淺沼組:奈良大和郡山での個人創業
1892年〜奈良県郡山町で開いた個人営業の淺沼組と、宮内省・大日本紡績の指定請負
淺沼組は1892年、奈良県郡山町で建築工事を請け負う個人営業として発足した。発足前の家業は旧郡山藩の普請御用と、奈良周辺の名刹で手がける社寺の造営・修繕である。社寺建築を本業とした家が、明治25年を境に施主を限らない請負業者へ転じた。有価証券報告書の沿革は、1892年1月に大和郡山で創業した人物を淺沼幸吉氏と記した。1969年の証券誌の沿革では、創業者は先代の淺沼猪之吉氏。2代目は1930年4月、先代の勇退を受けて名を襲名し、淺沼猪之吉氏となった。この名は当主が継ぐもので、有価証券報告書の淺沼幸吉氏は、先代が襲名する前の名だったとみられる。
- 週刊日本経済 19(4)(734) 1966年1月27日
- [1]明治25年、現社長淺沼猪之吉氏の先代が奈良県郡山町で建築請負業者として発足
- 企業の歴史 明治百年 1968年「淺沼組」
- [2]業歴は古く代々旧郡山藩の普請御用、奈良附近の名刹社寺の造営・修繕など社寺建築に専念していた
- [3]業歴は古く代々旧郡山藩の普請御用、奈良附近の名刹社寺の造営・修繕など社寺建築に専念していた
- 淺沼組 有価証券報告書【沿革】
- [4]1892年1月、淺沼幸吉が大和郡山で個人企業として淺沼組を創業し土木建築工事の請負に従事
- 証券 21(6)(243) 1969年6月(沿革)
- [5]明治25年奈良県郡山町で先代淺沼猪之吉氏が個人で建築請負を創業、昭和5年4月先代勇退で現社長が2代目を襲名
- [6]明治25年奈良県郡山町で先代淺沼猪之吉氏が個人で建築請負を創業、昭和5年4月先代勇退で現社長が2代目を襲名
淺沼組は創業後、宮内省と内務省から指定請負業者に選ばれた。指定の範囲は国の官庁にとどまらず、近畿の府県の官公署にも拡大。民間では奈良の南都銀行に加え、大日本紡績と日本レイヨンも淺沼組を指定請負業者とした。1966年の週刊誌は、これらの指定を1926年の大阪進出より前の実績として並べた。大日本紡績は、1968年の記録の時点でニチボーへ社名を改めていた。1969年の証券誌も宮内省から日本レイヨンまでの指定先を挙げるのみで、指定を受けた年は記していない。皇室と国の建物を任された実績が、紡績会社や地元銀行から工事を受注する信用につながったと推察される。
- 週刊日本経済 19(4)(734) 1966年1月27日
- [7]先代以来、宮内省・内務省を初め近畿府県官公署、南都銀行、大日本紡績、日本レイヨンなどの指定請負業者となった
- [8]先代以来、宮内省・内務省を初め近畿府県官公署、南都銀行、大日本紡績、日本レイヨンなどの指定請負業者となった
- [10]先代以来、宮内省・内務省を初め近畿府県官公署、南都銀行、大日本紡績、日本レイヨンなどの指定請負業者となった
- 企業の歴史 明治百年 1968年「淺沼組」
- [9]宮内省、内務省、近畿府県官公庁、南都銀行、大日本紡績(現ニチボー)、日本レーヨンなどの指定請負業者となる
- [11]宮内省、内務省、近畿府県官公庁、南都銀行、大日本紡績(現ニチボー)、日本レーヨンなどの指定請負業者となる
- 証券 21(6)(243) 1969年6月(沿革)
- [12]宮内省、内務省、近畿府県官公庁、日本レイヨン等の指定請負業者として活躍(年の記載なし)
2代目となる淺沼猪之吉氏は1893年に奈良で生まれ、1911年3月に奈良県立郡山中学を卒業した。家業はこの後、1926年の大阪移転を経て、1930年4月に2代目の淺沼猪之吉氏へ引き継がれた。
- 日本企業要覧 1968年版「浅沼組」(役員の略歴)
- [13]取締役社長淺沼猪之吉、明治26年奈良生まれ、明治44年3月奈良県立郡山中卒、昭和12年6月(株)浅沼組を創立し取締役社長
- 証券 21(6)(243) 1969年6月(沿革)
- [14]大正15年に営業の本拠を大阪に移し、昭和5年4月先代淺沼猪之吉氏の勇退により現社長が2代目を襲名し経営を継承
参考文献[1]-[14]
- 週刊日本経済 19(4)(734) 1966年1月27日
- [1]明治25年、現社長淺沼猪之吉氏の先代が奈良県郡山町で建築請負業者として発足
- [7]先代以来、宮内省・内務省を初め近畿府県官公署、南都銀行、大日本紡績、日本レイヨンなどの指定請負業者となった
- [8]先代以来、宮内省・内務省を初め近畿府県官公署、南都銀行、大日本紡績、日本レイヨンなどの指定請負業者となった
- [10]先代以来、宮内省・内務省を初め近畿府県官公署、南都銀行、大日本紡績、日本レイヨンなどの指定請負業者となった
- 企業の歴史 明治百年 1968年「淺沼組」
- [2]業歴は古く代々旧郡山藩の普請御用、奈良附近の名刹社寺の造営・修繕など社寺建築に専念していた
- [3]業歴は古く代々旧郡山藩の普請御用、奈良附近の名刹社寺の造営・修繕など社寺建築に専念していた
- [9]宮内省、内務省、近畿府県官公庁、南都銀行、大日本紡績(現ニチボー)、日本レーヨンなどの指定請負業者となる
- [11]宮内省、内務省、近畿府県官公庁、南都銀行、大日本紡績(現ニチボー)、日本レーヨンなどの指定請負業者となる
- 淺沼組 有価証券報告書【沿革】
- [4]1892年1月、淺沼幸吉が大和郡山で個人企業として淺沼組を創業し土木建築工事の請負に従事
- 証券 21(6)(243) 1969年6月(沿革)
- [5]明治25年奈良県郡山町で先代淺沼猪之吉氏が個人で建築請負を創業、昭和5年4月先代勇退で現社長が2代目を襲名
- [6]明治25年奈良県郡山町で先代淺沼猪之吉氏が個人で建築請負を創業、昭和5年4月先代勇退で現社長が2代目を襲名
- [12]宮内省、内務省、近畿府県官公庁、日本レイヨン等の指定請負業者として活躍(年の記載なし)
- [14]大正15年に営業の本拠を大阪に移し、昭和5年4月先代淺沼猪之吉氏の勇退により現社長が2代目を襲名し経営を継承
- 日本企業要覧 1968年版「浅沼組」(役員の略歴)
- [13]取締役社長淺沼猪之吉、明治26年奈良生まれ、明治44年3月奈良県立郡山中卒、昭和12年6月(株)浅沼組を創立し取締役社長
出典・参考
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- 淺沼組 有価証券報告書【沿革】
- 企業の歴史 明治百年 1968年「淺沼組」
- 週刊日本経済 19(4)(734) 1966年1月27日
- 日本企業要覧 1968年版「浅沼組」(役員の略歴)
- 証券 21(6)(243) 1969年6月(沿革)