鈴木道雄
スズキ・元社長
社長就任1920年3月
生年月日—
学歴芳川村尋常小学校補習科
出自—
経歴1901〜1957年
経歴
| 区分 | 所属先 | 就任年 | 役職 | 現任 | 1901年主要役職の状況(推定含む目安)1957年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 民間 | 大工・今村幸太郎方 | 1901 | 入門 | ||
| スズキ(旧・鈴木式織機) | 1909 | 創業 | |||
| 1920 | 設立 社長 | ||||
| 1957 | 社長 退任 |
社長就任までの出自
出自
1887年2月10日、静岡県浜名郡芳川村の農家に次男として生まれた。1899年に芳川村尋常小学校の補習科を終えたが、家を継げない次男であったため、手先の巧みさを生かして大工を志した。14歳の11月、浜松市菅原町の大工・今村幸太郎氏と7年の徒弟契約を結んだ。日露戦争で建築の注文が途絶えると親方は足踏織機の製作へ転じ、その下で織機の構造を習得した。1909年10月に鈴木式織機製作所を開設した、スズキの創業者である。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1920年3月15日、個人経営の製作所を鈴木式織機株式会社へ改組し、取締役社長に就任した。資本金は50万円で、72名の株主が1万株を引き受けた。役員には県下の機業家である次広小三郎氏のほか、いとこの佐々木佐一郎氏、実兄の鈴木太平氏、義兄の影山久治郎氏が加わった。鈴木道雄氏は工場や特許を現物で出資することを望んだが、会社に取得する資金が無く、製品1台につき5円の使用料を受け取る取り決めとなった。
在任中の主な施策
施策
1930年に輸出を始めたサロン織機は、東南アジアへ約3000台が渡った。1936年には、織機は一度納めると長く使われ需要に限りがあるとみて、小型自動車の試作に着手した。1950年の争議では262名の人員整理を経て、豊田自動織機製作所の石田退三氏に融資と役員の推薦を仰いだ。1953年はじめに小型四輪車の研究を発意し、4月8日の重役会で実施が決まった。1957年2月28日に社長を退き、専務の鈴木俊三氏が後を継いだ。
創業ストーリー
創業ストーリー
参考文献5件
参考文献
- スズキ『50年史』(1970)「創業の記」
- スズキ『50年史』(1970)「1鈴木式織機株式会社の設立と発展」
- スズキ『50年史』(1970)「2ストロークへの挑戦」
- 会社銀行八十年史(1955)「鈴木自動車工業」
- Suzuki Motor Corporation ANNUAL REPORT 2020
事実根拠:出所(スズキ)