バローHDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

衣料品で伸ばした家業とは別に、食品を扱うセルフサービスの店を新会社で始めた。1958年の恵那では客が自ら商品を選ぶ売り方が珍しく、菓子や砂糖や味噌は大きな容器で入荷したため、店は1品ずつ小袋へ詰め替えて並べた。卸売業者の一部には取引を断られ、生鮮魚類は名古屋・熱田の市場まで仕入れに出た。それでも恵那店が地域の支持を得ると、1963年に明智店を出して多店舗化へ進んだ。1974年には全国主婦の店運動に由来する名を外し、挑戦する勇気を込めたバローを社名とした。

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