第1章 年〜年

マースグループホールディングス:マースエンジニアリングの設立とカシオ計算機の特約店契約

1974年〜高千穂交易出身の9人が興したマースエンジニアリングと、市況情報システムTX-14

マースエンジニアリングは1974年9月、東京都新宿区新宿で設立された。目的は各種電子機器の設計・試作と製造・販売。1993年時点の役員12名のうち、社長の松波廣和氏を含む9名は高千穂交易の出身で、設立時にともに独立した仲間にあたる。9名は当時の先端技術だったデータ送信を生かし、自社の商標を付けた製品を設計・製造するために独立を決めた。設立の年は石油ショックの翌年にあたり、景気は不況のただ中にあった。社名のマースは、戦をつかさどるローマ神話の神マルスから取った。商社で他社の製品を扱う立場を離れ、自ら製品を設計する立場へ移ることが、不況下でも独立を選んだ理由だったとみられる。

  • マースエンジニアリング 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1974年9月、東京都新宿区新宿に各種電子機器の設計・試作・製造・販売を目的としてマースエンジニアリングを設立
    • [2]1974年9月、東京都新宿区新宿に各種電子機器の設計・試作・製造・販売を目的としてマースエンジニアリングを設立
  • 証券アナリストジャーナル 32巻1号 1993年12月 別冊付録
    • [3]役員12名中、松波廣和氏を含む9名が高千穂交易出身。データ送信技術を生かし自社ブランド機を作る志で独立。石油ショック翌年の不況下。社名は戦の神マルスに由来
    • [4]役員12名中、松波廣和氏を含む9名が高千穂交易出身。データ送信技術を生かし自社ブランド機を作る志で独立。石油ショック翌年の不況下。社名は戦の神マルスに由来
    • [5]役員12名中、松波廣和氏を含む9名が高千穂交易出身。データ送信技術を生かし自社ブランド機を作る志で独立。石油ショック翌年の不況下。社名は戦の神マルスに由来
    • [6]役員12名中、松波廣和氏を含む9名が高千穂交易出身。データ送信技術を生かし自社ブランド機を作る志で独立。石油ショック翌年の不況下。社名は戦の神マルスに由来

マースエンジニアリングの開発第1号は「市況情報システムTX-14」。最新の株価を電話回線で送信し、受信先で新聞の組版を作成するシステムである。TX-14で確立した送信の技術は、のちにラジオ欄やテレビ欄のデータ送信にも応用された。端末機は自社の商標で製造し、1993年から見て3〜4年前まで手がけた。設立当初の開発には、市況情報システムのほか図書館業務の管理システムも含まれた。創業期は特定の業界や顧客に事業を絞り込まず、幅広い分野で製品の開発を進めた。創業の動機だったデータ送信の技術をそのまま製品にできる分野として、株価の電送を最初の製品の題材に選んだと推察される。

  • 証券アナリストジャーナル 32巻1号 1993年12月 別冊付録
    • [7]開発第1号は市況情報システムTX-14。株価を電話回線で送り新聞組版を作成。ラジオ・テレビ欄のデータ送信にも応用。端末機は1993年の3〜4年前まで自社ブランドで製造。創業当初は対象業界を絞らず広範囲に展開
    • [8]開発第1号は市況情報システムTX-14。株価を電話回線で送り新聞組版を作成。ラジオ・テレビ欄のデータ送信にも応用。端末機は1993年の3〜4年前まで自社ブランドで製造。創業当初は対象業界を絞らず広範囲に展開
    • [9]開発第1号は市況情報システムTX-14。株価を電話回線で送り新聞組版を作成。ラジオ・テレビ欄のデータ送信にも応用。端末機は1993年の3〜4年前まで自社ブランドで製造。創業当初は対象業界を絞らず広範囲に展開
    • [10]開発第1号は市況情報システムTX-14。株価を電話回線で送り新聞組版を作成。ラジオ・テレビ欄のデータ送信にも応用。端末機は1993年の3〜4年前まで自社ブランドで製造。創業当初は対象業界を絞らず広範囲に展開
    • [12]開発第1号は市況情報システムTX-14。株価を電話回線で送り新聞組版を作成。ラジオ・テレビ欄のデータ送信にも応用。端末機は1993年の3〜4年前まで自社ブランドで製造。創業当初は対象業界を絞らず広範囲に展開
  • 実業往来 499 1994年1月号
    • [11]1974年設立。当初は市況情報システムや図書館業務の管理システムを開発
参考文献[1]-[12]
  • マースエンジニアリング 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1974年9月、東京都新宿区新宿に各種電子機器の設計・試作・製造・販売を目的としてマースエンジニアリングを設立
    • [2]1974年9月、東京都新宿区新宿に各種電子機器の設計・試作・製造・販売を目的としてマースエンジニアリングを設立
  • 証券アナリストジャーナル 32巻1号 1993年12月 別冊付録
    • [3]役員12名中、松波廣和氏を含む9名が高千穂交易出身。データ送信技術を生かし自社ブランド機を作る志で独立。石油ショック翌年の不況下。社名は戦の神マルスに由来
    • [4]役員12名中、松波廣和氏を含む9名が高千穂交易出身。データ送信技術を生かし自社ブランド機を作る志で独立。石油ショック翌年の不況下。社名は戦の神マルスに由来
    • [5]役員12名中、松波廣和氏を含む9名が高千穂交易出身。データ送信技術を生かし自社ブランド機を作る志で独立。石油ショック翌年の不況下。社名は戦の神マルスに由来
    • [6]役員12名中、松波廣和氏を含む9名が高千穂交易出身。データ送信技術を生かし自社ブランド機を作る志で独立。石油ショック翌年の不況下。社名は戦の神マルスに由来
    • [7]開発第1号は市況情報システムTX-14。株価を電話回線で送り新聞組版を作成。ラジオ・テレビ欄のデータ送信にも応用。端末機は1993年の3〜4年前まで自社ブランドで製造。創業当初は対象業界を絞らず広範囲に展開
    • [8]開発第1号は市況情報システムTX-14。株価を電話回線で送り新聞組版を作成。ラジオ・テレビ欄のデータ送信にも応用。端末機は1993年の3〜4年前まで自社ブランドで製造。創業当初は対象業界を絞らず広範囲に展開
    • [9]開発第1号は市況情報システムTX-14。株価を電話回線で送り新聞組版を作成。ラジオ・テレビ欄のデータ送信にも応用。端末機は1993年の3〜4年前まで自社ブランドで製造。創業当初は対象業界を絞らず広範囲に展開
    • [10]開発第1号は市況情報システムTX-14。株価を電話回線で送り新聞組版を作成。ラジオ・テレビ欄のデータ送信にも応用。端末機は1993年の3〜4年前まで自社ブランドで製造。創業当初は対象業界を絞らず広範囲に展開
    • [12]開発第1号は市況情報システムTX-14。株価を電話回線で送り新聞組版を作成。ラジオ・テレビ欄のデータ送信にも応用。端末機は1993年の3〜4年前まで自社ブランドで製造。創業当初は対象業界を絞らず広範囲に展開
  • 実業往来 499 1994年1月号
    • [11]1974年設立。当初は市況情報システムや図書館業務の管理システムを開発

1975年〜田無市の図書館に納めた図書館システムと、カシオ計算機の販売特約店契約

マースエンジニアリングは1975年、東京都田無市の市立図書館に図書館システムを納入した。図書館の業務は手順が多く、貸出や蔵書の記録に誤りが許されないため、機械化による省力化の余地が大きかった。松波廣和氏は1993年の寄稿で、全国に普及する前の段階からこの分野に着目したと振り返った。納入したシステムの記録媒体は、フロッピーディスク。システムは改良を重ねて「図書館システムmiL80」となり、田無市では1993年まで18年間使われ続けた。設立当初の開発品目にも、図書館業務の管理システムが挙がった。市況情報で培ったデータ処理の技術を、公共図書館という別の市場へ広げた最初の例だったのだろう。

  • 証券アナリストジャーナル 32巻1号 1993年12月 別冊付録
    • [13]1975年、東京都田無市立図書館に図書館システム(現miL80)を納入。図書館業務の省力化・合理化に先んじて注目。フロッピーディスクをファイルに採用。18年間継続使用
    • [14]1975年、東京都田無市立図書館に図書館システム(現miL80)を納入。図書館業務の省力化・合理化に先んじて注目。フロッピーディスクをファイルに採用。18年間継続使用
    • [15]1975年、東京都田無市立図書館に図書館システム(現miL80)を納入。図書館業務の省力化・合理化に先んじて注目。フロッピーディスクをファイルに採用。18年間継続使用
    • [16]1975年、東京都田無市立図書館に図書館システム(現miL80)を納入。図書館業務の省力化・合理化に先んじて注目。フロッピーディスクをファイルに採用。18年間継続使用
    • [17]1975年、東京都田無市立図書館に図書館システム(現miL80)を納入。図書館業務の省力化・合理化に先んじて注目。フロッピーディスクをファイルに採用。18年間継続使用
  • 実業往来 499 1994年1月号
    • [18]当初は市況情報システムや図書館業務の管理システムを開発

マースエンジニアリングは設立から1年3か月後の1975年12月、カシオ計算機とシステム機の販売特約店契約を結んだ。創業期の試作・開発品には、市況情報システムや図書館システムのほか、マイコンのソフト開発支援ツールや電卓プログラムの開発支援ツールも含まれる。環境モニタリング装置も手がけ、開発の実績を重ねて技術者集団としての信用を得た。1980年8月には遊技場向けの景品管理システムを開発し、販売を始めた。1981年10月には日本電気ともオフコンの販売取扱店契約を結んだ。自社製品の売上が育つ前の時期に、他社の機器を販売して収入と顧客との接点を得ることが、カシオ計算機との契約の狙いだったと思われる。

  • マースエンジニアリング 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1975年12月カシオ計算機とシステム機販売特約店契約。1980年8月遊技場向け景品管理システム発売。1981年10月日本電気とオフコン販売取扱店契約
    • [22]1975年12月カシオ計算機とシステム機販売特約店契約。1980年8月遊技場向け景品管理システム発売。1981年10月日本電気とオフコン販売取扱店契約
    • [23]1975年12月カシオ計算機とシステム機販売特約店契約。1980年8月遊技場向け景品管理システム発売。1981年10月日本電気とオフコン販売取扱店契約
  • 証券アナリストジャーナル 32巻1号 1993年12月 別冊付録
    • [20]創業期にマイコンのソフト開発支援ツール、電卓プログラム開発支援ツール、環境モニタリング装置を試作・開発し技術者集団として信用を形成
    • [21]創業期にマイコンのソフト開発支援ツール、電卓プログラム開発支援ツール、環境モニタリング装置を試作・開発し技術者集団として信用を形成
参考文献[13]-[23]
  • 証券アナリストジャーナル 32巻1号 1993年12月 別冊付録
    • [13]1975年、東京都田無市立図書館に図書館システム(現miL80)を納入。図書館業務の省力化・合理化に先んじて注目。フロッピーディスクをファイルに採用。18年間継続使用
    • [14]1975年、東京都田無市立図書館に図書館システム(現miL80)を納入。図書館業務の省力化・合理化に先んじて注目。フロッピーディスクをファイルに採用。18年間継続使用
    • [15]1975年、東京都田無市立図書館に図書館システム(現miL80)を納入。図書館業務の省力化・合理化に先んじて注目。フロッピーディスクをファイルに採用。18年間継続使用
    • [16]1975年、東京都田無市立図書館に図書館システム(現miL80)を納入。図書館業務の省力化・合理化に先んじて注目。フロッピーディスクをファイルに採用。18年間継続使用
    • [17]1975年、東京都田無市立図書館に図書館システム(現miL80)を納入。図書館業務の省力化・合理化に先んじて注目。フロッピーディスクをファイルに採用。18年間継続使用
    • [20]創業期にマイコンのソフト開発支援ツール、電卓プログラム開発支援ツール、環境モニタリング装置を試作・開発し技術者集団として信用を形成
    • [21]創業期にマイコンのソフト開発支援ツール、電卓プログラム開発支援ツール、環境モニタリング装置を試作・開発し技術者集団として信用を形成
  • 実業往来 499 1994年1月号
    • [18]当初は市況情報システムや図書館業務の管理システムを開発
  • マースエンジニアリング 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1975年12月カシオ計算機とシステム機販売特約店契約。1980年8月遊技場向け景品管理システム発売。1981年10月日本電気とオフコン販売取扱店契約
    • [22]1975年12月カシオ計算機とシステム機販売特約店契約。1980年8月遊技場向け景品管理システム発売。1981年10月日本電気とオフコン販売取扱店契約
    • [23]1975年12月カシオ計算機とシステム機販売特約店契約。1980年8月遊技場向け景品管理システム発売。1981年10月日本電気とオフコン販売取扱店契約

出典・参考

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出典・参考
  • マースエンジニアリング 有価証券報告書【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 32巻1号 1993年12月 別冊付録
  • 実業往来 499 1994年1月号

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