ミスミグループ本社:駿河精機の買収によるミスミグループ本社の発足とインド進出
2005年〜駿河精機との経営統合とミスミグループ本社、フランクフルトのQCT配送センター
2005年4月、ミスミは駿河精機と株式交換で経営統合し、商号をミスミグループ本社に改めて持株会社へ移った。全事業は新設の株式会社ミスミが引き継ぎ、駿河精機とともにグループ本社の完全子会社となった。駿河精機は静岡市清水の精密金型部品メーカーで、2004年3月期の総販売の43.2%をミスミ向けが占めていた。駿河精機は2004年6月に東証二部へ上場した直後だったが、両社は統合を速く実行することが戦略の遂行に重要と判断した。三枝匡社長と駿河精機の鈴木敏夫社長は、統合の目的を『今回の経営統合は、ミスミの保有する企画力、販売力と、駿河精機の保有する開発力、生産技術力を融合することにより、更に競争力、収益力を強化し、企業価値を高めるとともに、日本はもとより世界の激変する市場環境、競合環境に対応し、真のグローバル化を実現することを目的としています。』と発表した。具体策には、開発・生産・販売の一気通貫を固め、品質・コスト・時間の競争性を高めることを挙げた。売上の4割強をミスミに負う仕入先を内に抱え、原価と納期を決める工程を自社の管理下へ移す狙いがあったとみられる。
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【沿革】
- [1]2005年4月 駿河精機と株式交換により経営統合、ミスミグループ本社へ商号変更
- ミスミ・駿河精機 プレスリリース「ミスミと駿河精機の経営統合について」(2004年10月13日)
- [2]分社型新設分割で全事業を新設会社ミスミが承継、新設会社ミスミと駿河精機が持株会社の完全子会社に
- [3]駿河精機は静岡市清水の精密金型関連等の製造販売会社、総販売実績のうちミスミ向け43.2%(2004年3月31日現在の概要)
- [4]駿河精機は2004年6月に東証二部上場の直後だが、スピード感をもった統合の実行が戦略遂行に重要と判断
- [5]代表者 ミスミ社長三枝匡・駿河精機社長鈴木敏夫、経営統合の目的の節
- [6]相乗効果として「創って、作って、売る」の基本サイクル強化と品質・コスト・時間の競争性向上を掲げる
2006年1月、ミスミグループ本社はドイツのフランクフルトに物流拠点としてQCT配送センターを開設した。統合の発表で両社は、流通経路の変革と駿河精機の短納期生産の協働をグローバル展開の鍵に据えていた。国際事業では2002年以降、営業拠点・配送センター・生産拠点の3つを組にして各地域に置く方針をとった。欧州でもこの組み方に沿い、2005年7月にポーランドへ現地法人SURUGA POLSKAを設け、2007年7月に駿河ポーランド工場を稼働させた。アジアでは2005年10月に、タイでQCT配送センターと駿河タイ工場を同時に開いた。配送センターに続けて駿河の工場を同じ地域に置いた順序から、統合で得た生産の力を海外の短納期の裏付けに回す考えだったと推察される。
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【沿革】
- [7]2006年1月 フランクフルト(ドイツ)に物流拠点としてQCT配送センターを開設
- [10]2005年7月 ポーランドに現地法人SURUGA POLSKA設立
- [11]2007年7月 ポーランドに生産拠点として駿河ポーランド工場を開設
- [12]2005年10月 タイに物流・生産拠点としてQCT配送センター、駿河タイ工場を開設
- ミスミ・駿河精機 プレスリリース「ミスミと駿河精機の経営統合について」(2004年10月13日)
- [8]流通経路の抜本的変革と駿河精機の短納期な生産体制の協働をグローバル展開の鍵とし、アジア・欧米への展開を加速
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2010(トップメッセージ)
- [9]02年以降、事業モデルを海外で展開するため各地域に営業拠点・配送センター・生産拠点を3点セットで設立
2006年4月、三枝匡社長はグループ本社の社長のまま駿河精機の代表取締役社長を兼ね、統合した工場の経営を自ら握った。2007年6月には、グループ本社の取締役常務執行役員だった高家正行氏が駿河精機の社長を継いだ。高家正行氏は2004年2月にA.T.カーニーからミスミへ移り、統合発表の窓口となる経営企画室長を務めていた。生産の外枠では、2007年10月に協力メーカーを集めた集合生産基地のミスミ生産パークを神戸市に設けた。2008年6月には製品ごとの企業体に駿河精機の製造部門を置き、ミスミと駿河精機の枠を超えた製販一体の組織に改めた。販売の側から来た経営陣を工場の長に据えたのは、原価と納期を顧客の注文に合わせて作り替える役目を直接負わせるためだったと思われる。
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【役員の状況】
- [13]三枝匡 2002年6月当社代表取締役社長、2006年4月駿河精機代表取締役社長
- [14]高家正行 2006年10月当社取締役常務執行役員、2007年6月駿河精機代表取締役社長
- [15]高家正行 1999年1月A.T.カーニー入社、2004年2月当社入社
- ミスミ・駿河精機 プレスリリース「ミスミと駿河精機の経営統合について」(2004年10月13日)
- [16]問い合わせ先 株式会社ミスミ経営企画室長 高家正行
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【沿革】
- [17]2007年10月 兵庫県神戸市に集合生産基地としてミスミ生産パークを設立
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2009(トップメッセージ)
- [18]2008年6月 企業体組織と2つのプラットフォームグループを発足、各企業体に駿河精機の製造部門を配置し製販一体の組織に
参考文献[1]-[18]
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【沿革】
- [1]2005年4月 駿河精機と株式交換により経営統合、ミスミグループ本社へ商号変更
- [7]2006年1月 フランクフルト(ドイツ)に物流拠点としてQCT配送センターを開設
- [10]2005年7月 ポーランドに現地法人SURUGA POLSKA設立
- [11]2007年7月 ポーランドに生産拠点として駿河ポーランド工場を開設
- [12]2005年10月 タイに物流・生産拠点としてQCT配送センター、駿河タイ工場を開設
- [17]2007年10月 兵庫県神戸市に集合生産基地としてミスミ生産パークを設立
- ミスミ・駿河精機 プレスリリース「ミスミと駿河精機の経営統合について」(2004年10月13日)
- [2]分社型新設分割で全事業を新設会社ミスミが承継、新設会社ミスミと駿河精機が持株会社の完全子会社に
- [3]駿河精機は静岡市清水の精密金型関連等の製造販売会社、総販売実績のうちミスミ向け43.2%(2004年3月31日現在の概要)
- [4]駿河精機は2004年6月に東証二部上場の直後だが、スピード感をもった統合の実行が戦略遂行に重要と判断
- [5]代表者 ミスミ社長三枝匡・駿河精機社長鈴木敏夫、経営統合の目的の節
- [6]相乗効果として「創って、作って、売る」の基本サイクル強化と品質・コスト・時間の競争性向上を掲げる
- [8]流通経路の抜本的変革と駿河精機の短納期な生産体制の協働をグローバル展開の鍵とし、アジア・欧米への展開を加速
- [16]問い合わせ先 株式会社ミスミ経営企画室長 高家正行
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2010(トップメッセージ)
- [9]02年以降、事業モデルを海外で展開するため各地域に営業拠点・配送センター・生産拠点を3点セットで設立
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【役員の状況】
- [13]三枝匡 2002年6月当社代表取締役社長、2006年4月駿河精機代表取締役社長
- [14]高家正行 2006年10月当社取締役常務執行役員、2007年6月駿河精機代表取締役社長
- [15]高家正行 1999年1月A.T.カーニー入社、2004年2月当社入社
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2009(トップメッセージ)
- [18]2008年6月 企業体組織と2つのプラットフォームグループを発足、各企業体に駿河精機の製造部門を配置し製販一体の組織に
2008年〜高家正行社長の就任と、いわきファインテクノロジー撤退などの構造改革
2008年10月1日、高家正行氏がグループ本社の代表取締役社長に就任し、三枝匡氏は代表取締役会長・CEOに移った。同じ日に江口正彦氏を副社長に上げ、既任の副社長を含む4人の代表取締役で経営を担う体制に改めた。会社は新しい体制の狙いについて、『売上規模の拡大やグローバル展開の推進に伴い大きくなった組織に対応し、経営陣が従来に増してチームで経営に取り組むことが狙いです。』と説明した。高家正行氏は1963年生まれで、駿河精機の社長を1年4カ月務めたのちの就任であった。それ以前にも高家正行氏は、2005年6月に取締役執行役員、2006年10月に取締役常務執行役員と本体の役員を上がっていた。高家正行氏が抜けた駿河精機の社長には、同じ2008年10月に大野龍隆氏が就任した。三枝匡氏が会長CEOとして全体を見ながら、工場を率いた後進を本体の社長に据えた人事は、統合の仕上げを次の世代へ委ねる段取りだったのだろう。
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2009(トップメッセージ)
- [19]2008年10月1日 三枝会長・CEO就任、高家社長の昇格を決定
- [20]江口副社長の昇格、有賀副社長を含めた4人の代表取締役を中心とする経営体制
- [21]新経営体制の狙いは、拡大した組織に対応しチームで経営に取り組むこと
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【役員の状況】
- [22]高家正行 1963年3月21日生、2007年6月駿河精機代表取締役社長、2008年10月当社代表取締役社長
- [23]高家正行 2005年6月当社取締役執行役員、2006年10月当社取締役常務執行役員
- [24]大野龍隆 2008年10月駿河精機(現 駿河生産プラットフォーム)代表取締役社長
社長に就任した高家正行氏は直後に、2009年3月期下期の売上高が前年比29%減る局面に立った。2010年3月期は成り行きで営業利益が約100億円消えると見込み、約40億円の効果を狙う緊急収益改善を打ち出した。施策には、不採算のいわきファインテクノロジー(IFT)事業の撤退、駿河精機の構造改革、人件費の削減を並べた。IFTは駿河精機が2003年に富士通から吸収合併した精密金型事業で、富士通の時代から赤字が続いていた。撤退の判断について、会社は『05年度に駿河精機とともにミスミグループ傘下に移ってから改革に取り組みましたが、08年度後半の景気低迷の影響を受け撤退を決意しました。』と記した。IFTは2009年9月末に操業を止め、2010年3月末に撤退を終えた。2010年3月期の営業利益は、当初見込みの50億円を上回る84億円となった。
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2009(トップメッセージ)
- [25]2009年3月期下期の売上高は前年比29%減、営業利益は同68%減
- [26]2010年3月期は前年度比約100億円の営業利益が消失、緊急収益改善で約40億円の改善効果を狙う
- [27]打ち手に不採算の「いわきファインテクノロジー事業」撤退、駿河精機の構造改革、人件費の削減
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2010(トップメッセージ)
- [28]IFT事業は03年に駿河精機が富士通から吸収合併した精密金型事業で、富士通時代から赤字が継続
- [29]05年度の傘下入り後に改革したが、08年度後半の景気低迷で撤退を決意
- [30]IFT事業は09年9月末に操業停止、10年3月末に撤退完了
- [31]2010年3月期の営業利益は当初見込み50億円に対し84億円
参考文献[19]-[31]
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2009(トップメッセージ)
- [19]2008年10月1日 三枝会長・CEO就任、高家社長の昇格を決定
- [20]江口副社長の昇格、有賀副社長を含めた4人の代表取締役を中心とする経営体制
- [21]新経営体制の狙いは、拡大した組織に対応しチームで経営に取り組むこと
- [25]2009年3月期下期の売上高は前年比29%減、営業利益は同68%減
- [26]2010年3月期は前年度比約100億円の営業利益が消失、緊急収益改善で約40億円の改善効果を狙う
- [27]打ち手に不採算の「いわきファインテクノロジー事業」撤退、駿河精機の構造改革、人件費の削減
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【役員の状況】
- [22]高家正行 1963年3月21日生、2007年6月駿河精機代表取締役社長、2008年10月当社代表取締役社長
- [23]高家正行 2005年6月当社取締役執行役員、2006年10月当社取締役常務執行役員
- [24]大野龍隆 2008年10月駿河精機(現 駿河生産プラットフォーム)代表取締役社長
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2010(トップメッセージ)
- [28]IFT事業は03年に駿河精機が富士通から吸収合併した精密金型事業で、富士通時代から赤字が継続
- [29]05年度の傘下入り後に改革したが、08年度後半の景気低迷で撤退を決意
- [30]IFT事業は09年9月末に操業停止、10年3月末に撤退完了
- [31]2010年3月期の営業利益は当初見込み50億円に対し84億円
2009年〜MISUMI INDIAなど新興国の営業拠点と、駿河生産プラットフォームへの改称
2009年3月、ミスミグループ本社はインドに現地法人MISUMI INDIAを設けた。同じ時期、主要顧客である自動車とエレクトロニクスの業界では、生産量と設備投資の低迷が当面続くと見込んでいた。国際事業を本格化する前の2001年度、海外売上高は44億円で全社の8.6%にとどまっていた。インドを選んだ理由について、会社は『インドは主要国では中国に次ぐ高いGDP成長率を維持しており、私たちが扱う機械工業部品の分野においても市場の拡大が期待できます。』と説明した。2009年11月にはグルガオンに営業拠点を開設し、プレス金型用カタログの現地通貨版を出して営業を本格化した。現地メーカーとの取引を広げるため、セミナーなどを通じた市場の啓蒙も重ねた。国内の回復を待たずに新しい国へ拠点を出したのは、需要の戻りを新興国に先に見込んだためと考えられる。
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【沿革】
- [32]2009年3月 インドに現地法人MISUMI INDIA Pvt Ltd.を設立
- [36]2009年11月 グルガオン(インド)に営業拠点を開設
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2009(トップメッセージ)
- [33]主要顧客の自動車業界・エレクトロニクス業界の生産量と設備投資の低迷は当面続く見通し
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2010(トップメッセージ)
- [34]国際事業拡大の本格化前、01年度の海外売上高は44億円で構成比8.6%
- [35]インドは中国に次ぐGDP成長率で、機械工業部品の市場拡大が期待できる
- [37]09年11月 インドで「プレス金型カタログ」現地通貨版を発行し本格的に営業を開始
- [38]現地メーカーとの取引拡大に向けセミナーなどの市場啓蒙活動を展開
2011年4月から9月にかけて、ミスミグループ本社は大邱・武漢・バンガロール・蘇州・東莞・北京・大連に営業拠点を相次いで開いた。会社は2010年のアニュアルレポートで、FA事業の海外顧客数が潜在顧客の10%強にとどまると認めていた。そのうえで、営業人員を増やして認知度を上げることを国際事業の打ち手の筆頭に置いた。2010年度にはマレーシアに現地法人を置き、ミラノ・チェンナイ・寧波に営業拠点を、シンガポールに在庫センターを設けた。2011年3月期の海外売上高比率は27.3%と過去最高になり、目標の30%に近づいた。中国の内陸や地方都市にまで拠点を刻んだのは、沿海の大都市だけでは届かない工場を顧客に加えるためと推測される。
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【沿革】
- [39]2011年4月大邱、5月武漢・バンガロール、6月蘇州・東莞、8月北京、9月大連に営業拠点を開設
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2010(トップメッセージ)
- [40]ミスミFA事業の海外顧客数は潜在顧客の10%強
- [41]国際事業拡大の取り組みの第1に営業人員の増強による認知度向上を掲げる
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2011(トップメッセージ)
- [42]2010年度 マレーシアに現地法人、ミラノ・チェンナイ・寧波に営業拠点、シンガポールに在庫センターを設立
- [43]2011年3月期の海外売上高比率27.3%で過去最高、目標30%
2011年1月、ミスミグループ本社は駿河精機の商号を駿河生産プラットフォームに改めた。OST事業は新設の子会社に移し、駿河精機の名はその子会社が引き継いだ。グループ本社は、駿河生産プラットフォームによる内製化の比率を高める方針を示した。金型事業では内製化比率が上がった一方、FA事業の比率は金型に比べてまだ低かった。海外の生産について、会社は『海外では量産効果を発揮するまでには及んでいません。』と認めた。標準3日、早くて1日で出荷する商品も、海外では日本より少なかった。会社は2011年度にベトナムの生産拠点を増やし、生産品目を集める方針も示した。2011年2月にはインドに現地法人SURUGA Indiaを設け、10月に駿河インド工場を稼働させた。
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【沿革】
- [44]2011年1月 駿河精機を「株式会社駿河生産プラットフォーム」へ商号変更
- [45]OST事業を継承する子会社「駿河精機株式会社」を新設し営業を継続
- [51]2011年2月 インドに現地法人SURUGA India Pvt Ltd.を設立
- [52]2011年10月 インドに生産拠点として駿河インド工場を開設
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2011(トップメッセージ)
- [46]バックエンド革新として駿河生産プラットフォームによる内製化比率を高め、海外調達も促進
- [47]金型事業は内製化比率が上昇、FA事業の内製化比率は金型事業と比べまだ低い水準
- [48]日本では半製品の大量生産でコスト競争力を得たが、海外では量産効果に及ばない
- [49]「標準3日、早くて1日出荷」の商品は海外では日本に比べて少ない
- [50]中間製品の量産効果のため2011年度はベトナムの生産拠点を増設し生産品目を集約
参考文献[32]-[52]
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【沿革】
- [32]2009年3月 インドに現地法人MISUMI INDIA Pvt Ltd.を設立
- [36]2009年11月 グルガオン(インド)に営業拠点を開設
- [39]2011年4月大邱、5月武漢・バンガロール、6月蘇州・東莞、8月北京、9月大連に営業拠点を開設
- [44]2011年1月 駿河精機を「株式会社駿河生産プラットフォーム」へ商号変更
- [45]OST事業を継承する子会社「駿河精機株式会社」を新設し営業を継続
- [51]2011年2月 インドに現地法人SURUGA India Pvt Ltd.を設立
- [52]2011年10月 インドに生産拠点として駿河インド工場を開設
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2009(トップメッセージ)
- [33]主要顧客の自動車業界・エレクトロニクス業界の生産量と設備投資の低迷は当面続く見通し
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2010(トップメッセージ)
- [34]国際事業拡大の本格化前、01年度の海外売上高は44億円で構成比8.6%
- [35]インドは中国に次ぐGDP成長率で、機械工業部品の市場拡大が期待できる
- [37]09年11月 インドで「プレス金型カタログ」現地通貨版を発行し本格的に営業を開始
- [38]現地メーカーとの取引拡大に向けセミナーなどの市場啓蒙活動を展開
- [40]ミスミFA事業の海外顧客数は潜在顧客の10%強
- [41]国際事業拡大の取り組みの第1に営業人員の増強による認知度向上を掲げる
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2011(トップメッセージ)
- [42]2010年度 マレーシアに現地法人、ミラノ・チェンナイ・寧波に営業拠点、シンガポールに在庫センターを設立
- [43]2011年3月期の海外売上高比率27.3%で過去最高、目標30%
- [46]バックエンド革新として駿河生産プラットフォームによる内製化比率を高め、海外調達も促進
- [47]金型事業は内製化比率が上昇、FA事業の内製化比率は金型事業と比べまだ低い水準
- [48]日本では半製品の大量生産でコスト競争力を得たが、海外では量産効果に及ばない
- [49]「標準3日、早くて1日出荷」の商品は海外では日本に比べて少ない
- [50]中間製品の量産効果のため2011年度はベトナムの生産拠点を増設し生産品目を集約
2005年〜2011年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 営業利益 | 経常利益 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 億円 | 億円 | 利益率 | |||
| 2005年03月期 | 連結 | 815 | n/a | n/a | n/a | 65 | 8.0% | n/a |
| 2006年03月期 | 連結 | 1,054 | +29.3% | 130 | 135 | 76 | 7.2% | n/a |
| 2007年03月期 | 連結 | 1,181 | +12.0% | 156 | 161 | 94 | 8.0% | n/a |
| 2008年03月期 | 連結 | 1,267 | +7.3% | 163 | 162 | 97 | 7.7% | n/a |
| 2009年03月期 | 連結 | 1,100 | ▲13.2% | 110 | 106 | 47 | 4.3% | n/a |
| 2010年03月期 | 連結 | 892 | ▲18.9% | 84 | 81 | 39 | 4.4% | n/a |
| 2011年03月期 | 連結 | 1,212 | +35.9% | 156 | 152 | 90 | 7.4% | n/a |
出典・参考
6件
- ミスミ・駿河精機 プレスリリース「ミスミと駿河精機の経営統合について」(2004年10月13日)
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2009(トップメッセージ)
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2010(トップメッセージ)
- ミスミグループ本社 アニュアルレポート 2011(トップメッセージ)
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【沿革】
- ミスミグループ本社 有価証券報告書 第50期(2012年3月期)【役員の状況】