アズワン:井内盛一氏の井内盛栄堂商舗創業と株式会社化
1933年〜大阪で医療用ガラス器具を卸した井内盛栄堂商舗と、学校教材から転じた科学機器の専門商社
井内盛一氏は1933年、大阪市北区で個人商店の井内盛栄堂商舗を創業し、医業向けのガラス製品を卸した。社長の井内英夫氏は1995年の説明で、先代が始めた最初の商いを医療用ガラス器具の卸と位置づけた。盛栄堂という屋号は、創業時に扱った品が医療機器用のガラスだったことに由来すると伝わる。株式公開の準備の段階では、この社名を古めかしいとみる指摘も出た。それでも社名は改められず、1999年12月17日、株式会社井内盛栄堂のままでの株式上場。病院や医院へガラス器具を納めた卸の経験が、のちに研究室向けの器具を扱う素地になったと思われる。
- アズワン 有価証券報告書 2025年3月期【沿革】
- [1]1933年、井内盛一が大阪市北区で医業用ガラス製品の卸売業者として個人商店「井内盛栄堂商舗」を創業
- 証券アナリストジャーナル 1995年12月 別冊付録 井内盛栄堂(井内英夫)
- [2]昭和8年、先代が医療用ガラス器具の卸商として創業(社長井内英夫の説明)
- 証券アナリストジャーナル 2000年1月 別冊付録 井内盛栄堂(井内英夫)
- [3]昭和8年大阪で創業。株式公開時に社名が古いという話があったが、創業時の事業が医療機器ガラスだったので盛栄堂と名付けたといわれる
- [4]昭和8年大阪で創業。株式公開時に社名が古いという話があったが、創業時の事業が医療機器ガラスだったので盛栄堂と名付けたといわれる
- 証券 52(2) 2000年 株式会社井内盛栄堂
- [5]株式会社井内盛栄堂は平成11年12月17日に上場
戦後、井内盛栄堂商舗は学校の教材向けの実験器具を販売するために営業を再開した。創業時の売り先だった医療の現場に代わり、理科の実験で器具を使う学校が主な売り先になった。1962年に法人へ改めるまで、学校教材の販売が商いの中心にあり続けた。有価証券報告書は、取扱商品が科学機器へ広がったことを1962年の法人化の経緯として記している。学校向けの器具を扱う過程で、研究に使う理化学の機器へ品ぞろえを広げる足場が整った。ガラス器具は医療と理科の実験の双方で使う品なので、創業時の仕入れの経路を転用できたとみられる。
- 証券アナリストジャーナル 1995年12月 別冊付録 井内盛栄堂(井内英夫)
- [6]戦後、学校教材の実験器具の販売を目的に営業を再開。昭和37年に学校教材から科学機器の専門商社へ転進
- [7]戦後、学校教材の実験器具の販売を目的に営業を再開。昭和37年に学校教材から科学機器の専門商社へ転進
- [8]戦後、学校教材の実験器具の販売を目的に営業を再開。昭和37年に学校教材から科学機器の専門商社へ転進
- アズワン 有価証券報告書 2025年3月期【沿革】
- [9]科学機器に取扱商品が広がったことに伴い、1962年6月に法人組織「株式会社井内盛栄堂」を設立
- [10]科学機器に取扱商品が広がったことに伴い、1962年6月に法人組織「株式会社井内盛栄堂」を設立
1962年6月1日、井内盛栄堂商舗から法人組織の株式会社井内盛栄堂への改組。本店は大阪市北区市之町57番地に置き、会社の目的を科学機器の販売と定めた。法人化と同時に、井内盛栄堂は学校教材の販売から科学機器の専門商社へ事業を転じた。社長の井内英夫氏が転進の理由に挙げたのは、理化学機器と科学研究機器の市場拡大である。当時の日本は高度経済成長のさなかにあり、官と民の双方が研究開発に力を入れ始めていた。1999年の上場の際も、井内英夫氏は研究所と企業の研究開発部門を創立以来の主な顧客として挙げた。翌1963年11月、井内盛栄堂は研究用カタログを初めて発刊し、研究機関へ向けた販売網づくりに着手した。
- 証券 52(2) 2000年 株式会社井内盛栄堂
- [11]設立年月日 昭和37年6月1日。創立以来、研究所や企業の研究開発部門向け科学機器の商社
- [16]設立年月日 昭和37年6月1日。創立以来、研究所や企業の研究開発部門向け科学機器の商社
- アズワン 有価証券報告書 2025年3月期【沿革】
- [12]1962年6月、科学機器の販売を目的に大阪市北区市之町57番地に株式会社井内盛栄堂を設立。1963年11月に研究用カタログを発刊
- [17]1962年6月、科学機器の販売を目的に大阪市北区市之町57番地に株式会社井内盛栄堂を設立。1963年11月に研究用カタログを発刊
- 証券アナリストジャーナル 1995年12月 別冊付録 井内盛栄堂(井内英夫)
- [13]昭和37年に法人組織へ変更し、理化学機器・科学研究機器の市場拡大を受けて学校教材から科学機器の専門商社に転進
- [14]昭和37年に法人組織へ変更し、理化学機器・科学研究機器の市場拡大を受けて学校教材から科学機器の専門商社に転進
- 証券アナリストジャーナル 2000年1月 別冊付録 井内盛栄堂(井内英夫)
- [15]日本経済の高度成長に合わせて官民とも研究開発に積極的になったので、研究開発を支える科学器具を主力商品に据えた
参考文献[1]-[17]
- アズワン 有価証券報告書 2025年3月期【沿革】
- [1]1933年、井内盛一が大阪市北区で医業用ガラス製品の卸売業者として個人商店「井内盛栄堂商舗」を創業
- [9]科学機器に取扱商品が広がったことに伴い、1962年6月に法人組織「株式会社井内盛栄堂」を設立
- [10]科学機器に取扱商品が広がったことに伴い、1962年6月に法人組織「株式会社井内盛栄堂」を設立
- [12]1962年6月、科学機器の販売を目的に大阪市北区市之町57番地に株式会社井内盛栄堂を設立。1963年11月に研究用カタログを発刊
- [17]1962年6月、科学機器の販売を目的に大阪市北区市之町57番地に株式会社井内盛栄堂を設立。1963年11月に研究用カタログを発刊
- 証券アナリストジャーナル 1995年12月 別冊付録 井内盛栄堂(井内英夫)
- [2]昭和8年、先代が医療用ガラス器具の卸商として創業(社長井内英夫の説明)
- [6]戦後、学校教材の実験器具の販売を目的に営業を再開。昭和37年に学校教材から科学機器の専門商社へ転進
- [7]戦後、学校教材の実験器具の販売を目的に営業を再開。昭和37年に学校教材から科学機器の専門商社へ転進
- [8]戦後、学校教材の実験器具の販売を目的に営業を再開。昭和37年に学校教材から科学機器の専門商社へ転進
- [13]昭和37年に法人組織へ変更し、理化学機器・科学研究機器の市場拡大を受けて学校教材から科学機器の専門商社に転進
- [14]昭和37年に法人組織へ変更し、理化学機器・科学研究機器の市場拡大を受けて学校教材から科学機器の専門商社に転進
- 証券アナリストジャーナル 2000年1月 別冊付録 井内盛栄堂(井内英夫)
- [3]昭和8年大阪で創業。株式公開時に社名が古いという話があったが、創業時の事業が医療機器ガラスだったので盛栄堂と名付けたといわれる
- [4]昭和8年大阪で創業。株式公開時に社名が古いという話があったが、創業時の事業が医療機器ガラスだったので盛栄堂と名付けたといわれる
- [15]日本経済の高度成長に合わせて官民とも研究開発に積極的になったので、研究開発を支える科学器具を主力商品に据えた
- 証券 52(2) 2000年 株式会社井内盛栄堂
- [5]株式会社井内盛栄堂は平成11年12月17日に上場
- [11]設立年月日 昭和37年6月1日。創立以来、研究所や企業の研究開発部門向け科学機器の商社
- [16]設立年月日 昭和37年6月1日。創立以来、研究所や企業の研究開発部門向け科学機器の商社
出典・参考
4件
- アズワン 有価証券報告書 2025年3月期【沿革】
- 証券アナリストジャーナル 1995年12月 別冊付録 井内盛栄堂(井内英夫)
- 証券アナリストジャーナル 2000年1月 別冊付録 井内盛栄堂(井内英夫)
- 証券 52(2) 2000年 株式会社井内盛栄堂