本田弘敏
東京ガス・元取締役社長
社長就任 1953年
生年月日 —
学歴 東京高等商業学校
出自 —
社長就任までの出自
出自
1898年9月22日、熊本県上益城郡陣村(現・御船町)に父四郎氏・母とよ氏の三男として生まれた。祖父直記氏は村長を4期、父も3期務めた家柄だった。熊本中学から東京高等商業学校へ進み、就職難の1921年春に卒業して東京瓦斯へ入社した。関東大震災の後始末にあたり、昭和初期の不況期には最年少の麻布営業所長を務め、1932年3月には欧州のガス事情視察に派遣された。
社長に選ばれた経緯
在任中の主な施策
施策
1948年からの復興5カ年計画に続き、1953年からは施設拡充5カ年計画を進めた。1952年4月には千住工場で油ガス発生装置を稼働させ、原料を石炭から石油へ移す先鞭をつけた。1957年3月完成の豊洲工場では一酸化炭素の含有量が問題となり、コンバーターを据えて18%から5%以下へ下げた。1962年には需用家200万世帯が持つガス器具700万個を半年で調整し、10月1日にガスの熱量を3,600キロカロリーから5,000キロカロリーへ引き上げた。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1921〜1967年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-