第1章 年〜年

スギホールディングス:杉浦広一のスギ薬局創業と西尾での調剤併設の店づくり

1976年〜西尾市で薬剤師の夫妻が開いた一軒のスギ薬局と、法人にした株式会社スギ薬局

杉浦広一氏は1976年12月、出身地の愛知県西尾市にスギ薬局を創業した。杉浦広一氏は1974年に岐阜薬科大学製造薬学部を卒業して同年に鬼頭天昌堂薬局へ入社しており、独立は2年後の26歳。杉浦広一氏も副社長を務める妻も薬学部の出身で、薬を物販で売るだけでなく医療に役立ちたいという思いを抱いていた。杉浦広一氏は組織の型にはまる性分ではなく、会社勤めに向かないと自ら判断して独立を早めた。最初の店は20坪の売場から始め、創業の時点から処方箋調剤を担う薬局の形をとった。創業の動機が処方箋調剤にあった以上、店の規模より調剤の機能を先に据えたのは自然な順序だったとみられる。

  • スギホールディングス 有価証券報告書 2025年2月期【沿革】
    • [1]1976年12月、愛知県西尾市にスギ薬局を創業
  • 中部財界 43(9)(705) 2000年9月号「時の経営者(5) スギ薬局 杉浦広一社長」p16〜18
    • [2]杉浦広一氏は1950年生まれ、1974年岐阜薬科大学製造薬学部卒・鬼頭天昌堂薬局入社。1976年12月26歳で出身地西尾市に創業。サラリーマン不向きと自覚。20坪の店で創業当初から調剤薬局の形
    • [4]杉浦広一氏は1950年生まれ、1974年岐阜薬科大学製造薬学部卒・鬼頭天昌堂薬局入社。1976年12月26歳で出身地西尾市に創業。サラリーマン不向きと自覚。20坪の店で創業当初から調剤薬局の形
    • [5]杉浦広一氏は1950年生まれ、1974年岐阜薬科大学製造薬学部卒・鬼頭天昌堂薬局入社。1976年12月26歳で出身地西尾市に創業。サラリーマン不向きと自覚。20坪の店で創業当初から調剤薬局の形
  • 証券アナリストジャーナル 38(8) 2000年8月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)
    • [3]杉浦広一氏も副社長の妻も薬学部出身で、物販にとどまらず医療に役立ちたいとの願望から処方箋調剤に関わった

杉浦広一氏は1982年3月、西尾市で株式会社スギ薬局を設立し、個人の薬局を法人に改めた。会社の事業として掲げたのは、医薬品・健康食品・化粧品・日用品の販売と、処方せん調剤の提供である。ただ医薬分業は薬剤師の経営者が将来に期待を寄せる構想にとどまり、処方箋は創業から約20年、院外へほとんど出てこなかった。杉浦広一氏はこの期間も処方箋調剤への関与を続け、一般薬・化粧品・日用品の物販と調剤を1つの店で併せて営んだ。日本の多くのドラッグストアが調剤設備を置かず売場の拡大で物販を増やしたのに対し、スギ薬局は調剤の機能を残した。調剤が収益にならない時期を物販で支える構造が、法人化の前後を通じて店の運営の土台になったと推察される。

  • スギホールディングス 有価証券報告書 2025年2月期【沿革】
    • [6]1982年3月、愛知県西尾市に株式会社スギ薬局を設立。事業目的は医薬品・健康食品・化粧品・日用品の販売と処方せん調剤
    • [7]1982年3月、愛知県西尾市に株式会社スギ薬局を設立。事業目的は医薬品・健康食品・化粧品・日用品の販売と処方せん調剤
  • 証券アナリストジャーナル 38(8) 2000年8月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)
    • [8]医薬分業は語られながら約20年処方箋がほぼ院外に出なかった。スギ薬局は物販と調剤を併営し、多くのドラッグストアは調剤設備を持たず物販拡大
    • [9]医薬分業は語られながら約20年処方箋がほぼ院外に出なかった。スギ薬局は物販と調剤を併営し、多くのドラッグストアは調剤設備を持たず物販拡大
    • [10]医薬分業は語られながら約20年処方箋がほぼ院外に出なかった。スギ薬局は物販と調剤を併営し、多くのドラッグストアは調剤設備を持たず物販拡大
参考文献[1]-[10]
  • スギホールディングス 有価証券報告書 2025年2月期【沿革】
    • [1]1976年12月、愛知県西尾市にスギ薬局を創業
    • [6]1982年3月、愛知県西尾市に株式会社スギ薬局を設立。事業目的は医薬品・健康食品・化粧品・日用品の販売と処方せん調剤
    • [7]1982年3月、愛知県西尾市に株式会社スギ薬局を設立。事業目的は医薬品・健康食品・化粧品・日用品の販売と処方せん調剤
  • 中部財界 43(9)(705) 2000年9月号「時の経営者(5) スギ薬局 杉浦広一社長」p16〜18
    • [2]杉浦広一氏は1950年生まれ、1974年岐阜薬科大学製造薬学部卒・鬼頭天昌堂薬局入社。1976年12月26歳で出身地西尾市に創業。サラリーマン不向きと自覚。20坪の店で創業当初から調剤薬局の形
    • [4]杉浦広一氏は1950年生まれ、1974年岐阜薬科大学製造薬学部卒・鬼頭天昌堂薬局入社。1976年12月26歳で出身地西尾市に創業。サラリーマン不向きと自覚。20坪の店で創業当初から調剤薬局の形
    • [5]杉浦広一氏は1950年生まれ、1974年岐阜薬科大学製造薬学部卒・鬼頭天昌堂薬局入社。1976年12月26歳で出身地西尾市に創業。サラリーマン不向きと自覚。20坪の店で創業当初から調剤薬局の形
  • 証券アナリストジャーナル 38(8) 2000年8月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)
    • [3]杉浦広一氏も副社長の妻も薬学部出身で、物販にとどまらず医療に役立ちたいとの願望から処方箋調剤に関わった
    • [8]医薬分業は語られながら約20年処方箋がほぼ院外に出なかった。スギ薬局は物販と調剤を併営し、多くのドラッグストアは調剤設備を持たず物販拡大
    • [9]医薬分業は語られながら約20年処方箋がほぼ院外に出なかった。スギ薬局は物販と調剤を併営し、多くのドラッグストアは調剤設備を持たず物販拡大
    • [10]医薬分業は語られながら約20年処方箋がほぼ院外に出なかった。スギ薬局は物販と調剤を併営し、多くのドラッグストアは調剤設備を持たず物販拡大

1988年〜2号店で始めた調剤併設のチェーン化と、売上292億円を支えた日進の物流センター

杉浦広一氏は1988年に2号店を出店し、1店で続けてきた薬局をチェーンへ転じた。店を増やしても、杉浦広一氏は全店に調剤を併設する方針を変えなかった。調剤の設備には1店あたり約1,000万円がかかり、物販だけの店より出店の負担が重い。それでも杉浦広一氏は全店で保険薬局の認可を取り、処方箋を受け付ける体制を揃えた。保険調剤ができるのは保険薬局に限られ、2000年時点でも多くのドラッグストアは調剤のできない一般販売業や薬種商にとどまっていた。杉浦広一氏は調剤を、安さと便利さで競う物販型の店との違いを生む差別化要因と位置づけた。杉浦広一氏は薬剤師が専門の知識を発揮できる職場と教育制度を整え、採用と定着の確かさを出店の速さの前提に置いた。

  • 中部財界 43(9)(705) 2000年9月号「時の経営者(5) スギ薬局 杉浦広一社長」p16〜18
    • [11]1988年に2号店を出店。1店あたり約1,000万円の出費をかけても全店調剤併設型を貫いた
    • [12]1988年に2号店を出店。1店あたり約1,000万円の出費をかけても全店調剤併設型を貫いた
    • [13]1988年に2号店を出店。1店あたり約1,000万円の出費をかけても全店調剤併設型を貫いた
  • 証券アナリストジャーナル 38(8) 2000年8月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)
    • [14]全店が保険薬局の認可を受けた調剤併設型ドラッグストア。保険調剤は保険薬局のみで、多くのドラッグストアは一般販売業や薬種商
    • [15]全店が保険薬局の認可を受けた調剤併設型ドラッグストア。保険調剤は保険薬局のみで、多くのドラッグストアは一般販売業や薬種商
  • 証券アナリストジャーナル 38(11) 2000年11月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)
    • [16]ドラッグストア大手の成長要因は便利さと安さ。スギ薬局は創業以来調剤併設型にこだわり全店保険薬局。薬剤師の働きやすい職場と教育制度が確保・定着と高速出店を支える
    • [17]ドラッグストア大手の成長要因は便利さと安さ。スギ薬局は創業以来調剤併設型にこだわり全店保険薬局。薬剤師の働きやすい職場と教育制度が確保・定着と高速出店を支える

スギ薬局は2000年7月時点で愛知県内に85店を構え、一定の区域に店を集めるドミナント出店を進めた。杉浦広一氏は店を密集させる利点に、知名度とチラシの効き目、在庫の効率を挙げた。処方箋調剤では多くの医療機関の処方に応じる薬剤が要り、1店で数千種類は備蓄できないため、近くの自社店と不足品を融通できる密度が必要である。本社は安城市に置き、物流では日進市に2,500坪の委託物流センターを稼働させた。2000年秋には第2物流センターを稼働させる予定で、続く第3物流センターも計画した。店を固めた地域の中に配送の拠点を置くことで、出店の速さに商品の供給が追いつく体制を作ったのだろう。

  • 証券アナリストジャーナル 38(8) 2000年8月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)
    • [18]愛知県下85店舗でドミナント出店。知名度・チラシ効果・在庫の効率に加え、数千種類の薬剤を近隣自社店で融通する面分業に不可欠
    • [19]愛知県下85店舗でドミナント出店。知名度・チラシ効果・在庫の効率に加え、数千種類の薬剤を近隣自社店で融通する面分業に不可欠
    • [20]愛知県下85店舗でドミナント出店。知名度・チラシ効果・在庫の効率に加え、数千種類の薬剤を近隣自社店で融通する面分業に不可欠
  • 中部財界 43(9)(705) 2000年9月号「時の経営者(5) スギ薬局 杉浦広一社長」p16〜18
    • [21]本社は愛知県安城市。日進市に2,500坪の委託物流センターを稼働、2000年秋に第2物流センター、その後第3物流センターも稼働予定
    • [22]本社は愛知県安城市。日進市に2,500坪の委託物流センターを稼働、2000年秋に第2物流センター、その後第3物流センターも稼働予定

スギ薬局の売上高は1996年度の88億円から1999年度の292億円へ3年で3.3倍に拡大した。2000年9月時点の店舗網は、愛知県を中心に93店。売上高に占める医薬品・化粧品は60%弱、粗利では約75%に及び、既存店の売上は開業から5年を過ぎても増え続けた。スギ薬局が受け付けた処方箋の枚数は、2000年までの2年間で5倍に増えている。全国の医薬分業率は1999年度で34.8%にとどまり、杉浦広一氏は2005年に80%まで高まると予測した。杉浦広一氏は1997年から株式上場の準備を進め、東証2部への上場も候補に挙げた。出店を続けるには店の建設と薬剤師の確保に資金が要り、上場で調達する段階に来ていたと思われる。

  • 証券アナリストジャーナル 38(8) 2000年8月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)
    • [23]売上高は1996年度88億円→1999年度292億円。医薬品・化粧品が売上の60%弱・粗利の約75%。既存店は開業5年後も伸長。受付処方箋枚数は2年間で5倍
    • [25]売上高は1996年度88億円→1999年度292億円。医薬品・化粧品が売上の60%弱・粗利の約75%。既存店は開業5年後も伸長。受付処方箋枚数は2年間で5倍
    • [26]売上高は1996年度88億円→1999年度292億円。医薬品・化粧品が売上の60%弱・粗利の約75%。既存店は開業5年後も伸長。受付処方箋枚数は2年間で5倍
  • 中部財界 43(9)(705) 2000年9月号「時の経営者(5) スギ薬局 杉浦広一社長」p16〜18
    • [24]2000年時点で愛知県中心に93店舗。上場は1997年から準備し、東証2部とナスダック・ジャパンで迷った
    • [28]2000年時点で愛知県中心に93店舗。上場は1997年から準備し、東証2部とナスダック・ジャパンで迷った
  • 証券アナリストジャーナル 38(11) 2000年11月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)
    • [27]1999年度の分業率34.8%、2005年に80%と予測
参考文献[11]-[28]
  • 中部財界 43(9)(705) 2000年9月号「時の経営者(5) スギ薬局 杉浦広一社長」p16〜18
    • [11]1988年に2号店を出店。1店あたり約1,000万円の出費をかけても全店調剤併設型を貫いた
    • [12]1988年に2号店を出店。1店あたり約1,000万円の出費をかけても全店調剤併設型を貫いた
    • [13]1988年に2号店を出店。1店あたり約1,000万円の出費をかけても全店調剤併設型を貫いた
    • [21]本社は愛知県安城市。日進市に2,500坪の委託物流センターを稼働、2000年秋に第2物流センター、その後第3物流センターも稼働予定
    • [22]本社は愛知県安城市。日進市に2,500坪の委託物流センターを稼働、2000年秋に第2物流センター、その後第3物流センターも稼働予定
    • [24]2000年時点で愛知県中心に93店舗。上場は1997年から準備し、東証2部とナスダック・ジャパンで迷った
    • [28]2000年時点で愛知県中心に93店舗。上場は1997年から準備し、東証2部とナスダック・ジャパンで迷った
  • 証券アナリストジャーナル 38(8) 2000年8月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)
    • [14]全店が保険薬局の認可を受けた調剤併設型ドラッグストア。保険調剤は保険薬局のみで、多くのドラッグストアは一般販売業や薬種商
    • [15]全店が保険薬局の認可を受けた調剤併設型ドラッグストア。保険調剤は保険薬局のみで、多くのドラッグストアは一般販売業や薬種商
    • [18]愛知県下85店舗でドミナント出店。知名度・チラシ効果・在庫の効率に加え、数千種類の薬剤を近隣自社店で融通する面分業に不可欠
    • [19]愛知県下85店舗でドミナント出店。知名度・チラシ効果・在庫の効率に加え、数千種類の薬剤を近隣自社店で融通する面分業に不可欠
    • [20]愛知県下85店舗でドミナント出店。知名度・チラシ効果・在庫の効率に加え、数千種類の薬剤を近隣自社店で融通する面分業に不可欠
    • [23]売上高は1996年度88億円→1999年度292億円。医薬品・化粧品が売上の60%弱・粗利の約75%。既存店は開業5年後も伸長。受付処方箋枚数は2年間で5倍
    • [25]売上高は1996年度88億円→1999年度292億円。医薬品・化粧品が売上の60%弱・粗利の約75%。既存店は開業5年後も伸長。受付処方箋枚数は2年間で5倍
    • [26]売上高は1996年度88億円→1999年度292億円。医薬品・化粧品が売上の60%弱・粗利の約75%。既存店は開業5年後も伸長。受付処方箋枚数は2年間で5倍
  • 証券アナリストジャーナル 38(11) 2000年11月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)
    • [16]ドラッグストア大手の成長要因は便利さと安さ。スギ薬局は創業以来調剤併設型にこだわり全店保険薬局。薬剤師の働きやすい職場と教育制度が確保・定着と高速出店を支える
    • [17]ドラッグストア大手の成長要因は便利さと安さ。スギ薬局は創業以来調剤併設型にこだわり全店保険薬局。薬剤師の働きやすい職場と教育制度が確保・定着と高速出店を支える
    • [27]1999年度の分業率34.8%、2005年に80%と予測

出典・参考

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出典・参考
  • スギホールディングス 有価証券報告書 2025年2月期【沿革】
  • 中部財界 43(9)(705) 2000年9月号「時の経営者(5) スギ薬局 杉浦広一社長」p16〜18
  • 証券アナリストジャーナル 38(8) 2000年8月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)
  • 証券アナリストジャーナル 38(11) 2000年11月号 別冊付録 スギ薬局(杉浦広一)

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