春木栄
富士フイルム・元取締役社長
社長就任 1943年11月
生年月日 —
学歴 京都帝国大学
出自 —
社長就任までの出自
出自
1899年に島根県で生まれ、1923年に京都大学を出て大日本セルロイドに入社した。1934年の富士写真フイルム設立に伴って転籍し、足柄工場長を務めた。1936年に取締役へ就任し、写真感光材料の製造現場から役員になった技術畑である。同じ1934年に大日本セルロイドから移った役員には工場主任技師・研究所長を務めた技術者が多く、春木氏もその系列にいた。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1934年の設立で大日本セルロイドから移った役員のうち、春木氏は1936年に取締役へ就任しており、転籍から2年での就任だった。同じ1934年入社の藤沢信氏と竹内喜三郎氏が常務取締役に就任したのは1950年11月で、14年の開きがある。1943年11月、太平洋戦争のさなかに取締役社長へ就任した。
在任中の主な施策
施策
社長在任は1943年11月から1960年6月までの約17年に及んだ。退任直前の1958年10月期の売上高は143億円、当期純利益は7.7億円である。売上高は退任後の1961年10月期に214億円へ伸びた。設立時から在籍した役員が経営を担った時期で、後任の小林節太郎氏も1934年入社の同期にあたる。 大日本セルロイドから分社
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1923〜1960年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-