第1章 年〜年

大東建託:大東産業の設立から大東建託への改称まで

1974年〜名古屋の分社体制で始めた事業用賃貸建物の請負

1974年6月20日、多田勝美氏が名古屋市千種区に大東産業株式会社を資本金100万円で設立した。目的は土地所有者を対象とした工場・倉庫など事業用賃貸建物の建築で、賃貸住宅ではなかった。翌1975年6月には建築した賃貸建物への入居者募集・斡旋を担う大東興産株式会社を設立し、1976年6月には一級建築士事務所として大東設計株式会社を設立した。設立当初はこの3社の分社体制で、主に名古屋近郊の農家を対象に受注を積んだ。1978年9月に商号を大東建設へ改め、同年10月には大阪府に本社を置く大東建設株式会社と大東設計株式会社を、11月には大東興産株式会社を設立して関西へ営業を広げた。

  • 証券 1992年4月号(第44巻第4号)
    • [1]1974年6月20日 多田勝美が名古屋市千種区に大東産業を資本金100万円で設立
    • [3]設立目的は土地所有者を対象とした工場・倉庫など事業用賃貸建物の建築
    • [4]1975年6月 入居者募集・斡旋のため大東興産を設立
    • [5]1976年6月 一級建築士事務所として大東設計を設立
    • [6]設立当初は3社の分社体制で主に名古屋近郊の農家が対象
    • [8]1978年10月 大阪府に本社を置く大東建設・大東設計を、同年11月に大東興産を設立し関西へ進出
  • 大東建託 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1974年6月 大東産業を設立(資本金100万円)
    • [7]1978年9月 商号を大東建設へ変更

顧客は市街化区域内農地を持つ農家であった。後継者不足や農地の宅地並み課税から所有農地の有効利用を迫られながら、賃貸事業への不安から決断できない層で、市街化区域内農地は当時、毎年7,000ha程度が転用されていた。大東建設はこの転用農地を受注の対象に定め、支店開設と営業員の拡充で潜在顧客の掘り起こしを進めた。関東への足掛かりとして1982年10月に横浜支店を、翌1983年7月には仙台支店を開設して東北へも進んだ。1985年4月には名古屋と大阪の6社が合併比率1対1で合併し、1社へ統合した。

  • 証券 1992年4月号(第44巻第4号)
    • [9]主要顧客は市街化区域内農地を所有する農家
    • [10]農家は後継者不足や農地の宅地並み課税で有効利用を迫られつつ賃貸事業への不安から決断できずにいた
    • [11]市街化区域内農地の転用は毎年7,000ha程度
    • [12]転用農地を対象に支店開設と営業員拡充で潜在顧客を掘り起こした
    • [13]1982年10月 横浜支店開設(関東進出の足掛かり)、1983年7月 仙台支店開設
    • [14]1985年4月 6社が合併比率1対1で合併し1社に統合

設立時から取扱物件は倉庫・工場といった事業用建物だけだったが、品ぞろえを広げるため1984年に住居用建物も扱うようになった。倉庫や工場は規制の制約が大きく、建築できる土地は市街化区域の中でも多くて2割程度にすぎなかった。一方のアパート・マンションは、地方では需要が乏しいと思われて大手住宅メーカーが手を出しておらず、同社はそこに狙いを定めた。建物を規格化・標準化して資材の種類と規格を絞り込み、仕入コストを下げるとともに外注先の施工効率も高めた。資材の調達と施工は、約5,000社の外注先に材料と施工をまとめて発注する方式で賄った。入居者集めは、4,000程度にのぼる全国の不動産業者から寄せられる情報に主に頼り、管理する賃貸建物の空家率は1%台を保った。1982年3月期の売上高は22億3,900万円、経常利益1億5,200万円で、期末従業員は98名、事業所は7か所であった。

  • 証券 1992年4月号(第44巻第4号)
    • [15]設立当初は倉庫・工場など事業用建物のみで1984年から住居用建物の取扱いを開始
    • [18]建物の規格標準化により仕入コスト低減と外注先の施工効率向上を図った
    • [19]資材調達と施工は約5,000社の外注先へ材料・施工一括発注
    • [20]入居者募集は全国4,000程度の不動産業者からの情報提供が中心で管理建物の空家率は1%台
    • [21]1982年3月期 売上高22億3,900万円・経常利益1億5,200万円・期末従業員98名・事業所7か所
  • 日経ビジネス 1994年3月21日号
    • [16]倉庫や工場は規制に縛られ建てられる土地は市街化区域内でせいぜい2割に限られるため、新たにアパート・マンションへ目を向けた
    • [17]地方では賃貸住宅の需要が少ないという先入観が根強く大手ハウスメーカーは地方都市周辺部に手をつけていなかった
参考文献[1]-[21]
    • [1]1974年6月20日 多田勝美が名古屋市千種区に大東産業を資本金100万円で設立
    • [3]設立目的は土地所有者を対象とした工場・倉庫など事業用賃貸建物の建築
    • [4]1975年6月 入居者募集・斡旋のため大東興産を設立
    • [5]1976年6月 一級建築士事務所として大東設計を設立
    • [6]設立当初は3社の分社体制で主に名古屋近郊の農家が対象
    • [8]1978年10月 大阪府に本社を置く大東建設・大東設計を、同年11月に大東興産を設立し関西へ進出
    • [9]主要顧客は市街化区域内農地を所有する農家
    • [10]農家は後継者不足や農地の宅地並み課税で有効利用を迫られつつ賃貸事業への不安から決断できずにいた
    • [11]市街化区域内農地の転用は毎年7,000ha程度
    • [12]転用農地を対象に支店開設と営業員拡充で潜在顧客を掘り起こした
    • [13]1982年10月 横浜支店開設(関東進出の足掛かり)、1983年7月 仙台支店開設
    • [14]1985年4月 6社が合併比率1対1で合併し1社に統合
    • [15]設立当初は倉庫・工場など事業用建物のみで1984年から住居用建物の取扱いを開始
    • [18]建物の規格標準化により仕入コスト低減と外注先の施工効率向上を図った
    • [19]資材調達と施工は約5,000社の外注先へ材料・施工一括発注
    • [20]入居者募集は全国4,000程度の不動産業者からの情報提供が中心で管理建物の空家率は1%台
    • [21]1982年3月期 売上高22億3,900万円・経常利益1億5,200万円・期末従業員98名・事業所7か所
  • 大東建託 有価証券報告書【沿革】
    • [2]1974年6月 大東産業を設立(資本金100万円)
    • [7]1978年9月 商号を大東建設へ変更
  • 日経ビジネス 1994年3月21日号
    • [16]倉庫や工場は規制に縛られ建てられる土地は市街化区域内でせいぜい2割に限られるため、新たにアパート・マンションへ目を向けた
    • [17]地方では賃貸住宅の需要が少ないという先入観が根強く大手ハウスメーカーは地方都市周辺部に手をつけていなかった

1980年〜空室の不安を引き受けた大東共済会と、飛び込み営業の定価販売

賃貸事業への不安のうち最大のものは入居者が退去した後に部屋が埋まるかどうかで、顧客からの要望を受け、空家時の家賃保証制度を導入するため1980年3月に大東共済会株式会社を設立した。加入した家主は月額家賃の4%を会費として払い込み、中途で空家が生じた場合には家賃の90%の保証を受けられる仕組みとした。新築完成引渡しの時点での空家保証は本体が引き受け、事業用物件では建築請負金額に対する金利相当額を、居住用物件では家賃の90%を保証した。共済会への加入率は1990年3月期92.0%、1991年3月期92.3%、1992年3月期91.8%で、汎用性の高い標準物件のテナントはほぼ全数が加入していた。

  • 証券 1992年4月号(第44巻第4号)
    • [22]1980年3月 大東共済会を設立(空家時の家賃保証制度の導入が目的)
    • [24]共済会は月額家賃4%の会費で中途空家時に家賃の90%を保証
    • [25]新築完成引渡時の空家保証は本体が負担し、事業用は建築請負金額に対する金利相当額、居住用は家賃の90%
  • 大東建託 有価証券報告書【沿革】
    • [23]1980年3月 大東共済会を設立
  • 証券アナリストジャーナル(1992年12月・30巻12号) 多田勝美社長講演
    • [26]共済会加入率は1990年3月期92.0%・1991年3月期92.3%・1992年3月期91.8%で標準物件はほぼ全数加入

受注は地主への飛び込み営業で取り、農協や銀行の情報網を通すルート営業を排したのは、そこに乗ってくる地主が複数の業者を競わせて価格交渉に及び、農協へフィーを支払う必要も生じるためであった。飛び込み営業では建築工事を定価で売ることができ、建築営業部隊には受注高の2%を歩合給として個人の収入とする仕組みを与えた。入居需要の高い地域を中心に支店を開設し、営業員が戸別訪問で潜在顧客を掘り起こす体制をとった。飛び込み営業を担う建築営業部にはおよそ1,500人の営業員が所属し、売上高の94%を地主から請け負う建築工事が占めた。積水ハウスが強い駅周辺と大和ハウスが強いロードサイドを避け、郊外の農地を対象に定めた差異化でもあった。

  • 日経ビジネス 1994年3月21日号
    • [27]農協や銀行を通したルート営業を排し飛び込み営業に徹していた
    • [28]ルート営業では地主が複数業者を競わせて価格交渉し農協にもフィーが要るため利益率が悪くなる
    • [29]建築工事の定価販売と、建築営業部隊への受注高2%の歩合給
    • [31]飛び込み営業を担当する建築営業部には約1,500人の営業マンが所属し、売上高の94%が地主から請け負う建築工事
    • [32]積水ハウスが強い駅周辺と大和ハウスが強いロードサイドを避け郊外の農地を対象にした
  • 証券 1992年4月号(第44巻第4号)
    • [30]入居需要の高い地域を中心に支店を置き営業員の戸別訪問で潜在顧客を掘り起こした

業績は1982年3月期の売上高22億3,900万円から1991年3月期の1,511億5,000万円へ67.5倍に伸び、経常利益は1億5,200万円から268億600万円へ176.4倍となった。期末従業員数は98名から2,828名へ、事業所数は7か所から65か所へ増えた。販売費・一般管理費も営業員の拡充に伴う人件費の急増で5億7,300万円から273億4,100万円へ47.7倍に増えたが、売上高比率は25.6%から18.1%へ低下した。売上総利益率は建設業界では高率の30%台で安定して推移し、経常利益率は1988年3月期の13.4%から1991年3月期の17.7%へ上がった。

  • 証券 1992年4月号(第44巻第4号)
    • [33]売上高は1982年3月期22億3,900万円から1991年3月期1,511億5,000万円へ67.5倍、経常利益は1億5,200万円から268億600万円へ176.4倍
    • [34]期末従業員数98名→2,828名、事業所数7か所→65か所
    • [35]販管費は5億7,300万円から273億4,100万円へ47.7倍、売上高比率は25.6%から18.1%へ低下
    • [36]売上総利益率は建設業界では高率の30%台で安定推移、経常利益率は1988年3月期13.4%から1991年3月期17.7%
参考文献[22]-[36]
    • [22]1980年3月 大東共済会を設立(空家時の家賃保証制度の導入が目的)
    • [24]共済会は月額家賃4%の会費で中途空家時に家賃の90%を保証
    • [25]新築完成引渡時の空家保証は本体が負担し、事業用は建築請負金額に対する金利相当額、居住用は家賃の90%
    • [30]入居需要の高い地域を中心に支店を置き営業員の戸別訪問で潜在顧客を掘り起こした
    • [33]売上高は1982年3月期22億3,900万円から1991年3月期1,511億5,000万円へ67.5倍、経常利益は1億5,200万円から268億600万円へ176.4倍
    • [34]期末従業員数98名→2,828名、事業所数7か所→65か所
    • [35]販管費は5億7,300万円から273億4,100万円へ47.7倍、売上高比率は25.6%から18.1%へ低下
    • [36]売上総利益率は建設業界では高率の30%台で安定推移、経常利益率は1988年3月期13.4%から1991年3月期17.7%
  • 大東建託 有価証券報告書【沿革】
    • [23]1980年3月 大東共済会を設立
    • [26]共済会加入率は1990年3月期92.0%・1991年3月期92.3%・1992年3月期91.8%で標準物件はほぼ全数加入
  • 日経ビジネス 1994年3月21日号
    • [27]農協や銀行を通したルート営業を排し飛び込み営業に徹していた
    • [28]ルート営業では地主が複数業者を競わせて価格交渉し農協にもフィーが要るため利益率が悪くなる
    • [29]建築工事の定価販売と、建築営業部隊への受注高2%の歩合給
    • [31]飛び込み営業を担当する建築営業部には約1,500人の営業マンが所属し、売上高の94%が地主から請け負う建築工事
    • [32]積水ハウスが強い駅周辺と大和ハウスが強いロードサイドを避け郊外の農地を対象にした

1988年〜「建託」改称と、一回限りの請負収入を継続収入へ組み替えた設計

土地建託事業とは、地主に土地を有効に使うよう持ちかけ、その場所に合う建物を示したうえで、店舗やマンションなどの建設を受注する仕組みである。1988年4月、大東建設は商号を改めて大東建託株式会社となった。事業は竣工後の入居者募集、家賃の回収代行、建物管理、空室が出たときの家賃保証まで一手に担う、賃貸事業の総合支援システムとして組まれていた。契約も、建築請負・管理受託・空室保証を一度の営業の場でまとめて結ぶ形へ移った。建設を請け負って終わる一回限りの収入は、管理費と共済会費という継続収入に組み替えられた。

  • 日経ビジネス 1994年3月21日号
    • [37]土地建託事業は地主への土地有効活用の働きかけから建築物の提案・建設請負までを担うもの
  • 大東建託 有価証券報告書【沿革】
    • [38]1988年4月 商号を大東建設から大東建託へ変更
  • 証券 1992年4月号(第44巻第4号)
    • [39]設計・施工・管理に加え入居者募集・家賃回収代行・中途空家時の家賃保証までを一貫して行う賃貸事業の総合支援システム
    • [40]一回限りの請負収入を管理費と共済会費の継続収入へ組み替えた

地主だけが負うほかなかった空室のリスクを、会社が費用として肩代わりする仕組みである。地主は満室であっても家賃の4%を共済会へ、5%を管理費として大東建託へ納めるため、受け取るのは家賃の91%だったが、空室になっても90%は保証されるので、入居の有無で手取りはほぼ変わらなかった。竣工から3か月を経ても借り手が見つからない物件については、販売経費の名目で大東建託本体が家賃の90%を地主に保証した。大東共済会に加入した物件の空家率は、1992年9月末で1.9%にとどまっていた。

  • 日経ビジネス 1994年3月21日号
    • [41]空室の損失を会社側が引き受ける関係を結んだ
    • [42]満室でも共済会4%・管理費5%で地主の手取りは家賃の91%
    • [43]空室時も90%が保証されるため地主の収入は入居者の有無でほとんど変わらない
    • [44]竣工後3か月を過ぎても入居が決まらない場合は本体が販売経費として家賃の90%を保証
  • 証券アナリストジャーナル(1992年12月・30巻12号) 多田勝美社長講演
    • [45]1992年9月末の大東共済会加入物件の空家率は1.9%

単体の売上高は1988年3月期に447億円だったが、1989年3月期に737億円、1990年3月期に1,052億円と膨らみ、期末の従業員も1,156名から2,220名になった。この間、1989年1月に大東共済会株式会社へ全額を出資して子会社とし、3月には名古屋証券取引所市場第二部に上場している。収益を支えたのは、営業の強さ、建築工事を定価で売る方針、コストの徹底した切り詰めで、粗利益率は約30%まで上がった。入居者探しも自社でまかなうという考えから、会社はテナント営業の部門を内部に置き、1992年の時点で約500人、社員全体の1割強をそこへ充てていた。

  • 証券 1992年4月号(第44巻第4号)
    • [46]単体売上高は1988年3月期447億円→1989年3月期737億円→1990年3月期1,052億円、期末従業員は1,156名→2,220名
  • 大東建託 有価証券報告書【沿革】
    • [47]1989年3月 名古屋証券取引所市場第二部へ上場
  • 日経ビジネス 1994年3月21日号
    • [48]営業体制・定価販売・コスト削減により粗利益率は約30%
  • 証券アナリストジャーナル(1992年12月・30巻12号) 多田勝美社長講演
    • [49]1992年時点で全社員の1割強にあたる約500人がテナント営業部門に所属
参考文献[37]-[49]
  • 日経ビジネス 1994年3月21日号
    • [37]土地建託事業は地主への土地有効活用の働きかけから建築物の提案・建設請負までを担うもの
    • [41]空室の損失を会社側が引き受ける関係を結んだ
    • [42]満室でも共済会4%・管理費5%で地主の手取りは家賃の91%
    • [43]空室時も90%が保証されるため地主の収入は入居者の有無でほとんど変わらない
    • [44]竣工後3か月を過ぎても入居が決まらない場合は本体が販売経費として家賃の90%を保証
    • [48]営業体制・定価販売・コスト削減により粗利益率は約30%
  • 大東建託 有価証券報告書【沿革】
    • [38]1988年4月 商号を大東建設から大東建託へ変更
    • [47]1989年3月 名古屋証券取引所市場第二部へ上場
    • [39]設計・施工・管理に加え入居者募集・家賃回収代行・中途空家時の家賃保証までを一貫して行う賃貸事業の総合支援システム
    • [40]一回限りの請負収入を管理費と共済会費の継続収入へ組み替えた
    • [46]単体売上高は1988年3月期447億円→1989年3月期737億円→1990年3月期1,052億円、期末従業員は1,156名→2,220名
    • [45]1992年9月末の大東共済会加入物件の空家率は1.9%
    • [49]1992年時点で全社員の1割強にあたる約500人がテナント営業部門に所属

1974年〜1988年の業績

決算期 区分 売上高 営業利益経常利益 主な投資
億円 YoY 億円 億円 利益率
1974年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1975年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1976年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1977年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1978年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1979年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a 大阪府に大東建設・大東設計を設立(1978/10)
1980年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1981年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1982年03月期 単体 22 n/a 1 2 9.1% n/a
1983年03月期 単体 41 +86.4% 4 3 7.3% 横浜支店を開設(1982/10)
1984年03月期 単体 77 +87.8% 8 7 9.1% n/a
1985年03月期 単体 123 +59.7% 10 10 8.1% n/a
1986年03月期 単体 169 +37.4% 18 19 11.2% n/a
1987年03月期 単体 256 +51.5% 28 30 11.7% n/a
1988年03月期 単体 447 +74.6% 56 60 13.4% n/a

出所:証券 44(4)(517), 1992/4

出典・参考

4件
出典・参考
  • 大東建託 有価証券報告書【沿革】
  • 証券 1992年4月号(第44巻第4号)
  • 証券アナリストジャーナル(1992年12月・30巻12号) 多田勝美社長講演
  • 日経ビジネス 1994年3月21日号

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