日本エスコン:デザート・インの設立と分譲マンション事業への参入
1995年〜大阪・北区の設計事務所デザート・インと、西宮駅前のネバーランドで入った分譲マンション
日本エスコンの前身は、1995年4月に設立された株式会社デザート・インである。有価証券報告書の沿革は、大阪市北区菅原町で設立した会社の目的を、建築の設計及び管理事業と記している。宅地建物取引業の免許を得たのは翌1996年6月で、設立から1年余りは不動産の取引を事業にしていなかった。2001年9月の会社概要では、設立から6年余りを経た時点で直江啓文氏が代表取締役を務めていた。2008年8月の中間決算短信は、直江啓文氏を創業者の一人に挙げ、経営戦略の決定から事業化までを担う人物と位置づけた。設計と管理の請負から入ったことが、在庫を抱えずに土地と建物を読む力を蓄える足場になったのだろう。
- 日本エスコン Annual Report 2007(英文)
- [1]1995年4月、日本エスコンの前身 DESERT INN Ltd. が設立された
- 日本エスコン 有価証券報告書【沿革】
- [2]1995/4 大阪市北区菅原町で建築の設計及び管理事業を目的にデザート・イン設立。1996/6 宅地建物取引業の大阪府知事免許を取得
- [3]1995/4 大阪市北区菅原町で建築の設計及び管理事業を目的にデザート・イン設立。1996/6 宅地建物取引業の大阪府知事免許を取得
- 日本エスコン 会社概要(2001年9月)
- [4]2001年9月時点の代表取締役は直江啓文
- 日本エスコン 平成20年12月期 中間決算短信(2008年8月)
- [5]直江啓文は創業者の一人で取締役社長。経営方針・戦略の決定から事業化・事業推進まで重要な役割を担う
デザート・インは1996年4月に商号を日本エスコンへ改め、本社を大阪市北区西天満へ移して営業の準備に入った。同年6月には大阪府知事から宅地建物取引業の免許を受け、不動産関連業務受託事業を始めた。受託の中身は、マンション事業を事業化する際のコンサルティングと建築の許認可申請で、同業の競合他社からも仕事を受けた。8月には奈良市帝塚山の用地を大手デベロッパー向けに取得し、これが不動産企画販売事業の最初の案件になった。企画販売は、土地を仕入れて許認可と商品企画を整え、ほかの事業者に販売する事業である。設計で得た許認可と建物の知識を用地の価値に変え、完成品の在庫を持たずに不動産の収益を得る狙いがあったと思われる。
- 日本エスコン Fact Book 2007(第12期)
- [6]1996.4 商号を日本エスコンに変更し本社を大阪市北区西天満へ移転、営業準備を開始
- 日本エスコン Annual Report 2007(英文)
- [7]1996年6月、大阪府知事の宅地建物取引業免許を受け、不動産関連の受託事業を開始
- 日本エスコン 会社概要(2001年9月)
- [8]受託事業はマンション事業の事業化コンサルティング・許認可申請で同業他社からも受注。1996年8月に奈良市帝塚山で大手デベロッパー向けに用地取得。企画販売は土地仕入れ・許認可・商品企画を経て他事業者に販売
- [9]受託事業はマンション事業の事業化コンサルティング・許認可申請で同業他社からも受注。1996年8月に奈良市帝塚山で大手デベロッパー向けに用地取得。企画販売は土地仕入れ・許認可・商品企画を経て他事業者に販売
- [10]受託事業はマンション事業の事業化コンサルティング・許認可申請で同業他社からも受注。1996年8月に奈良市帝塚山で大手デベロッパー向けに用地取得。企画販売は土地仕入れ・許認可・商品企画を経て他事業者に販売
日本エスコンは1997年12月、「ネバーランド西宮駅前」の開発に着手し、分譲マンション事業に参入した。2001年9月の会社概要は分譲マンションを中核事業に位置づけた。自社ブランド「ネバーランド」は、50〜100戸ほどの中規模の物件で、専有面積80㎡前後、価格3000万円前後が標準。京阪神地区の供給戸数は1999年の31戸から2000年の214戸へ積み上がり、1,000戸の早期達成を短期計画に掲げた。2008年8月の中間決算短信は、営業の部隊を置かずに用地と企画へ人員を絞る体制が、立地・仕様・価格の競争優位を生むと説明した。企画販売で他社に卸していた用地と企画を自社の名で売れば、粗利を自社に残せると判断したとみられる。
- 日本エスコン 会社概要(2001年9月)
- [11]1997年12月「ネバーランド西宮駅前」で分譲マンション事業に進出。ネバーランドは50〜100戸・80㎡前後・3000万円前後、販売は外部委託。京阪神の供給戸数は1999年31・2000年214、1,000戸の早期達成を短期計画に
- [12]1997年12月「ネバーランド西宮駅前」で分譲マンション事業に進出。ネバーランドは50〜100戸・80㎡前後・3000万円前後、販売は外部委託。京阪神の供給戸数は1999年31・2000年214、1,000戸の早期達成を短期計画に
- [13]1997年12月「ネバーランド西宮駅前」で分譲マンション事業に進出。ネバーランドは50〜100戸・80㎡前後・3000万円前後、販売は外部委託。京阪神の供給戸数は1999年31・2000年214、1,000戸の早期達成を短期計画に
- [14]1997年12月「ネバーランド西宮駅前」で分譲マンション事業に進出。ネバーランドは50〜100戸・80㎡前後・3000万円前後、販売は外部委託。京阪神の供給戸数は1999年31・2000年214、1,000戸の早期達成を短期計画に
- 日本エスコン 平成20年12月期 中間決算短信(2008年8月)
- [15]販売部隊を持たず用地仕入を含む商品企画に特化し、立地・質・価格で競争力を持つと説明
参考文献[1]-[15]
- 日本エスコン Annual Report 2007(英文)
- [1]1995年4月、日本エスコンの前身 DESERT INN Ltd. が設立された
- [7]1996年6月、大阪府知事の宅地建物取引業免許を受け、不動産関連の受託事業を開始
- 日本エスコン 有価証券報告書【沿革】
- [2]1995/4 大阪市北区菅原町で建築の設計及び管理事業を目的にデザート・イン設立。1996/6 宅地建物取引業の大阪府知事免許を取得
- [3]1995/4 大阪市北区菅原町で建築の設計及び管理事業を目的にデザート・イン設立。1996/6 宅地建物取引業の大阪府知事免許を取得
- 日本エスコン 会社概要(2001年9月)
- [4]2001年9月時点の代表取締役は直江啓文
- [8]受託事業はマンション事業の事業化コンサルティング・許認可申請で同業他社からも受注。1996年8月に奈良市帝塚山で大手デベロッパー向けに用地取得。企画販売は土地仕入れ・許認可・商品企画を経て他事業者に販売
- [9]受託事業はマンション事業の事業化コンサルティング・許認可申請で同業他社からも受注。1996年8月に奈良市帝塚山で大手デベロッパー向けに用地取得。企画販売は土地仕入れ・許認可・商品企画を経て他事業者に販売
- [10]受託事業はマンション事業の事業化コンサルティング・許認可申請で同業他社からも受注。1996年8月に奈良市帝塚山で大手デベロッパー向けに用地取得。企画販売は土地仕入れ・許認可・商品企画を経て他事業者に販売
- [11]1997年12月「ネバーランド西宮駅前」で分譲マンション事業に進出。ネバーランドは50〜100戸・80㎡前後・3000万円前後、販売は外部委託。京阪神の供給戸数は1999年31・2000年214、1,000戸の早期達成を短期計画に
- [12]1997年12月「ネバーランド西宮駅前」で分譲マンション事業に進出。ネバーランドは50〜100戸・80㎡前後・3000万円前後、販売は外部委託。京阪神の供給戸数は1999年31・2000年214、1,000戸の早期達成を短期計画に
- [13]1997年12月「ネバーランド西宮駅前」で分譲マンション事業に進出。ネバーランドは50〜100戸・80㎡前後・3000万円前後、販売は外部委託。京阪神の供給戸数は1999年31・2000年214、1,000戸の早期達成を短期計画に
- [14]1997年12月「ネバーランド西宮駅前」で分譲マンション事業に進出。ネバーランドは50〜100戸・80㎡前後・3000万円前後、販売は外部委託。京阪神の供給戸数は1999年31・2000年214、1,000戸の早期達成を短期計画に
- 日本エスコン 平成20年12月期 中間決算短信(2008年8月)
- [5]直江啓文は創業者の一人で取締役社長。経営方針・戦略の決定から事業化・事業推進まで重要な役割を担う
- [15]販売部隊を持たず用地仕入を含む商品企画に特化し、立地・質・価格で競争力を持つと説明
- 日本エスコン Fact Book 2007(第12期)
- [6]1996.4 商号を日本エスコンに変更し本社を大阪市北区西天満へ移転、営業準備を開始
2000年〜国立市で始めた首都圏の分譲と、売上895億円の過去最高
2000年2月、日本エスコンは東京都中央区八丁堀に東京支店を開設。同年7月に建設大臣から宅地建物取引業の免許を受け、東京都国立市で用地を取得して首都圏の分譲マンションに参入した。2001年9月の会社概要は、首都圏市場への本格的な進出を短期計画に掲げ、エリアのリスクを避けるため複数の商圏で供給を広げると記している。日本エスコンが公募750株と売出640株で株式を公開したのは、2001年8月30日である。日本証券業協会への店頭登録の翌月には東京支店を東京本店へ改組し、2003年5月には本店を千代田区内幸町へ移した。首都圏の用地を取得する資金と、取引先からの信用を、株式の公開で得ようとしたと推測される。
- 日本エスコン Fact Book 2007(第12期)
- [16]2000.2 東京都中央区八丁堀に東京支店開設。2000.7 建設大臣免許を取得し、東京都国立市で分譲マンション事業の首都圏進出を開始
- [17]2000.2 東京都中央区八丁堀に東京支店開設。2000.7 建設大臣免許を取得し、東京都国立市で分譲マンション事業の首都圏進出を開始
- 日本エスコン 会社概要(2001年9月)
- [18]短期計画にエリアリスクを回避する複数商圏での供給拡充。公募750株・売出640株、上場日8月30日
- [19]短期計画にエリアリスクを回避する複数商圏での供給拡充。公募750株・売出640株、上場日8月30日
- 日本エスコン 有価証券報告書【沿革】
- [20]2001/8 日本証券業協会に店頭登録。2001/9 東京支店を東京本店に改組。2003/5 本店を千代田区内幸町に移転
日本エスコンは2006年12月期にアセット開発事業を独立のセグメントに立て、売上高15,288百万円、営業利益2,984百万円を計上した。連結売上高は2006年12月期の51,842百万円から2007年12月期の89,546百万円へ増え、当期純利益は4,473百万円になった。2007年12月期の分譲事業は「ネバーランド」を中心に801戸を売り上げた。Annual Report 2007で直江啓文氏は、販売部隊を持たずに商品企画へ集中する少人数の専門家集団を強みに挙げた。同じ期末の有利子負債は76,736百万円で、格付の取得に伴いCPと社債へ調達先を広げた。分譲と企画販売に、物件を保有して売却するアセット開発を重ねたことで、売上の規模が借入れとともに膨らんだと考えられる。
- 日本エスコン Fact Book 2007(第12期)
- [21]2006年12月期にアセット開発事業のセグメントを新設、売上高15,288百万円・営業利益2,984百万円
- 日本エスコン Fact Book 2010(第16期)
- [22]連結売上高 2006年12月期51,842百万円・2007年12月期89,546百万円、当期純利益 2,910百万円・4,473百万円
- 日本エスコン Annual Report 2007(英文)
- [23]2007年12月期の分譲は Neverland 中心に801戸。社長 Hirofumi Naoe は営業部隊を持たず商品企画に集中する少数の専門家を強みとする。有利子負債76,736百万円、格付取得でCP・社債が増加
- [24]2007年12月期の分譲は Neverland 中心に801戸。社長 Hirofumi Naoe は営業部隊を持たず商品企画に集中する少数の専門家を強みとする。有利子負債76,736百万円、格付取得でCP・社債が増加
- [25]2007年12月期の分譲は Neverland 中心に801戸。社長 Hirofumi Naoe は営業部隊を持たず商品企画に集中する少数の専門家を強みとする。有利子負債76,736百万円、格付取得でCP・社債が増加
参考文献[16]-[25]
- 日本エスコン Fact Book 2007(第12期)
- [16]2000.2 東京都中央区八丁堀に東京支店開設。2000.7 建設大臣免許を取得し、東京都国立市で分譲マンション事業の首都圏進出を開始
- [17]2000.2 東京都中央区八丁堀に東京支店開設。2000.7 建設大臣免許を取得し、東京都国立市で分譲マンション事業の首都圏進出を開始
- [21]2006年12月期にアセット開発事業のセグメントを新設、売上高15,288百万円・営業利益2,984百万円
- 日本エスコン 会社概要(2001年9月)
- [18]短期計画にエリアリスクを回避する複数商圏での供給拡充。公募750株・売出640株、上場日8月30日
- [19]短期計画にエリアリスクを回避する複数商圏での供給拡充。公募750株・売出640株、上場日8月30日
- 日本エスコン 有価証券報告書【沿革】
- [20]2001/8 日本証券業協会に店頭登録。2001/9 東京支店を東京本店に改組。2003/5 本店を千代田区内幸町に移転
- 日本エスコン Fact Book 2010(第16期)
- [22]連結売上高 2006年12月期51,842百万円・2007年12月期89,546百万円、当期純利益 2,910百万円・4,473百万円
- 日本エスコン Annual Report 2007(英文)
- [23]2007年12月期の分譲は Neverland 中心に801戸。社長 Hirofumi Naoe は営業部隊を持たず商品企画に集中する少数の専門家を強みとする。有利子負債76,736百万円、格付取得でCP・社債が増加
- [24]2007年12月期の分譲は Neverland 中心に801戸。社長 Hirofumi Naoe は営業部隊を持たず商品企画に集中する少数の専門家を強みとする。有利子負債76,736百万円、格付取得でCP・社債が増加
- [25]2007年12月期の分譲は Neverland 中心に801戸。社長 Hirofumi Naoe は営業部隊を持たず商品企画に集中する少数の専門家を強みとする。有利子負債76,736百万円、格付取得でCP・社債が増加
2008年〜純損失108.9億円の2008年12月期と、伊藤貴俊氏の社長就任
日本エスコンは2008年12月期に連結売上高35,492百万円を計上し、当期純損失は10,895百万円にのぼった。2008年8月の中間決算短信は、サブプライムローン問題と建築資材の高騰、金融機関の不動産向け融資の厳格化で取引が減速したと説明した。中間期の売上高は12,569百万円で前年同期比52.3%減となり、不動産企画販売事業の売上高は4百万円にとどまった。中間期の純利益は235百万円で、8月時点の個別業績予想も通期の当期純利益を2,000百万円としていた。2008年12月期の営業キャッシュフローは21,518百万円の支出、期末の棚卸資産は59,322百万円。融資が絞られた下期に保有用地と仕掛物件の評価を下げ、損失が一度に表れたと推察される。
- 日本エスコン Fact Book 2012(第18期)
- [26]2008年12月期 連結売上高35,492百万円・当期純損失10,895百万円・営業CF△21,518百万円・棚卸資産59,322百万円
- [30]2008年12月期 連結売上高35,492百万円・当期純損失10,895百万円・営業CF△21,518百万円・棚卸資産59,322百万円
- 日本エスコン 平成20年12月期 中間決算短信(2008年8月)
- [27]サブプライム問題・建築資材高騰・金融機関の不動産融資厳格化で不動産取引が減速。中間売上高12,569百万円(52.3%減)、企画販売4百万円、中間純利益235百万円、通期個別純利益予想2,000百万円
- [28]サブプライム問題・建築資材高騰・金融機関の不動産融資厳格化で不動産取引が減速。中間売上高12,569百万円(52.3%減)、企画販売4百万円、中間純利益235百万円、通期個別純利益予想2,000百万円
- [29]サブプライム問題・建築資材高騰・金融機関の不動産融資厳格化で不動産取引が減速。中間売上高12,569百万円(52.3%減)、企画販売4百万円、中間純利益235百万円、通期個別純利益予想2,000百万円
日本エスコンは2009年12月期も売上総損失3,601百万円を出し、当期純損失8,685百万円を計上した。純資産は2008年12月期末の10,611百万円から2,907百万円へ減り、総資産は96,366百万円から63,309百万円に縮んだ。伊藤貴俊氏は2001年9月に入社し、2006年2月に執行役員、2007年3月に常務取締役、2010年11月に事業本部長となった。2011年3月、伊藤貴俊氏が代表取締役社長に就任した。2010年12月期の当期純利益522百万円に続き、社長交代の年の2011年12月期も当期純利益262百万円の黒字だった。2期で計195億円余りの純損失を出したあと、執行役員から事業本部長まで事業の側を歩いた伊藤貴俊氏に代を移したのは、物件の売却と用地の選び直しを現場の判断で進めるためだったと推察される。
- 日本エスコン Fact Book 2010(第16期)
- [31]2009年12月期 売上総損失3,601百万円・当期純損失8,685百万円、純資産10,611→2,907百万円、総資産96,366→63,309百万円
- [32]2009年12月期 売上総損失3,601百万円・当期純損失8,685百万円、純資産10,611→2,907百万円、総資産96,366→63,309百万円
- 日本エスコン 有価証券報告書【役員の状況】
- [33]伊藤貴俊 2001年9月入社、2006年2月執行役員、2007年3月常務取締役、2010年11月事業本部長、2011年3月代表取締役社長
- [34]伊藤貴俊 2001年9月入社、2006年2月執行役員、2007年3月常務取締役、2010年11月事業本部長、2011年3月代表取締役社長
- 日本エスコン Fact Book 2012(第18期)
- [35]当期純利益 2010年12月期522百万円・2011年12月期262百万円
日本エスコンは2012年12月期に連結売上高10,184百万円、当期純利益392百万円を計上し、2010年12月期から3期続けて黒字を保った。総資産は2008年12月期末の96,366百万円から45,910百万円へ半減し、純資産は4,212百万円になった。2012年3月には東京本社の所在地を千代田区内神田二丁目へ移した。同年11月20日に18,000株の第三者割当増資を実施し、12月1日付で1株を100株とする株式分割を行った。2012年12月期末の資本金は42億7,091万円、連結従業員は54名だった。資産を半分以下に圧縮して黒字を保ったことが、物件を投資法人へ組み入れる次の構想の前提になったと読める。
- 日本エスコン Fact Book 2012(第18期)
- [36]2012年12月期 売上高10,184百万円・当期純利益392百万円、総資産45,910百万円・純資産4,212百万円。2012/11/20 第三者割当増資18,000株、2012/12/1 1株を100株に分割。資本金42億7,091万円、従業員54名(連結)
- [37]2012年12月期 売上高10,184百万円・当期純利益392百万円、総資産45,910百万円・純資産4,212百万円。2012/11/20 第三者割当増資18,000株、2012/12/1 1株を100株に分割。資本金42億7,091万円、従業員54名(連結)
- [39]2012年12月期 売上高10,184百万円・当期純利益392百万円、総資産45,910百万円・純資産4,212百万円。2012/11/20 第三者割当増資18,000株、2012/12/1 1株を100株に分割。資本金42億7,091万円、従業員54名(連結)
- [40]2012年12月期 売上高10,184百万円・当期純利益392百万円、総資産45,910百万円・純資産4,212百万円。2012/11/20 第三者割当増資18,000株、2012/12/1 1株を100株に分割。資本金42億7,091万円、従業員54名(連結)
- 日本エスコン 有価証券報告書【沿革】
- [38]2012/3 東京本社を東京都千代田区内神田二丁目15番9号に移転
参考文献[26]-[40]
- 日本エスコン Fact Book 2012(第18期)
- [26]2008年12月期 連結売上高35,492百万円・当期純損失10,895百万円・営業CF△21,518百万円・棚卸資産59,322百万円
- [30]2008年12月期 連結売上高35,492百万円・当期純損失10,895百万円・営業CF△21,518百万円・棚卸資産59,322百万円
- [35]当期純利益 2010年12月期522百万円・2011年12月期262百万円
- [36]2012年12月期 売上高10,184百万円・当期純利益392百万円、総資産45,910百万円・純資産4,212百万円。2012/11/20 第三者割当増資18,000株、2012/12/1 1株を100株に分割。資本金42億7,091万円、従業員54名(連結)
- [37]2012年12月期 売上高10,184百万円・当期純利益392百万円、総資産45,910百万円・純資産4,212百万円。2012/11/20 第三者割当増資18,000株、2012/12/1 1株を100株に分割。資本金42億7,091万円、従業員54名(連結)
- [39]2012年12月期 売上高10,184百万円・当期純利益392百万円、総資産45,910百万円・純資産4,212百万円。2012/11/20 第三者割当増資18,000株、2012/12/1 1株を100株に分割。資本金42億7,091万円、従業員54名(連結)
- [40]2012年12月期 売上高10,184百万円・当期純利益392百万円、総資産45,910百万円・純資産4,212百万円。2012/11/20 第三者割当増資18,000株、2012/12/1 1株を100株に分割。資本金42億7,091万円、従業員54名(連結)
- 日本エスコン 平成20年12月期 中間決算短信(2008年8月)
- [27]サブプライム問題・建築資材高騰・金融機関の不動産融資厳格化で不動産取引が減速。中間売上高12,569百万円(52.3%減)、企画販売4百万円、中間純利益235百万円、通期個別純利益予想2,000百万円
- [28]サブプライム問題・建築資材高騰・金融機関の不動産融資厳格化で不動産取引が減速。中間売上高12,569百万円(52.3%減)、企画販売4百万円、中間純利益235百万円、通期個別純利益予想2,000百万円
- [29]サブプライム問題・建築資材高騰・金融機関の不動産融資厳格化で不動産取引が減速。中間売上高12,569百万円(52.3%減)、企画販売4百万円、中間純利益235百万円、通期個別純利益予想2,000百万円
- 日本エスコン Fact Book 2010(第16期)
- [31]2009年12月期 売上総損失3,601百万円・当期純損失8,685百万円、純資産10,611→2,907百万円、総資産96,366→63,309百万円
- [32]2009年12月期 売上総損失3,601百万円・当期純損失8,685百万円、純資産10,611→2,907百万円、総資産96,366→63,309百万円
- 日本エスコン 有価証券報告書【役員の状況】
- [33]伊藤貴俊 2001年9月入社、2006年2月執行役員、2007年3月常務取締役、2010年11月事業本部長、2011年3月代表取締役社長
- [34]伊藤貴俊 2001年9月入社、2006年2月執行役員、2007年3月常務取締役、2010年11月事業本部長、2011年3月代表取締役社長
- 日本エスコン 有価証券報告書【沿革】
- [38]2012/3 東京本社を東京都千代田区内神田二丁目15番9号に移転
1995年〜2012年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 経常利益 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 利益率 | 億円 | |||
| 1995年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1996年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1997年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1998年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1999年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2000年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2001年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2002年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2003年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2004年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2005年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2006年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2007年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2008年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2009年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2010年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2011年12月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2012年12月期 | 連結 | 102 | n/a | 9 | 8.8% | 4 | n/a |
出典・参考
8件
- 日本エスコン 平成20年12月期 中間決算短信(2008年8月)
- 日本エスコン 有価証券報告書【沿革】
- 日本エスコン 有価証券報告書【役員の状況】
- 日本エスコン 会社概要(2001年9月)
- 日本エスコン Annual Report 2007(英文)
- 日本エスコン Fact Book 2007(第12期)
- 日本エスコン Fact Book 2010(第16期)
- 日本エスコン Fact Book 2012(第18期)