バローホールディングス:主婦の店の設立と恵那店の開業
1958年〜主婦の店運動に共鳴した恵那の衣料品店と、資本金450万円で開いたセルフサービスの恵那店
伊藤喜美氏は1958年7月、岐阜県恵那市大井町251番地の1に株式会社主婦の店を資本金450万円で設立した。伊藤喜美氏は1946年に父のマルイ商店を継ぎ、キリンビールの特約店を営んだ家業を衣料品の販売へ転じて品ぞろえを広げた。1993年の上場時に示された沿革は衣料販売事業の開始を1954年4月としており、回顧の年とは合致しない。食品のスーパーマーケットへ移る契機は、吉田日出男氏が北九州の小倉で提唱した全国主婦の店運動だった。伊藤喜美氏は、セルフサービス方式の経営が『地域の消費者の文化生活向上への一助になる』という運動の理念に共鳴して新会社を設立したと回顧した。衣料品で築いた商売の基盤を、日々の食品を扱う業態で消費者運動の理念に結びつけたとみられる。
- バロー 有価証券報告書(2008年3月期)【沿革】
- [1]1958年7月 株式会社主婦の店を資本金450万円で恵那市大井町251番地の1に設立
- 証券アナリストジャーナル 1994年1月号 別冊付録
- [2]伊藤喜美は1946年に家業マルイ商店を継ぎ衣料品で拡大、吉田日出男提唱の全国主婦の店運動の理念に共鳴し1958年7月に主婦の店を設立
- [4]伊藤喜美は1946年に家業マルイ商店を継ぎ衣料品で拡大、吉田日出男提唱の全国主婦の店運動の理念に共鳴し1958年7月に主婦の店を設立
- [5]伊藤喜美は1946年に家業マルイ商店を継ぎ衣料品で拡大、吉田日出男提唱の全国主婦の店運動の理念に共鳴し1958年7月に主婦の店を設立
- 中部財界 36(11)(623) 1993年11月号「名証第二部に上場した株式会社バロー」
- [3]上場時の沿革に昭和29年(1954年)4月 衣料販売事業を開始とある(OCR)
主婦の店は恵那店を、客が自ら商品を選ぶスーパーマーケットの1号店として1958年9月に開業した。セルフ方式ではバラ売りができず、菓子や砂糖や味噌は大きな容器で入荷したため、店は1品ずつ小さなポリ袋へ詰め替えて売り場に並べた。仕入れでも卸売業者の一部は『価格破壊者のスーパーマーケットには卸売りできない』として取引を拒んだ。そこで主婦の店は、生鮮魚類を名古屋・熱田の市場へ出向いて仕入れた。伊藤喜美氏は、新しい業態への理解が当時の世間に乏しく、商品の調達経路も固まっていなかったと振り返った。対面販売を前提にした荷姿と卸の取引慣行に対し、店内の詰め替え作業と自前の仕入れで売り場を成り立たせたのだろう。
- バロー 有価証券報告書(2008年3月期)【沿革】
- [6]1958年9月 スーパーマーケット1号店「恵那店」の営業を開始
- 証券アナリストジャーナル 1994年1月号 別冊付録
- [7]恵那店はバラ売り不可のため大容器の菓子・砂糖・味噌をポリ袋に詰め替え、卸に取引を拒まれ名古屋・熱田の市場で生鮮魚類を仕入れた
- [8]恵那店はバラ売り不可のため大容器の菓子・砂糖・味噌をポリ袋に詰め替え、卸に取引を拒まれ名古屋・熱田の市場で生鮮魚類を仕入れた
- [9]恵那店はバラ売り不可のため大容器の菓子・砂糖・味噌をポリ袋に詰め替え、卸に取引を拒まれ名古屋・熱田の市場で生鮮魚類を仕入れた
- [10]恵那店はバラ売り不可のため大容器の菓子・砂糖・味噌をポリ袋に詰め替え、卸に取引を拒まれ名古屋・熱田の市場で生鮮魚類を仕入れた
参考文献[1]-[10]
- バロー 有価証券報告書(2008年3月期)【沿革】
- [1]1958年7月 株式会社主婦の店を資本金450万円で恵那市大井町251番地の1に設立
- [6]1958年9月 スーパーマーケット1号店「恵那店」の営業を開始
- 証券アナリストジャーナル 1994年1月号 別冊付録
- [2]伊藤喜美は1946年に家業マルイ商店を継ぎ衣料品で拡大、吉田日出男提唱の全国主婦の店運動の理念に共鳴し1958年7月に主婦の店を設立
- [4]伊藤喜美は1946年に家業マルイ商店を継ぎ衣料品で拡大、吉田日出男提唱の全国主婦の店運動の理念に共鳴し1958年7月に主婦の店を設立
- [5]伊藤喜美は1946年に家業マルイ商店を継ぎ衣料品で拡大、吉田日出男提唱の全国主婦の店運動の理念に共鳴し1958年7月に主婦の店を設立
- [7]恵那店はバラ売り不可のため大容器の菓子・砂糖・味噌をポリ袋に詰め替え、卸に取引を拒まれ名古屋・熱田の市場で生鮮魚類を仕入れた
- [8]恵那店はバラ売り不可のため大容器の菓子・砂糖・味噌をポリ袋に詰め替え、卸に取引を拒まれ名古屋・熱田の市場で生鮮魚類を仕入れた
- [9]恵那店はバラ売り不可のため大容器の菓子・砂糖・味噌をポリ袋に詰め替え、卸に取引を拒まれ名古屋・熱田の市場で生鮮魚類を仕入れた
- [10]恵那店はバラ売り不可のため大容器の菓子・砂糖・味噌をポリ袋に詰め替え、卸に取引を拒まれ名古屋・熱田の市場で生鮮魚類を仕入れた
- 中部財界 36(11)(623) 1993年11月号「名証第二部に上場した株式会社バロー」
- [3]上場時の沿革に昭和29年(1954年)4月 衣料販売事業を開始とある(OCR)
1963年〜2号店の明智店で始めたチェーン化と、「勇気ある者」の意を込めた株式会社バローへの改称
主婦の店は1963年、2号店として明智店を出店し、チェーン展開を始めた。伊藤喜美氏は、恵那店が地域の消費者から少しずつ信頼と支持を得たことを2号店の前提に挙げた。1号店の開業から2号店まで約5年。1969年3月には中部興産株式会社を設立して不動産事業を始めた。中部興産は1993年時点で全額出資の子会社として不動産情報の事業を担っていた。多店舗化に伴う店舗用地の手当てを、グループ内の不動産会社に担わせる狙いがあったと推察される。
- 証券アナリストジャーナル 1994年1月号 別冊付録
- [11]1963年に2号店の明智店を出店しチェーン化を開始。中部興産は1969年3月設立の100%出資子会社(不動産情報)
- [12]1963年に2号店の明智店を出店しチェーン化を開始。中部興産は1969年3月設立の100%出資子会社(不動産情報)
- [15]1963年に2号店の明智店を出店しチェーン化を開始。中部興産は1969年3月設立の100%出資子会社(不動産情報)
- バロー 有価証券報告書(2008年3月期)【沿革】
- [13]1958年9月に恵那店開業、1969年3月 中部興産株式会社を設立し不動産事業を開始
- [14]1958年9月に恵那店開業、1969年3月 中部興産株式会社を設立し不動産事業を開始
主婦の店は1970年3月に社名を株式会社主婦の店バローへ改め、1974年11月には株式会社バローへ再び改称した。2度目の改称と同時に、本店を恵那市大井町270番地の1へ移転。社名のバローは、古典の英語で勇気のある者を指す語だという。伊藤喜美氏は、企業が社会に奉仕するには規模の拡大が要ると考えた。そのうえで『何よりも挑戦する勇気を持たなければならない』という創業以来の信念を、社名に込めたと説明した。改称によって、全国主婦の店運動に由来する名から、自社の理念を示す固有の名へ移ったと思われる。
- バロー 有価証券報告書(2008年3月期)【沿革】
- [16]1970年3月 株式会社主婦の店バローへ社名変更、1974年11月 本店を恵那市大井町270番地の1へ移転し株式会社バローへ社名変更
- [17]1970年3月 株式会社主婦の店バローへ社名変更、1974年11月 本店を恵那市大井町270番地の1へ移転し株式会社バローへ社名変更
- 中部財界 36(11)(623) 1993年11月号「名証第二部に上場した株式会社バロー」
- [18]「バロー」は英語の古典で「勇気ある者」を意味する
- 証券アナリストジャーナル 1994年1月号 別冊付録
- [19]社名バローは英語の古典で勇気ある者を意味し、企業は社会奉仕のため大きくなる必要があり挑戦する勇気が要るという創業以来の信念に由来
- [20]社名バローは英語の古典で勇気ある者を意味し、企業は社会奉仕のため大きくなる必要があり挑戦する勇気が要るという創業以来の信念に由来
株式会社バローは1977年10月、本部を岐阜県多治見市東町1丁目9番地の3へ移転した。これに先立つのが、恵那市大井町佐渡でのショッピングセンターの開設である。上場時に示された沿革は、その開設を株式会社バローへの改称と同じ年の4月としている。本店は恵那に残り、1993年10月時点でも恵那市大井町270番地の1にあった。一方で管理本部は多治見市東町に置かれ、同市内には事業本部と物流センターも構えていた。恵那より名古屋に近い多治見に本部を置き、出店域を名古屋方面へ拡大する足場にしたのだろう。
- バロー 有価証券報告書(2008年3月期)【沿革】
- [21]1977年10月 本部を多治見市東町1丁目9番地の3へ移転
- 中部財界 36(11)(623) 1993年11月号「名証第二部に上場した株式会社バロー」
- [22]恵那市大井町佐渡にSC開設(年は欠字、同年11月に本店移転・改称)。1993年10月の本店は恵那市大井町270-1、管理本部は多治見市東町、事業本部・物流センターも多治見市
- [23]恵那市大井町佐渡にSC開設(年は欠字、同年11月に本店移転・改称)。1993年10月の本店は恵那市大井町270-1、管理本部は多治見市東町、事業本部・物流センターも多治見市
- [24]恵那市大井町佐渡にSC開設(年は欠字、同年11月に本店移転・改称)。1993年10月の本店は恵那市大井町270-1、管理本部は多治見市東町、事業本部・物流センターも多治見市
- [25]恵那市大井町佐渡にSC開設(年は欠字、同年11月に本店移転・改称)。1993年10月の本店は恵那市大井町270-1、管理本部は多治見市東町、事業本部・物流センターも多治見市
参考文献[11]-[25]
- 証券アナリストジャーナル 1994年1月号 別冊付録
- [11]1963年に2号店の明智店を出店しチェーン化を開始。中部興産は1969年3月設立の100%出資子会社(不動産情報)
- [12]1963年に2号店の明智店を出店しチェーン化を開始。中部興産は1969年3月設立の100%出資子会社(不動産情報)
- [15]1963年に2号店の明智店を出店しチェーン化を開始。中部興産は1969年3月設立の100%出資子会社(不動産情報)
- [19]社名バローは英語の古典で勇気ある者を意味し、企業は社会奉仕のため大きくなる必要があり挑戦する勇気が要るという創業以来の信念に由来
- [20]社名バローは英語の古典で勇気ある者を意味し、企業は社会奉仕のため大きくなる必要があり挑戦する勇気が要るという創業以来の信念に由来
- バロー 有価証券報告書(2008年3月期)【沿革】
- [13]1958年9月に恵那店開業、1969年3月 中部興産株式会社を設立し不動産事業を開始
- [14]1958年9月に恵那店開業、1969年3月 中部興産株式会社を設立し不動産事業を開始
- [16]1970年3月 株式会社主婦の店バローへ社名変更、1974年11月 本店を恵那市大井町270番地の1へ移転し株式会社バローへ社名変更
- [17]1970年3月 株式会社主婦の店バローへ社名変更、1974年11月 本店を恵那市大井町270番地の1へ移転し株式会社バローへ社名変更
- [21]1977年10月 本部を多治見市東町1丁目9番地の3へ移転
- 中部財界 36(11)(623) 1993年11月号「名証第二部に上場した株式会社バロー」
- [18]「バロー」は英語の古典で「勇気ある者」を意味する
- [22]恵那市大井町佐渡にSC開設(年は欠字、同年11月に本店移転・改称)。1993年10月の本店は恵那市大井町270-1、管理本部は多治見市東町、事業本部・物流センターも多治見市
- [23]恵那市大井町佐渡にSC開設(年は欠字、同年11月に本店移転・改称)。1993年10月の本店は恵那市大井町270-1、管理本部は多治見市東町、事業本部・物流センターも多治見市
- [24]恵那市大井町佐渡にSC開設(年は欠字、同年11月に本店移転・改称)。1993年10月の本店は恵那市大井町270-1、管理本部は多治見市東町、事業本部・物流センターも多治見市
- [25]恵那市大井町佐渡にSC開設(年は欠字、同年11月に本店移転・改称)。1993年10月の本店は恵那市大井町270-1、管理本部は多治見市東町、事業本部・物流センターも多治見市
出典・参考
3件
- バロー 有価証券報告書(2008年3月期)【沿革】
- 中部財界 36(11)(623) 1993年11月号「名証第二部に上場した株式会社バロー」
- 証券アナリストジャーナル 1994年1月号 別冊付録