中安閑一

UBE・元代表取締役社長

Nakayasu Kanichi(敬称略)

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社長就任 1957年
生年月日 —
学歴 東京高等工業学校機械科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1895年に山口県で生まれ、1918年7月に東京高等工業学校機械科を卒業した。1934年10月に宇部セメント製造の取締役となり、1944年6月に専務取締役、1945年10月に宇部窒素工場所長、1950年2月に本社工業本部長を務めた。機械から化学まで生産現場を渡り歩いた技術畑であり、創業家の血縁ではなく宇部で育った生え抜きだった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1952年12月に代表取締役副社長へ就任し、5年余りを経た1958年3月に代表取締役社長となった。前任は俵田明氏である。就任のころ、主力だった沖ノ山炭鉱は鉱脈が薄れ、輸入原油への転換で国内炭が燃料としての座を失いつつあった。1955年12月に宇部カプロラクタム工場を新設した直後でもあり、機械と化学の工場を預かった副社長へ石炭の次を決める役が回ったとみられる。

在任中の主な施策
施策

1957年から石炭部門の約7,000名を化学・セメント・機械へ移し、人員整理によらずに祖業を畳んだ。1964年10月に千葉石油化学工場を新設して主力原料を石炭からナフサへ移し、1967年10月には70年続いた宇部鉱業所を閉じた。カプロラクタムは6ナイロン原料の量産品として育ち、のちの海外展開の土台になる。1977年12月に代表取締役会長へ就任した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1957〜1977年
在任中の業績
就任前(FY56)267億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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