上場企業の経営論点

民営化と政府株の放出

鉄道、電信電話、たばこと塩、郵便貯金は、長く国が公社や特殊会社の形で運営してきた。日本専売公社は塩とたばこを独占し、日本国有鉄道は全国一元の公社として旅客と貨物を運んだ。国際電信電話は1952年制定の国際電信電話株式会社法に、電源開発も国の出資に支えられていた。事業の資金と人事は国の予算と法律で決まり、株式は市場で取引されなかった。官営の事業を民間へ移す手続は、明治期の払い下げにも例がある。1885年、渋沢栄一らは東京府瓦斯局の払い下げを受け、資本金27万円で東京瓦斯会社を創立した。

条件を変えたのは国鉄の債務である。1985年7月、再建監理委員会は余剰人員約93,000人と長期債務37.3兆円の処理を示し、旅客6社・貨物1社への分割と民営化を求めた。同じ1985年4月には、日本専売公社が日本たばこ産業となった。ただし全株は大蔵大臣が保有した。株式会社への移行と、政府保有株の売却は別の段階である。

JR各社は、売却の条件を国と交渉した。九州旅客鉄道は長期債務を承継しない代わりに経営安定基金3,877億円の交付を受けて発足した。東日本旅客鉄道は三次にわたる株式売却でJR会社法の適用から外れ、東海旅客鉄道は長期債務の返済策を引き出したうえで最終案を受け入れた。九州旅客鉄道は前期に基金を全額取り崩し、2016年10月に東証一部へ上場した。電源開発は政府と9電力会社の保有株を全量売却して東証一部へ上場し、石油資源開発は石油公団の保有株の売り出しで上場した。どちらも新たな資金の調達ではなく、国の持分の売却である。

経営破綻した銀行では、国有化と民営化が続けて起きた。日本債券信用銀行は1998年12月に特別公的管理で一時国有化され、1999年9月にソフトバンクらの民間連合へ渡った。足利銀行も一時国有化ののち、野村フィナンシャル・パートナーズ中心の連合へ引き継がれた。

郵政では、政府の持分を段階的に下げる手続がなお続いている。2007年に開業したゆうちょ銀行は、預入限度額1,000万円と新規業務の認可制を条件に銀行免許を受けた。日本郵政は2015年にゆうちょ・かんぽと3社同時に上場した。2023年には日本郵政の売出しに合わせてゆうちょ銀行が自己株式を取得し、親会社の議決権所有割合は約89%から60.63%へ下がった。いまは政府の売却だけでなく、上場した会社自身の資本政策が持分の引下げに使われている。

財務諸表のどこを見るか

「大株主の状況」で、政府や公的機関の持株比率が期ごとにどう下がったかを確かめる。売出しだけの上場なら発行済株式数は変わらず、自己株式の取得を伴えば株主資本等変動計算書に取得と消却が現れる。根拠法による規制は「事業の状況」の事業等のリスクと、特別法上の義務の記載を見る。

民営化と政府株の放出の事例

2023年ゆうちょ銀行日本郵政の第2次売出しと自己株取得自己株式取得による親会社持分の約89%から61%への引き下げ2016年九州旅客鉄道経営安定基金の取崩しと上場鉄道資産の一括減損を先に済ませ、自立を前提に踏み切った東証一部への株式公開2015年日本郵政ゆうちょ・かんぽ同時上場親子3社を一度に市場へ出す最後の大型民営化2013年めぶきFG預金保険機構による民営化足利銀行全株式の取得と、東証一部への直接上場による再出発2007年ゆうちょ銀行郵政民営化でのゆうちょ銀行開業国営の郵便貯金事業を条件付きの銀行免許で民間銀行へ移管した選択2004年電源開発東証一部上場で完全民営化52年ぶりに国の後ろ盾を放棄し、市場の評価に身を置く体制への移行2003年石油資源開発石油公団株の売り出しで上場東証一部上場の実現と、開発会社統合構想からの離脱2002年東日本旅客鉄道株式売却で完全民営化三次にわたる株式売却と、JR会社法からの離脱2001年東海旅客鉄道扇千景案の受諾と完全民営化完全民営化をめぐる条件闘争 ── 長期債務の返済策を引き出したうえでの規制離脱2000年あおぞら銀行ソフトバンク連合へ譲渡特別公的管理による一時国有化と、民間企業連合への株式譲渡による再民営化1998年KDD国際電信電話法の廃止根拠法の消滅に伴う特殊会社の立場からの離脱と一民間企業への移行1987年九州旅客鉄道経営安定基金3877億円で発足国鉄分割民営化に伴う分離独立と、それを前提に組まれた事業設計1985年JT専売公社の株式会社化公社から日本たばこ産業への衣替え1985年日本国有鉄道分割民営化でJRへ移行全国一元の公社の解体と、旅客6社・貨物1社の株式会社への再編1885年東京ガス東京府瓦斯局の払い下げ引き受けと東京瓦斯会社の創立