TISインテック:東洋情報システムの設立とJCB案件による最終赤字
1971年〜みどり会60社が出資した大阪の計算センターと、自社パッケージ「FEMAS」
東洋情報システムは1971年4月28日、三和銀行とその取引先企業60社の出資を受けて設立された。出資したのは三和グループの「みどり会」に集う各社であった。大型コンピュータが広がった時期に、グループ全体で計算機を共同運営し、共同で使う会社として作られた。1990年の新規上場紹介は、設備や人材育成、研究開発への二重投資を避けることと、情報産業への進出を設立の目的に挙げている。1971年8月にソフトウェア開発を始め、1973年には本社ビルの完成に合わせてIBM370-165を据え、受託計算を本格化した。高価な大型機を各社が単独で抱えずに済む仕組みが、この会社の出発点であった。
- 証券 42(4) 1990年4月号
- [1]1971年4月28日、三和銀行とその取引先企業60社の出資で設立
- [4]設立目的は設備・人材育成・研究開発の二重投資回避と、成長が見込まれる情報産業市場への展開
- [5]1971年8月ソフトウェア開発開始、1973年本社ビル完成とともにIBM370-165を設置し受託計算を本格営業
- Card wave 1(12) 1988年11月号「高度な総合情報サービスを目指す――東洋情報システム」
- [2]三和グループ「みどり会」各社の出資により設立
- マネジメント 41(8) 1982年8月号
- [3]大型コンピュータが発展した昭和40年代半ば、三和グループがコンピュータを共同運営・共同利用するために設立
1975年10月、東洋情報システムは東洋コンピューターサービスを合併し、同じ月に東京支社を開設して首都圏へ本格的に進出した。1990年の新規上場紹介は、東京支社を産業と経済の中心で事業を広げるための拠点と説明している。取締役応用技術部長の和田英男氏は1982年の取材で、オイルショックを機にグループの仕事だけに依存する収益の構造を改めたと振り返った。東京支社はのちに東京本社となり、1985年時点で会社は東京と大阪に計算センターを構え、従業員は約1,100名を数えた。本店は1990年時点でも大阪府吹田市に置かれていた。グループの外に顧客を求める動きが、合併と首都圏への進出を同じ月に重ねさせたと推察される。
- 証券 42(4) 1990年4月号
- [6]1975年10月、東洋コンピューターサービスを合併し、同月東京支社を開設して首都圏に本格進出
- [7]東京支社は産業・経済の中心である首都圏で事業を拡大するために開設
- [10]1990年時点の本店所在地は大阪府吹田市、東京支社は現・東京本社
- マネジメント 41(8) 1982年8月号
- [8]和田英男取締役応用技術部長:オイルショックでグループ依存一辺倒の事業基盤が変更を迫られた
- 産業能率 (335) 1985年2月号「TISにおけるデータベース・サービスの歴史と今後の方向」樹林清人
- [9]1985年時点で従業員約1,100名、東京・大阪に計算センター
東洋情報システムは、受託のたびに作っていた省力化の道具を、複数の顧客が開発費を分け合う方式で商品に変えた。1973年の投資評価システムGIVEは三和グループを中心に7社ほどを集めたが、実際に買ったのは2、3社だった。この反省から、基本仕様を詰める研究会を有償にして、参加企業の本気度を確かめる方式に改めた。構造解析の入出力を省くFEMASは1978年に開発を始め、1982年5月に米ICP社のミリオン・ダラー賞を日本製として初めて受けた。和田英男氏は受託開発について『一品受注、一品生産の受託開発は一種の下請け産業です。』と語り、自前の商品を持つ理由を示した。1988年時点で、自社開発のパッケージは150本近くに達していた。
- マネジメント 41(8) 1982年8月号
- [11]受託のたびに作っていた省力化プログラムを、マルチクライアント方式で商品化
- [12]1973年の投資評価システムGIVEは三和グループ中心に7社ほどが参加したが、購入は2、3社
- [13]GIVEの反省から基本仕様決定までの前期研究会を有償化
- [14]構造解析支援システムFEMASは1978年に開発着手、1982年5月に米ICP社ミリオン・ダラー賞を日本製ソフトとして初受賞
- [15]和田英男:受託開発は一種の下請け産業であり、商品化・事業化しなければならない
- Card wave 1(12) 1988年11月号「高度な総合情報サービスを目指す――東洋情報システム」
- [16]1988年時点で自社開発ソフトパッケージ約150本近くを保有
参考文献[1]-[16]
- 証券 42(4) 1990年4月号
- [1]1971年4月28日、三和銀行とその取引先企業60社の出資で設立
- [4]設立目的は設備・人材育成・研究開発の二重投資回避と、成長が見込まれる情報産業市場への展開
- [5]1971年8月ソフトウェア開発開始、1973年本社ビル完成とともにIBM370-165を設置し受託計算を本格営業
- [6]1975年10月、東洋コンピューターサービスを合併し、同月東京支社を開設して首都圏に本格進出
- [7]東京支社は産業・経済の中心である首都圏で事業を拡大するために開設
- [10]1990年時点の本店所在地は大阪府吹田市、東京支社は現・東京本社
- Card wave 1(12) 1988年11月号「高度な総合情報サービスを目指す――東洋情報システム」
- [2]三和グループ「みどり会」各社の出資により設立
- [16]1988年時点で自社開発ソフトパッケージ約150本近くを保有
- マネジメント 41(8) 1982年8月号
- [3]大型コンピュータが発展した昭和40年代半ば、三和グループがコンピュータを共同運営・共同利用するために設立
- [8]和田英男取締役応用技術部長:オイルショックでグループ依存一辺倒の事業基盤が変更を迫られた
- [11]受託のたびに作っていた省力化プログラムを、マルチクライアント方式で商品化
- [12]1973年の投資評価システムGIVEは三和グループ中心に7社ほどが参加したが、購入は2、3社
- [13]GIVEの反省から基本仕様決定までの前期研究会を有償化
- [14]構造解析支援システムFEMASは1978年に開発着手、1982年5月に米ICP社ミリオン・ダラー賞を日本製ソフトとして初受賞
- [15]和田英男:受託開発は一種の下請け産業であり、商品化・事業化しなければならない
- 産業能率 (335) 1985年2月号「TISにおけるデータベース・サービスの歴史と今後の方向」樹林清人
- [9]1985年時点で従業員約1,100名、東京・大阪に計算センター
1984年〜VAN「TIS-NET」とモールカード、巽啓吾社長のもとで果たした上場
東洋情報システムは1978年10月に主要5都市を専用回線で結んだ自社網TIS-Netを、データベースと企業間通信の土台に据えた。1979年10月に商標検索のBRANDYを始め、1983年にはデータベース事業が全社売上176億円のおよそ4%を占めた。1985年2月、VAN企画担当課長の樹林清人氏は、9か所のアクセスポイントを27拠点に広げる計画を示した。1987年11月には特別第二種電気通信事業者として郵政省に登録し、TIS-Netは1989年11月時点で全国24拠点に達した。1990年の取材で会社は、VANは設備投資が大きく新規参入は難しいとして、先に築いた網の蓄積に自信を示した。回線網を早くから自前で持っていたことが、通信サービスでの競争優位の源になったとみられる。
- 証券 42(4) 1990年4月号
- [17]1978年10月、札幌・東京・名古屋・大阪・福岡を専用回線で結ぶ全国オンライン通信回線網TIS-Netを完成
- [20]1987年11月に特別第二種電気通信事業者として郵政省に登録、TIS-Netは1989年11月時点で全国24拠点
- 産業能率 (335) 1985年2月号「TISにおけるデータベース・サービスの歴史と今後の方向」樹林清人
- [18]商標検索BRANDYを1979年に開始、1983年にデータベース売上が全社売上176億円の約4%
- [19]1985年時点で9つのアクセスポイントを27拠点に拡充する計画を実施中
- 実業往来 (462) 1990年12月号
- [21]総合企画部:VANは膨大な設備投資がかかり新規参入は難しいが、当社には蓄積と多数のネットワークがある
1987年11月、三和銀行副頭取を務めた巽啓吾氏が社長に就任し、東洋情報システムをメーカーを問わないシステムインテグレーターへ向けた。巽啓吾氏は1984年6月に非常勤取締役として加わり、1987年2月の副社長就任を経て社長に上がった。就任後の取材で巽啓吾社長は『われわれの売上げは人の稼ぎプラスアルファになる』と述べ、若いSEが存分に働ける仕組みづくりを経営の原点に置いた。1988年12月には通商産業省からシステムインテグレータ企業の認定を受けた。受託はカードと流通に広がり、大阪府下の商店街向けモールカードシステムや、日本商事と組んだ薬局向けPOSを自社のホストで処理した。三和銀行の資金運用エキスパートシステムには、1984年に自社開発したBRAINSが使われた。
- 証券アナリストジャーナル 28(3) 1990年 巽啓吾(日本証券アナリスト協会 企業分析部会 1990年2月28日 講演要旨)
- [22]巽社長はメーカーに中立なシステムインテグレーターを中期経営計画の第1の柱に位置づけ
- 証券 42(4) 1990年4月号
- [23]巽啓吾:三和銀行副頭取(1982年4月)、1984年6月東洋情報システム非常勤取締役、1987年2月副社長、1987年11月社長
- [25]1988年12月、通商産業省からシステムインテグレータ企業の認定
- コンピュートピア 22(258) 1988年3月号「<新社長インタビュー>企業は人なり,ソフトウエアもまた人なり 東洋情報システムの巽啓吾氏に抱負を聞く」
- [24]巽啓吾:売上げは人の稼ぎプラスアルファ、若い人が思う存分働ける雰囲気・仕組みづくりが原点
- Card wave 1(12) 1988年11月号「高度な総合情報サービスを目指す――東洋情報システム」
- [26]大阪府下の商店街向けモールカードシステム、日本商事と共同開発した薬局向けNESCO POSシステムを自社ホストで処理
- [27]1984年に自社開発したエキスパートシステム構築ツールBRAINSが三和銀行の資金運用エキスパートシステムに採用
東洋情報システムは1987年11月に大阪証券取引所市場第二部へ上場し、公募増資で得た資金の一部で借入金を返した。株主資本比率は1987年3月期の24.5%から1988年3月期に48.9%へ上がり、借入金比率は50.1%から28.6%へ下がった。巽啓吾社長は1988年の取材で人材の確保を上場の目的に挙げ、『やっぱりいい人に来てもらいたいというのが,上場の半分の狙いですね』と語った。1990年2月9日には東京証券取引所市場第二部にも上場し、370万株を公募した。海外では米国現地法人TIS(USA)との国際VANを始め、1990年には英国法人とのVANも検討していた。巽啓吾社長は1990年2月の講演で、顧客の国際化に合わせて国際ネットワーク事業を広げる考えを示した。
- 証券 42(4) 1990年4月号
- [28]1987年11月大証二部上場、公募増資の調達資金の一部を借入金返済に充当
- [29]株主資本比率は1987年3月期24.5%から1988年3月期48.9%へ、借入金比率は50.1%から28.6%へ
- [31]1990年2月9日東証二部上場、公募3,700千株
- コンピュートピア 22(258) 1988年3月号「<新社長インタビュー>企業は人なり,ソフトウエアもまた人なり 東洋情報システムの巽啓吾氏に抱負を聞く」
- [30]巽啓吾:いい人に来てもらいたいというのが上場の半分の狙い
- 実業往来 (462) 1990年12月号
- [32]米国現地法人TIS(USA)との国際VANサービスを開始済み、英国TIS(UK)との国際VANを検討中(1990年)
- 証券アナリストジャーナル 28(3) 1990年 巽啓吾(日本証券アナリスト協会 企業分析部会 1990年2月28日 講演要旨)
- [33]巽社長:ユーザーの国際化を踏まえ国際ネットワーク事業の展開に向けて心掛けていく(1990年2月講演)
参考文献[17]-[33]
- 証券 42(4) 1990年4月号
- [17]1978年10月、札幌・東京・名古屋・大阪・福岡を専用回線で結ぶ全国オンライン通信回線網TIS-Netを完成
- [20]1987年11月に特別第二種電気通信事業者として郵政省に登録、TIS-Netは1989年11月時点で全国24拠点
- [23]巽啓吾:三和銀行副頭取(1982年4月)、1984年6月東洋情報システム非常勤取締役、1987年2月副社長、1987年11月社長
- [25]1988年12月、通商産業省からシステムインテグレータ企業の認定
- [28]1987年11月大証二部上場、公募増資の調達資金の一部を借入金返済に充当
- [29]株主資本比率は1987年3月期24.5%から1988年3月期48.9%へ、借入金比率は50.1%から28.6%へ
- [31]1990年2月9日東証二部上場、公募3,700千株
- 産業能率 (335) 1985年2月号「TISにおけるデータベース・サービスの歴史と今後の方向」樹林清人
- [18]商標検索BRANDYを1979年に開始、1983年にデータベース売上が全社売上176億円の約4%
- [19]1985年時点で9つのアクセスポイントを27拠点に拡充する計画を実施中
- 実業往来 (462) 1990年12月号
- [21]総合企画部:VANは膨大な設備投資がかかり新規参入は難しいが、当社には蓄積と多数のネットワークがある
- [32]米国現地法人TIS(USA)との国際VANサービスを開始済み、英国TIS(UK)との国際VANを検討中(1990年)
- 証券アナリストジャーナル 28(3) 1990年 巽啓吾(日本証券アナリスト協会 企業分析部会 1990年2月28日 講演要旨)
- [22]巽社長はメーカーに中立なシステムインテグレーターを中期経営計画の第1の柱に位置づけ
- [33]巽社長:ユーザーの国際化を踏まえ国際ネットワーク事業の展開に向けて心掛けていく(1990年2月講演)
- コンピュートピア 22(258) 1988年3月号「<新社長インタビュー>企業は人なり,ソフトウエアもまた人なり 東洋情報システムの巽啓吾氏に抱負を聞く」
- [24]巽啓吾:売上げは人の稼ぎプラスアルファ、若い人が思う存分働ける雰囲気・仕組みづくりが原点
- [30]巽啓吾:いい人に来てもらいたいというのが上場の半分の狙い
- Card wave 1(12) 1988年11月号「高度な総合情報サービスを目指す――東洋情報システム」
- [26]大阪府下の商店街向けモールカードシステム、日本商事と共同開発した薬局向けNESCO POSシステムを自社ホストで処理
- [27]1984年に自社開発したエキスパートシステム構築ツールBRAINSが三和銀行の資金運用エキスパートシステムに採用
1998年〜コマツソフトとアグレックスの買収で掲げた売上5000億円と、JCB案件の不採算
1998年、三和銀行専務から転じた船木隆夫氏が社長に就任し、東洋情報システムをインターネット上の事業へ向けた。船木隆夫氏は銀行で事務企画部長と事務本部長を務め、1997年6月に副社長として入っていた。1998年、会社はカード決済の国際規格SETに沿う開発ツールの国内独占販売権を得た。2000年の取材で船木隆夫社長は、業界がモノ作り志向から抜け出せていないと案じ、パッケージとASPの活用を説いた。2000年1月には、ソフトバンクグループとEC向けASPのイーシーシーファクトリードット・コムを設けた。1社単独ではインターネットの速さに追いつけないとして、船木隆夫社長は他業種との提携を広げる方針を示した。
- 銀行時評 33(6) 1999年6月号「産業界で活躍する銀行出身経営者」
- [34]船木隆夫は三和銀行専務から1997年6月副社長、1998年社長に昇格
- [35]船木は三和銀行で事務企画部長・事務本部長を歴任
- コンピュートピア 32(378) 1998年3月号「TIS「サイバーコマース戦略」」
- [36]SETツールキットSWPの日本での独占販売権を獲得(1998年6月出荷予定)
- コンピュートピア 34(402) 2000年3月号「異業種間交流による新インターネット・ビジネス市場に参入 (株)東洋情報システム 船木隆夫社長に聞く」
- [37]船木:業界はモノ作り志向の匠の世界から抜け切れていない、パッケージとASPの活用の啓蒙が急務
- [39]船木:1社単独ではインターネット・ビジネスのスピードに追いつけず、異業種との業務提携を積極的に進める
- Toyo Information Systems Co., Ltd. Annual Report 2000
- [38]2000年1月、ソフトバンクグループとASPのEC Factory.comを設立
2000年4月に始めた中期経営計画で、東洋情報システムは2010年のグループ売上高5,000億円という目標を掲げた。船木隆夫社長は、人員に厚みがなければ大規模化するシステム開発に人を張り付けられないとみていた。会社は2000年3月30日にアグレックスの筆頭株主となり、4月3日にはコマツソフトの株式65%を取得した。2001年1月には、企業イメージを強め体質を変えるためとして商号をTISに改めた。2002年2月には、TISはアグレックスの株を買い増して子会社にした。2003年のアニュアルレポートで船木隆夫氏は、中期経営計画SEA-Change21の期初目標をほぼ達成したと総括した。
- 週刊東洋経済 2002年9月7日号
- [40]2000年4月から中期経営計画を開始し、2010年のグループ売上5,000億円を目標に掲げた
- [41]船木:ある程度の企業規模がないとシステムの大規模化についていけない
- [44]2002年2月にアグレックス株を買い増して子会社化
- Toyo Information Systems Co., Ltd. Annual Report 2000
- [42]2000年3月30日アグレックスの筆頭株主(33.8%取得)、2000年4月3日コマツソフトの65%を取得
- [43]企業イメージの強化と体質の転換のため、2001年1月1日に商号をTIS Inc.に変更
- TIS株式会社 アニュアルレポート2003
- [45]中期経営計画SEA-Change21(2000年4月〜)は期初の目標をほぼ達成(船木社長メッセージ)
2003年に始めた中期経営計画T-GET5で、TISは2006年3月期の売上高2,100億円、営業利益199億円を目標とした。2006年3月期の売上高は2,099億2,200万円と目標にほぼ届いたが、営業利益は115億6,700万円だった。岡本晋社長は2004年、JCBが次世代基幹システムの開発に着手したカード分野の大型開発を受注し、量的拡大の核とした。2007年2月、TISは継続中の大型案件への要員の積み増しで128億円を売上原価に計上し、通期予想を純損失に改めた。5月の決算説明会ではクレジットカード会社の大型案件の赤字拡大を減益の主因とし、2007年3月期は8億1,800万円の連結純損失となった。同年12月、TISはインテックホールディングスと2008年春の経営統合で基本合意し、単独での拡大路線を改めた。
- TIS株式会社 アニュアルレポート2003
- [46]中期経営計画T-GET5(2003年4月〜)の最終年度2006年3月期目標:連結売上高2,100億円、営業利益199億円
- TIS株式会社 四半期決算短信「平成19年3月期 第3四半期財務・業績の概況(連結)」(2007年2月8日)
- [47]2006年3月期実績:売上高209,922百万円、営業利益11,567百万円
- 週刊東洋経済 2004年12月18日号
- [48]岡本晋社長:JCBが次世代基幹システムの開発に着手するなか、長年の蓄積を生かして大型開発案件を受注し量的拡大の核とする
- TIS株式会社 通期業績予想の修正に関するお知らせ(2007年2月8日)
- [49]継続中の大型案件等の確実な遂行のため計画より大幅に要員を配備、仕掛品減額53億円と引当金75億円の計128億円を売上原価に計上。連結通期予想の当期純利益を6,300百万円から△1,200百万円へ修正
- TIS株式会社 2007年3月期 決算説明会資料(2007年5月18日)
- [50]クレジットカード会社大型案件の赤字幅拡大等により前期比大幅減益。2007年3月期の連結当期純利益は▲818百万円(前期5,893百万円)。ロードマップで2006年度を「クレジットカード大型案件の損失処理」と位置づけ
- 週刊東洋経済 2007年12月29日・2008年1月5日合併号
- [51]2007年12月、インテックホールディングスと2008年春の経営統合で合意。岡本社長「再編が起こる可能性もあり統合を急いだ」
参考文献[34]-[51]
- 銀行時評 33(6) 1999年6月号「産業界で活躍する銀行出身経営者」
- [34]船木隆夫は三和銀行専務から1997年6月副社長、1998年社長に昇格
- [35]船木は三和銀行で事務企画部長・事務本部長を歴任
- コンピュートピア 32(378) 1998年3月号「TIS「サイバーコマース戦略」」
- [36]SETツールキットSWPの日本での独占販売権を獲得(1998年6月出荷予定)
- コンピュートピア 34(402) 2000年3月号「異業種間交流による新インターネット・ビジネス市場に参入 (株)東洋情報システム 船木隆夫社長に聞く」
- [37]船木:業界はモノ作り志向の匠の世界から抜け切れていない、パッケージとASPの活用の啓蒙が急務
- [39]船木:1社単独ではインターネット・ビジネスのスピードに追いつけず、異業種との業務提携を積極的に進める
- [38]2000年1月、ソフトバンクグループとASPのEC Factory.comを設立
- [42]2000年3月30日アグレックスの筆頭株主(33.8%取得)、2000年4月3日コマツソフトの65%を取得
- [43]企業イメージの強化と体質の転換のため、2001年1月1日に商号をTIS Inc.に変更
- 週刊東洋経済 2002年9月7日号
- [40]2000年4月から中期経営計画を開始し、2010年のグループ売上5,000億円を目標に掲げた
- [41]船木:ある程度の企業規模がないとシステムの大規模化についていけない
- [44]2002年2月にアグレックス株を買い増して子会社化
- [45]中期経営計画SEA-Change21(2000年4月〜)は期初の目標をほぼ達成(船木社長メッセージ)
- [46]中期経営計画T-GET5(2003年4月〜)の最終年度2006年3月期目標:連結売上高2,100億円、営業利益199億円
- [47]2006年3月期実績:売上高209,922百万円、営業利益11,567百万円
- 週刊東洋経済 2004年12月18日号
- [48]岡本晋社長:JCBが次世代基幹システムの開発に着手するなか、長年の蓄積を生かして大型開発案件を受注し量的拡大の核とする
- TIS株式会社 通期業績予想の修正に関するお知らせ(2007年2月8日)
- [49]継続中の大型案件等の確実な遂行のため計画より大幅に要員を配備、仕掛品減額53億円と引当金75億円の計128億円を売上原価に計上。連結通期予想の当期純利益を6,300百万円から△1,200百万円へ修正
- TIS株式会社 2007年3月期 決算説明会資料(2007年5月18日)
- [50]クレジットカード会社大型案件の赤字幅拡大等により前期比大幅減益。2007年3月期の連結当期純利益は▲818百万円(前期5,893百万円)。ロードマップで2006年度を「クレジットカード大型案件の損失処理」と位置づけ
- 週刊東洋経済 2007年12月29日・2008年1月5日合併号
- [51]2007年12月、インテックホールディングスと2008年春の経営統合で合意。岡本社長「再編が起こる可能性もあり統合を急いだ」
1971年〜2007年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 利益率 | |||
| 1971年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1972年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1973年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | 吹田市に本社ビル完成、センターサービスの本格営業を開始(1973/08) |
| 1974年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1975年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1976年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1977年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1978年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1979年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1980年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1981年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1982年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1983年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1984年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1985年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1986年 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1987年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1988年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1989年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | 米カリフォルニア州に子会社Toyo Information Systems(USA)を設立(1988/07) |
| 1990年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1991年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1992年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1993年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1994年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1995年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1996年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1997年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1998年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1999年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2000年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2001年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | 東京電力とデータセンター事業会社アット東京を設立(2000/06) |
| 2002年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2003年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2004年03月期 | 連結 | 1,694 | n/a | 55 | 3.2% | 上海に子会社TISI (Shanghai)を設立(2003/06) |
| 2005年03月期 | 連結 | 1,996 | +17.8% | 72 | 3.6% | n/a |
| 2006年03月期 | 連結 | 2,099 | +5.2% | 59 | 2.8% | n/a |
| 2007年03月期 | 連結 | 2,115 | +0.8% | ▲8 | ▲0.4% | n/a |
出典・参考
18件
- TIS株式会社 アニュアルレポート2003
- TIS株式会社 四半期決算短信「平成19年3月期 第3四半期財務・業績の概況(連結)」(2007年2月8日)
- TIS株式会社 2007年3月期 決算説明会資料(2007年5月18日)
- マネジメント 41(8) 1982年8月号
- 産業能率 (335) 1985年2月号「TISにおけるデータベース・サービスの歴史と今後の方向」樹林清人
- Card wave 1(12) 1988年11月号「高度な総合情報サービスを目指す――東洋情報システム」
- コンピュートピア 22(258) 1988年3月号「<新社長インタビュー>企業は人なり,ソフトウエアもまた人なり 東洋情報システムの巽啓吾氏に抱負を聞く」
- 証券 42(4) 1990年4月号
- 実業往来 (462) 1990年12月号
- 証券アナリストジャーナル 28(3) 1990年 巽啓吾(日本証券アナリスト協会 企業分析部会 1990年2月28日 講演要旨)
- コンピュートピア 32(378) 1998年3月号「TIS「サイバーコマース戦略」」
- 銀行時評 33(6) 1999年6月号「産業界で活躍する銀行出身経営者」
- コンピュートピア 34(402) 2000年3月号「異業種間交流による新インターネット・ビジネス市場に参入 (株)東洋情報システム 船木隆夫社長に聞く」
- 週刊東洋経済 2002年9月7日号
- 週刊東洋経済 2004年12月18日号
- 週刊東洋経済 2007年12月29日・2008年1月5日合併号
- Toyo Information Systems Co., Ltd. Annual Report 2000
- TIS株式会社 通期業績予想の修正に関するお知らせ(2007年2月8日)