決断
織機の会社として出発し、造る物を紡機・鋳鋼・兵器へと移してきた会社である。1916年5月末、三井物産系の木本鉄工を買収・併合して大阪支店工場とし、紡機の生産に入った。1927年3月には新川工場を落成させ、開綿機から精紡機までの全工程を国内で造れる体制を整えた。さらに1935年に鋳鋼の内製を始め、1936年には研究会社の金城興業を兵器と精密機械の昭和重工業に改組した。その結果、1938年の鋼材統制で紡織機が造れなくなると、1941年に昭和重工業を合併して生産の主力を兵器へ切り替えた。
織機の会社として出発し、造る物を紡機・鋳鋼・兵器へと移してきた会社である。1916年5月末、三井物産系の木本鉄工を買収・併合して大阪支店工場とし、紡機の生産に入った。1927年3月には新川工場を落成させ、開綿機から精紡機までの全工程を国内で造れる体制を整えた。さらに1935年に鋳鋼の内製を始め、1936年には研究会社の金城興業を兵器と精密機械の昭和重工業に改組した。その結果、1938年の鋼材統制で紡織機が造れなくなると、1941年に昭和重工業を合併して生産の主力を兵器へ切り替えた。
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