決断
製品を入れ替えても、工場の技術は替えずに使い続けてきた会社である。1945年の転換では、航空機部品で得たプレス技術をそのままホッチキスへ振り向け、設備と技能を残して製品だけを替えた。1949年には販売を別法人のスマート製販へ切り出し、製造と販売を分けて販売店網の育成を急いだ。1954年と1955年には二社の商号をマックスの名で揃えている。その後、高崎工場で製図機械まで品目を広げたが、機工品と製図機は高度な技術と多額の資金、事務用品とは別の販路を要し、自前の体制だけでは賄いきれない課題を抱えた。