福田千里

大和証券グループ本社・元取締役社長

Fukuda Chisato(敬称略)

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社長就任 1957年11月
生年月日 1896年1月1日
学歴 京都帝国大学経済学部
出自 藤本ビルブローカー銀行
社長就任までの出自
出自

京都帝国大学の卒業を前に、財政学の小川郷太郎教授の紹介で大阪の藤本ビルブローカー銀行へ入った。手形の割引と再割引を業とする会社で、面接したのは谷村一太郎専務だった。証券投資組合部の初代部長を務め、この投資組合は1951年6月施行の投資信託法へつながった。台北勤務を経て1942年1月に大阪本店へ戻って債券部長に就任し、戦時中は国債の売りさばきを担った。1943年6月、債券部長のまま取締役に選ばれた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

大和証券は1943年12月、藤本証券が日本信託銀行と合併して発足した会社で、資本金1875万円、本店を東京に置いた。社名は当時の日本銀行総裁だった結城豊太郎氏が名付けた。福田氏は債券部長兼取締役として合併の当事者にいて、副社長を経て1957年11月に社長へ就任した。就任前年度の1956年9月期は売上高34.55億円、経常利益5.69億円だった。

在任中の主な施策
施策

在任中に業容は4倍になった。売上高は就任年度の1957年9月期の36.56億円から、1959年9月期に97.62億円、1962年9月期には146.66億円へ伸びた。1962年9月期の従業員は6932人だった。この間、筆頭株主は住友銀行で、持株比率は1960年9月期の3.1%から1962年9月期の5.0%へ上がった。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1896〜1968年
在任中の業績
就任前(FY56)37億円
退任時-
変化-
就任前(FY56)28.4%
退任時-
変化-
参考文献 1件

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