大黒天物産の歴史
沿革
1986年に設立された倉敷きのしんが起源。
1997年に「ディオ」、2003年に「ラ・ムー」の1号店を出し、岡山から四国・九州・北陸へディスカウント店を展開した。岡山を地盤とするディスカウントストアチェーンである。
創業期
1986年〜倉敷きのしんの設立と大黒天物産への改組
- 倉敷きのしんを設立[1]
- 幸福の商店を倉敷市連島に開店[1]
- 大黒天物産株式会社に改組[1]
売上高
- 売上高
大黒天物産売上高—
| 就任年 | 社長氏名 | 役職名 |
|---|---|---|
| 1986年 | 大賀昭司 | 代表取締役社長→有限会社倉敷きのしんを大黒天物産株式会社に改組 大黒天物産代表取締役社長 |
成長期
1997年〜「ディオ」1号店の出店と年間売上高100億円の達成
- 「ディオ」1号店として玉島店を出店[1]
- POSシステム・発注システム・社内ネットワークを導入[1]
- ディオ水島店を出店[1]
- 幸福の商店を生鮮市場ハッピィに名称変更[1]
- 売上高50億円を突破[1]
- ディオ本店を出店[1]
- 本社を倉敷市堀南に移転[1]
- 年間売上高100億円を達成[1]
- 岡山市に「ディオ岡山東店」を出店、10店舗を達成[1]
売上高
- 売上高
大黒天物産売上高—
| 就任年 | 社長氏名 | 役職名 |
|---|---|---|
| 1986年 | 大賀昭司 | 代表取締役社長→有限会社倉敷きのしんを大黒天物産株式会社に改組 大黒天物産代表取締役社長 |
安定成長期
2003年〜新業態「ラ・ムー」による四国・九州・北陸への出店網拡大
- PB商品の商標管理を行うディープライスを設立[1]
- 新業態「ラ・ムー」1号店として加古川店を出店[1]
- 店頭市場に上場[1]
- 広島県1号店「ラ・ムー松永店」を出店[1]
- 岡山市南区灘崎町に物流センターを移転[1]
- ジャスダック証券取引所に上場[1]
- 四国地区1号店としてラ・ムー坂出店を出店[1]
- 山陰地区1号店としてラ・ムー安来店を出店[1]
- 鳥取県1号店「ラ・ムー鳥取店」を出店[1]
- ワッツとの合弁でバリュー100を設立[1]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 愛媛県1号店「ディオ東予店」を出店[1]
- 愛媛県今治市に「ディオ今治北店」を出店、30店を達成[1]
- 徳島県1号店「ディオ鳴門南店」を出店[1]
- 九州地区1号店としてラ・ムー水巻店を出店[1]
- 岡山県赤磐市に中国DCを移転[1]
- 大阪市住之江区に関西物流センターを開設[1]
- 北陸地区1号店としてラ・ムー越前店を出店[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[1]
- 西源を完全子会社化[1]
- 年間売上高1,000億円を達成[1]
- 東海地区1号店としてラ・ムー四日市店を出店[1]
- 中国物流RMセンターを新設[1]
- 「生鮮市場ハッピィ本店」を「もんげぇ~市場」に名称変更[1]
- 中国物流RMセンターに冷凍棟を新設、中国フローズンDCが稼動[1]
- 酪農事業の瀬戸内メイプルファームを設立[1]
売上高経常利益率
- 売上高
- 売上原価
- 販管費
- 営業利益
- 経常利益率
大黒天物産2017年5月期売上高1,554億円売上高経常利益率3.8%
| 就任年 | 社長氏名 | 役職名 |
|---|---|---|
| 1986年 | 大賀昭司 | 代表取締役社長→有限会社倉敷きのしんを大黒天物産株式会社に改組 大黒天物産代表取締役社長 |
安定成長期
2018年〜マミーズなどからの店舗譲受と関西・九州の物流網の構築
- 大阪府堺市に関西DCを移転[1]
- マツサカから岡山県の8店舗を事業譲受[1]
- 平成30年7月豪雨で6店舗と中国物流RMセンターが被災[1]
- 小田商店を完全子会社化[1]
- マミーズから九州の22店舗を事業譲受[1]
- 年間売上高2,000億円を達成[1]
- 東京都大田区に東京支店を新設[1]
- プライム市場に移行[1]
- 関西物流RMセンターを新設[1]
- 倉敷市西中新田の新本社屋に移転[1]
- マツサカを吸収合併[1]
- 中部DCを新設[1]
- 九州DCを新設[1]
- 創業者の大賀昭司氏が逝去[1]
売上高営業利益率
- 売上高
- 売上原価
- 販管費
- 営業利益
- 営業利益率
大黒天物産2026年5月期売上高3,192億円売上高営業利益率1.7%
| 就任年 | 社長氏名 | 役職名 |
|---|---|---|
| 1986年 | 大賀昭司 | 代表取締役社長→有限会社倉敷きのしんを大黒天物産株式会社に改組 大黒天物産代表取締役社長 |
| 大賀昌彦 |