サイボウズ:愛媛県松山市でのサイボウズ設立とマザーズ上場
1997年〜松下電工から松山市の2DKへ出た3人と、課長決裁の値付けと無料試用で売り出したサイボウズ Office
1997年8月、サイボウズは愛媛県松山市で設立された。創業者は、松下電工の社内ベンチャーで働いていた高須賀宣氏・畑慎也氏・青野慶久氏の3人。社内ベンチャーの主力事業はシステム構築であり、グループウェアをパッケージソフトとして販売する案は社内で支持を得られなかった。3人は事業化の手段を独立に絞り、そろって退社した。開業資金は3人の貯蓄と親からの借入れで賄った。本社の地は、資金の制約と、高須賀宣氏と青野慶久氏の実家が近いことから松山市に決まり、2DKのマンションが最初の開発拠点となった。畑慎也氏と青野慶久氏は、設立と同時に取締役副社長に就任した。
- サイボウズ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1997年8月、愛媛県松山市にサイボウズ株式会社を設立
- 日経調査記事 2007年11月26日「サイボウズ」(青野慶久氏の人物記事)
- [2]松下電工の社内ベンチャーで働いた高須賀宣・畑慎也・青野慶久の3人が独立。資金は3人の貯蓄と親からの借入れ。社内ベンチャーはシステム構築が主力でソフト販売事業は理解を得られず、起業地は資金事情と高須賀・青野の実家に近い松山市、2DKのマンションで開発
- [3]松下電工の社内ベンチャーで働いた高須賀宣・畑慎也・青野慶久の3人が独立。資金は3人の貯蓄と親からの借入れ。社内ベンチャーはシステム構築が主力でソフト販売事業は理解を得られず、起業地は資金事情と高須賀・青野の実家に近い松山市、2DKのマンションで開発
- [4]松下電工の社内ベンチャーで働いた高須賀宣・畑慎也・青野慶久の3人が独立。資金は3人の貯蓄と親からの借入れ。社内ベンチャーはシステム構築が主力でソフト販売事業は理解を得られず、起業地は資金事情と高須賀・青野の実家に近い松山市、2DKのマンションで開発
- [5]松下電工の社内ベンチャーで働いた高須賀宣・畑慎也・青野慶久の3人が独立。資金は3人の貯蓄と親からの借入れ。社内ベンチャーはシステム構築が主力でソフト販売事業は理解を得られず、起業地は資金事情と高須賀・青野の実家に近い松山市、2DKのマンションで開発
- [6]松下電工の社内ベンチャーで働いた高須賀宣・畑慎也・青野慶久の3人が独立。資金は3人の貯蓄と親からの借入れ。社内ベンチャーはシステム構築が主力でソフト販売事業は理解を得られず、起業地は資金事情と高須賀・青野の実家に近い松山市、2DKのマンションで開発
- サイボウズ 有価証券報告書【役員の状況】(畑慎也氏・青野慶久氏の略歴)
- [7]畑慎也・青野慶久は1997年8月のサイボウズ設立時に取締役副社長
1997年10月、サイボウズはグループウェア「サイボウズ Office」シリーズを発売した。原型は、1996年に社内ベンチャーの社員が作ったWeb上の行き先掲示板である。ブラウザーから使えるため、端末ごとにソフトを入れて保守する手間が要らなかった。マーケティングを担う青野慶久氏は、課長の決裁で買える上限を20万円程度とみて価格を19万8000円に置き、60日間の無料試用も設けた。宣伝予算が乏しいなか、メールマガジンの数行の広告では文の大半をリンクにして目を引いた。設立から5カ月目には、月次の営業損益が黒字に転じた。部署の決裁枠に収めた値付けが、宣伝費の少ない新興企業の販路を補ったとみられる。
- サイボウズ 有価証券報告書【沿革】
- [8]1997年10月、「サイボウズ Office」シリーズ発売
- 日経調査記事 2007年11月26日「サイボウズ」(青野慶久氏の人物記事)
- [9]原型は1996年に社内ベンチャーの社員が作ったWebの行き先掲示板。ブラウザーで使え個別インストール・保守が不要。価格19万8000円(課長決裁の上限20万円程度を想定)、60日間の無料試用、メールマガジン広告。創業5カ月目に単月で営業黒字
- [10]原型は1996年に社内ベンチャーの社員が作ったWebの行き先掲示板。ブラウザーで使え個別インストール・保守が不要。価格19万8000円(課長決裁の上限20万円程度を想定)、60日間の無料試用、メールマガジン広告。創業5カ月目に単月で営業黒字
- [11]原型は1996年に社内ベンチャーの社員が作ったWebの行き先掲示板。ブラウザーで使え個別インストール・保守が不要。価格19万8000円(課長決裁の上限20万円程度を想定)、60日間の無料試用、メールマガジン広告。創業5カ月目に単月で営業黒字
- [12]原型は1996年に社内ベンチャーの社員が作ったWebの行き先掲示板。ブラウザーで使え個別インストール・保守が不要。価格19万8000円(課長決裁の上限20万円程度を想定)、60日間の無料試用、メールマガジン広告。創業5カ月目に単月で営業黒字
- [13]原型は1996年に社内ベンチャーの社員が作ったWebの行き先掲示板。ブラウザーで使え個別インストール・保守が不要。価格19万8000円(課長決裁の上限20万円程度を想定)、60日間の無料試用、メールマガジン広告。創業5カ月目に単月で営業黒字
参考文献[1]-[13]
- サイボウズ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1997年8月、愛媛県松山市にサイボウズ株式会社を設立
- [8]1997年10月、「サイボウズ Office」シリーズ発売
- 日経調査記事 2007年11月26日「サイボウズ」(青野慶久氏の人物記事)
- [2]松下電工の社内ベンチャーで働いた高須賀宣・畑慎也・青野慶久の3人が独立。資金は3人の貯蓄と親からの借入れ。社内ベンチャーはシステム構築が主力でソフト販売事業は理解を得られず、起業地は資金事情と高須賀・青野の実家に近い松山市、2DKのマンションで開発
- [3]松下電工の社内ベンチャーで働いた高須賀宣・畑慎也・青野慶久の3人が独立。資金は3人の貯蓄と親からの借入れ。社内ベンチャーはシステム構築が主力でソフト販売事業は理解を得られず、起業地は資金事情と高須賀・青野の実家に近い松山市、2DKのマンションで開発
- [4]松下電工の社内ベンチャーで働いた高須賀宣・畑慎也・青野慶久の3人が独立。資金は3人の貯蓄と親からの借入れ。社内ベンチャーはシステム構築が主力でソフト販売事業は理解を得られず、起業地は資金事情と高須賀・青野の実家に近い松山市、2DKのマンションで開発
- [5]松下電工の社内ベンチャーで働いた高須賀宣・畑慎也・青野慶久の3人が独立。資金は3人の貯蓄と親からの借入れ。社内ベンチャーはシステム構築が主力でソフト販売事業は理解を得られず、起業地は資金事情と高須賀・青野の実家に近い松山市、2DKのマンションで開発
- [6]松下電工の社内ベンチャーで働いた高須賀宣・畑慎也・青野慶久の3人が独立。資金は3人の貯蓄と親からの借入れ。社内ベンチャーはシステム構築が主力でソフト販売事業は理解を得られず、起業地は資金事情と高須賀・青野の実家に近い松山市、2DKのマンションで開発
- [9]原型は1996年に社内ベンチャーの社員が作ったWebの行き先掲示板。ブラウザーで使え個別インストール・保守が不要。価格19万8000円(課長決裁の上限20万円程度を想定)、60日間の無料試用、メールマガジン広告。創業5カ月目に単月で営業黒字
- [10]原型は1996年に社内ベンチャーの社員が作ったWebの行き先掲示板。ブラウザーで使え個別インストール・保守が不要。価格19万8000円(課長決裁の上限20万円程度を想定)、60日間の無料試用、メールマガジン広告。創業5カ月目に単月で営業黒字
- [11]原型は1996年に社内ベンチャーの社員が作ったWebの行き先掲示板。ブラウザーで使え個別インストール・保守が不要。価格19万8000円(課長決裁の上限20万円程度を想定)、60日間の無料試用、メールマガジン広告。創業5カ月目に単月で営業黒字
- [12]原型は1996年に社内ベンチャーの社員が作ったWebの行き先掲示板。ブラウザーで使え個別インストール・保守が不要。価格19万8000円(課長決裁の上限20万円程度を想定)、60日間の無料試用、メールマガジン広告。創業5カ月目に単月で営業黒字
- [13]原型は1996年に社内ベンチャーの社員が作ったWebの行き先掲示板。ブラウザーで使え個別インストール・保守が不要。価格19万8000円(課長決裁の上限20万円程度を想定)、60日間の無料試用、メールマガジン広告。創業5カ月目に単月で営業黒字
- サイボウズ 有価証券報告書【役員の状況】(畑慎也氏・青野慶久氏の略歴)
- [7]畑慎也・青野慶久は1997年8月のサイボウズ設立時に取締役副社長
1998年〜大阪・東京へ移した本社と、野村證券を主幹事にしたマザーズ上場
1998年12月、サイボウズは事業拡大を理由に、本社機能を松山市から大阪市北区茶屋町へ移した。年商は、設立からおよそ1年で6000万円となった。その時期、青野慶久氏は80万円をかけて宣伝用キャラクター「ボウズマン」の着ぐるみを作り、顧客向けセミナーに着て臨んだ。茶屋町への移転から1年後の1999年12月には、同じく事業拡大を理由に、北区梅田へ本社機能を再び移した。設立の地の松山を2年足らずで離れたのは、顧客企業と人材が集まる大阪でなければ開発と営業の人員を確保できなかったためと推察される。
- サイボウズ 有価証券報告書【沿革】
- [14]1998年12月に大阪市北区茶屋町、1999年12月に大阪市北区梅田へ、いずれも事業拡大のため本社機能を移転
- [17]1998年12月に大阪市北区茶屋町、1999年12月に大阪市北区梅田へ、いずれも事業拡大のため本社機能を移転
- 日経調査記事 2007年11月26日「サイボウズ」(青野慶久氏の人物記事)
- [15]創業約1年後の年商は6000万円。青野慶久が80万円でボウズマンの着ぐるみを作りセミナーに登場
- [16]創業約1年後の年商は6000万円。青野慶久が80万円でボウズマンの着ぐるみを作りセミナーに登場
2000年5月、サイボウズは東京オフィスを開設した。3カ月後の2000年8月23日、銘柄コード4776で東京証券取引所マザーズに上場し、野村證券が幹事を務めた。同年12月には、事業拡大を理由に本社機能を大阪から東京都文京区後楽へ移した。設立から3年4カ月で、3度目となる本社機能の移転。本社の東京移転と規模の拡大は、創業期を知る社員と後から入った社員の間に意識の隔たりを生んだ。上場の直前に東京オフィスを置いたのは、首都圏の顧客と投資家に近づく狙いだったと思われる。
- サイボウズ 有価証券報告書【沿革】
- [18]2000年5月東京オフィス開設、2000年8月東証マザーズ上場、2000年12月事業拡大のため東京都文京区後楽に本社機能移転
- [20]2000年5月東京オフィス開設、2000年8月東証マザーズ上場、2000年12月事業拡大のため東京都文京区後楽に本社機能移転
- [21]2000年5月東京オフィス開設、2000年8月東証マザーズ上場、2000年12月事業拡大のため東京都文京区後楽に本社機能移転
- 証券 52巻10号(通巻619号)2000年10月号
- [19]マザーズ新規上場 サイボウズ(株) コード4776 上場日2000年8月23日 野村證券
- 日経調査記事 2007年11月26日「サイボウズ」(青野慶久氏の人物記事)
- [22]規模の拡大や東京への本社移転に伴い、創業当時を知る社員とそれ以後の社員の間に意識の差が生じた
サイボウズは、利用者が迷わず操作できる画面構成に製品の価値があると考え、使い勝手を高める研究開発に多くの人員と資金を割いた。その画面の遷移とレイアウトを他社のビジネスソフトに模倣されたとして、サイボウズは訴訟を起こした。2002年3月には、設立から4年7カ月で東京証券取引所市場第二部へ市場を変更し、独立系企業で最短の記録となった。使い勝手を差別化要因とする以上、画面の模倣を見過ごせば、後発の類似製品に顧客を奪われると考えたのだろう。
- 日経ビジネス 2004年2月2日号 p134 高須賀宣(サイボウズ社長)
- [23]自社ソフトの模倣で他社を訴えた(2004年2月までに2年半ほど争い和解)。争点は画面の遷移とレイアウト。使い勝手の研究開発に人材と資金を投入。設立から4年7カ月で東証2部上場は独立系で最短
- [24]自社ソフトの模倣で他社を訴えた(2004年2月までに2年半ほど争い和解)。争点は画面の遷移とレイアウト。使い勝手の研究開発に人材と資金を投入。設立から4年7カ月で東証2部上場は独立系で最短
- [26]自社ソフトの模倣で他社を訴えた(2004年2月までに2年半ほど争い和解)。争点は画面の遷移とレイアウト。使い勝手の研究開発に人材と資金を投入。設立から4年7カ月で東証2部上場は独立系で最短
- サイボウズ 有価証券報告書【沿革】
- [25]2002年3月、東京証券取引所市場第二部へ市場変更
参考文献[14]-[26]
- サイボウズ 有価証券報告書【沿革】
- [14]1998年12月に大阪市北区茶屋町、1999年12月に大阪市北区梅田へ、いずれも事業拡大のため本社機能を移転
- [17]1998年12月に大阪市北区茶屋町、1999年12月に大阪市北区梅田へ、いずれも事業拡大のため本社機能を移転
- [18]2000年5月東京オフィス開設、2000年8月東証マザーズ上場、2000年12月事業拡大のため東京都文京区後楽に本社機能移転
- [20]2000年5月東京オフィス開設、2000年8月東証マザーズ上場、2000年12月事業拡大のため東京都文京区後楽に本社機能移転
- [21]2000年5月東京オフィス開設、2000年8月東証マザーズ上場、2000年12月事業拡大のため東京都文京区後楽に本社機能移転
- [25]2002年3月、東京証券取引所市場第二部へ市場変更
- 日経調査記事 2007年11月26日「サイボウズ」(青野慶久氏の人物記事)
- [15]創業約1年後の年商は6000万円。青野慶久が80万円でボウズマンの着ぐるみを作りセミナーに登場
- [16]創業約1年後の年商は6000万円。青野慶久が80万円でボウズマンの着ぐるみを作りセミナーに登場
- [22]規模の拡大や東京への本社移転に伴い、創業当時を知る社員とそれ以後の社員の間に意識の差が生じた
- 証券 52巻10号(通巻619号)2000年10月号
- [19]マザーズ新規上場 サイボウズ(株) コード4776 上場日2000年8月23日 野村證券
- 日経ビジネス 2004年2月2日号 p134 高須賀宣(サイボウズ社長)
- [23]自社ソフトの模倣で他社を訴えた(2004年2月までに2年半ほど争い和解)。争点は画面の遷移とレイアウト。使い勝手の研究開発に人材と資金を投入。設立から4年7カ月で東証2部上場は独立系で最短
- [24]自社ソフトの模倣で他社を訴えた(2004年2月までに2年半ほど争い和解)。争点は画面の遷移とレイアウト。使い勝手の研究開発に人材と資金を投入。設立から4年7カ月で東証2部上場は独立系で最短
- [26]自社ソフトの模倣で他社を訴えた(2004年2月までに2年半ほど争い和解)。争点は画面の遷移とレイアウト。使い勝手の研究開発に人材と資金を投入。設立から4年7カ月で東証2部上場は独立系で最短
出典・参考
5件
- サイボウズ 有価証券報告書【沿革】
- サイボウズ 有価証券報告書【役員の状況】(畑慎也氏・青野慶久氏の略歴)
- 証券 52巻10号(通巻619号)2000年10月号
- 日経ビジネス 2004年2月2日号 p134 高須賀宣(サイボウズ社長)
- 日経調査記事 2007年11月26日「サイボウズ」(青野慶久氏の人物記事)