第1章 年〜年

東洋水産:横須賀水産の設立と冷凍鮪輸出・魚肉ソーセージ

1953年〜築地で資本金350万円で設立した横須賀水産と、米国向けの冷凍鮪

森和夫氏は1953年3月、東京都中央区の築地魚市場の中に横須賀水産を設立した。資本金は350万円で主な業務を冷凍鮪の対米輸出とし、1970年の上場時の資料は同年3月25日を東洋水産の実質上の設立日とする。森和夫氏は終戦後に復員して泰洋水産へ入社したものの、泰洋水産は放漫な経営の末に倒産した。当時30歳前後の森和夫氏は清算の実務を最後まで担い、その後に自らの会社を起こすと決めた。創業にあたり、森和夫氏は横須賀港に倉庫を取得した。倒産した会社の後始末を引き受けた経験が、他人の経営判断に身を預けず自ら事業の責任を負う働き方へ森和夫氏を向かわせたとみられる。

  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1953年3月、築地魚市場(東京都中央区)内に横須賀水産株式会社を設立
  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
    • [2]横須賀水産は1953年3月25日設立(上場時資料で実質の設立日)、資本金3,500千円、冷凍鮪の対米輸出が主要業務
  • 橋本晃明「東洋水産の歴史」(森和夫)2017年
    • [3]森和夫は復員後に泰洋水産へ入社、同社が殿様商売で倒産し清算業務を完遂、1953年に横須賀港の倉庫を購入して創業
    • [4]森和夫は復員後に泰洋水産へ入社、同社が殿様商売で倒産し清算業務を完遂、1953年に横須賀港の倉庫を購入して創業
    • [5]森和夫は復員後に泰洋水産へ入社、同社が殿様商売で倒産し清算業務を完遂、1953年に横須賀港の倉庫を購入して創業

横須賀水産は設立と同時に、冷凍鮪の輸出と国内向けの水産物の取り扱いを始めた。輸出先は北米で、横須賀水産は冷凍した鮪を現地へ送る商いから事業を起こした。東洋水産は漁船を自前で持たず、1970年時点でも築地市場などの魚市場や系列の船主7名・船13杯から冷凍魚を仕入れた。仕入れた冷凍魚は水産加工会社へ販売し、東洋水産は仕入れと販売を取り次ぐ仲買が、冷凍魚部門の主な業務にあたる。自社船による漁撈を置かない理由について、上場時の資料は過去の経験と危険負担の大きさを挙げた。船も加工設備も要らない輸出と仲買は、倒産の後始末を経た森和夫氏にとって元手を失う危険を抑えられる選択だったと推察される。

  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [6]1953年3月、冷凍鮪の輸出及び国内水産物の取扱を開始
  • 橋本晃明「東洋水産の歴史」(森和夫)2017年
    • [7]創業時は北米向け冷凍マグロの輸出に従事
  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
    • [8]1970年時点、危険負担の大きい自社船の漁撈部門を持たず、魚市場と系列船(船主7名・船13杯)から冷凍魚を購入し水産加工会社等へ販売する仲買が主
    • [9]1970年時点、危険負担の大きい自社船の漁撈部門を持たず、魚市場と系列船(船主7名・船13杯)から冷凍魚を購入し水産加工会社等へ販売する仲買が主
    • [10]1970年時点、危険負担の大きい自社船の漁撈部門を持たず、魚市場と系列船(船主7名・船13杯)から冷凍魚を購入し水産加工会社等へ販売する仲買が主
参考文献[1]-[10]
  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1953年3月、築地魚市場(東京都中央区)内に横須賀水産株式会社を設立
    • [6]1953年3月、冷凍鮪の輸出及び国内水産物の取扱を開始
  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
    • [2]横須賀水産は1953年3月25日設立(上場時資料で実質の設立日)、資本金3,500千円、冷凍鮪の対米輸出が主要業務
    • [8]1970年時点、危険負担の大きい自社船の漁撈部門を持たず、魚市場と系列船(船主7名・船13杯)から冷凍魚を購入し水産加工会社等へ販売する仲買が主
    • [9]1970年時点、危険負担の大きい自社船の漁撈部門を持たず、魚市場と系列船(船主7名・船13杯)から冷凍魚を購入し水産加工会社等へ販売する仲買が主
    • [10]1970年時点、危険負担の大きい自社船の漁撈部門を持たず、魚市場と系列船(船主7名・船13杯)から冷凍魚を購入し水産加工会社等へ販売する仲買が主
  • 橋本晃明「東洋水産の歴史」(森和夫)2017年
    • [3]森和夫は復員後に泰洋水産へ入社、同社が殿様商売で倒産し清算業務を完遂、1953年に横須賀港の倉庫を購入して創業
    • [4]森和夫は復員後に泰洋水産へ入社、同社が殿様商売で倒産し清算業務を完遂、1953年に横須賀港の倉庫を購入して創業
    • [5]森和夫は復員後に泰洋水産へ入社、同社が殿様商売で倒産し清算業務を完遂、1953年に横須賀港の倉庫を購入して創業
    • [7]創業時は北米向け冷凍マグロの輸出に従事

1955年〜冷蔵庫業と川崎の魚肉ハム・ソーセージで陸へ上がった東洋水産

横須賀水産は1955年12月、神奈川県川崎市で冷蔵設備を取得し、冷凍品の保管業に参入した。1957年には、水産物を凍らせる冷凍事業にも着手。1987年時点では焼津・釧路・八戸などの産地に置いた冷蔵庫が、水揚げした魚の凍結と保管を担った。この保管の事業は上場時まで続き、1970年3月期には水産物の冷凍と保管冷蔵が売上の3.6%を占め、その中身は保管収入と作業収入だった。1987年時点の川崎は、東京・札幌・福岡・神戸と並ぶ消費地の冷蔵庫の一つとして、各種の冷凍貨物を預かった。自前の冷蔵庫を持てば輸出の荷を寝かせて漁期や相場の波を待つ余地が生まれ、空いた区画を他社の荷に貸して保管料も得られたと思われる。

  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [11]1955年12月、神奈川県川崎市に冷蔵庫を取得し冷蔵庫事業を開始
  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
    • [12]1957年に冷凍事業を開始。昭45.3期の水産物の冷凍・保管冷蔵の比率3.6%(保管収入・作業収入)
    • [14]1957年に冷凍事業を開始。昭45.3期の水産物の冷凍・保管冷蔵の比率3.6%(保管収入・作業収入)
  • 政治と経済 1987年「さすが「マルちゃん」の実力発揮――東洋水産」
    • [13]1987年時点、東京・川崎・札幌・福岡・神戸などの消費地冷蔵庫が各種冷凍貨物を保管、焼津・釧路・八戸などの産地冷蔵庫が凍結・保管
    • [15]1987年時点、東京・川崎・札幌・福岡・神戸などの消費地冷蔵庫が各種冷凍貨物を保管、焼津・釧路・八戸などの産地冷蔵庫が凍結・保管

横須賀水産は1956年6月、冷凍鮪の輸出に次ぐ2つ目の事業として魚肉ハム・ソーセージの生産を始めた。工場は川崎に新設して鮪の身を原料に充て、森和夫氏は輸出に加えて陸上の加工で収益を得ることを狙った。大手水産会社の魚肉製品がソーセージを起点としたのに対し、東洋水産の起点はハムである。この順序により、東洋水産の魚肉製品は品位の高い製品として評価を得た。1970年3月期には魚肉ハム・ソーセージが売上の22.4%を占め、業界全体が伸び悩むなかでも東洋水産の魚肉製品は売上を増やした。輸出の選別から外れた鮪の身や相場の崩れた荷も加工の原料に回せば、仕入れた魚を無駄なく収益に変えられたのだろう。

  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [16]1956年6月、魚肉ハム・ソーセージの生産を開始
  • 橋本晃明「東洋水産の歴史」(森和夫)2017年
    • [17]1956年、マグロ身を利用した加工分野に進出するため川崎に魚肉ハム・ソーセージ工場を新設し、陸上加工中心へ
  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
    • [18]ソーセージから始めた大手水産会社と異なりハムから始めたため高品位で知られ、業界が伸び悩む中で安定成長。昭45.3期の売上比率22.4%
    • [19]ソーセージから始めた大手水産会社と異なりハムから始めたため高品位で知られ、業界が伸び悩む中で安定成長。昭45.3期の売上比率22.4%
    • [20]ソーセージから始めた大手水産会社と異なりハムから始めたため高品位で知られ、業界が伸び悩む中で安定成長。昭45.3期の売上比率22.4%

横須賀水産は魚肉ハム・ソーセージの生産を始めた翌月の1956年7月、商号を東洋水産に改めた。旧社名の横須賀は、森和夫氏が創業時に倉庫を取得した港の名と重なる。商号の変更と並行して、東洋水産は1957年に缶詰の製造販売へ着手し、加工品の品目を広げた。同じ1957年8月には本社を東京都港区港南へ移し、この地は現在まで本社の所在地となった。東洋水産の名は、1960年の合併でも存続会社の商号として引き継がれた。港の地名を冠した社名は鮪の輸出を担う商社には通っても、全国の食料品店に並ぶ加工品の作り手の名としては範囲が狭かったと考えられる。

  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [21]1956年7月に東洋水産株式会社へ商号変更(同年6月に魚肉ハム・ソーセージ生産開始)、1957年8月に本社を東京都港区港南へ移転
    • [24]1956年7月に東洋水産株式会社へ商号変更(同年6月に魚肉ハム・ソーセージ生産開始)、1957年8月に本社を東京都港区港南へ移転
  • 橋本晃明「東洋水産の歴史」(森和夫)2017年
    • [22]1953年に横須賀港の倉庫を購入し横須賀水産を創業
  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
    • [23]1956年7月15日に東洋水産へ商号変更、1957年に缶詰の製造販売に着手。1960年合併で存続会社の商号を東洋水産に変更
    • [25]1956年7月15日に東洋水産へ商号変更、1957年に缶詰の製造販売に着手。1960年合併で存続会社の商号を東洋水産に変更
参考文献[11]-[25]
  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [11]1955年12月、神奈川県川崎市に冷蔵庫を取得し冷蔵庫事業を開始
    • [16]1956年6月、魚肉ハム・ソーセージの生産を開始
    • [21]1956年7月に東洋水産株式会社へ商号変更(同年6月に魚肉ハム・ソーセージ生産開始)、1957年8月に本社を東京都港区港南へ移転
    • [24]1956年7月に東洋水産株式会社へ商号変更(同年6月に魚肉ハム・ソーセージ生産開始)、1957年8月に本社を東京都港区港南へ移転
  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
    • [12]1957年に冷凍事業を開始。昭45.3期の水産物の冷凍・保管冷蔵の比率3.6%(保管収入・作業収入)
    • [14]1957年に冷凍事業を開始。昭45.3期の水産物の冷凍・保管冷蔵の比率3.6%(保管収入・作業収入)
    • [18]ソーセージから始めた大手水産会社と異なりハムから始めたため高品位で知られ、業界が伸び悩む中で安定成長。昭45.3期の売上比率22.4%
    • [19]ソーセージから始めた大手水産会社と異なりハムから始めたため高品位で知られ、業界が伸び悩む中で安定成長。昭45.3期の売上比率22.4%
    • [20]ソーセージから始めた大手水産会社と異なりハムから始めたため高品位で知られ、業界が伸び悩む中で安定成長。昭45.3期の売上比率22.4%
    • [23]1956年7月15日に東洋水産へ商号変更、1957年に缶詰の製造販売に着手。1960年合併で存続会社の商号を東洋水産に変更
    • [25]1956年7月15日に東洋水産へ商号変更、1957年に缶詰の製造販売に着手。1960年合併で存続会社の商号を東洋水産に変更
  • 政治と経済 1987年「さすが「マルちゃん」の実力発揮――東洋水産」
    • [13]1987年時点、東京・川崎・札幌・福岡・神戸などの消費地冷蔵庫が各種冷凍貨物を保管、焼津・釧路・八戸などの産地冷蔵庫が凍結・保管
    • [15]1987年時点、東京・川崎・札幌・福岡・神戸などの消費地冷蔵庫が各種冷凍貨物を保管、焼津・釧路・八戸などの産地冷蔵庫が凍結・保管
  • 橋本晃明「東洋水産の歴史」(森和夫)2017年
    • [17]1956年、マグロ身を利用した加工分野に進出するため川崎に魚肉ハム・ソーセージ工場を新設し、陸上加工中心へ
    • [22]1953年に横須賀港の倉庫を購入し横須賀水産を創業

1960年〜三井物産との提携と、東京水産興業への合併で継いだ東洋水産の名

東洋水産は創業以来の主業が冷凍鮪の対米輸出だったため、国内に販売の経路を持たなかった。1956年に製造を始めた魚肉ハム・ソーセージは、三井物産の販売経路を通じ、「こけし印」の商標で市場に出した。森和夫氏は国内の販売網を補うため、1960年に三井物産と提携。1960年11月には資本金を8,000万円とし、新株の全量を1株500円で三井物産に割り当てた。1970年3月期にも三井物産は主要な販売先と小麦粉の仕入先を兼ね、739,333株(7.4%)を持つ大株主だった。自前の特約店網を持たない段階で総合商社の販路と信用を借りたことが、加工品を全国へ流す最短の経路になったと読み取れる。

  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
    • [26]国内販売ルートがなく1956年の魚肉ハム・ソーセージは三井物産の販売ルートで「こけし印」ブランドで販売。1960年11月30日資本金80,000千円、全株三井物産に第三者割当@500円。昭45.3期の主要販売先・小麦粉仕入先に三井物産、大株主739,333株(7.4%)
    • [27]国内販売ルートがなく1956年の魚肉ハム・ソーセージは三井物産の販売ルートで「こけし印」ブランドで販売。1960年11月30日資本金80,000千円、全株三井物産に第三者割当@500円。昭45.3期の主要販売先・小麦粉仕入先に三井物産、大株主739,333株(7.4%)
    • [29]国内販売ルートがなく1956年の魚肉ハム・ソーセージは三井物産の販売ルートで「こけし印」ブランドで販売。1960年11月30日資本金80,000千円、全株三井物産に第三者割当@500円。昭45.3期の主要販売先・小麦粉仕入先に三井物産、大株主739,333株(7.4%)
    • [30]国内販売ルートがなく1956年の魚肉ハム・ソーセージは三井物産の販売ルートで「こけし印」ブランドで販売。1960年11月30日資本金80,000千円、全株三井物産に第三者割当@500円。昭45.3期の主要販売先・小麦粉仕入先に三井物産、大株主739,333株(7.4%)
  • 橋本晃明「東洋水産の歴史」(森和夫)2017年
    • [28]販売網強化のため1960年に三井物産と提携

東洋水産は1960年7月、東京水産興業と合併し、東京水産興業の焼津工場を取得した。東京水産興業は1948年4月、冷凍鮪の対米輸出を主業として現在の東都水産から分かれて設立された。魚肉ハム・ソーセージや缶詰、漁撈へ事業を広げたものの、1960年3月期には資本金1,700万円に対し1億2千万円の欠損を計上。合併は親会社の三井物産が仲介し、形式上は東京水産興業を存続会社とした。実質上の存続会社は東洋水産で、代表者には森和夫氏が就任し、商号も東洋水産に改めた。事業の継続が難しい東京水産興業の法人に健全な東洋水産の事業を移す判断には、三井物産の取引先を守る意図もあったとうかがえる。

  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [31]1960年7月、東京水産興業株式会社と合併し同社所有の焼津工場を取得
  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
    • [32]東京水産興業は1948年4月5日に東都水産から分離独立し設立、冷凍鮪対米輸出が主。魚肉ハム・ソーセージ・缶詰・漁撈へ拡大したが昭35.3期に1億2千万円の欠損(資本金1千7百万円)。1960年7月に親会社三井物産の仲介で東洋水産を吸収合併、形式上の存続会社は東京水産興業、実質は東洋水産で森和夫が代表、商号を東洋水産に変更
    • [33]東京水産興業は1948年4月5日に東都水産から分離独立し設立、冷凍鮪対米輸出が主。魚肉ハム・ソーセージ・缶詰・漁撈へ拡大したが昭35.3期に1億2千万円の欠損(資本金1千7百万円)。1960年7月に親会社三井物産の仲介で東洋水産を吸収合併、形式上の存続会社は東京水産興業、実質は東洋水産で森和夫が代表、商号を東洋水産に変更
    • [34]東京水産興業は1948年4月5日に東都水産から分離独立し設立、冷凍鮪対米輸出が主。魚肉ハム・ソーセージ・缶詰・漁撈へ拡大したが昭35.3期に1億2千万円の欠損(資本金1千7百万円)。1960年7月に親会社三井物産の仲介で東洋水産を吸収合併、形式上の存続会社は東京水産興業、実質は東洋水産で森和夫が代表、商号を東洋水産に変更
    • [35]東京水産興業は1948年4月5日に東都水産から分離独立し設立、冷凍鮪対米輸出が主。魚肉ハム・ソーセージ・缶詰・漁撈へ拡大したが昭35.3期に1億2千万円の欠損(資本金1千7百万円)。1960年7月に親会社三井物産の仲介で東洋水産を吸収合併、形式上の存続会社は東京水産興業、実質は東洋水産で森和夫が代表、商号を東洋水産に変更

1960年の合併時点で、東洋水産の事業は冷凍鮪の輸出、魚肉ハム・ソーセージ、缶詰、冷凍と冷蔵保管からなった。このうち鮪の輸出と魚肉ハム・ソーセージは、いずれも冬に閑散期を抱える事業だった。工場の作業には季節の波があり、1970年3月期末でも約340名のパートタイマーが人手を補った。東洋水産は合併翌年の1961年、冬場に手が空く従業員の働き口として即席麺類の製造に着手した。即席麺の生産は1961年4月に始まり、翌1962年5月にはマルちゃんマークの使用が始まった。冬に需要が立つ商材で夏場の加工品を補う発想は、この先の事業構成を大きく変える起点になったと推測される。

  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
    • [36]1956年魚肉ハム・ソーセージ、1957年缶詰・冷凍事業。季節変動のため昭45.3期末パートタイマー約340名。1961年に冬期の余剰労働力活用のため即席麺類の製造を開始
    • [38]1956年魚肉ハム・ソーセージ、1957年缶詰・冷凍事業。季節変動のため昭45.3期末パートタイマー約340名。1961年に冬期の余剰労働力活用のため即席麺類の製造を開始
    • [39]1956年魚肉ハム・ソーセージ、1957年缶詰・冷凍事業。季節変動のため昭45.3期末パートタイマー約340名。1961年に冬期の余剰労働力活用のため即席麺類の製造を開始
  • 橋本晃明「東洋水産の歴史」(森和夫)2017年
    • [37]マグロ輸出や魚肉ハムソー事業は冬に閑散期があり、冬場に需要のあるラーメンで補う目的
  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [40]1961年4月即席麺の生産開始、1962年5月マルちゃんマークの使用開始
参考文献[26]-[40]
  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
    • [26]国内販売ルートがなく1956年の魚肉ハム・ソーセージは三井物産の販売ルートで「こけし印」ブランドで販売。1960年11月30日資本金80,000千円、全株三井物産に第三者割当@500円。昭45.3期の主要販売先・小麦粉仕入先に三井物産、大株主739,333株(7.4%)
    • [27]国内販売ルートがなく1956年の魚肉ハム・ソーセージは三井物産の販売ルートで「こけし印」ブランドで販売。1960年11月30日資本金80,000千円、全株三井物産に第三者割当@500円。昭45.3期の主要販売先・小麦粉仕入先に三井物産、大株主739,333株(7.4%)
    • [29]国内販売ルートがなく1956年の魚肉ハム・ソーセージは三井物産の販売ルートで「こけし印」ブランドで販売。1960年11月30日資本金80,000千円、全株三井物産に第三者割当@500円。昭45.3期の主要販売先・小麦粉仕入先に三井物産、大株主739,333株(7.4%)
    • [30]国内販売ルートがなく1956年の魚肉ハム・ソーセージは三井物産の販売ルートで「こけし印」ブランドで販売。1960年11月30日資本金80,000千円、全株三井物産に第三者割当@500円。昭45.3期の主要販売先・小麦粉仕入先に三井物産、大株主739,333株(7.4%)
    • [32]東京水産興業は1948年4月5日に東都水産から分離独立し設立、冷凍鮪対米輸出が主。魚肉ハム・ソーセージ・缶詰・漁撈へ拡大したが昭35.3期に1億2千万円の欠損(資本金1千7百万円)。1960年7月に親会社三井物産の仲介で東洋水産を吸収合併、形式上の存続会社は東京水産興業、実質は東洋水産で森和夫が代表、商号を東洋水産に変更
    • [33]東京水産興業は1948年4月5日に東都水産から分離独立し設立、冷凍鮪対米輸出が主。魚肉ハム・ソーセージ・缶詰・漁撈へ拡大したが昭35.3期に1億2千万円の欠損(資本金1千7百万円)。1960年7月に親会社三井物産の仲介で東洋水産を吸収合併、形式上の存続会社は東京水産興業、実質は東洋水産で森和夫が代表、商号を東洋水産に変更
    • [34]東京水産興業は1948年4月5日に東都水産から分離独立し設立、冷凍鮪対米輸出が主。魚肉ハム・ソーセージ・缶詰・漁撈へ拡大したが昭35.3期に1億2千万円の欠損(資本金1千7百万円)。1960年7月に親会社三井物産の仲介で東洋水産を吸収合併、形式上の存続会社は東京水産興業、実質は東洋水産で森和夫が代表、商号を東洋水産に変更
    • [35]東京水産興業は1948年4月5日に東都水産から分離独立し設立、冷凍鮪対米輸出が主。魚肉ハム・ソーセージ・缶詰・漁撈へ拡大したが昭35.3期に1億2千万円の欠損(資本金1千7百万円)。1960年7月に親会社三井物産の仲介で東洋水産を吸収合併、形式上の存続会社は東京水産興業、実質は東洋水産で森和夫が代表、商号を東洋水産に変更
    • [36]1956年魚肉ハム・ソーセージ、1957年缶詰・冷凍事業。季節変動のため昭45.3期末パートタイマー約340名。1961年に冬期の余剰労働力活用のため即席麺類の製造を開始
    • [38]1956年魚肉ハム・ソーセージ、1957年缶詰・冷凍事業。季節変動のため昭45.3期末パートタイマー約340名。1961年に冬期の余剰労働力活用のため即席麺類の製造を開始
    • [39]1956年魚肉ハム・ソーセージ、1957年缶詰・冷凍事業。季節変動のため昭45.3期末パートタイマー約340名。1961年に冬期の余剰労働力活用のため即席麺類の製造を開始
  • 橋本晃明「東洋水産の歴史」(森和夫)2017年
    • [28]販売網強化のため1960年に三井物産と提携
    • [37]マグロ輸出や魚肉ハムソー事業は冬に閑散期があり、冬場に需要のあるラーメンで補う目的
  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [31]1960年7月、東京水産興業株式会社と合併し同社所有の焼津工場を取得
    • [40]1961年4月即席麺の生産開始、1962年5月マルちゃんマークの使用開始

出典・参考

4件
出典・参考
  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
  • 証券 22(10)(259) 1970年(新規上場会社紹介)
  • 政治と経済 1987年「さすが「マルちゃん」の実力発揮――東洋水産」
  • 橋本晃明「東洋水産の歴史」(森和夫)2017年

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