ジェイエスピー:日本スチレンペーパーの設立と発泡ポリスチレンペーパーの製造
1962年〜米サンケミカルの技術を入れた日本スチレンペーパーと、平塚で始めた「第三の紙」の製造
日本瓦斯化学工業(現・三菱瓦斯化学)は1962年1月、全額出資の子会社として日本スチレンペーパーを設立した。設立の目的に掲げたのは、発泡技術を主体とするプラスチック製品の事業。きっかけは、ポリスチレンを発泡させてシート状にするスチレンペーパーの技術を、米国のサンケミカル・コーポレーションから導入する計画だった。親会社にとってこの事業は従来の分野から外れた新規事業で、他社との合弁も選択肢に入っていたことから、本体の一部門にはしなかった。合弁の余地を残すには、独立した法人のほうが他社の出資を受け入れやすかったのだろう。
- 有価証券報告書【沿革】
- [1]1962年1月、日本瓦斯化学工業の出資で日本スチレンペーパーを設立(発泡技術主体のプラスチック製品事業が目的)
- [2]1962年1月、日本瓦斯化学工業の出資で日本スチレンペーパーを設立(発泡技術主体のプラスチック製品事業が目的)
- 証券 42(4)(493) 1990年4月
- [3]米サンケミカルからスチレンペーパー技術を導入する際、親会社の分野外の新規事業で他社との合弁も考えられたため、100%出資会社として1962年1月に設立
- [4]米サンケミカルからスチレンペーパー技術を導入する際、親会社の分野外の新規事業で他社との合弁も考えられたため、100%出資会社として1962年1月に設立
日本スチレンペーパーは設立から10か月後の1962年11月、神奈川県平塚市で発泡ポリスチレンペーパーの製造を始めた。当時のスチレンペーパーは、『石油から造る「第三の紙」』として話題を集める段階にとどまっていた。製品として何に使うかという明確な用途はまだ無く、市場への普及もまだ始まっていない。1990年の時点では生鮮食品用トレーやインスタント食品用容器の素材となる製品だが、1962年の工場の稼働時にはその使い道は見えていなかった。設立の年のうちに製造へ入った初期は、作りながら買い手を探す時期だったと推察される。
- 有価証券報告書【沿革】
- [5]1962年11月、神奈川県平塚市で発泡ポリスチレンペーパーの製造を開始
- 証券 42(4)(493) 1990年4月
- [6]1962年11月に製造開始。当時は石油から造る「第三の紙」として話題の段階で、普及に至らず用途も明確でなかった。1990年時点ではトレー・インスタント食品容器の素材
- [7]1962年11月に製造開始。当時は石油から造る「第三の紙」として話題の段階で、普及に至らず用途も明確でなかった。1990年時点ではトレー・インスタント食品容器の素材
- [8]1962年11月に製造開始。当時は石油から造る「第三の紙」として話題の段階で、普及に至らず用途も明確でなかった。1990年時点ではトレー・インスタント食品容器の素材
参考文献[1]-[8]
- 有価証券報告書【沿革】
- [1]1962年1月、日本瓦斯化学工業の出資で日本スチレンペーパーを設立(発泡技術主体のプラスチック製品事業が目的)
- [2]1962年1月、日本瓦斯化学工業の出資で日本スチレンペーパーを設立(発泡技術主体のプラスチック製品事業が目的)
- [5]1962年11月、神奈川県平塚市で発泡ポリスチレンペーパーの製造を開始
- 証券 42(4)(493) 1990年4月
- [3]米サンケミカルからスチレンペーパー技術を導入する際、親会社の分野外の新規事業で他社との合弁も考えられたため、100%出資会社として1962年1月に設立
- [4]米サンケミカルからスチレンペーパー技術を導入する際、親会社の分野外の新規事業で他社との合弁も考えられたため、100%出資会社として1962年1月に設立
- [6]1962年11月に製造開始。当時は石油から造る「第三の紙」として話題の段階で、普及に至らず用途も明確でなかった。1990年時点ではトレー・インスタント食品容器の素材
- [7]1962年11月に製造開始。当時は石油から造る「第三の紙」として話題の段階で、普及に至らず用途も明確でなかった。1990年時点ではトレー・インスタント食品容器の素材
- [8]1962年11月に製造開始。当時は石油から造る「第三の紙」として話題の段階で、普及に至らず用途も明確でなかった。1990年時点ではトレー・インスタント食品容器の素材
1967年〜テレビの緩衝材とスーパーのトレーで広がった需要と、関西・九州・北海道に置いた3つの子会社
日本スチレンペーパーは1967年、無架橋タイプの発泡ポリエチレンシートを他社に先駆けて開発した。このシートはテレビの緩衝包装材に採用され、当時の会社の主力製品となった。1971年7月には栃木県の鹿沼工場を稼働させ、発泡ポリエチレンシートを「ミラマット」の名で製造し始めた。素材はスチレンペーパーのポリスチレンに加えて、ポリエチレンへ広がった。用途の定まらないスチレンペーパーとは別に、家電の梱包という買い手のはっきりした製品を持ったことが、設立後の経営を支えたと思われる。
- 証券 42(4)(493) 1990年4月
- [9]1967年に無架橋タイプの発泡ポリエチレンシートを他社に先駆けて開発し、テレビの緩衝包装材として当時の主力製品になった
- [10]1967年に無架橋タイプの発泡ポリエチレンシートを他社に先駆けて開発し、テレビの緩衝包装材として当時の主力製品になった
- [12]1967年に無架橋タイプの発泡ポリエチレンシートを他社に先駆けて開発し、テレビの緩衝包装材として当時の主力製品になった
- 有価証券報告書【沿革】
- [11]1971年7月、鹿沼工場が操業を開始し、発泡ポリエチレンシート(ミラマット)の製造を開始
スチレンペーパーに需要をもたらしたのは、スーパーマーケットの出現である。スーパーマーケットの数が増えるにつれ、その売り方に欠かせない生鮮食品用のトレーが大量に必要になった。スチレンペーパーは1970年代前半(昭和40年代後半)以降、このトレーの素材として普及した。1975年10月には、発泡ポリスチレンペーパーと合成樹脂加工品の開発・販売を目的とする子会社、日本ザンパックの設立。日本ザンパックはスチレンペーパーを加工してトレーなどを製造・販売する川下の事業を担った。素材の供給にとどまらずトレーへの加工まで手がけ、スーパーマーケットの需要を直接取り込もうとしたとみられる。
- 証券 42(4)(493) 1990年4月
- [13]スーパーマーケットの増加に伴い生鮮食品用トレーとして昭和40年代後半以降普及。1975年10月設立の日本ザンパックは川下のトレー等の製造・販売を担当
- [14]スーパーマーケットの増加に伴い生鮮食品用トレーとして昭和40年代後半以降普及。1975年10月設立の日本ザンパックは川下のトレー等の製造・販売を担当
- [15]スーパーマーケットの増加に伴い生鮮食品用トレーとして昭和40年代後半以降普及。1975年10月設立の日本ザンパックは川下のトレー等の製造・販売を担当
- [17]スーパーマーケットの増加に伴い生鮮食品用トレーとして昭和40年代後半以降普及。1975年10月設立の日本ザンパックは川下のトレー等の製造・販売を担当
- 有価証券報告書【沿革】
- [16]1975年10月、発泡ポリスチレンペーパー及び熱可塑性合成樹脂加工品の開発・販売を目的に日本ザンパックを設立
日本スチレンペーパーは1973年7月に子会社の新宮スチレンペーパーを設立し、関西地区へ進出した。続いて1977年9月に九州スチレンペーパー、1979年9月に北海道スチレンペーパーを設立し、九州と北海道にも拠点を置いた。製品も増やし、1978年7月に押出発泡ポリスチレンボード「ミラフォーム」、1980年4月に鹿沼第二工場で「ミラブロック」の製造を始めた。地域ごとに別会社を置く体制はのちに経営の非効率を目立たせ、1986年4月に3社を吸収合併するまで続いた。かさばる発泡製品を需要地の近くで作るには、地域ごとに法人を立てるのが早かったのだろう。
- 証券 42(4)(493) 1990年4月
- [18]1973年7月新宮スチレンペーパー(関西)、1977年9月九州スチレンペーパー、1979年9月北海道スチレンペーパーを設立。別会社経営の非効率が目立ち1986年4月に3社を吸収合併
- [19]1973年7月新宮スチレンペーパー(関西)、1977年9月九州スチレンペーパー、1979年9月北海道スチレンペーパーを設立。別会社経営の非効率が目立ち1986年4月に3社を吸収合併
- [21]1973年7月新宮スチレンペーパー(関西)、1977年9月九州スチレンペーパー、1979年9月北海道スチレンペーパーを設立。別会社経営の非効率が目立ち1986年4月に3社を吸収合併
- 有価証券報告書【沿革】
- [20]1978年7月ミラフォーム(押出発泡ポリスチレンボード)製造開始、1980年4月鹿沼第二工場でミラブロック製造開始
参考文献[9]-[21]
- 証券 42(4)(493) 1990年4月
- [9]1967年に無架橋タイプの発泡ポリエチレンシートを他社に先駆けて開発し、テレビの緩衝包装材として当時の主力製品になった
- [10]1967年に無架橋タイプの発泡ポリエチレンシートを他社に先駆けて開発し、テレビの緩衝包装材として当時の主力製品になった
- [12]1967年に無架橋タイプの発泡ポリエチレンシートを他社に先駆けて開発し、テレビの緩衝包装材として当時の主力製品になった
- [13]スーパーマーケットの増加に伴い生鮮食品用トレーとして昭和40年代後半以降普及。1975年10月設立の日本ザンパックは川下のトレー等の製造・販売を担当
- [14]スーパーマーケットの増加に伴い生鮮食品用トレーとして昭和40年代後半以降普及。1975年10月設立の日本ザンパックは川下のトレー等の製造・販売を担当
- [15]スーパーマーケットの増加に伴い生鮮食品用トレーとして昭和40年代後半以降普及。1975年10月設立の日本ザンパックは川下のトレー等の製造・販売を担当
- [17]スーパーマーケットの増加に伴い生鮮食品用トレーとして昭和40年代後半以降普及。1975年10月設立の日本ザンパックは川下のトレー等の製造・販売を担当
- [18]1973年7月新宮スチレンペーパー(関西)、1977年9月九州スチレンペーパー、1979年9月北海道スチレンペーパーを設立。別会社経営の非効率が目立ち1986年4月に3社を吸収合併
- [19]1973年7月新宮スチレンペーパー(関西)、1977年9月九州スチレンペーパー、1979年9月北海道スチレンペーパーを設立。別会社経営の非効率が目立ち1986年4月に3社を吸収合併
- [21]1973年7月新宮スチレンペーパー(関西)、1977年9月九州スチレンペーパー、1979年9月北海道スチレンペーパーを設立。別会社経営の非効率が目立ち1986年4月に3社を吸収合併
- 有価証券報告書【沿革】
- [11]1971年7月、鹿沼工場が操業を開始し、発泡ポリエチレンシート(ミラマット)の製造を開始
- [16]1975年10月、発泡ポリスチレンペーパー及び熱可塑性合成樹脂加工品の開発・販売を目的に日本ザンパックを設立
- [20]1978年7月ミラフォーム(押出発泡ポリスチレンボード)製造開始、1980年4月鹿沼第二工場でミラブロック製造開始
出典・参考
2件
- 有価証券報告書【沿革】
- 証券 42(4)(493) 1990年4月