ラウンドワン:杉野興産のボウリング場経営と石津店の開業
1980年〜泉大津のローラースケート場で興した杉野興産と、ボウリング場への乗り換え
杉野興産は1980年12月、遊戯場の経営を目的として資本金300万円で大阪府泉南市に設立された。1998年の東証上場時の会社紹介は、設立年月日を昭和55年12月25日と記した。最初の店は大阪府泉大津市のローラースケート場で、ゲームコーナーを併設して開業した(泉大津店)。社長の杉野公彦氏は1997年の説明会で、会社の出発点をローラースケート場を経営する杉野興産として紹介した。のちにボウリングとゲーム機を一つの建物に並べる店づくりの原型は、滑走とゲームを屋内で提供したこの泉大津店にあったとみられる。
- 株式会社ラウンドワン 有価証券報告書(FY24)沿革
- [1]1980年12月 遊戯場の経営を目的に杉野興産(資本金300万円)を大阪府泉南市に設立、泉大津市にゲームコーナー併設のローラースケート場(泉大津店)を開業
- [3]1980年12月 遊戯場の経営を目的に杉野興産(資本金300万円)を大阪府泉南市に設立、泉大津市にゲームコーナー併設のローラースケート場(泉大津店)を開業
- 証券 51(2) 1999年(新規上場会社紹介)
- [2]設立年月日は昭和55年12月25日
- 証券アナリストジャーナル 1997年10月号(杉野公彦社長の説明会)
- [4]杉野公彦社長の説明: 1980年12月にローラースケート場(ゲームコーナー併設)を経営する杉野興産として泉南市で設立
杉野興産は1982年7月、泉大津市でボウリング場の経営を始めた。ローラースケート場の開業から1年7カ月後の参入。杉野公彦氏は1997年の説明会で、82年7月のボウリング参入を会社の歩みの節目に挙げた。同じ説明会で杉野公彦氏は、事業をボウリングとゲーム機を中心とする地域密着型の総合スポーツ・レジャー施設の経営と説明した。質疑では、ボウリングのレーンとマシンは長期間使え、コンピュータシステムは6年目ごとに入れ替えると答えた。設備を長く使えて近隣の客を繰り返し呼べることが、ボウリングへ軸を移した理由と考えられる。
- 株式会社ラウンドワン 有価証券報告書(FY24)沿革
- [5]1982年7月 泉大津市でボウリング場の経営を開始
- [6]1982年7月 泉大津市でボウリング場の経営を開始
- 証券アナリストジャーナル 1997年10月号(杉野公彦社長の説明会)
- [7]杉野公彦社長の説明: 82年7月にボウリング場経営を開始、主業はボウリング・アミューズメントなどの地域密着型総合スポーツ・レジャー施設の経営
- [8]杉野公彦社長の説明: 82年7月にボウリング場経営を開始、主業はボウリング・アミューズメントなどの地域密着型総合スポーツ・レジャー施設の経営
- [9]質疑: レーンとマシンは長期間使用でき、コンピュータシステムは6年目ごとに入れ替え、改装費は5,000万円程度
杉野興産は1987年10月、創業の店である泉大津店のローラースケート場を閉場した。ボウリング場の経営を始めてから5年3カ月後の閉場。1997年の説明会で杉野公彦氏が挙げた事業は、ボウリング、ゲーム機、ビリヤード、卓球などの施設経営で、ローラースケートは含まれていなかった。1998年の東証上場時の会社紹介も、事業目的をボウリング場とアミューズメント施設の経営並びに経営指導と記した。発祥の業態を閉じたことで、客と投資をボウリングとゲーム機へ集中させる方針が定まったと思われる。
- 株式会社ラウンドワン 有価証券報告書(FY24)沿革
- [10]1987年10月 泉大津店のローラースケート場を閉場
- [11]1987年10月 泉大津店のローラースケート場を閉場
- 証券アナリストジャーナル 1997年10月号(杉野公彦社長の説明会)
- [12]1997年時点の直営施設はボウリング・アミューズメント・ビリヤード・卓球など
- 証券 51(2) 1999年(新規上場会社紹介)
- [13]1998年12月上場時の事業内容はボウリング場及びアミューズメント施設の経営並びに経営指導
参考文献[1]-[13]
- 株式会社ラウンドワン 有価証券報告書(FY24)沿革
- [1]1980年12月 遊戯場の経営を目的に杉野興産(資本金300万円)を大阪府泉南市に設立、泉大津市にゲームコーナー併設のローラースケート場(泉大津店)を開業
- [3]1980年12月 遊戯場の経営を目的に杉野興産(資本金300万円)を大阪府泉南市に設立、泉大津市にゲームコーナー併設のローラースケート場(泉大津店)を開業
- [5]1982年7月 泉大津市でボウリング場の経営を開始
- [6]1982年7月 泉大津市でボウリング場の経営を開始
- [10]1987年10月 泉大津店のローラースケート場を閉場
- [11]1987年10月 泉大津店のローラースケート場を閉場
- 証券 51(2) 1999年(新規上場会社紹介)
- [2]設立年月日は昭和55年12月25日
- [13]1998年12月上場時の事業内容はボウリング場及びアミューズメント施設の経営並びに経営指導
- 証券アナリストジャーナル 1997年10月号(杉野公彦社長の説明会)
- [4]杉野公彦社長の説明: 1980年12月にローラースケート場(ゲームコーナー併設)を経営する杉野興産として泉南市で設立
- [7]杉野公彦社長の説明: 82年7月にボウリング場経営を開始、主業はボウリング・アミューズメントなどの地域密着型総合スポーツ・レジャー施設の経営
- [8]杉野公彦社長の説明: 82年7月にボウリング場経営を開始、主業はボウリング・アミューズメントなどの地域密着型総合スポーツ・レジャー施設の経営
- [9]質疑: レーンとマシンは長期間使用でき、コンピュータシステムは6年目ごとに入れ替え、改装費は5,000万円程度
- [12]1997年時点の直営施設はボウリング・アミューズメント・ビリヤード・卓球など
1990年〜屋内型複合レジャーの石津店と、営業を譲り受けたラウンドワン(旧)
杉野興産は1990年12月、堺市西区に屋内型複合レジャー施設の石津店を開業し、この店は2001年9月まで営業を続けた。1997年12月号の説明会記録で、会社は石津店を直営の1号店と呼んだ。1997年時点の標準店は4階建て・営業面積1,000~1,100坪で、2~4階を直営施設、1階をテナントとする構成であった。1998年の説明会で会社は、石津店の業績悪化の要因を建物の老朽化と複合店舗でないことに求めた。遊びを屋内に集める発想は石津店に芽生え、テナントまで含めた複合化は後の店で形になったのだろう。
- 株式会社ラウンドワン 有価証券報告書(FY24)沿革
- [14]1990年12月 堺市西区に屋内型複合レジャー施設の石津店を開業(2001年9月閉店)
- 証券アナリストジャーナル 1997年12月号
- [15]石津店は1号店で、1997年上半期の売上高は前年同期の80%程度
- 証券アナリストジャーナル 1997年10月号(杉野公彦社長の説明会)
- [16]標準店舗は4階建て・営業面積1,000~1,100坪、2~4階が直営施設、1階はテナントのサブリース
- 証券アナリストジャーナル 1998年6月号
- [17]石津店の業績落ち込みの原因は建物の老朽化と複合店舗でないこと
1993年3月、杉野公彦氏ほか1名が株式会社ラウンドワン(旧)を資本金1,000万円で堺市西区に設立した。杉野興産は1994年8月にラウンドワン(旧)の全株式を取得し、同年12月に吸収合併して商号をラウンドワンに改めた。一方、杉野公彦氏は1997年の説明会で、93年3月にラウンドワンへ名称変更したと会社の歩みを説明した。法人の改称は1994年12月であり、杉野公彦氏の説明とは1年9カ月の開きがある。杉野公彦氏は新会社の設立を改称の起点とみており、別会社は社名をラウンドワンへ切り替えるために設けた会社だったと推察される。
- 株式会社ラウンドワン 有価証券報告書(FY24)沿革
- [18]1993年3月 杉野公彦他1名により株式会社ラウンドワン(旧)(資本金10百万円)を堺市西区に設立
- [19]1994年8月 ラウンドワン(旧)の全株を取得し100%子会社化、1994年12月 吸収合併し商号を杉野興産からラウンドワンに変更
- [21]1994年8月 ラウンドワン(旧)の全株を取得し100%子会社化、1994年12月 吸収合併し商号を杉野興産からラウンドワンに変更
- 証券アナリストジャーナル 1997年10月号(杉野公彦社長の説明会)
- [20]杉野公彦社長の説明: 93年3月に株式会社ラウンドワンに名称変更
杉野興産は1993年9月、本社を堺市西区浜寺諏訪森町東3丁へ移した。同じ月に杉野興産は営業をラウンドワン(旧)へ譲渡し、店舗の運営主体は新会社に移った。杉野興産は翌1994年12月にラウンドワン(旧)を吸収合併し、商号をラウンドワンに改めた。1997年8月時点の直営10店のうち8店は1994年以降の新築で、改称前から営業していた店は2店であった。営業を新会社へ移したうえで合併する手順は、社名の切り替えと出店拡大の準備を並行して進めたものと読める。
- 株式会社ラウンドワン 有価証券報告書(FY24)沿革
- [22]1993年9月 本社を堺市西区浜寺諏訪森町東3丁267番地の16に移転、杉野興産の営業をラウンドワン(旧)へ営業譲渡
- [23]1993年9月 本社を堺市西区浜寺諏訪森町東3丁267番地の16に移転、杉野興産の営業をラウンドワン(旧)へ営業譲渡
- [24]1994年12月 ラウンドワン(旧)を吸収合併し商号を株式会社ラウンドワンに変更
- 証券アナリストジャーナル 1997年10月号(杉野公彦社長の説明会)
- [25]1997年8月時点で直営10店のうち2店を除く全てが94年以降の新築物件
参考文献[14]-[25]
- 株式会社ラウンドワン 有価証券報告書(FY24)沿革
- [14]1990年12月 堺市西区に屋内型複合レジャー施設の石津店を開業(2001年9月閉店)
- [18]1993年3月 杉野公彦他1名により株式会社ラウンドワン(旧)(資本金10百万円)を堺市西区に設立
- [19]1994年8月 ラウンドワン(旧)の全株を取得し100%子会社化、1994年12月 吸収合併し商号を杉野興産からラウンドワンに変更
- [21]1994年8月 ラウンドワン(旧)の全株を取得し100%子会社化、1994年12月 吸収合併し商号を杉野興産からラウンドワンに変更
- [22]1993年9月 本社を堺市西区浜寺諏訪森町東3丁267番地の16に移転、杉野興産の営業をラウンドワン(旧)へ営業譲渡
- [23]1993年9月 本社を堺市西区浜寺諏訪森町東3丁267番地の16に移転、杉野興産の営業をラウンドワン(旧)へ営業譲渡
- [24]1994年12月 ラウンドワン(旧)を吸収合併し商号を株式会社ラウンドワンに変更
- 証券アナリストジャーナル 1997年12月号
- [15]石津店は1号店で、1997年上半期の売上高は前年同期の80%程度
- 証券アナリストジャーナル 1997年10月号(杉野公彦社長の説明会)
- [16]標準店舗は4階建て・営業面積1,000~1,100坪、2~4階が直営施設、1階はテナントのサブリース
- [20]杉野公彦社長の説明: 93年3月に株式会社ラウンドワンに名称変更
- [25]1997年8月時点で直営10店のうち2店を除く全てが94年以降の新築物件
- 証券アナリストジャーナル 1998年6月号
- [17]石津店の業績落ち込みの原因は建物の老朽化と複合店舗でないこと
出典・参考
5件
- 株式会社ラウンドワン 有価証券報告書(FY24)沿革
- 証券アナリストジャーナル 1997年10月号(杉野公彦社長の説明会)
- 証券アナリストジャーナル 1997年12月号
- 証券アナリストジャーナル 1998年6月号
- 証券 51(2) 1999年(新規上場会社紹介)