第1章 年〜年

オートバックスセブン:末廣商會の創業とドライブショップ部門の開発

1947年〜大阪・福島の個人商店末広商会と、翌年に改組した株式会社富士商会

1947年2月、住野利男氏は大阪市福島区で個人経営の末広商会を創業した。扱った商品は自動車の補修用部品で、商売の形は卸売だった。当時国内で登録されていた自動車は、戦前か戦中に生産・輸入された車にほぼ限られていた。どの車も使われてきた年数が長く、修理に使う部品の需要の強さが際立つ時期。住野利男氏は1993年時点でも代表取締役会長兼社長を務め、創業から46年にわたり経営を率いた。新車の供給が乏しい中で、既存の車を走らせ続けるための部品は、小さな元手で始められる商材だったとみられる。

  • 有価証券報告書 2002年3月期(第55期)【沿革】
    • [1]1947年2月 住野利男が大阪市福島区で自動車部品卸売の個人経営・末広商会を創業
    • [2]1947年2月 住野利男が大阪市福島区で自動車部品卸売の個人経営・末広商会を創業
  • 証券 1993年
    • [3]住野利男は1993年時点で代表取締役会長兼社長。当時の登録車は戦前・戦中に生産・輸入された車歴の長い車が多く、補修用部品の需要が強かった
    • [4]住野利男は1993年時点で代表取締役会長兼社長。当時の登録車は戦前・戦中に生産・輸入された車歴の長い車が多く、補修用部品の需要が強かった
    • [5]住野利男は1993年時点で代表取締役会長兼社長。当時の登録車は戦前・戦中に生産・輸入された車歴の長い車が多く、補修用部品の需要が強かった

1948年8月、住野利男氏は末広商会を株式会社に改め、大阪市に株式会社富士商会を設立した。改組を機に、自動車部品の卸売に加えて小売にも着手している。個人で開業してから法人に移るまでの期間は、わずか1年6か月だった。富士商会の商号は、1978年2月にオートバックスセブン(旧)へ改めるまで約30年使われた。1989年の株式上場の際にも、住野利男氏は企業の社会的信用の強化を狙いの1つに掲げた。卸売の取引先を広げるうえで、個人商店より法人の信用を重んじた改組と推察される。

  • 有価証券報告書 2002年3月期(第55期)【沿革】
    • [6]1948年8月 末広商会を株式会社に改組し株式会社富士商会を設立。1978年2月 オートバックスセブン(旧)に商号変更
    • [8]1948年8月 末広商会を株式会社に改組し株式会社富士商会を設立。1978年2月 オートバックスセブン(旧)に商号変更
    • [9]1948年8月 末広商会を株式会社に改組し株式会社富士商会を設立。1978年2月 オートバックスセブン(旧)に商号変更
  • 証券アナリストジャーナル 27巻4号 1989年(企業分析部会 平成元年3月27日・大阪 講演要旨)
    • [7]1948年8月の改組で富士商会は自動車部品の小売と卸売を始めた。1989年上場の狙いに企業の社会的信用の強化を挙げた(住野利男の講演)
    • [10]1948年8月の改組で富士商会は自動車部品の小売と卸売を始めた。1989年上場の狙いに企業の社会的信用の強化を挙げた(住野利男の講演)
参考文献[1]-[10]
  • 有価証券報告書 2002年3月期(第55期)【沿革】
    • [1]1947年2月 住野利男が大阪市福島区で自動車部品卸売の個人経営・末広商会を創業
    • [2]1947年2月 住野利男が大阪市福島区で自動車部品卸売の個人経営・末広商会を創業
    • [6]1948年8月 末広商会を株式会社に改組し株式会社富士商会を設立。1978年2月 オートバックスセブン(旧)に商号変更
    • [8]1948年8月 末広商会を株式会社に改組し株式会社富士商会を設立。1978年2月 オートバックスセブン(旧)に商号変更
    • [9]1948年8月 末広商会を株式会社に改組し株式会社富士商会を設立。1978年2月 オートバックスセブン(旧)に商号変更
  • 証券 1993年
    • [3]住野利男は1993年時点で代表取締役会長兼社長。当時の登録車は戦前・戦中に生産・輸入された車歴の長い車が多く、補修用部品の需要が強かった
    • [4]住野利男は1993年時点で代表取締役会長兼社長。当時の登録車は戦前・戦中に生産・輸入された車歴の長い車が多く、補修用部品の需要が強かった
    • [5]住野利男は1993年時点で代表取締役会長兼社長。当時の登録車は戦前・戦中に生産・輸入された車歴の長い車が多く、補修用部品の需要が強かった
  • 証券アナリストジャーナル 27巻4号 1989年(企業分析部会 平成元年3月27日・大阪 講演要旨)
    • [7]1948年8月の改組で富士商会は自動車部品の小売と卸売を始めた。1989年上場の狙いに企業の社会的信用の強化を挙げた(住野利男の講演)
    • [10]1948年8月の改組で富士商会は自動車部品の小売と卸売を始めた。1989年上場の狙いに企業の社会的信用の強化を挙げた(住野利男の講演)

1958年〜卸売部門を切り出した大豊産業と、各地の卸売先を束ねた日本ドライブショップチェン

1958年1月、富士商会は卸売部門を独立させ、大豊産業株式会社(旧)を設立した。創業から10年余り、事業は大阪府を営業基盤とする部品・用品の卸売が中心だった。大豊産業は設立と同時に全国販売を始め、大阪府を地盤としていた卸売の商圏を府外へ広げた。同年12月、富士商会はドライブショップ部門を開発した。卸の全国販売は大豊産業、店舗の業態づくりは富士商会という分担。卸の販路を全国へ広げた年に店舗の部門を起こしたことが、のちに卸先を店舗へ転じる下地になったのだろう。

  • 有価証券報告書 2002年3月期(第55期)【沿革】
    • [11]1958年1月 卸売部門を独立し大豊産業株式会社(旧)を設立、同年12月 ドライブショップ部門を開発
    • [14]1958年1月 卸売部門を独立し大豊産業株式会社(旧)を設立、同年12月 ドライブショップ部門を開発
    • [15]1958年1月 卸売部門を独立し大豊産業株式会社(旧)を設立、同年12月 ドライブショップ部門を開発
  • 証券 1993年
    • [12]創業後しばらくは大阪府を営業基盤に自動車部品・用品等の卸売が中心
  • 証券アナリストジャーナル 27巻4号 1989年(企業分析部会 平成元年3月27日・大阪 講演要旨)
    • [13]1958年1月 卸売部門を独立させ大豊産業を設立、全国販売を開始(住野利男の講演)
    • [16]1958年1月 卸売部門を独立させ大豊産業を設立、全国販売を開始(住野利男の講演)

1961年4月、住野利男氏は各地で取引を重ねてきた卸売先をまとめ、日本ドライブショップチェンを組織した。狙いは自動車部品・用品の卸売を全国規模で展開することにあった。この加盟店網は、のちにフランチャイズ方式で店舗を増やす際の基盤となる。1975年以降、加盟店は順次フランチャイジーへ転換され、直営では追いつかない速さの出店を支えた。1966年は「マイカー元年」と呼ばれ、以後1970年代後半にかけて自動車の大衆化が急速に進んだ。1973年の第1次オイルショックでガソリン価格が急騰し、翌1974年11月に直営1号店のオートバックス東大阪店が開店した。自動車の普及と家計の圧迫が重なり、部品と用品を安く売る専門店の需要が生まれたと思われる。

  • 証券 1993年
    • [17]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
    • [18]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
    • [19]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
    • [20]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
    • [21]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
    • [22]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
  • 有価証券報告書 2002年3月期(第55期)【沿革】
    • [23]1974年11月 カー用品総合専門店の直営第1号店オートバックス東大阪店を開店
参考文献[11]-[23]
  • 有価証券報告書 2002年3月期(第55期)【沿革】
    • [11]1958年1月 卸売部門を独立し大豊産業株式会社(旧)を設立、同年12月 ドライブショップ部門を開発
    • [14]1958年1月 卸売部門を独立し大豊産業株式会社(旧)を設立、同年12月 ドライブショップ部門を開発
    • [15]1958年1月 卸売部門を独立し大豊産業株式会社(旧)を設立、同年12月 ドライブショップ部門を開発
    • [23]1974年11月 カー用品総合専門店の直営第1号店オートバックス東大阪店を開店
  • 証券 1993年
    • [12]創業後しばらくは大阪府を営業基盤に自動車部品・用品等の卸売が中心
    • [17]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
    • [18]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
    • [19]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
    • [20]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
    • [21]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
    • [22]1961年4月 取引先の各地卸売先を組織化し日本ドライブショップチェンを設立(後のFC多店舗展開の基礎)。1966年マイカー元年、1973年第1次オイルショックでガソリン価格上昇。50年代に加盟店を順次フランチャイジーへ転換し出店
  • 証券アナリストジャーナル 27巻4号 1989年(企業分析部会 平成元年3月27日・大阪 講演要旨)
    • [13]1958年1月 卸売部門を独立させ大豊産業を設立、全国販売を開始(住野利男の講演)
    • [16]1958年1月 卸売部門を独立させ大豊産業を設立、全国販売を開始(住野利男の講演)

出典・参考

3件
出典・参考
  • 有価証券報告書 2002年3月期(第55期)【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 27巻4号 1989年(企業分析部会 平成元年3月27日・大阪 講演要旨)
  • 証券 1993年

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