カナモト:室蘭での金本商店の設立と建機レンタルへの参入
1964年〜鉄鋼が売上の98%だった室蘭の金本商店と、苫小牧出張所から広げた建機レンタル
1964年10月、北海道室蘭市で個人商店の金本一郎商店を株式会社に改め、株式会社金本商店が設立された。前身の商店は鉄鋼製品の販売に加えて建機の修理と販売、貸出しを手がけ、次第にレンタルへ力を移していた。法人化の狙いはレンタル事業を大きくすることにあり、事業目的には建設用機械のレンタルと、鋼材や製鉄原料、機械類の販売を並べた。ただし設立時の売上の98%は鉄鋼の取り扱いで、レンタルは2%弱にとどまり、拠点も本社を置く室蘭のみ。1993年の講演で社長は、その頃の日本で建機レンタルがまだ芽生えたばかりだった事情を挙げた。鉄鋼で収益を確保しながら、まだ小さいレンタルを将来の主業に据えて法人化した設立と推察される。
- 証券 48(5)(566) 1996年(新規上場会社紹介)
- [1]前身の金本一郎商店は鉄鋼製品販売と建機の修理・販売・レンタルを営み、1964年10月に建機レンタル拡大のため株式会社金本商店として室蘭に設立
- [2]前身の金本一郎商店は鉄鋼製品販売と建機の修理・販売・レンタルを営み、1964年10月に建機レンタル拡大のため株式会社金本商店として室蘭に設立
- 有価証券報告書【沿革】 1964年10月
- [3]1964年10月 室蘭市に金本商店を設立、一般鋼材・製鉄原料・機械類の販売と建設用機械のレンタルを開始
- 証券アナリストジャーナル 30(2) 1992年1月(金本寛中氏)
- [4]設立時の売上は鉄鋼98%・レンタル2%弱、拠点は室蘭のみ
- 証券アナリストジャーナル 31(8) 1993年7月(金本寛中氏)
- [5]設立当初は日本で建機レンタルが芽生えたばかりの時期だった(社長講演)
1971年10月、金本商店は北海道の苫小牧市へ出張所を置き、道内での店舗展開に着手。戦後の工事の機械化は当初、国や自治体が建機を保有して建設業者へ貸し付ける方式が中心だった。ゼネコンが自ら機械を持つと労働生産性は上がる一方、減価償却費や金利、管理費といった固定費が膨らんだ。工事の細切れ発注や共同企業体(JV)での受注も、工事ごとの採算を明確にする目的でレンタルへの切り替えを後押しした。金本商店は苫小牧に続いて札幌市などに店舗を広げ、1972年12月に商号をカナモトへ改めた。建設業者が抱えきれなくなった機械の固定費を引き受ける事業として、レンタルは鉄鋼問屋の副業から独立した収益源へ育ちつつあったのだろう。
- 有価証券報告書【沿革】 1971年10月・1972年12月
- [6]1971年10月 苫小牧出張所を開設し北海道地区の店舗展開を開始、1972年12月 社名をカナモトに変更
- [11]1971年10月 苫小牧出張所を開設し北海道地区の店舗展開を開始、1972年12月 社名をカナモトに変更
- 証券アナリストジャーナル 30(2) 1992年1月(金本寛中氏)
- [7]機械化は当初国(自治体)が建機を保有し貸し付け、ゼネコンの機械保有は減価償却費・金利・管理費の固定費を増やし、細切れ発注やJVもレンタル化を促した
- [8]機械化は当初国(自治体)が建機を保有し貸し付け、ゼネコンの機械保有は減価償却費・金利・管理費の固定費を増やし、細切れ発注やJVもレンタル化を促した
- [9]機械化は当初国(自治体)が建機を保有し貸し付け、ゼネコンの機械保有は減価償却費・金利・管理費の固定費を増やし、細切れ発注やJVもレンタル化を促した
- 証券 48(5)(566) 1996年(新規上場会社紹介)
- [10]1971年に苫小牧市に出張所を開設したのを皮切りに札幌市など道内で店舗展開
参考文献[1]-[11]
- 証券 48(5)(566) 1996年(新規上場会社紹介)
- [1]前身の金本一郎商店は鉄鋼製品販売と建機の修理・販売・レンタルを営み、1964年10月に建機レンタル拡大のため株式会社金本商店として室蘭に設立
- [2]前身の金本一郎商店は鉄鋼製品販売と建機の修理・販売・レンタルを営み、1964年10月に建機レンタル拡大のため株式会社金本商店として室蘭に設立
- [10]1971年に苫小牧市に出張所を開設したのを皮切りに札幌市など道内で店舗展開
- 有価証券報告書【沿革】 1964年10月
- [3]1964年10月 室蘭市に金本商店を設立、一般鋼材・製鉄原料・機械類の販売と建設用機械のレンタルを開始
- 証券アナリストジャーナル 30(2) 1992年1月(金本寛中氏)
- [4]設立時の売上は鉄鋼98%・レンタル2%弱、拠点は室蘭のみ
- [7]機械化は当初国(自治体)が建機を保有し貸し付け、ゼネコンの機械保有は減価償却費・金利・管理費の固定費を増やし、細切れ発注やJVもレンタル化を促した
- [8]機械化は当初国(自治体)が建機を保有し貸し付け、ゼネコンの機械保有は減価償却費・金利・管理費の固定費を増やし、細切れ発注やJVもレンタル化を促した
- [9]機械化は当初国(自治体)が建機を保有し貸し付け、ゼネコンの機械保有は減価償却費・金利・管理費の固定費を増やし、細切れ発注やJVもレンタル化を促した
- 証券アナリストジャーナル 31(8) 1993年7月(金本寛中氏)
- [5]設立当初は日本で建機レンタルが芽生えたばかりの時期だった(社長講演)
- 有価証券報告書【沿革】 1971年10月・1972年12月
- [6]1971年10月 苫小牧出張所を開設し北海道地区の店舗展開を開始、1972年12月 社名をカナモトに変更
- [11]1971年10月 苫小牧出張所を開設し北海道地区の店舗展開を開始、1972年12月 社名をカナモトに変更
1979年〜売上99億円で選んだ非同族化と、オリエント・リースと北海道拓殖銀行の資本参加
1979年9月、カナモトは青森県に八戸支店を開設し、東北地区での店舗展開を始めた。1992年の講演で社長は、多店化の理由として、既存店が地区内で高いシェアを得ており追加の伸びを見込みにくい事情を挙げた。加えて保有する建機を効率よく回すには、機械を互いに融通できる近隣の僚店が要ると説明した。北海道は明治以来、公共事業への依存が高い地域で、カナモトは道内を固めた後、隣接し官依存も比較的高い東北へ出た。1995年の投資家向けの記事が、室蘭から北海道へ、さらに東北へと進んだ歩みに付けた呼び名は「脱」北海道。地続きで僚店網を延ばせる東北は、民需の厚い関東へ向かう前の中継地だったとみられる。
- 有価証券報告書【沿革】 1979年9月
- [12]1979年9月 青森県上北郡に八戸支店を開設し東北地区の店舗展開を開始
- 証券アナリストジャーナル 30(2) 1992年1月(金本寛中氏)
- [13]多店化の理由は既存店のシェアが高く伸びを期待しにくいことと、資産の効率運用に僚店が必要なこと。官依存の高い北海道を固め、隣接の東北へ進出
- [14]多店化の理由は既存店のシェアが高く伸びを期待しにくいことと、資産の効率運用に僚店が必要なこと。官依存の高い北海道を固め、隣接の東北へ進出
- [15]多店化の理由は既存店のシェアが高く伸びを期待しにくいことと、資産の効率運用に僚店が必要なこと。官依存の高い北海道を固め、隣接の東北へ進出
- Japanese investor 6(1)(11) 1995「「カナモト」――「脱」思想で全国展開を目指す建機レンタル業大手」(NDL pid2214999 コマ10-14。当社の記事は L265〜L440)
- [16]発祥の地・室蘭から北海道へ、そして東北へと「脱」北海道を果たした
1979年度に売上高が99億円に達すると、カナモトは同族経営を続けるか、外部資本を入れて非同族化するかの判断を迫られた。経営陣は非同族化を選び、オリエント・リース(現オリックス)と業務提携し、株式の10%を持つよう依頼した。あわせて取引の中心だった北海道拓殖銀行にも株主となるよう求め、外部の株主を迎えた。当時の売上に占めるレンタルの比率は38%で、鉄鋼の62%に対し設立時の2%弱から大きく上がっていた。1980年11月には株式の額面を500円から50円に改めるため、室蘭の室蘭鋼業と合併した。リース会社と銀行を株主に得たことが、1983年の千葉営業所による関東進出を支える資本の裏付けになったと思われる。
- 証券アナリストジャーナル 31(8) 1993年7月(金本寛中氏)
- [17]1979年度に売上高99億円となり、同族経営の継続か非同族化かを自問し非同族化を選択、オリエント・リースと業務提携し株式保有を依頼(1993年時点で10%)
- [18]1979年度に売上高99億円となり、同族経営の継続か非同族化かを自問し非同族化を選択、オリエント・リースと業務提携し株式保有を依頼(1993年時点で10%)
- 証券アナリストジャーナル 30(2) 1992年1月(金本寛中氏)
- [19]オリエントリースに10%の株式保有を依頼、北海道拓殖銀行にも株式を取得してもらう。この時点の売上構成は鉄鋼62%・レンタル38%
- [20]オリエントリースに10%の株式保有を依頼、北海道拓殖銀行にも株式を取得してもらう。この時点の売上構成は鉄鋼62%・レンタル38%
- 有価証券報告書【沿革】 1980年11月
- [21]1980年11月 株式額面を500円から50円に変更するため室蘭鋼業と合併
参考文献[12]-[21]
- 有価証券報告書【沿革】 1979年9月
- [12]1979年9月 青森県上北郡に八戸支店を開設し東北地区の店舗展開を開始
- 証券アナリストジャーナル 30(2) 1992年1月(金本寛中氏)
- [13]多店化の理由は既存店のシェアが高く伸びを期待しにくいことと、資産の効率運用に僚店が必要なこと。官依存の高い北海道を固め、隣接の東北へ進出
- [14]多店化の理由は既存店のシェアが高く伸びを期待しにくいことと、資産の効率運用に僚店が必要なこと。官依存の高い北海道を固め、隣接の東北へ進出
- [15]多店化の理由は既存店のシェアが高く伸びを期待しにくいことと、資産の効率運用に僚店が必要なこと。官依存の高い北海道を固め、隣接の東北へ進出
- [19]オリエントリースに10%の株式保有を依頼、北海道拓殖銀行にも株式を取得してもらう。この時点の売上構成は鉄鋼62%・レンタル38%
- [20]オリエントリースに10%の株式保有を依頼、北海道拓殖銀行にも株式を取得してもらう。この時点の売上構成は鉄鋼62%・レンタル38%
- Japanese investor 6(1)(11) 1995「「カナモト」――「脱」思想で全国展開を目指す建機レンタル業大手」(NDL pid2214999 コマ10-14。当社の記事は L265〜L440)
- [16]発祥の地・室蘭から北海道へ、そして東北へと「脱」北海道を果たした
- 証券アナリストジャーナル 31(8) 1993年7月(金本寛中氏)
- [17]1979年度に売上高99億円となり、同族経営の継続か非同族化かを自問し非同族化を選択、オリエント・リースと業務提携し株式保有を依頼(1993年時点で10%)
- [18]1979年度に売上高99億円となり、同族経営の継続か非同族化かを自問し非同族化を選択、オリエント・リースと業務提携し株式保有を依頼(1993年時点で10%)
- 有価証券報告書【沿革】 1980年11月
- [21]1980年11月 株式額面を500円から50円に変更するため室蘭鋼業と合併
出典・参考
8件
- 有価証券報告書【沿革】 1964年10月
- 有価証券報告書【沿革】 1971年10月・1972年12月
- 有価証券報告書【沿革】 1979年9月
- 有価証券報告書【沿革】 1980年11月
- 証券アナリストジャーナル 30(2) 1992年1月(金本寛中氏)
- 証券アナリストジャーナル 31(8) 1993年7月(金本寛中氏)
- Japanese investor 6(1)(11) 1995「「カナモト」――「脱」思想で全国展開を目指す建機レンタル業大手」(NDL pid2214999 コマ10-14。当社の記事は L265〜L440)
- 証券 48(5)(566) 1996年(新規上場会社紹介)