第1章 年〜年

住友倉庫:住友家の個人営業での倉庫業開始と港運業務への参入

1899年〜富島町の土蔵を雑穀問屋に貸した貸庫と、住友銀行から分かれた2,726坪の住友倉庫

住友家の倉庫業は、1873年に営業の本部を大阪・川口の富島町へ移したところから始まった。新設の事務所に付属する土蔵倉庫を、一部だけ外部へ賃貸したのが最初の取引である。富島町に軒を並べる雑穀問屋から保管の場所を求められ、住友家はそれに応じた。富島町での賃貸は、1955年時点で住友倉庫が営む「貸庫」業務の源流にあたった。倉庫業は計画して興した事業ではなく、問屋街に本部を構えた立地から生まれた事業とみられる。

  • 会社銀行八十年史 1955「住友倉庫」
    • [1]1873年、住友家は営業本部を大阪川口の富島町へ移し、新設事務所付属の土蔵倉庫の一部を近隣の雑穀問屋の求めで賃貸した。これが「貸庫」で同社事業の始まり
    • [3]1873年、住友家は営業本部を大阪川口の富島町へ移し、新設事務所付属の土蔵倉庫の一部を近隣の雑穀問屋の求めで賃貸した。これが「貸庫」で同社事業の始まり
    • [5]1873年、住友家は営業本部を大阪川口の富島町へ移し、新設事務所付属の土蔵倉庫の一部を近隣の雑穀問屋の求めで賃貸した。これが「貸庫」で同社事業の始まり
    • [6]1873年、住友家は営業本部を大阪川口の富島町へ移し、新設事務所付属の土蔵倉庫の一部を近隣の雑穀問屋の求めで賃貸した。これが「貸庫」で同社事業の始まり
  • 企業の歴史 明治百年 1968「住友倉庫」
    • [2]住友家の倉庫業務は1873年に大阪富島町に店舗を開設し、その一部を賃貸したことに始まる
    • [4]住友家の倉庫業務は1873年に大阪富島町に店舗を開設し、その一部を賃貸したことに始まる

住友家は1895年に住友銀行を設立し、倉庫業務をその営業部門の1つに組み入れた。倉庫課という課の名で、貸庫の業務は銀行の組織に収まった。銀行の倉庫が担った役割について、2000年に社長の宇治常美氏は『品物を担保にとってお金を貸すわけですね。』と語った。倉庫の荷を担保とする金融の結びつきは、1916年の米穀金融の引き受けにも引き継がれた。銀行の中に倉庫を抱えたのは、担保の品を自行の管理下に置くためと推察される。

  • 会社銀行八十年史 1955「住友倉庫」
    • [7]1895年に住友銀行が設立され、倉庫業務は同行の一営業部門となった。1916年に米穀金融を銀行から引き受け担保保管のため東京へ進出
    • [10]1895年に住友銀行が設立され、倉庫業務は同行の一営業部門となった。1916年に米穀金融を銀行から引き受け担保保管のため東京へ進出
  • 企業の歴史 明治百年 1968「住友倉庫」
    • [8]倉庫業務はのちに住友銀行倉庫課に移管された
  • トランスポート 2000年3月号「企業トップ登場 (株)住友倉庫 宇治常美社長に聞く」
    • [9]2000年に社長の宇治常美氏が、同社の発祥は住友銀行の倉庫部で、品物を担保に金を貸す業務から倉庫業が始まったと説明

1899年7月、倉庫業務は住友銀行から分離独立し、住友家の個人営業として住友倉庫の商号で事業を始めた。本店は大阪の中之島、支店は神戸の兵庫に置かれ、経営坪数は2,726坪であった。開業の時点から、大阪と神戸の両港に拠点を構える2店体制をとった。銀行の一課だった倉庫は、住友本店の倉庫部として独立した組織になった。銀行から切り離したのは、倉庫を担保金融の付属物から、保管料を得る独立の事業へ変える判断だったのだろう。

  • 会社銀行八十年史 1955「住友倉庫」
    • [11]1899年、住友家の個人経営として創立。本店を大阪市中之島、支店を神戸市兵庫に置き、経営坪数は2,726坪。銀行の一営業部門からの分離独立
    • [13]1899年、住友家の個人経営として創立。本店を大阪市中之島、支店を神戸市兵庫に置き、経営坪数は2,726坪。銀行の一営業部門からの分離独立
    • [14]1899年、住友家の個人経営として創立。本店を大阪市中之島、支店を神戸市兵庫に置き、経営坪数は2,726坪。銀行の一営業部門からの分離独立
  • 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [12]1899年7月、住友家の個人営業で住友倉庫の商号により倉庫業を開始し、本店を大阪、支店を神戸に設置
    • [15]1899年7月、住友家の個人営業で住友倉庫の商号により倉庫業を開始し、本店を大阪、支店を神戸に設置
  • 企業の歴史 明治百年 1968「住友倉庫」
    • [16]1899年に住友銀行倉庫課から独立し、住友本店倉庫部として発足
参考文献[1]-[16]
  • 会社銀行八十年史 1955「住友倉庫」
    • [1]1873年、住友家は営業本部を大阪川口の富島町へ移し、新設事務所付属の土蔵倉庫の一部を近隣の雑穀問屋の求めで賃貸した。これが「貸庫」で同社事業の始まり
    • [3]1873年、住友家は営業本部を大阪川口の富島町へ移し、新設事務所付属の土蔵倉庫の一部を近隣の雑穀問屋の求めで賃貸した。これが「貸庫」で同社事業の始まり
    • [5]1873年、住友家は営業本部を大阪川口の富島町へ移し、新設事務所付属の土蔵倉庫の一部を近隣の雑穀問屋の求めで賃貸した。これが「貸庫」で同社事業の始まり
    • [6]1873年、住友家は営業本部を大阪川口の富島町へ移し、新設事務所付属の土蔵倉庫の一部を近隣の雑穀問屋の求めで賃貸した。これが「貸庫」で同社事業の始まり
    • [7]1895年に住友銀行が設立され、倉庫業務は同行の一営業部門となった。1916年に米穀金融を銀行から引き受け担保保管のため東京へ進出
    • [10]1895年に住友銀行が設立され、倉庫業務は同行の一営業部門となった。1916年に米穀金融を銀行から引き受け担保保管のため東京へ進出
    • [11]1899年、住友家の個人経営として創立。本店を大阪市中之島、支店を神戸市兵庫に置き、経営坪数は2,726坪。銀行の一営業部門からの分離独立
    • [13]1899年、住友家の個人経営として創立。本店を大阪市中之島、支店を神戸市兵庫に置き、経営坪数は2,726坪。銀行の一営業部門からの分離独立
    • [14]1899年、住友家の個人経営として創立。本店を大阪市中之島、支店を神戸市兵庫に置き、経営坪数は2,726坪。銀行の一営業部門からの分離独立
  • 企業の歴史 明治百年 1968「住友倉庫」
    • [2]住友家の倉庫業務は1873年に大阪富島町に店舗を開設し、その一部を賃貸したことに始まる
    • [4]住友家の倉庫業務は1873年に大阪富島町に店舗を開設し、その一部を賃貸したことに始まる
    • [8]倉庫業務はのちに住友銀行倉庫課に移管された
    • [16]1899年に住友銀行倉庫課から独立し、住友本店倉庫部として発足
  • トランスポート 2000年3月号「企業トップ登場 (株)住友倉庫 宇治常美社長に聞く」
    • [9]2000年に社長の宇治常美氏が、同社の発祥は住友銀行の倉庫部で、品物を担保に金を貸す業務から倉庫業が始まったと説明
  • 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [12]1899年7月、住友家の個人営業で住友倉庫の商号により倉庫業を開始し、本店を大阪、支店を神戸に設置
    • [15]1899年7月、住友家の個人営業で住友倉庫の商号により倉庫業を開始し、本店を大阪、支店を神戸に設置

1902年〜築港へ下った大阪港での海上業務と、米穀の担保を預かって出た東京支店

独立後の住友倉庫は1902年に日本倉庫を買収し、大阪南部へ進出する足がかりを得た。大阪港の中心は富島町から次第に南へ移り、築港方面が荷の集まる場所となった。港の南下に合わせ、住友倉庫は1914年に大阪で海上業務を開始し、1915年には築港事務所を設けた。1917年から1918年には、大阪港と神戸港で港湾運送業務に着手した。大阪商船・日本郵船を含む海運会社と荷捌・船内荷役の契約を結び、取り扱いは30余りの航路に及んだ。保管だけの倉庫では港の移動に取り残されるため、荷の揚げ降ろしまで扱う体制へ広げたと考えられる。

  • 企業の歴史 明治百年 1968「住友倉庫」
    • [17]1902年に日本倉庫を買収して大阪南部進出の足がかりとし、1915年に築港事務所を開設。1917-18年に大阪港・神戸港で港湾運送業務に着手し、大阪商船・日本郵船などと荷捌・船内荷役の契約を結び30余航路を取り扱った
    • [19]1902年に日本倉庫を買収して大阪南部進出の足がかりとし、1915年に築港事務所を開設。1917-18年に大阪港・神戸港で港湾運送業務に着手し、大阪商船・日本郵船などと荷捌・船内荷役の契約を結び30余航路を取り扱った
    • [21]1902年に日本倉庫を買収して大阪南部進出の足がかりとし、1915年に築港事務所を開設。1917-18年に大阪港・神戸港で港湾運送業務に着手し、大阪商船・日本郵船などと荷捌・船内荷役の契約を結び30余航路を取り扱った
    • [22]1902年に日本倉庫を買収して大阪南部進出の足がかりとし、1915年に築港事務所を開設。1917-18年に大阪港・神戸港で港湾運送業務に着手し、大阪商船・日本郵船などと荷捌・船内荷役の契約を結び30余航路を取り扱った
  • 会社銀行八十年史 1955「住友倉庫」
    • [18]1914年、大阪港の中心が富島町から南下して築港方面に移ったのに対応し、大阪で海上業務を開始
    • [20]1914年、大阪港の中心が富島町から南下して築港方面に移ったのに対応し、大阪で海上業務を開始

1916年、住友倉庫は米穀金融を銀行から引き受け、その担保を保管する目的で東京へ進出した。同じ年に置いた東京出張所は、大阪・神戸以外で初めての拠点となった。出張所は1919年1月に東京支店へ格上げされた。港の荷役から入った大阪の築港とは異なり、東京は金融の担保を預かる用途から始まる拠点であった。銀行の貸す米を自前の蔵で預かれば、住友の銀行と倉庫で金融と保管を一手に担えたと思われる。

  • 会社銀行八十年史 1955「住友倉庫」
    • [23]1916年、米穀金融を銀行から引き受け、担保保管の目的で東京に進出
    • [26]1916年、米穀金融を銀行から引き受け、担保保管の目的で東京に進出
  • 企業の歴史 明治百年 1968「住友倉庫」
    • [24]1916年に東京出張所を開設
    • [27]1916年に東京出張所を開設
  • 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [25]1919年1月、東京支店を設置

1921年2月、住友総本店の合資会社への改組に伴い、倉庫業は住友合資会社倉庫部へ組み替えられた。住友家の個人営業だった倉庫業は、これで合資会社という法人の一部門となった。大阪・神戸・東京の倉庫業と港湾運送業は、合資会社のもとで1つの部に集められた。1923年8月の分離独立の時点で、経営坪数は1899年の2,726坪から41,193坪に達した。法人の一部門として組織が切り分けられたことが、倉庫部だけを株式会社として独立させる前提になったと推測される。

  • 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [28]1921年2月、住友合資会社倉庫部に改組。1923年8月に株式会社住友倉庫を設立し、住友合資会社の大阪・神戸・東京における倉庫業・港湾運送業を継承
    • [31]1921年2月、住友合資会社倉庫部に改組。1923年8月に株式会社住友倉庫を設立し、住友合資会社の大阪・神戸・東京における倉庫業・港湾運送業を継承
  • 会社銀行八十年史 1955「住友倉庫」
    • [29]1921年2月、住友総本店が合資組織に改組され住友合資の倉庫部となった。1923年8月に分離独立し株式会社住友倉庫として資本金1,500万円で発足、経営坪数は41,193坪
    • [30]1921年2月、住友総本店が合資組織に改組され住友合資の倉庫部となった。1923年8月に分離独立し株式会社住友倉庫として資本金1,500万円で発足、経営坪数は41,193坪
    • [32]1921年2月、住友総本店が合資組織に改組され住友合資の倉庫部となった。1923年8月に分離独立し株式会社住友倉庫として資本金1,500万円で発足、経営坪数は41,193坪
参考文献[17]-[32]
  • 企業の歴史 明治百年 1968「住友倉庫」
    • [17]1902年に日本倉庫を買収して大阪南部進出の足がかりとし、1915年に築港事務所を開設。1917-18年に大阪港・神戸港で港湾運送業務に着手し、大阪商船・日本郵船などと荷捌・船内荷役の契約を結び30余航路を取り扱った
    • [19]1902年に日本倉庫を買収して大阪南部進出の足がかりとし、1915年に築港事務所を開設。1917-18年に大阪港・神戸港で港湾運送業務に着手し、大阪商船・日本郵船などと荷捌・船内荷役の契約を結び30余航路を取り扱った
    • [21]1902年に日本倉庫を買収して大阪南部進出の足がかりとし、1915年に築港事務所を開設。1917-18年に大阪港・神戸港で港湾運送業務に着手し、大阪商船・日本郵船などと荷捌・船内荷役の契約を結び30余航路を取り扱った
    • [22]1902年に日本倉庫を買収して大阪南部進出の足がかりとし、1915年に築港事務所を開設。1917-18年に大阪港・神戸港で港湾運送業務に着手し、大阪商船・日本郵船などと荷捌・船内荷役の契約を結び30余航路を取り扱った
    • [24]1916年に東京出張所を開設
    • [27]1916年に東京出張所を開設
  • 会社銀行八十年史 1955「住友倉庫」
    • [18]1914年、大阪港の中心が富島町から南下して築港方面に移ったのに対応し、大阪で海上業務を開始
    • [20]1914年、大阪港の中心が富島町から南下して築港方面に移ったのに対応し、大阪で海上業務を開始
    • [23]1916年、米穀金融を銀行から引き受け、担保保管の目的で東京に進出
    • [26]1916年、米穀金融を銀行から引き受け、担保保管の目的で東京に進出
    • [29]1921年2月、住友総本店が合資組織に改組され住友合資の倉庫部となった。1923年8月に分離独立し株式会社住友倉庫として資本金1,500万円で発足、経営坪数は41,193坪
    • [30]1921年2月、住友総本店が合資組織に改組され住友合資の倉庫部となった。1923年8月に分離独立し株式会社住友倉庫として資本金1,500万円で発足、経営坪数は41,193坪
    • [32]1921年2月、住友総本店が合資組織に改組され住友合資の倉庫部となった。1923年8月に分離独立し株式会社住友倉庫として資本金1,500万円で発足、経営坪数は41,193坪
  • 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [25]1919年1月、東京支店を設置
    • [28]1921年2月、住友合資会社倉庫部に改組。1923年8月に株式会社住友倉庫を設立し、住友合資会社の大阪・神戸・東京における倉庫業・港湾運送業を継承
    • [31]1921年2月、住友合資会社倉庫部に改組。1923年8月に株式会社住友倉庫を設立し、住友合資会社の大阪・神戸・東京における倉庫業・港湾運送業を継承

出典・参考

4件
出典・参考
  • 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
  • 会社銀行八十年史 1955「住友倉庫」
  • 企業の歴史 明治百年 1968「住友倉庫」
  • トランスポート 2000年3月号「企業トップ登場 (株)住友倉庫 宇治常美社長に聞く」

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