乾恒雄

オリックス・元代表取締役社長

Inui Tsuneo(敬称略)

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社長就任 1967年8月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1933年3月に慶應義塾大学経済学部を卒業して三十四銀行(現・三和銀行)へ入行し、1963年5月に取締役ニューヨーク支店長へ就任した。オリエント・リースは1964年4月17日、日綿実業・日商・岩井産業の三商社と三和銀行ほか四行が出資して設立された。乾氏は設立と同時に代表取締役副社長へ移り、初代社長を兼任した日綿実業社長の福井慶三氏に代わって実務を引き受けた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1967年8月、初代社長を兼ねた福井慶三氏に代わって社長へ昇格した。設立3年目には出向社員をすべて出資各社へ帰し、プロパー社員だけの体制へ切り替えている。1964年9月期に500万円だった売上高は、1967年9月期に17億円まで伸びた。出向者を借りて始めた会社が自前の組織になった時期で、兼任の社長を専任の経営者へ替える交代だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

大株主である三和銀行やニチメンの幹部からは、上場のために設立した会社ではないとの不満が出ていたが、それを説得して株式公開にこぎつけた。上場先は大阪証券取引所市場第二部で、時期は1970年4月である。海外拠点の第一号は1971年9月の香港だった。その後、1973年9月にマレーシア、1975年4月にインドネシアへと拠点を広げた。1973年には、日本企業で初となるアジアダラー債の発行に踏み切った。国内では子会社の設立が続いた。1972年のオリエント・リース・インテリアのあと、自動車リース、測器レンタル、信販の各社を設けている。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1933〜1980年
在任中の業績
就任前(FY66)17億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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