フクダ電子の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

製品より先に、それを据えて保守する拠点の数を増やしてきた。1951年に慶応義塾大学医学部の笹本浩氏が持ち帰った熱ペン直記式心電計を手本に、福田エレクトロ製作は同年8月、国産で初めて同方式の製造に成功した。撮影式の3倍という価格を付けたこの機種に社運を置き、東京だけに営業部員を配する売り方をやめて、1953年に大阪・福岡・札幌、1955年に仙台へ営業所を開設している。福田孝社長は現地へ赴き、午前に候補地を決め、午後に求人広告の応募者を面接して採用まで決めた。1958年3月には販売部門を福田エレクトロ総販売として分離し、1962年からは各地の支店を販売会社へ切り替えている。1969年10月には実弟の福田統治氏が率いるフクダ医療電機と対等合併し、フクダ電子が発足した。

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