第1章 年〜年

S Foods:スタミナ食品の設立と「こてっちゃん」の発売

1967年〜森島征夫氏の尼崎での内臓肉販売と1982年の「こてっちゃん」

1967年5月、森島征夫氏は兵庫県尼崎市大西老松町で有限会社スタミナ食品を設立し、内臓肉の販売から事業を始めた。1970年1月、尼崎市西本町への移転と、資本金3,000千円の株式会社への改組。同年11月には尼崎市武庫川町に自社の工場を建て、本社も同地へ移した。1972年1月、スタミナ食品は牛上みのを米国から開発輸入する経路を開いた。1978年3月に設立した子会社のスタミナフードサプライが、現在の味兆である。森島征夫氏が内臓肉を選んだのは、正肉を扱う食肉大手と仕入れ先も売り先も重ならない商材だったためと推察される。

  • エスフーズ 有価証券報告書(2025年2月期)【沿革】
    • [1]1967年5月 森島征夫が尼崎市大西老松町で有限会社スタミナ食品を設立、内臓肉の販売を開始
    • [2]1970年1月 尼崎市西本町へ移転、株式会社に組織変更(資本金3,000千円)
    • [3]1970年11月 尼崎市武庫川町に工場新設、本社移転
    • [4]1972年1月 米国から牛上みのの開発輸入に成功
    • [5]1978年3月 スタミナフードサプライ(現・味兆)設立

1982年7月、スタミナ食品は牛の小腸を使った製品「こてっちゃん」を発売した。内臓肉を衛生的で信頼される商品に仕立てる研究から生まれた製品で、発売後に売れ行きを急速に拡大し、自社商品の中心になった。関西で牛の大腸を指す「てっちゃん」に小腸を示す「こ」を冠した、モツやホルモンの印象から離れようという森島征夫氏の狙いを込めた命名。森島征夫氏はこの製品の成功を『当社にメーカーとして事業経営をしていく自信を与えることになり』と振り返った。1984年1月には西宮市鳴尾浜に本社社屋と工場を新設して移転し、1985年11月には本社の近くに生肉加工工場を建てた。1987年9月には千葉県船橋市高瀬町に東京本社と船橋工場を新設した。

  • エスフーズ 有価証券報告書(2025年2月期)【沿革】
    • [6]1982年7月 牛内臓肉製品「こてっちゃん」発売
    • [10]1984年1月 西宮市鳴尾浜に本社社屋・工場を建設し移転
    • [11]1985年11月 本社近隣に生肉加工工場(現・西宮第二工場)建設
    • [12]1987年9月 船橋市高瀬町に東京本社・船橋工場を新設
  • 証券アナリストジャーナル 1989年10月号(第27巻第10号)(日本証券アナリスト協会)
    • [7]衛生的な内臓肉商品の研究から生まれ、発売後に人気を得て商品の中心になった
    • [8]命名 関西の「てっちゃん」(牛大腸)に小腸の「こ」、モツ・ホルモンのイメージからの脱皮
    • [9]こてっちゃんの成功がメーカーとしての自信になった(創業者の回顧)
参考文献[1]-[12]
  • エスフーズ 有価証券報告書(2025年2月期)【沿革】
    • [1]1967年5月 森島征夫が尼崎市大西老松町で有限会社スタミナ食品を設立、内臓肉の販売を開始
    • [2]1970年1月 尼崎市西本町へ移転、株式会社に組織変更(資本金3,000千円)
    • [3]1970年11月 尼崎市武庫川町に工場新設、本社移転
    • [4]1972年1月 米国から牛上みのの開発輸入に成功
    • [5]1978年3月 スタミナフードサプライ(現・味兆)設立
    • [6]1982年7月 牛内臓肉製品「こてっちゃん」発売
    • [10]1984年1月 西宮市鳴尾浜に本社社屋・工場を建設し移転
    • [11]1985年11月 本社近隣に生肉加工工場(現・西宮第二工場)建設
    • [12]1987年9月 船橋市高瀬町に東京本社・船橋工場を新設
  • 証券アナリストジャーナル 1989年10月号(第27巻第10号)(日本証券アナリスト協会)
    • [7]衛生的な内臓肉商品の研究から生まれ、発売後に人気を得て商品の中心になった
    • [8]命名 関西の「てっちゃん」(牛大腸)に小腸の「こ」、モツ・ホルモンのイメージからの脱皮
    • [9]こてっちゃんの成功がメーカーとしての自信になった(創業者の回顧)

出典・参考

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出典・参考
  • エスフーズ 有価証券報告書(2025年2月期)【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 1989年10月号(第27巻第10号)(日本証券アナリスト協会)

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