モーター・スクレーパーを米国から輸入しトヨタ自動車元町工場の整地を施工。1963年東京、1965年大阪へ営業網拡大
    • [35]1959年創立10周年を期し名古屋市中区岩井通に本社ビルを新築し本拠を移す。1960年業界初のアリスチャーマー製モーター・スクレーパーを米国から輸入しトヨタ自動車元町工場の整地を施工。1963年東京、1965年大阪へ営業網拡大
    • [36]1959年創立10周年を期し名古屋市中区岩井通に本社ビルを新築し本拠を移す。1960年業界初のアリスチャーマー製モーター・スクレーパーを米国から輸入しトヨタ自動車元町工場の整地を施工。1963年東京、1965年大阪へ営業網拡大
  • 証券 48(2) 1996年 新規上場会社紹介
    • [20]山田勝男氏の個人のつながりなどにより中部電力等と取引を開始
    • [30]昭和30年代に名古屋支店・東京営業所等を開設し、建築工事にも進出
  • 矢作建設工業 有価証券報告書【沿革】
    • [32]1959年7月 本社業務を名古屋支店に移管

出典・参考

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出典・参考
  • 矢作建設工業 有価証券報告書【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 20(8) 1982年 山田勝男(社長)講演要旨
  • 証券 48(2) 1996年 新規上場会社紹介

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