第1章 年〜年

カルチュア・コンビニエンス・クラブ:増田宗昭のビデオレンタルFC本部設立と顧客データ管理会社アダムス

1985年〜枚方駅ビル5階の蔦屋書店と、ノウハウを販売する吹田のFC本部

増田宗昭氏は1983年3月、故郷の大阪府枚方市で蔦屋書店を創業した。増田宗昭氏は1951年に枚方市で生まれ、1973年の同志社大学卒業後の就職先は婦人服販売の鈴屋である。鈴屋では東京の開発事業部門で5年間店舗の企画に携わり、帰阪後は京都店の店長を務めた。社内で出した企画が採用されなかったことも、独立を決める契機になった。店は枚方の駅ビル5階に構え、書籍の販売とレコード・ビデオの貸し出しを1店で扱った。増田宗昭氏は普及の初期にあった貸しビデオを、若い世代へ生き方を提案する手段と位置づけた。服飾から貸しビデオへの転身は、生活様式の提案という軸で増田宗昭氏の中では一貫していたとみられる。

  • Omni management 1994年「情報産業に特化して成功したビデオレンタルの雄〔CCC・増田宗昭〕」徳永卓三
    • [1]増田宗昭氏は鈴屋で東京の店舗企画5年・京都店長を経て、企画案不採用もあり独立、1983年3月に故郷枚方の駅ビル5階で蔦屋書店(書籍販売とレコード・ビデオレンタル)を開業。勃興期のビデオレンタルで若者に生活様式を提案しようとした
    • [3]増田宗昭氏は鈴屋で東京の店舗企画5年・京都店長を経て、企画案不採用もあり独立、1983年3月に故郷枚方の駅ビル5階で蔦屋書店(書籍販売とレコード・ビデオレンタル)を開業。勃興期のビデオレンタルで若者に生活様式を提案しようとした
    • [4]増田宗昭氏は鈴屋で東京の店舗企画5年・京都店長を経て、企画案不採用もあり独立、1983年3月に故郷枚方の駅ビル5階で蔦屋書店(書籍販売とレコード・ビデオレンタル)を開業。勃興期のビデオレンタルで若者に生活様式を提案しようとした
    • [5]増田宗昭氏は鈴屋で東京の店舗企画5年・京都店長を経て、企画案不採用もあり独立、1983年3月に故郷枚方の駅ビル5階で蔦屋書店(書籍販売とレコード・ビデオレンタル)を開業。勃興期のビデオレンタルで若者に生活様式を提案しようとした
    • [6]増田宗昭氏は鈴屋で東京の店舗企画5年・京都店長を経て、企画案不採用もあり独立、1983年3月に故郷枚方の駅ビル5階で蔦屋書店(書籍販売とレコード・ビデオレンタル)を開業。勃興期のビデオレンタルで若者に生活様式を提案しようとした
  • 日経ビジネス 1995年10月16日号
    • [2]増田宗昭氏は1951年枚方市生まれ、1973年3月同志社大学経済学部卒、同年4月鈴屋入社、1983年蔦屋書店創業

増田宗昭氏は1985年9月、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)を設立した。本社は大阪府吹田市垂水町で、ビデオレンタル店向けのフランチャイズ(FC)本部としての発足。枚方の店の成功を受けて直営店を広げたものの、増田宗昭氏は『直営店を増やして日本一になろうとしても資金的に無理。だからノウハウを売ろう。』と考えた。蔦屋書店を始めた時点では、FCを展開する構想を持っていなかった。契機は、ある大手スーパーの幹部から、自社の取締役会で貸しビデオ事業を解説してほしいと頼まれたことにある。その講義が評判を呼んで講演の依頼が相次ぎ、増田宗昭氏は店の運営手法そのものに需要があると判断した。

  • Franchise age 1995年10月号「誌上訪問(17) カルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)」
    • [7]枚方の店の成功後に直営店を展開したが、直営では資金的に日本一は無理としてノウハウを売る方針に転じ、1985年9月にCCCを設立
    • [9]枚方の店の成功後に直営店を展開したが、直営では資金的に日本一は無理としてノウハウを売る方針に転じ、1985年9月にCCCを設立
  • カルチュア・コンビニエンス・クラブ 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1985年9月、大阪府吹田市垂水町にビデオレンタルのフランチャイズ本部として設立
  • Omni management 1994年「情報産業に特化して成功したビデオレンタルの雄〔CCC・増田宗昭〕」徳永卓三
    • [10]開業当初はFC展開を念頭に置かず、大手スーパー幹部の依頼で取締役会にビデオレンタルを講義したところ評判を呼び講演依頼が続き、ニーズありとしてFC展開に踏み出した
    • [11]開業当初はFC展開を念頭に置かず、大手スーパー幹部の依頼で取締役会にビデオレンタルを講義したところ評判を呼び講演依頼が続き、ニーズありとしてFC展開に踏み出した
    • [12]開業当初はFC展開を念頭に置かず、大手スーパー幹部の依頼で取締役会にビデオレンタルを講義したところ評判を呼び講演依頼が続き、ニーズありとしてFC展開に踏み出した

CCCは1985年11月、FCの第1号店を開業した。増田宗昭氏の方針は、新しい事業を始める際、店の売上高が見込めなくてもほかの収入で借入を返せる状態を先に作ることである。最初の事業の賃貸マンションでも、入居がなくても夫婦の給与で月約50万円の返済を賄える計画を組んだ。枚方の1号店では約5500万円を借り入れ、貸看板の営業で返済の原資を確保してから開業した。FCは当初毎月赤字を計上し、その損失は直営店の収益ですべて埋めた。一方で増田宗昭氏は創業直後から売上高の30%を情報化に充て、FCの展開前に数億円規模の大型コンピューターを導入した。赤字のFCを直営店が支える間に、加盟店を増やすための情報の基盤を先に整えたのだろう。

  • Franchise age 1995年10月号「誌上訪問(17) カルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)」
    • [13]1985年11月にFC第1号店を開店
  • 日経ビジネス 1995年10月16日号
    • [14]新規事業は売上ゼロでも全体収支ゼロとなる仕組みを作ってから始める方針。枚方の1号店は約5500万円の借入、貸看板営業でキャッシュフローを確保。FCは当初毎月赤字で直営店の収益で全額カバー。最初の事業はマンションで、入居ゼロ想定で月50万円程度の返済を夫婦の給与で賄う計画
    • [15]新規事業は売上ゼロでも全体収支ゼロとなる仕組みを作ってから始める方針。枚方の1号店は約5500万円の借入、貸看板営業でキャッシュフローを確保。FCは当初毎月赤字で直営店の収益で全額カバー。最初の事業はマンションで、入居ゼロ想定で月50万円程度の返済を夫婦の給与で賄う計画
    • [16]新規事業は売上ゼロでも全体収支ゼロとなる仕組みを作ってから始める方針。枚方の1号店は約5500万円の借入、貸看板営業でキャッシュフローを確保。FCは当初毎月赤字で直営店の収益で全額カバー。最初の事業はマンションで、入居ゼロ想定で月50万円程度の返済を夫婦の給与で賄う計画
    • [17]新規事業は売上ゼロでも全体収支ゼロとなる仕組みを作ってから始める方針。枚方の1号店は約5500万円の借入、貸看板営業でキャッシュフローを確保。FCは当初毎月赤字で直営店の収益で全額カバー。最初の事業はマンションで、入居ゼロ想定で月50万円程度の返済を夫婦の給与で賄う計画
  • Omni management 1994年「情報産業に特化して成功したビデオレンタルの雄〔CCC・増田宗昭〕」徳永卓三
    • [18]創業直後から売上の30%を情報化に投じ、FC展開前に数億円の大型コンピュータを導入
参考文献[1]-[18]
  • Omni management 1994年「情報産業に特化して成功したビデオレンタルの雄〔CCC・増田宗昭〕」徳永卓三
    • [1]増田宗昭氏は鈴屋で東京の店舗企画5年・京都店長を経て、企画案不採用もあり独立、1983年3月に故郷枚方の駅ビル5階で蔦屋書店(書籍販売とレコード・ビデオレンタル)を開業。勃興期のビデオレンタルで若者に生活様式を提案しようとした
    • [3]増田宗昭氏は鈴屋で東京の店舗企画5年・京都店長を経て、企画案不採用もあり独立、1983年3月に故郷枚方の駅ビル5階で蔦屋書店(書籍販売とレコード・ビデオレンタル)を開業。勃興期のビデオレンタルで若者に生活様式を提案しようとした
    • [4]増田宗昭氏は鈴屋で東京の店舗企画5年・京都店長を経て、企画案不採用もあり独立、1983年3月に故郷枚方の駅ビル5階で蔦屋書店(書籍販売とレコード・ビデオレンタル)を開業。勃興期のビデオレンタルで若者に生活様式を提案しようとした
    • [5]増田宗昭氏は鈴屋で東京の店舗企画5年・京都店長を経て、企画案不採用もあり独立、1983年3月に故郷枚方の駅ビル5階で蔦屋書店(書籍販売とレコード・ビデオレンタル)を開業。勃興期のビデオレンタルで若者に生活様式を提案しようとした
    • [6]増田宗昭氏は鈴屋で東京の店舗企画5年・京都店長を経て、企画案不採用もあり独立、1983年3月に故郷枚方の駅ビル5階で蔦屋書店(書籍販売とレコード・ビデオレンタル)を開業。勃興期のビデオレンタルで若者に生活様式を提案しようとした
    • [10]開業当初はFC展開を念頭に置かず、大手スーパー幹部の依頼で取締役会にビデオレンタルを講義したところ評判を呼び講演依頼が続き、ニーズありとしてFC展開に踏み出した
    • [11]開業当初はFC展開を念頭に置かず、大手スーパー幹部の依頼で取締役会にビデオレンタルを講義したところ評判を呼び講演依頼が続き、ニーズありとしてFC展開に踏み出した
    • [12]開業当初はFC展開を念頭に置かず、大手スーパー幹部の依頼で取締役会にビデオレンタルを講義したところ評判を呼び講演依頼が続き、ニーズありとしてFC展開に踏み出した
    • [18]創業直後から売上の30%を情報化に投じ、FC展開前に数億円の大型コンピュータを導入
  • 日経ビジネス 1995年10月16日号
    • [2]増田宗昭氏は1951年枚方市生まれ、1973年3月同志社大学経済学部卒、同年4月鈴屋入社、1983年蔦屋書店創業
    • [14]新規事業は売上ゼロでも全体収支ゼロとなる仕組みを作ってから始める方針。枚方の1号店は約5500万円の借入、貸看板営業でキャッシュフローを確保。FCは当初毎月赤字で直営店の収益で全額カバー。最初の事業はマンションで、入居ゼロ想定で月50万円程度の返済を夫婦の給与で賄う計画
    • [15]新規事業は売上ゼロでも全体収支ゼロとなる仕組みを作ってから始める方針。枚方の1号店は約5500万円の借入、貸看板営業でキャッシュフローを確保。FCは当初毎月赤字で直営店の収益で全額カバー。最初の事業はマンションで、入居ゼロ想定で月50万円程度の返済を夫婦の給与で賄う計画
    • [16]新規事業は売上ゼロでも全体収支ゼロとなる仕組みを作ってから始める方針。枚方の1号店は約5500万円の借入、貸看板営業でキャッシュフローを確保。FCは当初毎月赤字で直営店の収益で全額カバー。最初の事業はマンションで、入居ゼロ想定で月50万円程度の返済を夫婦の給与で賄う計画
    • [17]新規事業は売上ゼロでも全体収支ゼロとなる仕組みを作ってから始める方針。枚方の1号店は約5500万円の借入、貸看板営業でキャッシュフローを確保。FCは当初毎月赤字で直営店の収益で全額カバー。最初の事業はマンションで、入居ゼロ想定で月50万円程度の返済を夫婦の給与で賄う計画
  • Franchise age 1995年10月号「誌上訪問(17) カルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)」
    • [7]枚方の店の成功後に直営店を展開したが、直営では資金的に日本一は無理としてノウハウを売る方針に転じ、1985年9月にCCCを設立
    • [9]枚方の店の成功後に直営店を展開したが、直営では資金的に日本一は無理としてノウハウを売る方針に転じ、1985年9月にCCCを設立
    • [13]1985年11月にFC第1号店を開店
  • カルチュア・コンビニエンス・クラブ 有価証券報告書【沿革】
    • [8]1985年9月、大阪府吹田市垂水町にビデオレンタルのフランチャイズ本部として設立

1986年〜日販に任せた一括発注と、2年で207店に達したTSUTAYA網

CCCは1986年6月、加盟店への商品供給を目的に日本出版販売(日販)と業務提携した。貸しビデオのソフトは買い取りが通例で、1本の仕入れに1万2000円程度。1泊2日400円の料金なら30回以上貸し出さないと利益が出ず、仕入れ量の判断は店の採算を左右する。CCCが設立されたころ、AVレンタル店の多くは各店の担当者が経験で仕入れを決めた。日販はレンタル用ビデオの卸代行への参入を狙っており、CCCは提携と合わせて業界に先駆けてPOSを導入した。本部のバイヤーが各店の補充を決めて日販などへ一括発注し、問屋がバーコードを貼って各店へ配送する仕組みである。常務の笠原和彦氏は1993年、『本部がFC店の仕入れを管理し、店側が接客サービスに専念する分業体制ができればFC展開はうまくいくと読んだ』と説明した。

  • カルチュア・コンビニエンス・クラブ 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1986年6月、加盟店舗への商品供給のため日本出版販売と業務提携
  • 日経ビジネス 1993年3月29日号
    • [20]レンタル用ビデオは買い取りで1本約1万2000円、1泊2日400円なら30回転以上必要。卸代行参入を狙う日本出版販売と提携しPOSを業界でいち早く導入。本部バイヤーが補充を決め日販など問屋へ一括発注、問屋がバーコードを貼り各店へ配送。笠原和彦常務が本部の仕入れ管理と店の接客専念の分業を狙いとして説明
    • [21]レンタル用ビデオは買い取りで1本約1万2000円、1泊2日400円なら30回転以上必要。卸代行参入を狙う日本出版販売と提携しPOSを業界でいち早く導入。本部バイヤーが補充を決め日販など問屋へ一括発注、問屋がバーコードを貼り各店へ配送。笠原和彦常務が本部の仕入れ管理と店の接客専念の分業を狙いとして説明
    • [23]レンタル用ビデオは買い取りで1本約1万2000円、1泊2日400円なら30回転以上必要。卸代行参入を狙う日本出版販売と提携しPOSを業界でいち早く導入。本部バイヤーが補充を決め日販など問屋へ一括発注、問屋がバーコードを貼り各店へ配送。笠原和彦常務が本部の仕入れ管理と店の接客専念の分業を狙いとして説明
    • [24]レンタル用ビデオは買い取りで1本約1万2000円、1泊2日400円なら30回転以上必要。卸代行参入を狙う日本出版販売と提携しPOSを業界でいち早く導入。本部バイヤーが補充を決め日販など問屋へ一括発注、問屋がバーコードを貼り各店へ配送。笠原和彦常務が本部の仕入れ管理と店の接客専念の分業を狙いとして説明
    • [25]レンタル用ビデオは買い取りで1本約1万2000円、1泊2日400円なら30回転以上必要。卸代行参入を狙う日本出版販売と提携しPOSを業界でいち早く導入。本部バイヤーが補充を決め日販など問屋へ一括発注、問屋がバーコードを貼り各店へ配送。笠原和彦常務が本部の仕入れ管理と店の接客専念の分業を狙いとして説明
  • 日経ビジネス 1995年10月16日号
    • [22]CCC設立当時、AVレンタル店は仕入れを各店担当者の経験に頼っていた

本部が仕入れを代行する仕組みの下で、TSUTAYAの店舗数は1980年代後半に急増した。店舗数が207店に届いた時期は、資料によって1987年とも1988年とも伝わる。直営店を含めた年ごとの店舗数を1987年51店、1988年207店、1989年346店、1990年477店とする資料もある。本部は客層の近い既存店の貸し出しデータを基に、新しい店の品ぞろえを開店時から整えた。貸しビデオや音楽ソフトを扱った経験のない大手の流通・小売業者が、この仕組みを評価して加盟した。CCCは全国各地の有力資本を加盟企業に迎えて店舗網を広げた。仕入れの負担を本部が引き受けたことが、異業種の資本を呼び込む誘因になったと考えられる。

  • 日経ビジネス 1993年3月29日号
    • [26]店舗数は1987年に207店(1993年時点の記事)
    • [27]店舗数は1987年に207店(1993年時点の記事)
  • 日経ビジネス 1995年10月16日号
    • [28]直営・FC合計の店舗数は1987年51店、1988年207店、1989年346店、1990年477店。類似立地店のデータで開店当初から品ぞろえを実現し、AVレンタル未経験の大手流通・小売業者に受けた
    • [29]直営・FC合計の店舗数は1987年51店、1988年207店、1989年346店、1990年477店。類似立地店のデータで開店当初から品ぞろえを実現し、AVレンタル未経験の大手流通・小売業者に受けた
    • [30]直営・FC合計の店舗数は1987年51店、1988年207店、1989年346店、1990年477店。類似立地店のデータで開店当初から品ぞろえを実現し、AVレンタル未経験の大手流通・小売業者に受けた
    • [31]直営・FC合計の店舗数は1987年51店、1988年207店、1989年346店、1990年477店。類似立地店のデータで開店当初から品ぞろえを実現し、AVレンタル未経験の大手流通・小売業者に受けた
  • Omni management 1994年「情報産業に特化して成功したビデオレンタルの雄〔CCC・増田宗昭〕」徳永卓三
    • [32]全国各地の有力資本と提携してFC店を展開
参考文献[19]-[32]
  • カルチュア・コンビニエンス・クラブ 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1986年6月、加盟店舗への商品供給のため日本出版販売と業務提携
  • 日経ビジネス 1993年3月29日号
    • [20]レンタル用ビデオは買い取りで1本約1万2000円、1泊2日400円なら30回転以上必要。卸代行参入を狙う日本出版販売と提携しPOSを業界でいち早く導入。本部バイヤーが補充を決め日販など問屋へ一括発注、問屋がバーコードを貼り各店へ配送。笠原和彦常務が本部の仕入れ管理と店の接客専念の分業を狙いとして説明
    • [21]レンタル用ビデオは買い取りで1本約1万2000円、1泊2日400円なら30回転以上必要。卸代行参入を狙う日本出版販売と提携しPOSを業界でいち早く導入。本部バイヤーが補充を決め日販など問屋へ一括発注、問屋がバーコードを貼り各店へ配送。笠原和彦常務が本部の仕入れ管理と店の接客専念の分業を狙いとして説明
    • [23]レンタル用ビデオは買い取りで1本約1万2000円、1泊2日400円なら30回転以上必要。卸代行参入を狙う日本出版販売と提携しPOSを業界でいち早く導入。本部バイヤーが補充を決め日販など問屋へ一括発注、問屋がバーコードを貼り各店へ配送。笠原和彦常務が本部の仕入れ管理と店の接客専念の分業を狙いとして説明
    • [24]レンタル用ビデオは買い取りで1本約1万2000円、1泊2日400円なら30回転以上必要。卸代行参入を狙う日本出版販売と提携しPOSを業界でいち早く導入。本部バイヤーが補充を決め日販など問屋へ一括発注、問屋がバーコードを貼り各店へ配送。笠原和彦常務が本部の仕入れ管理と店の接客専念の分業を狙いとして説明
    • [25]レンタル用ビデオは買い取りで1本約1万2000円、1泊2日400円なら30回転以上必要。卸代行参入を狙う日本出版販売と提携しPOSを業界でいち早く導入。本部バイヤーが補充を決め日販など問屋へ一括発注、問屋がバーコードを貼り各店へ配送。笠原和彦常務が本部の仕入れ管理と店の接客専念の分業を狙いとして説明
    • [26]店舗数は1987年に207店(1993年時点の記事)
    • [27]店舗数は1987年に207店(1993年時点の記事)
  • 日経ビジネス 1995年10月16日号
    • [22]CCC設立当時、AVレンタル店は仕入れを各店担当者の経験に頼っていた
    • [28]直営・FC合計の店舗数は1987年51店、1988年207店、1989年346店、1990年477店。類似立地店のデータで開店当初から品ぞろえを実現し、AVレンタル未経験の大手流通・小売業者に受けた
    • [29]直営・FC合計の店舗数は1987年51店、1988年207店、1989年346店、1990年477店。類似立地店のデータで開店当初から品ぞろえを実現し、AVレンタル未経験の大手流通・小売業者に受けた
    • [30]直営・FC合計の店舗数は1987年51店、1988年207店、1989年346店、1990年477店。類似立地店のデータで開店当初から品ぞろえを実現し、AVレンタル未経験の大手流通・小売業者に受けた
    • [31]直営・FC合計の店舗数は1987年51店、1988年207店、1989年346店、1990年477店。類似立地店のデータで開店当初から品ぞろえを実現し、AVレンタル未経験の大手流通・小売業者に受けた
  • Omni management 1994年「情報産業に特化して成功したビデオレンタルの雄〔CCC・増田宗昭〕」徳永卓三
    • [32]全国各地の有力資本と提携してFC店を展開

1988年〜顧客データを販売するアダムスと、500号店を越えた1200万人の会員

CCCは1988年10月、顧客データの管理を代行する子会社としてアダムスを設立した。アダムスは大阪市に本社を置き、新規事業の開拓を担う戦略子会社という位置づけである。TSUTAYAの会員は入会時に生年月日・職業・趣味などを届け出て、磁気カードの会員証を受け取った。各店のPOSがホストコンピューターを置いた本部へ送るのは、誰がいつどの店で何を借りたかの記録である。増田宗昭氏は、会員が1年間に借りた作品を分析すれば消費の傾向を把握できるとみた。アダムスはマーケティング会社として、蓄積した記録を企業の販売促進の材料に仕立てて企画販売した。在庫管理のために集めた記録を別会社で外販の商品に転じた判断は、情報そのものを収益源とみる増田宗昭氏の構想から出たものと推察される。

  • カルチュア・コンビニエンス・クラブ 有価証券報告書【沿革】
    • [33]1988年10月、顧客データの管理代行のためアダムスを設立
  • 日経ビジネス 1993年3月29日号
    • [34]アダムス(大阪市)は新事業開拓のため1988年に設立した戦略子会社。会員は入会時に生年月日・職業・趣味等を記入し磁気カードを受領、POSで貸し出しデータを本部ホストへ伝送
    • [35]アダムス(大阪市)は新事業開拓のため1988年に設立した戦略子会社。会員は入会時に生年月日・職業・趣味等を記入し磁気カードを受領、POSで貸し出しデータを本部ホストへ伝送
    • [36]アダムス(大阪市)は新事業開拓のため1988年に設立した戦略子会社。会員は入会時に生年月日・職業・趣味等を記入し磁気カードを受領、POSで貸し出しデータを本部ホストへ伝送
  • Omni management 1994年「情報産業に特化して成功したビデオレンタルの雄〔CCC・増田宗昭〕」徳永卓三
    • [37]1200万人の顧客の年間レンタル履歴を分析すれば消費傾向が浮かぶとし、顧客情報を基にマーケティング会社ADMSを設立
    • [38]1200万人の顧客の年間レンタル履歴を分析すれば消費傾向が浮かぶとし、顧客情報を基にマーケティング会社ADMSを設立

CCCは1990年6月、FCの第500号店を開業した。同じ1990年、日本ビデオ協会に加盟するビデオレンタル店の数は1万3529店でピークを付けた。CCCは1989年、米レントラックとの合弁でレントラック・ジャパンを設立し、70%を出資した。1990年には、レンタル収入を店50%、メーカー40%、同社10%で分ける出来高払いの仕入れ方式の導入。店は安い仕入れで作品数をそろえ、1年後の返品もできたため、過剰在庫の危険を抑えられた。直営店を含めた店舗数は、1990年時点で477店とされる。第500号店との開きは、設立初期に開いた不採算店の閉鎖を映したものと思われる。

  • Franchise age 1995年10月号「誌上訪問(17) カルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)」
    • [39]1990年6月にFC第500号店を開店
  • 日経ビジネス 1993年3月29日号
    • [40]日本ビデオ協会加盟店数は1990年の1万3529店がピーク。1989年にレントラックと合弁でレントラック・ジャパン設立(CCC70%出資)、1990年に出来高払い制PPT導入(店50%・メーカー40%・RJ10%、1年で返品可)。設立当初の不採算店を計120店閉鎖
    • [41]日本ビデオ協会加盟店数は1990年の1万3529店がピーク。1989年にレントラックと合弁でレントラック・ジャパン設立(CCC70%出資)、1990年に出来高払い制PPT導入(店50%・メーカー40%・RJ10%、1年で返品可)。設立当初の不採算店を計120店閉鎖
    • [42]日本ビデオ協会加盟店数は1990年の1万3529店がピーク。1989年にレントラックと合弁でレントラック・ジャパン設立(CCC70%出資)、1990年に出来高払い制PPT導入(店50%・メーカー40%・RJ10%、1年で返品可)。設立当初の不採算店を計120店閉鎖
    • [43]日本ビデオ協会加盟店数は1990年の1万3529店がピーク。1989年にレントラックと合弁でレントラック・ジャパン設立(CCC70%出資)、1990年に出来高払い制PPT導入(店50%・メーカー40%・RJ10%、1年で返品可)。設立当初の不採算店を計120店閉鎖
  • 日経ビジネス 1995年10月16日号
    • [44]直営・FC合計の店舗数は1990年に477店

CCCの本部は1993年3月の時点で、全国1200万人の会員データをホストコンピューター19台で管理していた。1992年10月には、アダムスが三菱自動車工業の新型車「エメロード」の販促を手がけた。過去半年に自動車に関するビデオを借りた会員10万人を抽出して案内を送り、TSUTAYAの100店で宣伝用ビデオを無料で貸し出した。宣伝企画会社やシンクタンクを含め、TSUTAYAの貸し出し記録を事業の種とする関連会社も、同じ1993年3月までに15社を数えた。関連会社の例が、消費生活の研究を担うAV生活総合研究所や宣伝を企画するボディープラスである。増田宗昭氏は『TSUTAYAが流通業とすれば、CCC本部は情報の生産者になり、新市場を創造する』という構想を掲げた。CCCはグループ全体として、AVレンタル店の範囲を超える総合情報産業への転換を目指した。

  • 日経ビジネス 1993年3月29日号
    • [45]全国1200万人の顧客データを本部ホスト19台で管理。1992年10月、アダムスが三菱自工エメロードで車関連ビデオを借りた会員10万人にDMを送り100店で無料レンタル。貸し出しデータを基に宣伝企画会社・シンクタンクなど15の関連会社を設立し総合情報産業を目指す
    • [46]全国1200万人の顧客データを本部ホスト19台で管理。1992年10月、アダムスが三菱自工エメロードで車関連ビデオを借りた会員10万人にDMを送り100店で無料レンタル。貸し出しデータを基に宣伝企画会社・シンクタンクなど15の関連会社を設立し総合情報産業を目指す
    • [47]全国1200万人の顧客データを本部ホスト19台で管理。1992年10月、アダムスが三菱自工エメロードで車関連ビデオを借りた会員10万人にDMを送り100店で無料レンタル。貸し出しデータを基に宣伝企画会社・シンクタンクなど15の関連会社を設立し総合情報産業を目指す
    • [48]全国1200万人の顧客データを本部ホスト19台で管理。1992年10月、アダムスが三菱自工エメロードで車関連ビデオを借りた会員10万人にDMを送り100店で無料レンタル。貸し出しデータを基に宣伝企画会社・シンクタンクなど15の関連会社を設立し総合情報産業を目指す
    • [51]全国1200万人の顧客データを本部ホスト19台で管理。1992年10月、アダムスが三菱自工エメロードで車関連ビデオを借りた会員10万人にDMを送り100店で無料レンタル。貸し出しデータを基に宣伝企画会社・シンクタンクなど15の関連会社を設立し総合情報産業を目指す
  • Omni management 1994年「情報産業に特化して成功したビデオレンタルの雄〔CCC・増田宗昭〕」徳永卓三
    • [49]顧客情報を基にADMS、AV生活総合研究所、ボディープラスなど15の関連会社を設立。TSUTAYAを流通業、CCC本部を情報の生産者と位置づける構想
    • [50]顧客情報を基にADMS、AV生活総合研究所、ボディープラスなど15の関連会社を設立。TSUTAYAを流通業、CCC本部を情報の生産者と位置づける構想
参考文献[33]-[51]
  • カルチュア・コンビニエンス・クラブ 有価証券報告書【沿革】
    • [33]1988年10月、顧客データの管理代行のためアダムスを設立
  • 日経ビジネス 1993年3月29日号
    • [34]アダムス(大阪市)は新事業開拓のため1988年に設立した戦略子会社。会員は入会時に生年月日・職業・趣味等を記入し磁気カードを受領、POSで貸し出しデータを本部ホストへ伝送
    • [35]アダムス(大阪市)は新事業開拓のため1988年に設立した戦略子会社。会員は入会時に生年月日・職業・趣味等を記入し磁気カードを受領、POSで貸し出しデータを本部ホストへ伝送
    • [36]アダムス(大阪市)は新事業開拓のため1988年に設立した戦略子会社。会員は入会時に生年月日・職業・趣味等を記入し磁気カードを受領、POSで貸し出しデータを本部ホストへ伝送
    • [40]日本ビデオ協会加盟店数は1990年の1万3529店がピーク。1989年にレントラックと合弁でレントラック・ジャパン設立(CCC70%出資)、1990年に出来高払い制PPT導入(店50%・メーカー40%・RJ10%、1年で返品可)。設立当初の不採算店を計120店閉鎖
    • [41]日本ビデオ協会加盟店数は1990年の1万3529店がピーク。1989年にレントラックと合弁でレントラック・ジャパン設立(CCC70%出資)、1990年に出来高払い制PPT導入(店50%・メーカー40%・RJ10%、1年で返品可)。設立当初の不採算店を計120店閉鎖
    • [42]日本ビデオ協会加盟店数は1990年の1万3529店がピーク。1989年にレントラックと合弁でレントラック・ジャパン設立(CCC70%出資)、1990年に出来高払い制PPT導入(店50%・メーカー40%・RJ10%、1年で返品可)。設立当初の不採算店を計120店閉鎖
    • [43]日本ビデオ協会加盟店数は1990年の1万3529店がピーク。1989年にレントラックと合弁でレントラック・ジャパン設立(CCC70%出資)、1990年に出来高払い制PPT導入(店50%・メーカー40%・RJ10%、1年で返品可)。設立当初の不採算店を計120店閉鎖
    • [45]全国1200万人の顧客データを本部ホスト19台で管理。1992年10月、アダムスが三菱自工エメロードで車関連ビデオを借りた会員10万人にDMを送り100店で無料レンタル。貸し出しデータを基に宣伝企画会社・シンクタンクなど15の関連会社を設立し総合情報産業を目指す
    • [46]全国1200万人の顧客データを本部ホスト19台で管理。1992年10月、アダムスが三菱自工エメロードで車関連ビデオを借りた会員10万人にDMを送り100店で無料レンタル。貸し出しデータを基に宣伝企画会社・シンクタンクなど15の関連会社を設立し総合情報産業を目指す
    • [47]全国1200万人の顧客データを本部ホスト19台で管理。1992年10月、アダムスが三菱自工エメロードで車関連ビデオを借りた会員10万人にDMを送り100店で無料レンタル。貸し出しデータを基に宣伝企画会社・シンクタンクなど15の関連会社を設立し総合情報産業を目指す
    • [48]全国1200万人の顧客データを本部ホスト19台で管理。1992年10月、アダムスが三菱自工エメロードで車関連ビデオを借りた会員10万人にDMを送り100店で無料レンタル。貸し出しデータを基に宣伝企画会社・シンクタンクなど15の関連会社を設立し総合情報産業を目指す
    • [51]全国1200万人の顧客データを本部ホスト19台で管理。1992年10月、アダムスが三菱自工エメロードで車関連ビデオを借りた会員10万人にDMを送り100店で無料レンタル。貸し出しデータを基に宣伝企画会社・シンクタンクなど15の関連会社を設立し総合情報産業を目指す
  • Omni management 1994年「情報産業に特化して成功したビデオレンタルの雄〔CCC・増田宗昭〕」徳永卓三
    • [37]1200万人の顧客の年間レンタル履歴を分析すれば消費傾向が浮かぶとし、顧客情報を基にマーケティング会社ADMSを設立
    • [38]1200万人の顧客の年間レンタル履歴を分析すれば消費傾向が浮かぶとし、顧客情報を基にマーケティング会社ADMSを設立
    • [49]顧客情報を基にADMS、AV生活総合研究所、ボディープラスなど15の関連会社を設立。TSUTAYAを流通業、CCC本部を情報の生産者と位置づける構想
    • [50]顧客情報を基にADMS、AV生活総合研究所、ボディープラスなど15の関連会社を設立。TSUTAYAを流通業、CCC本部を情報の生産者と位置づける構想
  • Franchise age 1995年10月号「誌上訪問(17) カルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)」
    • [39]1990年6月にFC第500号店を開店
  • 日経ビジネス 1995年10月16日号
    • [44]直営・FC合計の店舗数は1990年に477店

1985年〜1992年の業績

決算期 区分 売上高 純利益 主な投資
億円 YoY 億円 利益率
1985年09月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
1986年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
1987年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a
1988年06月期 単体 9 n/a 0 3.1% n/a
1989年06月期 単体 7 ▲26.5% 0 0.0% n/a
1990年03月期 単体 5 ▲25.0% 0 0.0% n/a
1991年03月期 単体 35 +563.0% 0 1.1% n/a
1992年03月期 単体 37 +5.6% 0 0.0% n/a

出所:ビジネス、システムの進化にかんする研究

出典・参考

5件
出典・参考
  • カルチュア・コンビニエンス・クラブ 有価証券報告書【沿革】
  • 日経ビジネス 1993年3月29日号
  • 日経ビジネス 1995年10月16日号
  • Franchise age 1995年10月号「誌上訪問(17) カルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)」
  • Omni management 1994年「情報産業に特化して成功したビデオレンタルの雄〔CCC・増田宗昭〕」徳永卓三

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