ジェイテクト:トヨタ自動車工業の筆頭株主化とTRW合弁によるステアリング拡大
1980年〜資本を4分の1にした減資と、トヨタを筆頭株主にした7,600万株の割当
トヨタグループから社長に迎えた井村栄三氏の下で、光洋精工は1980年8月、同年7月末の資本の額を4分の3減らす減資を行った。減資の直前にあたる1980年7月末の資本金は128億4,200万円だった。翌9月には第三者割当で7,600万株を1株600円で発行し、トヨタ自動車工業が筆頭株主となった。その前の1980年3月期、光洋精工は単体で売上高1,114億円に対し、358億円の当期純損失を計上していた。1979年9月の時点で、光洋精工はトヨタの完全な子会社として再建に向かう見通しとされていた。資本を4分の1に縮めて損失を帳簿の上で埋め、そのうえでトヨタから600円×7,600万株の払込みを受ける二段の手順を踏んだとみられる。
- 経済展望 51巻13号 1979年7月号
- [1]トヨタ自工グループの井村栄三(東海理化電機製作所社長)が1979年6月末の株主総会で光洋精工社長に選任される運び
- ジェイテクト 有価証券報告書 第125期(2025年3月期)【沿革】
- [2]1980年8月、1980年7月末の資本の額を3/4減少する減資を実施
- [4]1980年9月、第三者割当増資(7,600万株、発行価格1株600円)によりトヨタ自動車工業が筆頭株主となる
- 資本異動総覧 1983年版(東洋経済新報社, 1982年11月)
- [3]1980年7月31日の転換社債転換後の資本金12,842百万円
- 会社年鑑「光洋精工」業績欄(1980年3月期〜1995年3月期)
- [5]1980年3月期(単体)売上高1,114億円、当期純利益−358億円
- 銀行時評 13巻9号 1979年9月号「トヨタの軍門に下った光洋精工の“身の振り方”」
- [6]トヨタグループから社長以下5人の役員を受け入れ、トヨタの完全なる子会社として再建の道を歩むことになった
光洋精工は1981年3月期、単体で売上高1,289億円・当期純利益65億円を計上し、黒字化した。純利益はその後、1983年3月期28億円、1984年3月期22億円と細り、1985年3月期に71億円へ回復した。再建の実務には、トヨタで約20年経理畑を歩んだ井上博司氏が加わり、1980年6月に光洋精工の取締役に就任した。工場では、1979年に決めた三鷹の東京工場の閉鎖・売却と羽村工場への集約を進めた。1985年時点の東京工場は羽村町にあり、ニードルベアリングと等速ジョイントを受け持っていた。利益が一度細ったあとで戻った動きからみて、再建は黒字化で片付かず、1980年代半ばの自動車部品の伸びで収益の底を上げたと推測される。
- 会社年鑑「光洋精工」業績欄(1980年3月期〜1995年3月期)
- [7]1981年3月期(単体)売上高1,289億円、当期純利益65億円
- [8]当期純利益(単体)1983年3月期28億円・1984年3月期22億円・1985年3月期71億円
- 月刊自動車部品 42(5) 1996年5月「《社長の横顔》光洋精工(株) 井上博司氏」
- [9]1958年トヨタ自動車入社、前半約20年は経理畑、1980年(昭和55年)6月に光洋精工取締役となり再建に奔走
- 銀行時評 13巻9号 1979年9月号「トヨタの軍門に下った光洋精工の“身の振り方”」
- [10]東京工場(三鷹市)の閉鎖・売却と羽村工場への集約化が行われた(高松工場は保留)
- 自動車産業レポート (126) 1985年12月「多角化戦略で新世紀へ躍進・自動車部品メーカー――光洋精工・下」
- [11]光洋精工東京工場(東京都西多摩郡羽村町)はニードルベアリング中心、等速ジョイントも同工場が生産
1985年12月時点の光洋精工は軸受で第3位のメーカーで、社長は森田俊夫氏だった。ステアリングは子会社の光洋自動機が全量を受け持ち、パワーステアリングの装着率が上がるにつれて年ごとに大きく生産を増やしていた。光洋自動機の生産は月間32万1,300台で、うち電子制御式パワーステアリングは1万1,000台だった。光洋自動機は1987年度に月間37万台とする計画を立て、豊橋市に6万6,000m2の用地を得てステアリング工場に充てた。1987年には光洋精工が光洋自動機を合併し、その工場を奈良工場・豊橋工場とした。翌1988年、光洋精工は電動パワーステアリングを世界で初めて開発し、生産に入った。軸受で3位にとどまるなか、装着率の上昇で数量が伸びるステアリングを親会社の内側に取り込み、成長の軸に据えたと思われる。
- 自動車産業レポート (125) 1985年12月「多角化戦略で新世紀へ躍進、自動車部品メーカー――光洋精工・上」
- [12]光洋精工はベアリング第3位メーカー(資本金70億1,300万円、森田俊夫社長)
- [13]光洋自動機がステアリング部門を全て担当し、パワーステアリング装着率の拡大とともに年々大幅な生産増
- 自動車産業レポート (126) 1985年12月「多角化戦略で新世紀へ躍進・自動車部品メーカー――光洋精工・下」
- [14]光洋自動機の生産は電子制御パワステ月1万1,000台・パワステ8万5,000台・マニュアル22万5,300台の計月32万1,300台
- [15]62年度めどに月37万台を目指し、豊橋市明海臨海工業団地で6万6,000m2を取得してステアリング工場とする計画
- ジェイテクト 統合報告書 2018「沿革」
- [16]1987年、光洋自動機を合併し奈良工場・豊橋工場とする
- [17]1988年、世界初の電動パワーステアリング(EPS)を開発、生産
参考文献[1]-[17]
- 経済展望 51巻13号 1979年7月号
- [1]トヨタ自工グループの井村栄三(東海理化電機製作所社長)が1979年6月末の株主総会で光洋精工社長に選任される運び
- ジェイテクト 有価証券報告書 第125期(2025年3月期)【沿革】
- [2]1980年8月、1980年7月末の資本の額を3/4減少する減資を実施
- [4]1980年9月、第三者割当増資(7,600万株、発行価格1株600円)によりトヨタ自動車工業が筆頭株主となる
- 資本異動総覧 1983年版(東洋経済新報社, 1982年11月)
- [3]1980年7月31日の転換社債転換後の資本金12,842百万円
- 会社年鑑「光洋精工」業績欄(1980年3月期〜1995年3月期)
- [5]1980年3月期(単体)売上高1,114億円、当期純利益−358億円
- [7]1981年3月期(単体)売上高1,289億円、当期純利益65億円
- [8]当期純利益(単体)1983年3月期28億円・1984年3月期22億円・1985年3月期71億円
- 銀行時評 13巻9号 1979年9月号「トヨタの軍門に下った光洋精工の“身の振り方”」
- [6]トヨタグループから社長以下5人の役員を受け入れ、トヨタの完全なる子会社として再建の道を歩むことになった
- [10]東京工場(三鷹市)の閉鎖・売却と羽村工場への集約化が行われた(高松工場は保留)
- 月刊自動車部品 42(5) 1996年5月「《社長の横顔》光洋精工(株) 井上博司氏」
- [9]1958年トヨタ自動車入社、前半約20年は経理畑、1980年(昭和55年)6月に光洋精工取締役となり再建に奔走
- 自動車産業レポート (126) 1985年12月「多角化戦略で新世紀へ躍進・自動車部品メーカー――光洋精工・下」
- [11]光洋精工東京工場(東京都西多摩郡羽村町)はニードルベアリング中心、等速ジョイントも同工場が生産
- [14]光洋自動機の生産は電子制御パワステ月1万1,000台・パワステ8万5,000台・マニュアル22万5,300台の計月32万1,300台
- [15]62年度めどに月37万台を目指し、豊橋市明海臨海工業団地で6万6,000m2を取得してステアリング工場とする計画
- 自動車産業レポート (125) 1985年12月「多角化戦略で新世紀へ躍進、自動車部品メーカー――光洋精工・上」
- [12]光洋精工はベアリング第3位メーカー(資本金70億1,300万円、森田俊夫社長)
- [13]光洋自動機がステアリング部門を全て担当し、パワーステアリング装着率の拡大とともに年々大幅な生産増
- ジェイテクト 統合報告書 2018「沿革」
- [16]1987年、光洋自動機を合併し奈良工場・豊橋工場とする
- [17]1988年、世界初の電動パワーステアリング(EPS)を開発、生産
1988年〜TRWと組んだステアリング合弁と、英国・フランス・ルーマニアに設置した軸受の拠点
光洋精工は1988年4月、米国テネシー州に米TRWとのパートナーシップ、TRW KOYO STEERING SYSTEMSを設けた。翌1989年10月には豊田工機もテネシー州にステアリング部品を造るTOYODA TRW AUTOMOTIVEを設立した。2000年時点のTRW KOYOの納入先には、TMMK・NUMMI・HAM・MMMAなど日系メーカーの北米工場が並んでいた。豊田工機のTTAはパワーステアリングポンプをトヨタの現地工場などへ納め、1999年に230万台を生産した。一方、光洋精工のステアリングは1998年にフォードとの取引を打ち切ったあと、米ビッグ3への納入が途絶えていた。トヨタ系の2社がそろってTRWと組んだのは、日系完成車メーカーの北米現地生産に合わせ、現地の相手と供給網を築くためだったのだろう。
- ジェイテクト 有価証券報告書 第125期(2025年3月期)【沿革】
- [18]1988年4月、米国テネシー州に当社とTRW INC.によりパートナーシップTRW KOYO STEERING SYSTEMS CO.を設立
- [19]1989年10月、豊田工機がステアリング製造のため米国テネシー州にTOYODA TRW AUTOMOTIVE,INC.を設立
- 自動車産業レポート (477) 2000年8月「国際再編下、重要性増す部品メーカーの海外展開――光洋精工」
- [20]海外展開の表で TRW Koyo Steering System Co. の納入先は TMMK・NUMMI・TMMI・TMMC・HAM・MMMA など日系メーカー
- [22]光洋精工のステアリングは98年にフォードとの取引を打ち切ってから米ビッグ3への納入はなかった
- 自動車産業レポート (480) 2000年9月「国際再編下、重要性増す部品メーカーの海外展開――豊田工機」
- [21]Toyoda TRW Automotive(TTA)はパワステポンプをトヨタの現地工場とダイムラークライスラーに納入、1999年の生産230万台
光洋精工は1990年2月、英国サウスヨークシャー州に軸受の会社KOYO BEARINGS (EUROPE)を設けた。同じ1990年にはルノーのステアリング子会社SMIに資本を入れ、1993年3月に株式を追加取得して子会社とした。1998年5月にはルーマニアの軸受会社RULMENTI ALEXANDRIAを取得し、KOYO ROMANIAと改めた。1999年1月時点の海外工場は軸受とステアリングで17拠点あり、フランスに3、英国とルーマニアに各1があった。常務取締役の堀肇氏は、海外生産の考え方を『需要家の多い現場で造るのが一番いいと考えています』と語った。堀肇常務は、ステアリングは全量を現地で造る一方、軸受は汎用品の海外生産が整った段階だとした。欧州の現地法人はオランダで統括しており、堀肇常務は『欧州は将来1つの会社にしてしまうという構想です』と先の姿を示した。
- ジェイテクト 有価証券報告書 第125期(2025年3月期)【沿革】
- [23]1990年2月、英国サウスヨークシャー州にKOYO BEARINGS (EUROPE) LTD.を設立
- [25]1993年3月、フランス・イリニイ市のSOCIETE DE MECANIQUE D'IRIGNY S.A.の株式を追加取得し子会社とする
- [26]1998年5月、ルーマニア・アレキサンドリア市のS.C.RULMENTI ALEXANDRIA S.A.の株式を取得しKOYO ROMANIA S.A.に商号変更
- ジェイテクト 統合報告書 2018「沿革」
- [24]1990年、仏ルノー社のステアリング子会社SMI社(現JEU)に資本参加
- JMC journal 47(1) 1999年1月「インタビュー 光洋精工(株)堀肇 常務取締役に聴く――諸外国メーカーとの共生をめざして」
- [27]海外工場はベアリングとステアリングで米国3・フランス3・中国5・英国1・ルーマニア1・タイ2・インド1・マレーシア1の計17拠点
- [28]堀肇(営業本部副本部長・常務取締役)は需要家の多い現場で造るのが最善と発言
- [29]ステアリングは全て現地でまかない、ベアリングは多品種で全アイテムは造れないが汎用品の海外生産体制は整った
- [30]欧州域内の現地法人をオランダで統括しており、将来は欧州を1つの会社にする構想
1995年6月、トヨタ自動車出身の井上博司氏が光洋精工の社長に就任した。井上博司氏は1958年にトヨタへ入り、1980年6月に光洋精工の取締役となってから、常務・専務・副社長を歴任していた。就任直前の1995年3月期、光洋精工の連結売上高は3,092億円、当期純利益は14億円だった。井上博司社長は軸受について、投下資本に比べて固定資産の回転率が低く、値下げ要請や海外同業の日本参入にもさらされていると語った。課題には、軸受とステアリングに次ぐ第3の柱の育成と、21世紀へ向けた世界規模の事業展開を挙げた。井上博司社長はさらに『連結ベースでの企業の評価が重要になってくる』と指摘した。トヨタの経理畑を出た社長が連結での評価を掲げたのは、海外子会社を含む光洋グループ全体の収益を問う経営へ移る合図だったと考えられる。
- 月刊自動車部品 42(5) 1996年5月「《社長の横顔》光洋精工(株) 井上博司氏」
- [31]平成7年(1995年)6月、光洋精工取締役社長に就任
- [32]昭和33年(1958年)トヨタ自動車入社、55年(1980年)6月光洋精工取締役、常務・専務・副社長を歴任
- [34]軸受は投下資本に比して固定資産回転率が悪く、量が減るなかの価格協力要請、海外からの購入、海外同業の日本参入で厳しい環境
- [35]軸受・ステアリングに次ぐ第3の柱の育成と21世紀に向けたワールドワイドな事業展開が当面の課題
- [36]連結ベースでの企業の評価が重要になると指摘
- 会社年鑑「光洋精工」業績欄(1980年3月期〜1995年3月期)
- [33]1995年3月期(連結)売上高3,092億円、当期純利益14億円
参考文献[18]-[36]
- ジェイテクト 有価証券報告書 第125期(2025年3月期)【沿革】
- [18]1988年4月、米国テネシー州に当社とTRW INC.によりパートナーシップTRW KOYO STEERING SYSTEMS CO.を設立
- [19]1989年10月、豊田工機がステアリング製造のため米国テネシー州にTOYODA TRW AUTOMOTIVE,INC.を設立
- [23]1990年2月、英国サウスヨークシャー州にKOYO BEARINGS (EUROPE) LTD.を設立
- [25]1993年3月、フランス・イリニイ市のSOCIETE DE MECANIQUE D'IRIGNY S.A.の株式を追加取得し子会社とする
- [26]1998年5月、ルーマニア・アレキサンドリア市のS.C.RULMENTI ALEXANDRIA S.A.の株式を取得しKOYO ROMANIA S.A.に商号変更
- 自動車産業レポート (477) 2000年8月「国際再編下、重要性増す部品メーカーの海外展開――光洋精工」
- [20]海外展開の表で TRW Koyo Steering System Co. の納入先は TMMK・NUMMI・TMMI・TMMC・HAM・MMMA など日系メーカー
- [22]光洋精工のステアリングは98年にフォードとの取引を打ち切ってから米ビッグ3への納入はなかった
- 自動車産業レポート (480) 2000年9月「国際再編下、重要性増す部品メーカーの海外展開――豊田工機」
- [21]Toyoda TRW Automotive(TTA)はパワステポンプをトヨタの現地工場とダイムラークライスラーに納入、1999年の生産230万台
- ジェイテクト 統合報告書 2018「沿革」
- [24]1990年、仏ルノー社のステアリング子会社SMI社(現JEU)に資本参加
- JMC journal 47(1) 1999年1月「インタビュー 光洋精工(株)堀肇 常務取締役に聴く――諸外国メーカーとの共生をめざして」
- [27]海外工場はベアリングとステアリングで米国3・フランス3・中国5・英国1・ルーマニア1・タイ2・インド1・マレーシア1の計17拠点
- [28]堀肇(営業本部副本部長・常務取締役)は需要家の多い現場で造るのが最善と発言
- [29]ステアリングは全て現地でまかない、ベアリングは多品種で全アイテムは造れないが汎用品の海外生産体制は整った
- [30]欧州域内の現地法人をオランダで統括しており、将来は欧州を1つの会社にする構想
- 月刊自動車部品 42(5) 1996年5月「《社長の横顔》光洋精工(株) 井上博司氏」
- [31]平成7年(1995年)6月、光洋精工取締役社長に就任
- [32]昭和33年(1958年)トヨタ自動車入社、55年(1980年)6月光洋精工取締役、常務・専務・副社長を歴任
- [34]軸受は投下資本に比して固定資産回転率が悪く、量が減るなかの価格協力要請、海外からの購入、海外同業の日本参入で厳しい環境
- [35]軸受・ステアリングに次ぐ第3の柱の育成と21世紀に向けたワールドワイドな事業展開が当面の課題
- [36]連結ベースでの企業の評価が重要になると指摘
- 会社年鑑「光洋精工」業績欄(1980年3月期〜1995年3月期)
- [33]1995年3月期(連結)売上高3,092億円、当期純利益14億円
1999年〜電動パワーステアリングの海外展開と、トヨタ系2社の合併で生まれるジェイテクト
2000年3月期の光洋精工の連結売上高は3,610億6,300万円で、うちステアリングは1,193億1,900万円だった。軸受は海外企業との競合で値下がりが進み、利益を出しにくくなっていた。光洋精工は電動パワーステアリングを海外事業の中心に据え、将来は売上高の50%以上を占める部門に育てる計画を立てた。米国ではGM向けの電動パワーステアリングを2001年6月から供給する予定で、バージニア州の子会社に新工場を建てた。豊田工機はパワーステアリング用ポンプで国内1位・世界2位にあった。そのうえでパワーステアリング・ドライブシャフト・電子制御4WDカップリングの3品目で世界シェア1位を目指した。一定のシェアを確保できない品目は、撤退を含めて見直す方針とした。
- 光洋精工 ANNUAL REPORT 2000
- [37]2000年3月期の連結売上高361,063百万円、うちステアリング119,319百万円
- 自動車産業レポート (477) 2000年8月「国際再編下、重要性増す部品メーカーの海外展開――光洋精工」
- [38]ベアリングは海外企業との競合などにより低価格化が進み収益を上げにくくなっている
- [39]海外事業で電動パワステを中心に据えて拡販し、将来的に対売上50%以上の事業部門に育成する計画
- [40]GMへ2001年6月生産のSUV等に電動パワステを供給、01年春めどにKoyo Steeringsystem America(バージニア州)に新工場を建設
- 自動車産業レポート (480) 2000年9月「国際再編下、重要性増す部品メーカーの海外展開――豊田工機」
- [41]豊田工機はパワステ用ポンプ国内第1位、世界第2位
- [42]パワーステアリングシステム・ドライブシャフト・電子制御4WDカップリングで世界シェア第1位を目指す経営計画
- [43]一定の世界シェアを確保できない自動車部品は撤退を含めて生産品目を見直す方針
2002年11月、光洋精工は豊田工機・トヨタ自動車・デンソーと4社で、電動パワーステアリングの開発・販売会社ファーベスを設けた。翌2003年9月、光洋精工はTRW KOYOの持分を追加取得して子会社にした。2003年3月期のステアリング売上高は1,798億4,100万円と21.6%増え、会社は欧州での電動パワーステアリングの伸びを主因に挙げた。同じ年次報告で井上博司会長と吉田紘司社長は、軸受とステアリングを世界の生産拠点網の最適地で造り、収益を高めると表明した。2004年3月期のステアリング売上高は2,195億5,000万円に増え、2人は生産の世界展開を速めると重ねて示した。合弁を子会社に変えたのは、この最適地生産の方針のもとで、北米のステアリング拠点を自社の判断で動かせる体制に整えるためだったのではないか。
- ジェイテクト 有価証券報告書 第125期(2025年3月期)【沿革】
- [44]2002年11月、電動パワーステアリングの開発・販売会社として豊田工機・トヨタ自動車・デンソーとの4社で㈱ファーベスを設立
- [45]2003年9月、TRW KOYO STEERING SYSTEMS CO.のパートナーシップ持分を追加取得して子会社とする
- 光洋精工 ANNUAL REPORT 2003
- [46]2003年3月期ステアリング売上高179,841百万円(前期比21.6%増)、主に欧州での電動パワーステアリングの販売増による
- [47]会長井上博司・社長吉田紘司のメッセージ:軸受とステアリングを製造拠点網の最適地で世界生産し収益性を高める
- 光洋精工 ANNUAL REPORT 2004
- [48]2004年3月期ステアリング売上高219,550百万円(22.1%増)、軸受とステアリングの製造のグローバル化をスピード重視で進める
光洋精工と豊田工機は2005年2月3日に合併の基本合意を結び、5月13日に対等合併の契約を結んだ。2月の発表で両社は、自動車産業で世界規模の競争が激しくなったことを合併の背景に挙げた。世界の有力なシステムサプライヤーと競うには、開発資源と世界の拠点網を急ぎ強める必要があるとした。両社はファーベスでの協業を踏まえ、全面合併でステアリングの成果を伸ばし、軸受・工作機械・駆動部品でも相乗効果を得られると判断した。直前の持株比率はトヨタ自動車が光洋精工の22.56%、豊田工機の23.62%で、両社の間に資本と人の関係はなかった。合併期日は株主と顧客の利益になるとして、当初の2006年4月1日から3カ月早めた。2006年1月、両社は合併してジェイテクトとなった。
- 光洋精工・豊田工機 プレスリリース(英文)「Announcement of Merger」(2005年2月3日)
- [49]2005年2月3日、両社取締役会で対等合併を決議し基本合意書に調印
- [51]自動車産業の世界的な競争が近年激化したことを合併の背景とする
- [52]世界の有力システムサプライヤーと競うため、世界網と将来の複合システムの開発力(開発資源・技術開発力)の強化が急務
- [53]2002年11月設立のFAVESSでの協業経験から、全面合併でステアリングの成果拡大と軸受・工作機械・駆動部品の相乗効果が得られると判断
- 光洋精工・豊田工機「合併契約書締結に関するお知らせ」(英文, 2005年5月13日)
- [50]2005年5月13日、両社の取締役会で決議し合併契約を締結
- [54]大株主トヨタ自動車の比率は光洋精工22.56%・豊田工機23.62%、両社間の資本関係・人的関係なし
- [55]合併期日を基本合意時の2006年4月1日から、株主と顧客の利益になるとして3カ月早め2006年1月1日とした
- ジェイテクト 有価証券報告書 第125期(2025年3月期)【沿革】
- [56]2006年1月、豊田工機と合併し商号を株式会社ジェイテクトとする
参考文献[37]-[56]
- 光洋精工 ANNUAL REPORT 2000
- [37]2000年3月期の連結売上高361,063百万円、うちステアリング119,319百万円
- 自動車産業レポート (477) 2000年8月「国際再編下、重要性増す部品メーカーの海外展開――光洋精工」
- [38]ベアリングは海外企業との競合などにより低価格化が進み収益を上げにくくなっている
- [39]海外事業で電動パワステを中心に据えて拡販し、将来的に対売上50%以上の事業部門に育成する計画
- [40]GMへ2001年6月生産のSUV等に電動パワステを供給、01年春めどにKoyo Steeringsystem America(バージニア州)に新工場を建設
- 自動車産業レポート (480) 2000年9月「国際再編下、重要性増す部品メーカーの海外展開――豊田工機」
- [41]豊田工機はパワステ用ポンプ国内第1位、世界第2位
- [42]パワーステアリングシステム・ドライブシャフト・電子制御4WDカップリングで世界シェア第1位を目指す経営計画
- [43]一定の世界シェアを確保できない自動車部品は撤退を含めて生産品目を見直す方針
- ジェイテクト 有価証券報告書 第125期(2025年3月期)【沿革】
- [44]2002年11月、電動パワーステアリングの開発・販売会社として豊田工機・トヨタ自動車・デンソーとの4社で㈱ファーベスを設立
- [45]2003年9月、TRW KOYO STEERING SYSTEMS CO.のパートナーシップ持分を追加取得して子会社とする
- [56]2006年1月、豊田工機と合併し商号を株式会社ジェイテクトとする
- 光洋精工 ANNUAL REPORT 2003
- [46]2003年3月期ステアリング売上高179,841百万円(前期比21.6%増)、主に欧州での電動パワーステアリングの販売増による
- [47]会長井上博司・社長吉田紘司のメッセージ:軸受とステアリングを製造拠点網の最適地で世界生産し収益性を高める
- 光洋精工 ANNUAL REPORT 2004
- [48]2004年3月期ステアリング売上高219,550百万円(22.1%増)、軸受とステアリングの製造のグローバル化をスピード重視で進める
- 光洋精工・豊田工機 プレスリリース(英文)「Announcement of Merger」(2005年2月3日)
- [49]2005年2月3日、両社取締役会で対等合併を決議し基本合意書に調印
- [51]自動車産業の世界的な競争が近年激化したことを合併の背景とする
- [52]世界の有力システムサプライヤーと競うため、世界網と将来の複合システムの開発力(開発資源・技術開発力)の強化が急務
- [53]2002年11月設立のFAVESSでの協業経験から、全面合併でステアリングの成果拡大と軸受・工作機械・駆動部品の相乗効果が得られると判断
- 光洋精工・豊田工機「合併契約書締結に関するお知らせ」(英文, 2005年5月13日)
- [50]2005年5月13日、両社の取締役会で決議し合併契約を締結
- [54]大株主トヨタ自動車の比率は光洋精工22.56%・豊田工機23.62%、両社間の資本関係・人的関係なし
- [55]合併期日を基本合意時の2006年4月1日から、株主と顧客の利益になるとして3カ月早め2006年1月1日とした
1980年〜2005年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 経常利益 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 億円 | 利益率 | |||
| 1980年03月期 | 単体 | 1,114 | n/a | n/a | ▲358 | ▲32.1% | n/a |
| 1981年03月期 | 単体 | 1,289 | +15.7% | n/a | 65 | 5.0% | n/a |
| 1982年03月期 | 単体 | 1,376 | +6.7% | n/a | 64 | 4.7% | n/a |
| 1983年03月期 | 単体 | 1,267 | ▲7.9% | n/a | 28 | 2.2% | n/a |
| 1984年03月期 | 単体 | 1,364 | +7.7% | n/a | 22 | 1.6% | n/a |
| 1985年03月期 | 単体 | 1,609 | +18.0% | n/a | 71 | 4.4% | n/a |
| 1986年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1987年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1988年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1989年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1990年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | 英国にKOYO BEARINGS (EUROPE)を設立(1990/02) |
| 1991年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1992年03月期 | 連結 | 2,968 | n/a | n/a | 32 | 1.1% | n/a |
| 1993年03月期 | 連結 | 3,141 | +5.8% | n/a | ▲2 | ▲0.1% | n/a |
| 1994年03月期 | 連結 | 2,858 | ▲9.0% | n/a | ▲16 | ▲0.6% | n/a |
| 1995年03月期 | 連結 | 3,092 | +8.2% | n/a | 14 | 0.5% | n/a |
| 1996年03月期 | 連結 | 3,226 | +4.3% | n/a | 35 | 1.1% | n/a |
| 1997年03月期 | 連結 | 3,562 | +10.4% | n/a | 54 | 1.5% | n/a |
| 1998年03月期 | 連結 | 3,600 | +1.1% | n/a | 44 | 1.2% | n/a |
| 1999年03月期 | 連結 | 3,496 | ▲2.9% | n/a | ▲2 | ▲0.1% | n/a |
| 2000年03月期 | 連結 | 3,610 | +3.3% | n/a | 10 | 0.3% | n/a |
| 2001年03月期 | 連結 | 3,961 | +9.7% | n/a | ▲121 | ▲3.1% | n/a |
| 2002年03月期 | 連結 | 4,042 | +2.0% | 47 | ▲18 | ▲0.4% | n/a |
| 2003年03月期 | 連結 | 4,467 | +10.5% | 120 | 82 | 1.8% | n/a |
| 2004年03月期 | 連結 | 5,052 | +13.1% | 218 | 78 | 1.5% | n/a |
| 2005年03月期 | 連結 | 5,702 | +12.9% | 318 | 164 | 2.9% | n/a |
出所:会社年鑑、有価証券報告書
出典・参考
17件
- 光洋精工・豊田工機 プレスリリース(英文)「Announcement of Merger」(2005年2月3日)
- ジェイテクト 統合報告書 2018「沿革」
- ジェイテクト 有価証券報告書 第125期(2025年3月期)【沿革】
- 会社年鑑「光洋精工」業績欄(1980年3月期〜1995年3月期)
- 経済展望 51巻13号 1979年7月号
- 銀行時評 13巻9号 1979年9月号「トヨタの軍門に下った光洋精工の“身の振り方”」
- 資本異動総覧 1983年版(東洋経済新報社, 1982年11月)
- 自動車産業レポート (126) 1985年12月「多角化戦略で新世紀へ躍進・自動車部品メーカー――光洋精工・下」
- 自動車産業レポート (125) 1985年12月「多角化戦略で新世紀へ躍進、自動車部品メーカー――光洋精工・上」
- 月刊自動車部品 42(5) 1996年5月「《社長の横顔》光洋精工(株) 井上博司氏」
- JMC journal 47(1) 1999年1月「インタビュー 光洋精工(株)堀肇 常務取締役に聴く――諸外国メーカーとの共生をめざして」
- 自動車産業レポート (477) 2000年8月「国際再編下、重要性増す部品メーカーの海外展開――光洋精工」
- 自動車産業レポート (480) 2000年9月「国際再編下、重要性増す部品メーカーの海外展開――豊田工機」
- 光洋精工 ANNUAL REPORT 2000
- 光洋精工 ANNUAL REPORT 2003
- 光洋精工 ANNUAL REPORT 2004
- 光洋精工・豊田工機「合併契約書締結に関するお知らせ」(英文, 2005年5月13日)