決断
自ら選んで持ったのではない設備を、使い道のほうで作り替えてきた。1951年に社長へ就任した木村鉱二郎氏は、倉庫が生む安定収益を食品の設備投資へ充当する方針を掲げ、冷蔵倉庫業から冷力を核とする総合食品企業へ定義し直した。缶詰を1951年、調理冷凍食品を1952年、畜産を1956年と、冷やす能力の隣へ順に商品を並べている。1980年代末には保管面積ではなく処理能力を評価軸に据え、1993年に大手スーパー専用の総合物流センターを稼働させ、1998年に3PLへ参入した。2005年4月には純粋持株会社へ移行して五つの事業会社へ分割し、食品と物流をそれぞれの会社の判断に委ねた。
2005年 持株会社化と五社分割
業績の推移2004 2005 2010 売上高(億円) 4,966 4,614 4,381 純利益率(%) -0.4 1.3 2.1 1989年 システム物流・3PLへ転換
業績の推移1989 1994 売上高(億円) 3,408 5,234 純利益率(%) 1.0 1.0 1951年 コールド・ベルトによる総合食品化