東洋水産 の歴史

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創業 1953年
創業者 森和夫
創業地 東京都中央区
創業
1953年3月、森和夫氏が東京・築地の魚市場内に横須賀水産株式会社を設立した。冷凍鮪の輸出と国内水産物の卸から始め、1955年に川崎で冷蔵庫、1956年に魚肉ハム・ソーセージへと、動物性たんぱく源を扱う商いの隣へ次々に広げ、同年には商号を東洋水産へ改めている。冬に需要の細る水産加工を補う収益源を求めて、1961年には即席麺の生産へ踏み出し、翌1962年に長女のあだ名から採った『マルちゃん』マークを掲げた。ただし1958年に市場を開拓した日清食品から3年遅れた後発で、1970年の東証二部上場時も市場占有率8%の業界5位にすぎなかった。
決断
輸出で需要を確かめてから、はじめて工場を建ててきた。冷凍鮪と魚肉ソーセージの冷凍・物流の上に1961年の即席麺を載せて国内の商売を組み立て、1972年に米国への輸出を始め、1987年と1989年に現地生産へ移した。1994年には約100億円を投じてカリフォルニア州アーバインへ米国第3工場を建てた。ここで選んだのは日本流の品質を掲げる道ではなく、増え続ける低所得の移民層の食費に溶け込む値付けと味に商品を寄せ切る道だった。同じ順序で米国の工場は4つに増え、次は袋麺が伸びるメキシコで自前の工場を建てる。
現況
連結の収益源は日本ではなく北米である。2026年3月期の連結売上高5,366億円・営業利益858億円のうち、海外即席麺事業が売上2,481億円・営業利益636億円と利益の7割強を稼ぐ。利益率は25.6%で、国内即席麺事業の10.0%を大きく上回る。この収益力が手元資金を厚くし、2025年3月期末の現預金は2,570億円に達した。会社は蓄えをカリフォルニア新工場の増産へ振り向け、3ヵ年で設備投資1,300億円以上と総還元性向70%を掲げ、現預金を積み増さない方針へ転じた。低温食品や冷蔵を併せ持つ総合食品会社だが、利益の実体は北米で売る安価な即席麺にある。
競合
国内では一度も首位に立っていない。1958年にチキンラーメンで市場を開拓した日清食品に先を越され、1970年の上場時も明星食品・サンヨー食品・エースコックに及ばぬ5位だった。逆転は米国で起きた。1994年に東洋水産と日清食品が相次いで米国第3工場を稼働させたころ、市場は値崩れでキャンベル以外が退き、月ごとに首位が入れ替わる消耗戦だった。安さで優位を築き、米国の年間51億食の6割超とメキシコの約8割を握った。日本では『赤いきつね』『緑のたぬき』を抱えて2位にとどまるが、メキシコでは1食10ペソ以下と乾燥パスタやタコスより安い日常食として定着させた。
東洋水産:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

創業ストーリー 築地で始まった「冷凍鮪輸出」から即席麺メーカーへ転じた創業期 (1953年〜)

横須賀水産として築地に始まった水産物商社

1953年3月、森和夫氏は東京都中央区の築地魚市場内に『横須賀水産株式会社』を設立し、冷凍鮪の輸出および国内水産物の取扱を開始した[1]。社名の『横須賀』は森氏の出身地・神奈川県横須賀市に由来し、戦後復興期の食料需要を見据えた水産商社としての創業だった。同社の最初の事業は冷凍鮪を海外へ輸出する貿易と、国内水産物を市場へ流す卸の併走で、戦後の食糧不足のなかで動物性たんぱく源としての水産物を扱う事業者として始まった。1955年12月、神奈川県川崎市に冷蔵庫を取得し、冷蔵庫事業を開始[2]。これが後年の『冷蔵事業セグメント』の起点であり、水産物の保管・物流機能を内製化する第一歩となった。

  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1953年3月 築地魚市場内に横須賀水産株式会社を設立、冷凍鮪の輸出及び国内水産物の取扱を開始
    • [2]1955年12月 神奈川県川崎市に冷蔵庫を取得し冷蔵庫事業を開始

1956年6月、東洋水産は魚肉ハム・ソーセージの生産を開始した[3]。当時の日本では魚肉ソーセージは安価な動物性たんぱく源として普及が広がっており、水産物の鮮魚販売だけでなく加工食品としての展開を視野に入れた事業多角化が始まった。1956年に商号を『東洋水産株式会社』へ変更[4](公式記録は社名変更年)、1957年8月に東京都港区港南の現在地に本社を移転[5]、創業から4年で水産商社・加工食品メーカー・冷蔵事業者の三本柱の体裁を整えた。

  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [3]1956年6月 魚肉ハム・ソーセージの生産を開始
    • [4]1956年に商号を東洋水産株式会社へ変更(沿革では1956年7月に東洋水産株式会社へ商号変更)
    • [5]1957年8月 東京都港区港南の現在地に本社を移転
  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1953年3月 築地魚市場内に横須賀水産株式会社を設立、冷凍鮪の輸出及び国内水産物の取扱を開始
    • [2]1955年12月 神奈川県川崎市に冷蔵庫を取得し冷蔵庫事業を開始
    • [3]1956年6月 魚肉ハム・ソーセージの生産を開始
    • [4]1956年に商号を東洋水産株式会社へ変更(沿革では1956年7月に東洋水産株式会社へ商号変更)
    • [5]1957年8月 東京都港区港南の現在地に本社を移転

即席麺事業への参入とマルちゃんブランドの確立(1961〜1972)

1960年7月、東洋水産は東京水産興業株式会社と合併し[6]、同社所有の焼津工場を取得した。同社の事業拡大期にあたり、加工拠点の拡張と水産物供給ネットワークの広域化が進んだ。そして1961年4月、東洋水産は即席麺の生産を開始した[7]。1958年の日清食品『チキンラーメン』発売から3年で参入する形で、即席麺市場への後発参入だった。だが東洋水産は1962年5月に『マルちゃんマーク』の使用を開始し[8]、即席麺ブランドの独自性を示した。『マルちゃん』は森和夫氏の長女・佳子氏の幼少期のあだ名に由来するとされ、家族的・親しみやすいブランド名として浸透した。

  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [6]1960年7月 東京水産興業株式会社と合併し焼津工場を取得
    • [7]1961年4月 即席麺の生産を開始
    • [8]1962年5月 マルちゃんマークの使用を開始

1964年2月の埼玉工場新設[9]、1965年3月の相模工場新設[10]、1966年6月の山梨県田富町(現中央市)の丸協食品工業株式会社(現甲府東洋株式会社、現連結子会社)の子会社化[11]、1967年4月の福岡工場新設[12]、1969年7月の青森県八戸市での八戸東洋株式会社設立[13]と、1960年代を通じて即席麺と加工食品の生産拠点を全国に新設した。マルちゃんブランドは『赤いきつね』『緑のたぬき』(1978年発売予定の主力商品の前段)『マルちゃん正麺』等の主力商品で、即席麺カテゴリ内で日清食品に次ぐ業界2位の地位を獲得した。1970年9月、東洋水産は東京証券取引所市場第二部に株式上場[14]、1972年9月に大阪・名古屋各市場第二部[15]、1973年8月に東京・大阪・名古屋各第一部へ指定替え[16]と、創業から20年で上場企業の規模に成長した。

  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [9]1964年2月 埼玉工場新設
    • [10]1965年3月 相模工場新設
    • [11]1966年6月 山梨県田富町(現中央市)の丸協食品工業株式会社(現甲府東洋株式会社、現連結子会社)を子会社化
    • [12]1967年4月 福岡工場新設
    • [13]1969年7月 青森県八戸市に八戸東洋株式会社を設立
    • [14]1970年9月 東京証券取引所市場第二部に株式上場
    • [15]1972年9月 大阪・名古屋各証券取引所市場第二部に株式上場
    • [16]1973年8月 東京・大阪・名古屋各証券取引所市場第一部に指定替え
  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】
    • [6]1960年7月 東京水産興業株式会社と合併し焼津工場を取得
    • [7]1961年4月 即席麺の生産を開始
    • [8]1962年5月 マルちゃんマークの使用を開始
    • [9]1964年2月 埼玉工場新設
    • [10]1965年3月 相模工場新設
    • [11]1966年6月 山梨県田富町(現中央市)の丸協食品工業株式会社(現甲府東洋株式会社、現連結子会社)を子会社化
    • [12]1967年4月 福岡工場新設
    • [13]1969年7月 青森県八戸市に八戸東洋株式会社を設立
    • [14]1970年9月 東京証券取引所市場第二部に株式上場
    • [15]1972年9月 大阪・名古屋各証券取引所市場第二部に株式上場
    • [16]1973年8月 東京・大阪・名古屋各証券取引所市場第一部に指定替え

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東洋水産の沿革1953〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1953〜1972年築地で始まった「冷凍鮪輸出」から即席麺メーカーへ転じた創業期築地魚市場内に横須賀水産を設立
冷凍鮪の輸出・国内水産物の取扱を開始
冷蔵庫事業に参入★★
魚肉ハム・ソーセージの生産を開始★★
東京水産興業と合併★★
水産商社から即席麺への転身——「マルちゃん」で加工食品へ踏み出す(1961)

1961年4月、冷凍マグロの輸出と魚肉ハム・ソーセージを軸としてきた水産物商社の東洋水産(森和夫社長)が、成長期の即席ラーメン市場へ即席麺の生産で参入し、翌1962年5月に『マルちゃん』マークを掲げてブランドを立ち上げた経営判断。これを境に、水産ベンチャーは加工食品メーカーへと主業を移していった。

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★★★
マルちゃんマークの使用開始
丸協食品工業を子会社化
福岡工場を新設
東京証券取引所市場第二部に株式上場
伊達食品を子会社化
1972〜2013年海外即席麺市場での支配的シェアを築いた成長期東京・大阪・名古屋各証券取引所市場第一部に指定替え
生麺の生産を開始
豊醤油に資本参加
酒悦に資本参加
CIシステムの一環としてTSマークの使用開始
パックマル,INC.を設立
マルチャンバージニア,INC.を設立★★
新東物産を設立
伊万里東洋を設立
北米即席麺市場の現地化戦略——米国第3工場(アーバイン)と「本国が知らぬ米国首位」

1987年の米国進出以来の北米即席麺事業を、1994年に約100億円を投じたカリフォルニア州アーバインの米国第3工場竣工で面として固めた経営判断。国内で日清食品に水をあけられた『万年2位』の東洋水産が、移民市場という別の土俵で米国とメキシコの首位を築いた海外戦略である。森和夫社長・橋本晃明専務のもとで進められた。

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★★★
フレッシュダイナーを設立
ミツワデイリーを設立
ユタカフーズが東京証券取引所市場第二部に株式上場
堤殷田子製氷を吸収合併
堤殷上場子会社フクシマフーズを株式交換により完全子会社化
2014〜2026年住本憲隆氏在任中の海外即席麺事業主導と「マルちゃんブランド」のグローバル化住本憲隆カリフォルニア新工場への能力投資——蓄積資金を北米即席麺の増産へ振り向ける転換

2020年代、北米即席麺の需要拡大に既存の米国4工場の供給が追いつかなくなった東洋水産が、カリフォルニアに新工場を設けて生産能力を現状比で約2割高める能力投資に踏み切った経営判断。長く大型投資を抑えて手元資金を積み上げてきた同社が、蓄積資金を北米の増産へ振り向ける資本配分の転換でもあり、海外事業出身の住本憲隆社長のもとで進められている。

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★★★
出典・参考
  • 東洋水産 有価証券報告書 第77期(2025年3月期)【沿革】

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